HOME > ちょっとカフェ!
2010年02月14日
写真へ想い
友人がとってくれた写真である。
私は撮るのも、撮られるのも好きです!(笑
復帰ランとは行かないまでも、やっとここまで走れるようになれた喜びの写真
(2010年1月11日)
撮影してくれる友人がレースへ足を運んでくれていれば、毎回の様に意識して撮っていただく。
写真撮影はおわかりの通り、すべてが確実に撮れるはずがなく、ボツ写真はたくさんでるもの。
特に先頭の辺りで走っている時ってそうなんです。
ですが、自分にはその没写真もいただけるのならばいただくのです。
静止画ではあるが、自分の動きに対して興味があります。
みなさんには個々のフォームがあるのであまり参考にはしないようにしてくださいね。
人には人それぞれの動きやすさと身体スピードがありますので。
さて、本人でさえ、イメージと実際はずれています。
これをすり合わせることも上達の一つかも知れません。
そこから希望が生まれるフォームの追求も楽しいものでしょう。
ここの場面ではこんな感覚であったが、こんな動きができている、できていなかったなど・・・客観的な見方が出来る写真。
連続写真ならなおさら、おもしろい。
足の接地のタイミングや腰の位置と肩甲骨と骨盤の関係位置や連動性。
専門的な見方をすればきりがないほど・・・
私にとっては写真は自分を高めていく材料なのです。
私と同じ感覚を持った人や選手はいると思う。
話しは戻って、
私のHPへも多く掲載する写真。
今回のカメラマンは全くの素人だったのに、トライアスロンを知って、かっこいいと感動してくれた時からカメラを購入。
思うように撮影できない事を繰り返しながら、機材の勉強や撮影方法、プロのカメラマンにアドバイスしてもらったりしながら経験を積み上げてらっしゃる。
今や感動をあたえる写真をバシッ!と決める。
私たちは目指すものに対して魂を燃やし積み上げていく。
やっていることは違えど、どの世界でも結局は共通部分があるです。
どれだけ、情熱を持ち、継続して行くか・・・
自分の姿を画で見る・・・一人じゃできない事です。
感謝
投稿者 テツロー | トラックバック
2009年12月01日
好きな場所なのかな・・・?
向こうに見えるのはトライアスロンの島『さぎしま』です!
三原市での写真コンテストは、ここから撮影される瀬戸内の多島美風景が多いのもうなずける場所。
景色もそうですが、自分がここへ来るのは、自分の足で登ってきて、その達成感とあわせ力がみなぎり、精神が前へむいていくことを感じれるからだと思います。
一番大きなのは素直になれること・・・かな!
正月一発目のトレーニングは必ずここからスタートしています。
決めているわけではないが、なぜかここへ足が向くのは、無意識にそれを求めているからでしょう。
しかし、6月の蒲郡大会で足を痛めてからは、何ヶ月もここへ来ていませんでした。
下から見上げてはいても、登ってこようとは思えなかったのかな?
病室からも頂上の展望台が見えていました。
『いつ行けるようになるのかな・・・?』
きっと次に登る時は、新たなスタートになる時だろうと、それだけは想っていた気がします。
気持ちを前へ前へ進めてきたつもりでしたが、芯からそれを想う事ができていなかった時でもあったのでしょう。
今、自然にこの場所へ来てしまっています。
先週はまだ、走ってこの距離をこなすと危険なのでマウンテンバイクで登ってきました。
今週は、何ヶ月ぶりだろうか、『リハビリだ!』って、トコトコ着地の接地を意識しながら、大切に足を進めて登ってきました。
ここから見下ろす、自分を育ててくれている『さぎしま』が、とことん落ちぶれた今シーズンの自分を『よく耐えたな!』と、微笑みかけてくれるような気がします。
光が見え出したら、それが少しずつ大きくなっていく。
『やっと、 ここまで来れたんだ・・・』
投稿者 テツロー | トラックバック
2009年11月25日
進化し続ける理由
連休は催し物へ積極的に足を運んだ。
福山市で木下サーカス!
三原市のいつもの練習場所であるリージョンプラザで、記念イベントとなるトゥリトネスショー!
ショートして、どちらも見ごたえある。
意図も簡単に超人的なパフォーマンスをこなす姿、その鍛えた精神と肉体に興味を示すのは職業柄?(いやいやトライアスロンは職業ではなかった・・・)
人の手のひらの上に人が乗って逆立ち、綱渡り、空中ブランコ等などサーカスとしては定番ではあるが、ものすごいことをやっているんです。
でもあまりに普通に行うので地味なところは拍手さえ起らない。
すごいこと、この会場の誰も出来ないことやってるのに・・・
お客も目が肥えているというのか、すごいこと、派手なことが起らないと驚かない。
いろんな分野の人たちもそうだろう。
メディアに登場しはじめて、その次ネタや記事になるのはそれを超えなければ扱いがなくなる。
自分はメディアへ出演したり、掲載さることは大切だと思っている。
自分の存在や想い、トライアスロンを言葉で伝え周らなくとも広く知ってもらえるからだ。
この歳になっても、相変わらず頑張り続けているのだなと伝わる。
これが続くのは、先も言うように進化成長していかなければ扱われないのだ。
クラスでかけっこが一番になる!この目標から始まった。
走ることで三原市で一番になること。
広島県で・・・、中国地区で・・・、日本で・・・、アジアで・・・、そして世界で・・・だ!
進化し続け、自分の『かたち』を造る。
どこまで続くかは分からないが、挑戦し続ける魂こそ進化へつながり、将来に納得できる『かたち』となると信じています。
どうですか?
今の小さな積み上げこそが進化につながり、それはずっと後かもしれませんが、大きなものとなる気がしませんか?
不破 央さんは水泳の元オリンピック選手です。水泳を通して今のかたちを造られています。
どれも見事なパフォーマンスでした!
投稿者 テツロー | トラックバック
2009年11月01日
人生の目的
(写真:日本選手権応援中に沿道で頼まれました!)
八尾師匠がよく話してくれます。
『目的と、目標の違い。』
これを間違えると、どんなに成績の良い人(選手)でも、まったく魅力もなく、応援してくれる人はいなくなるだろうと。
勝つ事!は 目的 ではなく、
それは 目標 であり、
目的 とは・・・皆さんならお分かりでしょう。
私は師匠とトライアスロンのおかげで気がつく事ができたようです。
投稿者 テツロー | トラックバック
2009年10月31日
選手として
選手をやめていくときって、こんな時かもしれないな・・・
今シーズンは、客観的にも思えました。
どの競技の選手たちにも言えるであろう精神的なところ。
自分のやってきたことが、崩れていく。
これ以上はできないのではないか・・・
また同じ思いをするのはもう・・・
ぼろぼろになっていくのがわかるとき、
心が折れる瞬間は幾面にもあると感じた。
幸い自分はそんな思いが起こらなかったのは、限界も感じていないし、この競技を通してまだまだ自分を高めていきたいと想うからです。
そして、自分の生き方で勇気を持ってもらえるならがんばりたいとも。
何を言っても、やっぱり自分はスポーツ(トライアスロン)が好きなのです。
ただ、本当に今まで通り走れるようになるのか?
そんなことをふと思い、不安になることは今もあります。
痛み止め無しで走った記憶が、いつだった?なんて思ってしまうぐらい、走れない時間が永いから仕方のないことかもしれないのですが。
今はただ、選手として始動できる準備はしておきたい。
そして、八尾師匠がいつも言ってくれる、
『人生の目的! 勇者の心を伝える事!』
その使命を果たしていきたい。その魂が動き出したようです!
投稿者 テツロー | トラックバック
2009年10月30日
小さなことを・・・
今は少しの事しかできない。
その小さなことを重ねていくと、いつかとんでもない所にいる。
自分の人生はそんな感じかな?
それが結局、一番の近道だと思っています。
またこのウエアを着て戦うことができるように、
誇りを持って生きていきたい!
投稿者 テツロー | トラックバック
2009年05月30日
想いの証
みんな想いを持って生活し、いろんな事へ挑戦しているのだろう。
参考になればと思い書いた。

ハワイトライアスロンin湯梨浜大会前日の調整練習にて・・・Photo Fukada
復帰戦を湯梨浜大会へと考えてはいたが、フル荷重をかけれるようになったのが2週間前。
骨折により走ることが出来ない生活を3ヶ月間。
普通にレースが出来るわけがないと思うのは当たり前。
療養中でも、骨が着けば一気にトップスピードでいけるようにを目標にやってきた。
そう想わなければ、やってられなかったのが正直なところ。
担当先生からOKがでた翌日からランを開始。
4月の異動で片道10kmの通勤距離になった。
それを使った。
気持ちは入っているので、いきなりは長いかなと思っていたがなんとも無かった。
しかし、レース前の1週間の土・日曜日で、どおしてもやっておきたかった練習があった。
しかし土曜日起きたときから体が反応しない、動かない。
本当に日常生活がやっとのような状態だった。
転勤により、不覚にも慣れない生活は、正直いっぱいいっぱいだったか・・・
そして、体への負担が大きなランの練習はその週末で、自分の体をロックした。
確かに復帰後すぐにできる練習ではなかった。出来たことが不思議だった。
これはいけないと、あわてて近くのクリニックにある酸素カプセルを使わせてもらい、昼から市内の海水の温泉へ浸かり、 体をリラックスするように徹した。
日曜日も休養せざる得なかった。
やろうと思っていたことが出来なかった・・・
それでも、月曜日からはまた仕事と練習をセットで行えた。
金曜日は仕事でのアクシデントで晩は練習が出来なかった。
土曜の現地入りして最終調整でレースへ挑む形となった。
不安だらけになるのだろうと思っていたのだが、不思議と満ち溢れるものを感じてはいた。
社会人競技者として受け入れなければならないことはある。
受け入れつつ、想いを貫こうとする姿勢こそ力になる。
それが出来だしたのかなとも思う。
当然積み上げてきたものがあるからだが、自分を信じれることを、如何にやって行くかがその人を造るのだろう。
復帰戦、レースでトップに立ったときは、やはり勝ちたかった。
ランでトップに立ちながら負けたレースは記憶に無い。
しかし、2週間前まで走っていない選手が優勝するのも・・・
今回はこれで良いとも思った。
自分なりにやってきた結果だったからだ。
ただ、これからが楽しみなのはいうまでも無く、どんな福元テツローになって帰ってきたのか自身が楽しみなのだ。
もしも、同じような境遇になった人がいたら、自信を持って言ってやれると思う。
『信念を持った人間は強い!』と言うことを。

投稿者 テツロー | トラックバック
2008年11月21日
2008年トライアスロンシーズン終了
国内の主要大会ジャパンカップの終了で自分の今シーズンも終了。
オリンピックイヤーでスポーツは盛り上がった良い年だったが、実は自分は五輪年は競技力が落ちる現状があると分析している。

Photo 石垣島国際
詳しい方から言わせれば今年の歳周りは良くなかったらしい・・・気にするといけないので黙っていた・・・という。
競技者はそのようなことを言われても変わらずがんばるだけなのだが・・・
しかし、2年以上故障らしい怪我はなかったのに、今年は左足被覆筋を部分断裂し大きくペースが狂ったように思った。
五輪イヤーで世界選手権が6月に前倒し開催され、結果を得るためにシーズンはじめから体を完成すべくオフに取り組んだ。
4月の石垣島大会から一気にトップパフォーマンスを発揮し世界戦までつないだのだが、 ご存知バンクーバーでは悪天候による競技種目の変更(デュアスロン)となり、トライアスリートとしては残念な出来事だった。
そこから帰国後の中4日で挑んだ地元の【はつかいち縦断みやじま国際パワートライアスロン】 では想いとは裏腹にまったく身体が動いてくれなく、パンクや勝負どころで勝負にならなかった。
思い出しても無念さが残る。
翌週、連覇を狙う蒲郡国際は3位とここでもレース中、観客の飛び出しにより、 それを避け落車というアクシデントなど今まで経験しないことが続いた。
翌週、宮城国際では優勝できたが翌週の日本スプリント選手権はDNF。
翌週の地元広島県のアクアスロンくらはし大会でレース中に筋断裂。
7月13日以降はシーズン絶望かと思ったときはさすがに参った。
そこからは故障と向き合って生活した日々は忘れられない。
出来ることをやるしかない・・・ただそれだけだ。
万田酵素をひたすら取り入れ身体機能を上げ、
体の蘇生能力を信じ、ランの練習は一切ストップして、その分バイクトレーニングに徹する日々。
今の自分はバイクに磨きをかけなければならない時期なのだと気持ちを統一し励んだ。
そして8月中旬から倉敷国際(中国ブロック選手権)や、地元のさぎしま大会へ出場を決め、 不安はあったがレースではその時点では満足できていた。
日々再発しないように心がけながらの練習は追い込めなくとも、自分を信じることに関しては強くなれた気がしている。
そして最終レースの日本選手権で想いを残す結果ではあったが、今シーズンのシリーズ表彰を受けることも出来た。
余裕の無い、中途半端な練習の積み上げで、いつも疲労を抱えた日々だった気がする。
この経験は、今後に選手を育てることになった時、または、今なら頼ってくる現役の選手たちへも伝えることのできる体験になったろう。
こんなシーズンではあったのだが、やはり会場へ行けばそこにあふれるエネルギーの活気や、同志に会うことも出来、 その気が集まり力がみなぎって来る。
そして、この競技を全力で取り組める環境を与えてくれる方たちへも感謝の気持ちで幸せだった。
来シーズンはきっと今年の分まで進化した自分がいる気がする。
良い年だった!と思えるシーズンを目指して自分らしく活動して行こうと思っている。
励ましやエールを送ってくださる皆様へ感謝!
本当に生かされている。
福元テツローはこれからも進化し続けると信じる。

Photo 宮城国際
投稿者 テツロー | トラックバック
2008年06月04日
いよいよ!
オフィシャルウエアが届くと、今まで経験したさまざまな世界戦の映像がよみがえる。
これを着用できる喜び、心が躍る!
と同時にその責任も強くなるのだが。

JAPANフラッグが憧れと夢だった小学6年のころの自分へ、『今の気持ちを持ち続ければばきっと叶うぞ』と言える今。
オリンピックではないけれど、鏡に映る自分をみて素直にうれしくなる。
明日、世界選手権開催地バンクーバーへ向かう。
旅行のような観光は一切なく、ほぼレース会場(調整練習)と宿泊場所の往復になるのがこのような遠征。
精神を開放するような場面はないに等しく、他人からみれば息が詰まるかもしれない。
トライアスロン一色、魂の数日間。
どうも競技者というのはそれが楽しいようだ。
だからこのウエアをまとって毎年でも行きたいのだろう。
競技者(アスリート)って変なのです(笑
それでは・・・
『行って来ます!』
みんなが笑顔になれる結果をもとめて。

2007世界トライアスロン選手権ハンブルグ(ドイツ)大会より
投稿者 テツロー | トラックバック
2008年05月19日
シューズ伝説
スポーツ人はゲンかつぎ、はたまたジンクスを気にするものが多い。
今回は・・・
自分が愛用しているランニングシューズの話。


昨年の世界選手権ハンブルグ大会で初めて足を入れ、出場カテゴリーでランラップ1位。
2回目、この4月の石垣島大会でランラップ1位。
3回目は先日の韓国トンヨン大会でも同じく1位。
タイムはすべて33分台(10km)。
陸上ランナーにとってはたいしたタイムではないのだが、
トライアスロンの場合は最後の10kmをノンドラフティングレース(バイクは単独走行ルール) 後にこのタイムで走ればランスプリットは良いところにくる。
このシューズは自分の中では最後の勝敗を左右するランを成功させる!重要アイテムになってしまった。
このようなことは自分の中でしまっておくほうがよいのだが・・・
話すとゲンが落ちる・・・かもしれないので迷ったが公表だ(笑
それよりもこのシューズのためにも勝ち続けなければならない。
今その気持ちが大きい。
アマチュア選手として無敗で世界へ挑みたいと思っている。
MizunoウエーブEKIDEN120
120グラムの超軽量シューズ。
あなたもこれをはけば予想以上に走れるようになるかも・・・
みんなが速くなったら大変だからはかないでほしい!
おっと!Mizunoの担当者に怒られるかな?(笑

投稿者 テツロー | トラックバック
2008年05月01日
大阪世界陸上表彰台
2008年石垣島大会で立つことができた表彰台・・・実は!

昨年行われた大阪世界陸上で使用されたもの。
関係筋や地元では有名なのだが、大阪から石垣市へ寄贈されていたのだ。
世界トップ3のみ上がることができた表彰台。
丸く、広く、素晴らしく居心地の良いステージだった。
今回のトライアスロンワールドカップより先に総合表彰を受けたということは・・・
世界陸上を通して、この表彰台の一番高いところに立った日本人はいなかった。
最初の日本人?!
【陸上界からトライアスロン界へ】
運命を感じている
秘かに心にとどめておこう(笑)

投稿者 テツロー | トラックバック
2008年03月31日
製品紹介
SUPER VAAM【スーパーヴァーム】
今回の開発テーマは【本気度】だそうだ。

レースはもとより、レースへ向けてのトレーニングシーンで活用する。『本気の時に!』
本気な人には効果は実感できるでしょう。(最近のスポーツ栄養学はすごいですね)
本気ではない人には必要ないものです。
ここへ来る皆さんは使わなければなりませんね(笑
味はパイナップルとスポーツ科学を合わせたような?味・・・です!



投稿者 テツロー | トラックバック
2008年03月27日
競技者へのアプローチ
これからチャンピオンシップスポーツとして競技を目指すアスリートへ伝えたい。
勝負の世界では駆け引きがあるのだが、
しかしそこに若い時からこだわりすぎると成長しない。

【↑勝敗以外にもレースの中で互いに持ち味を出し、今後の可能性を見出せた者からは伝わってくるものがある。
面識のない自転車競技者とでもレース後はお互いの健闘をたたえることも出来たのがそれだ。】
陸上競技を専門にやっている時もそのような選手は一時的には勝つ事もあったが消えていった。
競技者には自分の持ち味が何かある。
それを知り、生かせるようにコンディショニングし精神をもっていく。
先日の福山マラソンはやはり自分の走りへスイッチを入れる最初の入りを意識した。
そして最後は今のすべてを振り絞る。
続くサイクルロードレースも力が出せるところでは積極的に前に出て引っ張った。
今は勝ち負け以外の目的があるから。
競技者はその目的を達成するためのアプローチ的な課題を自分に課す。
そのプロセスを大切にする選手が大成していくのだと感じるところがある。
どんな分野もそんなところがあるとおもうのは自分だけでないはず。
毎日の練習やトレーニングは体力・スキルアップだけのために続けているのではないはず・・・
それに気が付いた時にこそ本当の競技者として進化できるのだと感じている。
皆さん期待していいですか?


投稿者 テツロー | トラックバック
2007年07月14日
最高のゴール
トライアスロンのゴールシーンは他の競技にないゴールシーンがある。

タイムを競う競技ではあるが、勝利を確認したらそのゴールを応援者(観客)と共に充分味わってゴールする。
このシーンは優勝者だけではなく、自分が本当に満足でき応援者が迎えてくれた時に自然に起こるトライアスロンならではのシーンだ。
順位を競り合った場合は別だが。
この場へ立ち会ったものしか味わう事ができない格別な空間がそこにある。
のり越えなければならないものを越える力は、この空間から得るエネルギーの賜物なのだろう。
この空間が必要でなくなるまで続けているのかもしれない。
投稿者 テツロー | トラックバック
2007年03月28日
ジュニアトライアスリートへの想い!
トライアスロンの歴史はまだ浅い。五輪も2008年の北京で3回目だ。
今活躍する若手プロの選手たちぐらいから、小学生の時からトライアスロンをやっていたなどの、 いわゆるトライアスロン出身のトライアスロン競技者だ。
私たちのような30歳台の競技者や往年のプロ選手たちは他種目から入ってきた選手が多い。

今までの競技歴を生かし、知らないものへの探究心は今の選手よりあるのかもしれない。
今の選手は若いうちから取り組んでいる分、取り組みやすく環境も昔に比べれば整いやすい。
競技レベルは確かに高い。しかし往年の選手ほど伸び率が低い気もする。男子に至っては世界からおいていかれ、 今や全体レベルは差が開く一方だ。
思うに、トライアスロン競技の歴史は今作られているのだが、それが良い方向へ行く部分もあるのだが、 歴史ある競技からすれば甘いと感じるところもある。
三競技をこなす大変な競技であるがゆえなのか、普段の競技以外で甘いところがあるのではとも感じる。
そこが結局レースへも影響する部分でもあるのではなかろうか。
私と同じくらいの競技力や、一段階上の競技力がある選手と一緒にレースをした時、一騎打ちになったり、競り合った時はたいてい勝てる。
なぜなのか。
他競技でもまれ、それをベースとしてそれ以上の成功を収めようとしている想いがあるからだと思っている。
このオフシーズンは3種目(水泳・自転車・マラソン)それぞれの大会へも出場した。
その時は、トライアスリートとしての身体能力の高さを誇りたい想いと探究心、そして挑戦だ。
その世界の極めた専門家のすごさを肌で感じたい。
トライアスリートとして少々の事ではへこたれない・・・トライアスロンの歴史を作るのは今なのだから!
そして、まだベテラン勢の活躍は続くだろう。
初代オリンピアンである小原工選手も今年はショート(51.5Km=オリンピックディスタンス)へ戻ってくる。
庭田清美選手も3度目の五輪出場へますます加速する。
競技や人生の手本ともなる選手が同じフィールドにいる。
そこで学べるものは多い。
速いだけではなく、強い競技者になってほしい。
未来を背負い夢をかけるトライアスリート達に期待したい!

投稿者 テツロー | トラックバック
2007年02月21日
世界を意識
連続オリンピック出場をし、しかもメダルを争う位置へ再び、いやみたびの競技者もいる。
彼らはそこへ向かうまでのプロセスを知っているのである。
追ってくる若手や、競技の発展も当然ある中で・・・

しかし、ここへ立つ競技者以外も青春や情熱をかけ重さは同じ想いをつぎ込んでいるはずだ。
メディアなどでは伝えきれない部分もあり、勘違いすれば簡単に思ってしまうかもしれない。
その人間達があまりにも普通な顔で映るからたやすいように見えるかもしれないが、その生活や心意気は想像を絶するものだ。
それはアマチュアでいながらも、私は分かっているつもりでいる。
北京五輪を翌年に控えた今年(2007年)は、オリンピック種目に該当するどの競技でも熾烈を極める戦いやドラマがあるだろう。
非常にワクワクさせてくれる。
私自身は毎年が戦いだが、今シーズンは特に形にしたい想いがある。
とはいうものの、自分にできる当たり前プロセスを日々積んでいくだけなのだが・・・


投稿者 テツロー | トラックバック
2006年12月05日
DNFに思うこと
DNF
レースリザルトにこの文字が並ぶ。

Do Not Finish!
競技者として挑戦し結果が出せなかったときの文字だ。
シーズン最後の最後での事だったのだ。
重くのしかかる結果に感情が爆発しそうだ。魂を込めて取り組んできた事が否定される想いもしそうだ。
しかし、その経験が今後に大きく影響するかもしれないのは、むしろ無難にゴールした時より大きい事が多い。
過去も高いレベルのレースへ出場した時、スイムでとめられた。
次の年はバイクで・・・
その力がないときに、一気に目標を達成できると勘違いして取り組むから打ちのめされた。
自分はランでここから追い上げられるのだからと嘆いてもルールだから従わなければならない。
そこからだった・・・トライアスロンがしたいのだ!スイムだけやりに来たわけではない。
自分がスイムがうまくなってきたのも、バイクが上達したのも、ランだってそうだ。
トライアスロンで夢や浪漫を追い求めたかったのだ。
経験したくなかった事も、実は後であの経験があったからだと言える日が来る。
人は努力し、進化できる生き物だ。
進化を毎年感じれるようになった今だから言えるのかもしれない。
来年の日本選手権のゴール後の顔が楽しみだ!
投稿者 テツロー | トラックバック
2006年10月12日
似ている・・・想いへ近づいてきた!
中学2年の時に描いた絵だ。
下書きなしのフリーハンドでさっさと描いたため、改めてみると直線や曲面のバランスは悪いが、想いがいっぱいに詰まった懐かしい絵。
走ることに情熱と夢を抱き純粋に取り組んで来れたんだなと思う。


20年たった今もその想いは続いているようである。
本当に幸せな競技人生を歩んでこれた。
少しずつではあるが、子どもの時からの想いへ近づいていると思っている。
一気にはこれなかったけれど、これが自分らしい生き方なのだと思いはじめた。
投稿者 テツロー | トラックバック
2006年09月17日
世界選手権 秘話2
師匠と慕うチームテイケイトライアスロン競技部・監督の八尾彰一氏。
今回の世界選手権は八尾氏と同行できる事がうれしかった。
八尾氏から放つエネルギーなのだろうか?この人は人を元気にしてくれる。

【レース後は一番に八尾師匠の部屋へ】
そして心も読み良い方向へ導いてくれる。
結果だけならすべてがうまくいっているように見える状況下、たった数行のあいさつがてらのメールを送ったにもかかわらず『どうした? 元気ないやないか!』と即電話が届く。
びっくりしたり、心が洗われるような事はしばしばある。
今回の世界選手権では正直、疲労が出ないわけない日程で突っ走ってきた事もあり、 調整するもののレース前日の状態では精神状態は良いのだが、身体の方は結果は望めない状態だったかもしれない。
そんな時、自分のコーチで来られているわけではないのに
『てっちゃ~ん!マッサージをしてやろう!!』
『これを塗るとええんや!』など取り出したオイルか何かを塗りながらコーチィングなどの会話をしながらほぐしていただく。
走れる気になるし、力がみなぎるようだった。
この人は自分にとっても素敵な人物であり、憧れの人である。
少しでも八尾師匠のような、周りに力を与えられる人になりたいといつも思う。
出来るだけ近くに行くには、高いレベルの大会へ出場する事!
ひとつのモチベーションでもある。

投稿者 テツロー | トラックバック
2006年09月15日
世界選手権 秘話1

直前のさぎしま大会でシューズを壊してしまいあわてた!
出発までにはあまりに時間がなく、家へ送っていると間に合わない。
Mizunoの古き良き理解者は、何とかしてやらなければと思ってくださったのだと思う。
火曜日の前泊する成田のホテルへ愛用しているシューズを届けて下さったのだ。
これが無かったら今回の結果も無かったろう。おかげでストライドがドンドンのび続けた。
一つ一つの出来事が想いと同化していく事を感じる。
こんなところでもひとつの真心があったのだ。 感謝!
投稿者 テツロー | トラックバック
2006年08月02日
愛車はパジェロ
愛車のパジェロです!
(パジェロ ロング スーパーエクシード)

もともと自動車には興味があり運転も好きです。
自動車整備士3級ですが高校卒業と同時に取りました。
その頃は今ほど興味はありませんでしたが・・・。
そんな私はなぜか、中古車ですが旧型(H3年式)を乗り継ぎ現行型(H11年式)で続けて三菱パジェロです。
もっともこの車に関してはいろいろなエピソードがあります。
もともとインターネットをとおして探し出し購入したものです。
ネットで車を?
最上位クラスを半値以下で乗りたいと思ったから・・・そんな時代です。
ここで時たま写るパジェロにご興味頂いた方からメールを頂きました。
グレードや主要諸元、動作性能などを知りたいとのこと。
大切にしているもの、一生懸命になっているもの、情熱があるものに興味を持ってもらうとうれしくなるものですね。
トライアスロン(スポーツ)も応援していただけるから、そしてびっくりしてもらったり、喜んでいただけるから頑張れているのでしょう。
投稿者 テツロー | トラックバック
2006年06月30日
勝利へのテクニック

@Satoshi Takasaki
先日の幕張大会でのゴールシーンです!
プロカメラマンの高崎聡氏に撮っていただきました。【感謝】
競技者としては、やっぱり一番でゴールしたい。
イメージを固めるには、その姿を想像しやすくしておくのが私のテクニックです。
写真や映像はその一番の材料だと思います。
PS 写真は【写真のビッグ ジャスコ店】へぜひどうぞ!(笑い)
投稿者 テツロー | トラックバック
2006年06月14日
必勝アイテム?!
私は遠征に必ずといって良いほど持参する食べ物がこれです。
三原市の老舗のパン屋さん【オギロパン】の、
その名も【必勝!カリントドーナツ】です!

勝手に【必勝】をつけていますが、昔っから大好きでよく買っていました。
今はスポンサーで食べ放題!?
毎回、何袋か持って行かさせて頂いています。
今やこれがないと不安になるくらい?
カリリと香ばしく
まさに『味のフランス革命や~~~~』(汗
美味しく、勝てるし言う事なしのアイテムです!
投稿者 テツロー | トラックバック
2006年05月19日
自分の想いで臨みます!
内定をいただいているトライアスロン世界選手権が9月2~3日にスイス(ローザンヌ)で開催されます。
実は1週前の日曜日に地元唯一のさぎしま大会なのです。

【三原市長も最後まで応援してくださいます!】
プロの選手はもちろん、大舞台を前に、しかも暑さの厳しい大会に出場はしないでしょう。
当然です。明らかに体力を消耗します。
先日、そのさぎしま大会実行委員会からお電話を頂きました。
この大会からトライアスロンの一歩をスタートさせました。
私がシーズン中に結果を求めて全国を飛び回る大会に比べれば島興しの小さな大会です。 上につながるわけでもなくランキングポイントが付くわけでもない・・・。
だけど自分にとっては大切な一日なのです。
どんな状態でも出場し続け、地元選手として正々堂々と戦い、結果にこだわる姿を見せてきた大会です。
想い入れの強さは誰にも負けてないと思っています。
そんな大会が厳しいスケジュールで組まれた2006シーズン。唖然としました・・・
でも、ギリギリでも重ならなかったので『出場しますよ!』二言返事でした。
半分あきらめられていた実行委員会の方も拍子抜けだったようです。
そんな無茶なと言う方もおられます。
【後悔しない自分の生き方です!】
投稿者 テツロー | トラックバック
2006年04月23日
力があるから
八尾師匠(テイケイトライアスロン競技部監督)から福元君へ渡したいTシャツがあると、先日の石垣島大会で頂きました。

陸上競技をはじめて現在のトライアスロンまでを振り返ってもズッシリ共感する言葉でした。
大げさかもしれませんが人生の上でそれを感じました。
自分を信じて期待してくれる人たちのおかげでここまでこれた思いもあります。
落ち込んだ時に前向きにしてくれたのも、逃げ出さず打ち込めてこれたのも、全部それがあったのだと思います。
これからも頑張ります!
いつまでも期待していただける、そんな人でありたい・・・。
投稿者 テツロー | トラックバック
2006年04月05日
マイ冷蔵庫!
マイ冷蔵庫です!

私の部屋には自分専用の大型冷蔵庫があります。
(知ってますか?冷蔵庫って大型の方が超省エネが多く電気代もかからないんですよ!)
スポンサーの支給物や大会での副賞、年間サポートなどで詰っています。
実はこのようになる事もある意味で目標でした。陸上をしている頃から思っていたのも事実です。
頑張った事が形になることはとっても幸せな事です。
妻の食事以外にも、栄養いっぱいの生活です!
強くならないわけがない!
その気持ちがモチベーションにつながっているのかな?
投稿者 テツロー | トラックバック
2006年03月06日
トレーニングアイテム
意外と知らない方が多いのでちょっと紹介します。
私のアイテムのひとつにミュージックプレーヤー付きのサングラスがあります。

これはパソコンでMP3に変換してプレーヤーへデジタルデータとして保存し聴けるものです。 編集は簡単で早くできるメリットもあります。
最先端を行ってるな~なんていわれますが、結構前からあるんですよ。
好きな曲を聴きながら気持ちも乗せて集中力を高めるアイテムのひとつに利用しています。
最近の機材は性能も良く、イヤホンで覆われていてもきちんと自分の足音、周りの音も聞こえるので安全面も大丈夫。
その代わり・・・高額です!
OAKLEY THUNP(オークリージャパン社)
投稿者 テツロー | トラックバック
2006年02月28日
立ち姿
印象の第一番は目に飛び込んでくるその姿からだと思います。
立ち姿や歩き方って意外と印象をつけるものだと思います。

私の感覚ですが、例えば二足歩行している人間が猫背で重心を傾けて歩いていたり、すり足でつんのめる歩き方など危ないこと、 姿も不安定さがあり見た目ももったいないって思います。
人の本来の姿は二足歩行の堂々としたものです。姿勢がいいと気持ちも前向きになると感じます。
皆さんも少し注意してみては?
そこで、姿勢、立ち姿を良くする(改善する)ひとつに、体(重心)を支える筋肉を鍛えることがあげられます。
一般の方では簡単な腕立て伏せと腹筋がいいと思います。自分の体重を利用して、出来る負荷で回数を積み重ねて、 体を支えるだけの筋力は最低限あったほうがいいです。
大人の方は時間を作り日常生活に工夫をし、鍛えなければ衰えるだけです。
分かっている事ですが便利すぎる(体にとってはだめになる)世の中ですから実行しなければ思った以上の退化をしていく事でしょう。
競技以外に私はその為にも気を使ってます。
投稿者 テツロー | トラックバック
2006年02月23日
夢や目標を叶えるために・・・
日本人は、いや、日本人の方がその比率は低いかもしれませんが、願いが叶うようにお願い、 おまじないをするという行為は昔からありますね。

スポーツ人も目標達成に賭けるエネルギーの一部にそれがあります。
どんなすごいといわれる選手、私が感じるのはそんな選手ほど・・・といったほうが良いのかもしれません。真剣勝負の大会や、 オリンピックでのスタート前の表情など見る機会がある時いつも伝わってきます。
もうひとつ。
私が慕うチームテイケイの八尾氏がスタート前の準備中に話してくれた事があります。
不安を感じるものはそれに対して対応策を考えておき、できるだけ不安材料をなくしておくこと。
スタート前に同じ動きをするのもそのひとつです。
結果を出すために習慣付けている事が皆さんもあるのでは?
私は初詣でより、この2月のダルマで祈願してシーズンを迎えるようになりました。うまく行く気がしてるからでしょうね。
極限の状態の時、安心できるものをもっとくのは必要だと思いました!
投稿者 テツロー | トラックバック
2006年02月14日
寒い日にはこれ!
競技者(アスリート)にとって冬のトレーニングは防寒に関しても大変です。
そこで今回はお勧めできる事をお伝えします。

特に朝練習などで凍った外に飛び出していくには勢いだけでは続きません。
私は最近内臓を暖めてからトレーニングへ出かけます。
粉末のヴァーム(VAAM)をお湯に溶いて代謝を促すようにも気を配っていきます。
朝起きてのどが乾いているから冷たいもの摂取して出るとなかなか体が温まらなかったと違いを感じます。
ヴァーム(VAAM)はそのまま脂肪燃焼システムも促すのでトレーニング前の飲料としては一石二鳥の飲み方かな?
おかげで脂肪エネルギーで運動できている事を実感できます。
投稿者 テツロー | トラックバック
2006年02月03日
エアロビックとアネロビック

スポーツと年齢は切っては離せない問題のひとつ。
実年齢と身体年齢は個人差が生じています。それは生活スタイルとトレーニング内容によるところが大きいと感じます。
ここ最近は、トレーニング後の疲労感と翌日の体感が悪い。寒さのせいだと勘違いしていたのです。
いつも自分は進化成長をと考えていることが、逆に本来の目的と違うトレーニングに変わってしまっていたのです。 実はスピードを意識するあまりアネロビック(無酸素性作業域地)へと入っているのです。これは大変危険なのです。エアロビック (有酸素性作業域地)ベースが出来ていない上に負荷の高い高度なトレーニングを導入することで怪我や故障を招いてしまうものです。
陸上競技に専念していた学生時代これを知らずに繰り返したものでした。
その二の舞をこの年で繰り返した。
『福元さん・・・アネロビック系のトレーニングになってますよ。』
先日いやま先生が筋肉の状態を触りながら指摘してくださったのでした。
ハッとしました。
目標が高ければ高いほど頑張らないといけないという精神が働く。頑張るトレーニングは息を上げ筋肉に負担をかけること。それが練習・・ ・危なかった・・・
これも当然競技者としては大切なメニューのひとつだが、我々の競技はエアロビックベースの土台で成り立っています。
この時期はそれをしっかり作れるかどうかだと改める事になりました。
有酸素運動とはリラックスしていつまでも続けられることが基本。
忙しくてあせる生活の中、逆に割り切れる時間を作りのんびり気分で行えれるのではなかろうか。 そしたらきっと精神的にも前向きになってくると思います。
目標へ向けてうまく頑張りましょう!
投稿者 テツロー | トラックバック
2006年01月26日
スポーツ感
スポーツの世界、特にチャンピオンシップスポーツは勝ち負けというものはつき物で、結果を出す事に全力を尽くし、 それを追い続けるために日々の生活やトレーニングをしています。

それができない、結果が出なくなったらやめるしかないと言った感覚の選手が大半なのかもしれません。
私のスポーツ感とはその部分もありますが、勝ち負けより大事なものを得る事が出来る世界でもあるのだと思っています。
私の場合は負けたから・・・勝てないから・・・しんどいから・・・などといった事でやめようと思った事は一度もありません。
取り組んで来た事が思うような結果にならなく落ち込んだり悩んだり迷ったりした事はそれこそ多くあります。
しかしいつも向かうものがある、追っていきたいと思えるものがあるからでしょうか、失敗しても次を考えるようになれました。 それは長く続けてきたことで心も成長できたのだと感じます。
スポーツの現場で勝つ事だけに集中し、自分勝手な言葉を発する選手を見ると悲しくなる事があります。 そんな選手には勝たせたくないなと思う事もあります。たとえ成績は良くとも全く魅力を感じないのです。(これはあくまで私の感覚。 それをかっこいいと思う方もおられるとかもしれません)
とは言うもの、意識する大会前などが近づくと気持ちに余裕がなかったり、時にピリピリしてしまう自分がいる事もあります。 そんなとき自分勝手なことを言う事もあります。言った後であ~情けない・・・と何度思った事か。
考えてみれば勝つ事で得たことよりも、続けることで頑張る姿を見てもらったり、 その姿に感銘を受け知り合えた人たちとの絆を得たことの方が今の自分を造ってくれていると感じます。
それがスポーツの魅力であり原点なのでは?
そう思うからこそ若い世代にここでやめずに続けてほしいと伝えているのだと思います。
よく相談を受けますが、進路についてどこの学校へ行けばいいなど言いません。
続ける強い意思があれば結局どこでも頑張れるものだからです。そしてそんな人には人生に影響を与える人にめぐり会えることが多い。
自分が続けたいと思える事が大切だと思います。
有名校からではなくても素晴らしい選手は多く出ていますし、そんな選手が魅力を感じさせてくれる事も多くあります。
もし、悩んでいるなら『 続けること! 』
それだけは、はっきり言っておきます。
投稿者 テツロー | トラックバック
2006年01月19日
師匠の言葉
私の尊敬するトライアスロン界の師から、その時々にタイミングよく言葉を頂くのです。

これは正月に頂いた言葉です。
言葉自体はこれだけですがいつも重みを感じます。これもまた今年2006の私にとっては心に染み直結する言葉になりそうです。
普段講演をする子ども達などに心に伝わる事を言える人になりたい。
まだまだ成長しなければなりません。
話は変わります。今は両者で企画検討段階ですが、新たな事を地元の三原テレビとタイアップして始めようとしています。
この内容はまた報告します。
きっと喜んでいただけるはずです。
投稿者 テツロー | トラックバック
2005年12月20日
『僕はスプリンターになるよ!』

小学校5年生の私です。(右2番目)
テレビ番組で盲目のスプリンターをガイドするオリンピックを目指している途中で病気のため走ることをやめたスプリンターの物語を見ました。 走れば命が短くなるが、盲目のスプリンターのガイドとしてアテネ五輪を目指すことで残りの人生を生き抜く姿を映したドラマです。
『僕はスプリンターになるよ!』幼い頃の自分の言葉と主人公の言葉は全く一緒でした。
皆さんの中にもご覧になった方はおられることでしょう。
私は涙無しには見る事ができませんでした。最近涙線が弱くなった・・・
幼い頃、病名は違うのですが親を思う気持ちと、親の気持ちが思いっきりオーバーラップするのです。自分は生きていますが、 今回の主人公は亡くなってしまいましたが・・・
人生は一人一人にドラマがあると思います。
そのドラマを一生をかけて素敵なものにするために生き続けるのではないでしょうか。
投稿者 テツロー | トラックバック
2005年12月13日
身体データーから思うこと

これは2005年3月の体です。下の写真は8月そして10月末の写真になります。


どんな状態で冬を過ごすことがシーズンへつながるのか。
これまでいろいろと感じた事、一流選手の状態などをチェックしてきた。今だに、どの状態が良いのか、種目によっても違うだろうし、 個々の身体リズムや能力によっても様々だということになるのか、はっきりとした答えは出ない。
絞りきった体でオフも努めること、反対にいったん体を(筋肉で、脂肪で)膨らませ、シーズン前に絞り込むこと。
私のイメージとしてはオフの間に筋肉をつけ3月~4月で絞り込むことを実行していました。
今回、2005シーズン前のオフはランの追求と題してトレーニングに励み、 駅伝などでポイント的にランを走れる状態でオフトレーニングを送ってきたのです。
スイムのレベルアップは当然の課題であるのだが、自分の持ち味を生かすのはランだと割り切った判断と、 故障を起こさずオフを過ごせたことが今回の結果だと思う。
成長する自分が好き!
うまく行ったらもっとうまく行くように工夫と努力をする。そこにはエネルギーもわいてくる。
その作用が生まれるものが自分に合ったトレーニングになっていくのだと思うのです。
自分自身を見つめることができるようになってきて、結果を出すための裏付けを造ることができるようになったと思うのです。
投稿者 テツロー | トラックバック
2005年11月23日
弦を担ぐ

この携帯電話は?
実はこれは私のもの。
そう、ゴールドカラーの携帯電話。
あっ!金色のケイタイだ・・・なんてよく言われる。
奇抜で珍しいかもしれない。確かに周りに同じ色はいない。同じ機種を持つ人も必ずほかの色を選択している。
このケイタイ、今年(2005年)4月1日に近くのボーダフォンショップへ出かけて行き機種変更をしたのだ。
いつも持つもので縁起のよさそうな色があればそれを選ぶ。
いわゆる弦かつぎである。
特にスポーツ選手は自分の力を信じるは当然だが、こうした縁起を担いで精神を集中しやすくすることは多い。
あのイチロー選手も言っていた。球場の自動販売機でドリンクを買うとき、同じものが並んでいたら右を押す・・・のだそうだ。
ほかにもケースバイケースで様々だという。
何はともあれ、真剣に物事に取り組む時に不安材料があればそれを少なくする事が、スポーツ選手にとっても大事なことなのでしょうね。
ゴールドメダルにあやかってゴールドケイタイを持つテツローだった!
投稿者 テツロー | トラックバック
2005年11月11日
エムスポ 初代ミスタートライアスロン中山俊行氏のコラム紹介

初代ミスタートライアスロン!
私がトライアスロンを始めた頃ご活躍され、まさに憧れの競技者であった中山俊行氏のコラムを紹介させていただく。当時、 私がお世話になっている広島のサイクルサロントクナガへもよく立ち寄られていたそうです。
(エムスポ http://www.mspo.jp/ より)
「ヒーローは誰だ!?」 (10月27日)
10月23日に開催された日本選手権。
久しぶりに素晴らしい日本選手の戦いを見ることができた。会場に来た観戦者もトライアスロンの迫力を充分に満喫できたのではないだろうか。
こういう戦いを、いつでもできるようになれば日本選手が世界で活躍できる日も近いと感じることができる。
女子は庭田清美が優勝。「トライアスロンを楽しむ」という、原点ともいうべきスタイルでこのレースを走る。本当に速かった。
本当に強かった。世界ランキングで10位以内に位置する実力を遺憾なく発揮しての勝利だ。その「楽しむ」
という取り組み姿勢が彼女の最大の強さだ。今回、庭田の底力は、関根明子の存在によって更に引き出された。ランニングでの一騎打ち。
ラン勝負ではほとんど負けたことがない関根に先着しての優勝は、歴史に残る名勝負と言えよう。
誤解をしてほしくないが、関根が弱かったのではない。2位とはいえ、関根の恐るべき「負けず嫌いスピリット」
にも寒気がするほど迫力を感じた。決して万全の調子ではなかったはずだ。しかし「得意のランでは絶対に負けない」
というオーラを発しての走りだった。
今回、1位、2位という結果になったが、それは今回、関根の強さを庭田が上回っただけ。そういう素晴らしい戦いを演じた上での結果だ。
その差はほんの僅か。こういうレースが見たかった。トライアスロンは年齢に関係なく進化できる。それを証明してくれた。日本のミセス・
トライアスロン達がどこまで行けるのか。楽しみで仕方が無い。
そして男子。優勝は平野司。1~3位を若手が占めた。「狙って勝つ」ということは凄く大きなプレッシャーを背負っての戦いになる。
それを達成した平野には拍手を送りたい。しかし、その平野の底力を出させたのは間違いなく田山寛豪である。
1週間前にハワイのアイアンマンを戦う。そこではSWIM 1位フィニッシュという日本トライアスロン史に残るような偉業を達成し、
初出場ながら31位とまずまずの成績を収めた。結果に関しては「並」かもしれないが、その内容に関しては「極上」であるといえる。
その疲労回復もできていないうちに「優勝」を狙って日本選手権に挑んだ。誰よりもアグレッシブに。その戦い方は、
明らかに世界で戦うことを前提とした走りだった。それに引きづられるように同世代の平野、細田が意地を見せてくれた。
一般人には「レースの結果」が全ての評価の基準かもしれない。それを否定はしない。優勝することは難しい。だからこそ価値がある。しかし、
それを上回る素晴らしい戦いを演じた選手が居ることもしっかりと見つめてほしい。
ヒーローは誰だ。
今回は田山寛豪であった。しかし、この戦いが全てではない。平野、田山、細田、山本、
この若手選手達全員がヒーローとなる日がくることを願っている。
(写真):
日本を支える怪物たち
写真1:中込英夫(38歳)彼に敗れた選手は強化指定選手の資格を剥奪すべきだ!
写真2:ロングの井出晋一と並ぶ、ショート最強のビジネスアスリート「福元哲郎(33歳)」
「エリート」と名乗りたいのであれば絶対に負けてはならないトライアスロン界の門番2人だ。


このように私には毎回が心に響くコラムであり、共通したものを感じさせていただく。競技では、やはり選手が表舞台であるが、 選手を辞めても裏方として支えてくださる方がおられるからトライアスロン(スポーツ)が伸びていくのだと感じている。
投稿者 テツロー | トラックバック
2005年11月01日
2005 JAPAN ランキング1

2005ひわさ大会(徳島県)のゴール後のシーンである。
彼の名は細田雄一。
私と丁度ひとまわり違うねずみ年生まれの、プロトライアスリートである。
彼を知る者はお分かりだろうが、とてもやわらかく愛嬌もあるナイスガイである。
若くしてオーストラリアでトライアスロン競技生活に人生をささげている。
彼と出会ったのは2003年のニュージーランドで開催された世界選手権の時のチームであった。英語は当然ぺらぺらであり、 国際派の彼は一味違うことを感じさせていた。そんな細田雄一との出来事をつづらせてもらう。
昨年度のJAPANランキング1位の平野司と6位の細田雄一が顔を並べた大会であった。
開会式からそのどちらが先にゴールするのかに的が絞られる。当然である・・・私は昨年までランキング入りさえしていない選手だ。
しかし、スポーツは強いものが勝つのではなく、その時勝ったものが強いのだ。
彼を交わしての2位。私にとっては大金星、彼にとってはしてやられたかもしれない出来事だったと思う。 レース後にたまたま勝てただけだとフォローしたが、プロとしては悔しいに決まっているだろう。スポーツの世界で情けは無用かもしれない。 このことで彼の気持ちが落ちてしまったり、調子を崩してしまわないかと心配もした。
しかし、彼はここから変わった。
後半戦ポイントを重ね見事に自身初の2005年JAPANランキング1位となった。
よくやった!
10月23日の日本選手権後に彼の顔を見たとたん心からうれしく思えた。
これから彼らが時代を切り開いていく。
その手助けが体を張って出来たのだと思わせてもらう。
どんな状況でもあきらめてはならない事を改めて痛感させてくれた2005夏の出来事だった。
今の自分にできる事は、言葉よりもこの体で見せてやる事!それが一番想いが伝わると信じている。

北京のスタートラインには細田雄一、彼がいる気がする・・・
投稿者 テツロー | トラックバック
2005年10月24日
2005日本選手権フォトギャラリー

年間総合グランプリ受賞!【エイジ部門】

日本選手権は1人づつ選手紹介がありスタートポジションへ付く

速人も緊張の一瞬を見守った!









レースデェレクターの白戸太朗氏(太朗氏のマルチな活動はあこがれます!私はファッションリーダーと呼びます)

オリンピアン(シドニー&アテネ)の西内選手と関根選手(実は関根選手は妻と高校、実業団時代からの友人です)

ジャパンランキング1位になったトライアスロン界のアイちゃん(上田藍選手)!
北京を目指して頑張ります!

ご存知 細田雄一くん2005ジャパンカップ獲得、そのまま北京を目指します!

日本チャンピオン きよみん(庭田さん)
自信が無いと前日は口にしてたのに、さすがトライアスロンを知っています。
誰もが認める真の日本チャンピオンです。

駆けつけてくれた後輩たちです。

中山俊行氏(プロトライアスリート第1号ミスタートライアスロン)は一般選手の頑張りに本心で敬意を示してくれます。 わざわざ会いに来て下さいました。

広島選手団!今回の経験はきっと今後のエネルギー・ターニングポイントとなるでしょう。
投稿者 テツロー | トラックバック
2005年10月13日
2005世界トライアスロン選手権(ハワイホノルル大会)フォトギャラリー

ハワイの空は青かった!


レースでは着ることができなかったオフィシャルユニフォーム

時差ぼけ解消にビーチへ

2003ニュージーランドクイーンズタウン大会も一緒だった平松選手。

オーストラリアチームはメカニックやスポーツドクター・トレーナーなども同伴のプロ選手並の体制だった。

ハンディーキャップを持っていても心はひとつ、勝負士の姿。

両足がなくてもトライアスロンが出来るんだ!

同じ選手として同じフィールドで戦えたことに感激しました!

皆様にもぜひ生で観戦して頂きたい!

この勇姿は素晴らしかった!

さ~スタート!


いろんなことがありましたが、今の力は出しきったのでは・・・

日本選手団!

さぎしま大会へきていたニュージーランド選手のカイル・ブリッジマン選手と会いました!
これからプロの選手として成長していくのでしょう。






トライアスロン界ではご存知プロカメラマン高崎氏(中央)
今回もみんなの姿を追ってくれました!
写真も何枚がご提供いただいています。
投稿者 テツロー | トラックバック
2005年09月21日
フォームへのこだわり

スポーツを取り組む上でフォームは重要なものだろう。
フォームに対して少し観点が違うであろうことを綴ってみた。
スポーツにおけるフォームとは個々の身体能力や動き、体型やセンス、様々なものが起因してくると思われる。
世界や日本のトップクラスを見ても、どの種目でもいろんなフォームがある。
それぞれが一番楽に(?)自分の力を出せるフォームになって極めたものがそれであるはずである。
私は陸上出身だから陸上競技で記す。陸上競技のマラソン(長距離走)など、ナンバーワン女子高生、 もしくは世界的有名な高橋尚子選手などの走りは意外にもかっこよいとはいえない。しかし思うに、 それが究極の長距離走のフォームなのかもしれない。彼女らにとってはまさにそうだろう。
女子マラソン世界記録のラドクリフは日本人にはなかなか真似できない、これまた究極のスピード走法だと思う。 私が中学時代から求めてきたのはこのダイナミック走法だった。
私は走ることに魅力を感じて育ってきた。長距離に転向しても、ランナー的な走りは求めなかった。 スプリンターで育った私はそのままスプリントの走法で駆け抜けることに徹した。本当は不利だとしてもだ。
記録よりかっこ良さを求めたのだ。記録など、どおでも良かった。そこに執着しなかった。
我々は子ども達をスポーツへいっそう引き込むのは見た目のかっこ良さも必要だと思う。
同じタイムで走ってもかっこよければ速く見えるものである。そして同時に可能性さえ感じさせてくれる。
私はそれで同じくらい、もしくは少し上の選手に十分にプレッシャーも与えている。
競技に対し、フォームへのこだわりから、そんな楽しみ方も出来ている。
小学生の頃、ロサンゼルスオリンピックでのカール・ルイスの走りを見て『かっこいい!』『自分もかっこよくなりたい!』 そこから始まった。
スイム、バイク、ラン・・・まだまだ追及しているフォームへのこだわりを一部紹介させていただいた。

投稿者 テツロー | トラックバック
2005年09月17日
自然体(普通)でいること

昨日、いやま整体院のいやま先生に全体をメンテナンスしていただいた。
先日のさぎしま大会の状況報告をした。『中盤からトップへ立って気持ちよくなるはずが、ずっとしんどい感じであった。』
体への負担は少なかったのだが、プレッシャーから来る体への影響を教えていただいた。
実際に上半身がまだ緊張した状態で内臓も下がっていると言われる。
大会が終わったのにだ。
心から来る身体の影響を知らされることになった。
昔言われたことがある。『練習は強いのに大会では力を発揮できていない』
大会に臨む時、意気込みがから回りすること、緊張から来る精神状態、レースを読めなくなること、こんなはずでは・・・ なぜ体が動いてくれない・・・いろんな体験をしてきた。
よく言う『平常心』『いつもどおり』など考えることから普通ではない事になる。
なかなか難しい。
機械でもない、動物でもない、それは人だから当たり前なのだと思う。
とっておきのものへ臨む時、緊張感の中で如何に普通に自分らしくいること。
簡単そうで、なかなか普通ってことは奥が深い。それをあらためて知ることが出来た。
投稿者 テツロー | トラックバック
2005年09月08日
さぎしま大会を終えて

広島県で唯一のトライアスロン大会。
そしてそれは私の住む街三原市の沖にある島、さぎしまで開催される。
地元三原市が身近に感じるのはこの大会だけ。
勝つところをぜひ見てもらいたい。
日頃情熱をもち取り組む事を結果としてあらわしたい。
他県で勝ち、地元で負けるわけには行かない。
海外の実力ある選手が招かれ国際レベルになることも・・・
こんな小さな島の大会なのに・・・
正直、それはもう日本で最高峰の日本選手権よりも意識してしまう。
私にとってさぎしま大会はそんな大会なのです。
今回、涼しい中で開催となったがレース自体は体調が優れなかった。ずっと苦しいまま。
それはトップに立ってからも変わらなかった。
汗が出なく水分の循環が悪かった。後半になるほど重くなる感じだった。
今出来る範囲で一歩一歩を大切に進めてのゴールだった。
そして、市長とも約束をしていたのでそれが実行できた。
言ったからにはやり遂げる。
【有言実行】私はそれを中学時代からずっと信念に生きてきた。
これからもそれは変わらないと思う。
信念や、情熱がある人は顔を見ると分かる。
そんな顔を見たらもっともっと輝かせるように方向付けしてやりたい。
さぎしま大会が終わって3日間はほっとし、力の入らない日々で台風を見送った。
日差しが出てきた。気力が甦る。
また次のステージへ!

投稿者 テツロー | トラックバック
2005年08月27日
運がなかったと思った高校時代でしたが・・・

今から18年も前になるのですね。
駅伝の名門と言われていた世羅高校へ入学しました。
まさに走るためです。

中学時代に全日本中学陸上(3000m)に出場し広島県ではトップクラスの鳴り物入り。
しかしこれが自分にとっては良い方向へいきませんでした。
先輩からは独特の圧力がかかり免疫の無かった私は萎縮しました。
陸上どころではありませんでした。
同級生達だけの学校の教室だけが逃げ場だった気がします。
寮を出て家から通いたいと両親にも打ち明けたこともありました。
両親もあの頃はつらかったといいます。
自分の子供がそんなことを言い出した時、果たして自分はどんな方法をとるのだろうか。
しかし人は生きるために考えも変わり知恵を生み工夫もしだします。
仲間達で辛いことも笑い話にしたり、悪いことですが先輩の悪口を言ってうっぷんを晴らしたり・ ・・
2年生になりようやく陸上へ打ち込めるようになった気がします。
わき目も振らず打ち込みました。冬の駅伝メンバーになるため、 そして3年生でインターハイへ行くために。
2年生の冬は中国高校駅伝では区間賞。
普通なら全国駅伝のメンバー当確ですが、名門校ならではの選考会があり、 先輩に1秒差で負け補欠。
結局それが都大路(全国高校駅伝)の舞台へ立った最後の姿でした。 (3年生では世界陸上マラソンで活躍した尾方選手率いる熊野高校に破れ予選敗退)
3年生になり実力はつけました。 現在中国電力のキャプテンで活躍する同級生の内冨選手とともに広島県大会での3000m障害走は2位で二人ともが大会新記録。

そのままインターハイと行きたかったのですが・・・中国大会でラスト50mで交わされ7位。 (6位までがインターハイ)
中学からインターハイへ夢をはせ努力してきたことが無になった瞬間。
その頃の私には自分の心を立て直すことができませんでした。
当時お世話になった方へ本当に申し訳ない日々でした。
正直に言えば、人生で青春真っ只中、できれば体験したくなかったことです。 (インターハイの決勝のスタートラインに立つ姿が時々夢に出ていました)
しかしこの経験が、結局は今までどこかで生かされていることは過言ではないでしょう。
一生懸命生きていると、絶対といっていいほどぶち当たるものがあるといいます。
それを乗り超えて大きくなるチャンスを神様が与えてくれているのでしょう。 宗教じみているかもしれませんが私はそう思って生きています。
運が遠ざかったように思えた高校時代ですが、 とらえ方によっては人生の上で素晴らしい経験をした時期でもあったように思います。
その時は失敗や挫折でも、きっとその後に成功と成長があります。
生きている限り生き抜きたい!

投稿者 テツロー | トラックバック
2005年08月26日
運を動かす!

私の大好きなスポーツを日本語で言うと・・・運動
この字からもいえること・・・運を動かす!
スポーツの現場で運がある選手と無い選手はある一定の線があると思うのです。
まじめ(真剣)に努力し、周りに気を配り好かれる選手。
まじめではあるが自分中心になりがちな選手。
私の人生のうち高校時代は後者の方でした。
駅伝の名門世羅高校へ進学し、何が何でも全国駅伝、インターハイに出なければ行った意味が無いと真剣に思っていました。
理不尽な上下関係も強くなるため我慢しました。
勉強も陸上も、誰よりも努力したと言えるぐらい頑張りました。若かったあの時代では精神ぎりぎりまで追い込んで生活していました。
後輩からは『努力の人』といわれました。でもそれだけです・・・
実力はあるのに結果が付いてこない。
陸上競技10年間(中・高・大)で高校時代だけは全国の舞台へ立つことができませんでした。
期待を裏切らないため、あの頃の自分はそれに精一杯で周りが見えなくなっていたのです。
そんな余裕の無い選手に神様が運をむけてくれるはずが無い。
可能性をたくさん秘めた若い選手に同じ失敗をさせないように、話せる機会があるときは話しています。
神様がこいつには運を与えようと思ってくれる人になりたい!
投稿者 テツロー | トラックバック
2005年07月04日
ウエットスーツの着用方法
ウエットスーツの性能は年々良くなり着用するのも楽になってきました。
しかし年数が経過するとやはり質は落ち硬化してきます。
メーカーに聞くところ2年がその性能を最大に発揮できる期間らしいのです。
何万円もするものを2年じゃ普通は換えないですよね。
その分、泳力を上げて補いましょ~!【笑い】
今回は簡単な着用方法をご存じない方へ伝授します。
写真のようにさらさらのビニール袋に足(手)を入れて通すだけ。
砂や石も中に入らず、スルッと着ることができます。
お試しアレ!

投稿者 テツロー | トラックバック
2005年06月27日
51.5Km(オリンピックディスタンス)発祥の地記念碑

2000年からオリンピックの正式種目となったトライアスロン。
この競技距離がスイム1.5Km バイク40Km ラン10Kmの合計51.5Kmなのです。
この競技距離が日本で最初に行われた地が天草大会なのです。(トライアスロン豆知識1)
ちなみに日本で最初にトライアスロンが行われた地は、鳥取県の皆生なのです。(トライアスロン豆知識2)
トライアスロンになじみのある方には常識話でした。
また、あの長嶋茂雄氏は、日本トライアスロン連合の名誉顧問でもあります。(トライアスロン豆知識3)
その名前が入った【長嶋茂雄杯】を3年間いただいています。
~ 感謝! ~

投稿者 テツロー | トラックバック
2005年06月13日
ウエイトトレーニングについて
よく大会やスポーツ関連の場で質問を受けます。
『どんなウエイトトレーニングをどれくらいやるのか!』といった内容のものだ。
私はジムへは全く行かない。
すべて自分の体重を利用して負荷をかけたトレーニングです。
しかし言ってなかったことがありました。
そういえば速人が生まれてからは、 速人を喜ばすこととあわせてトレーニングを行うことがありました。
ジムの固定されたウエイトよりバランスをとりながら行うことでインナーマッスル系へも効果を期待しています。
私にとってのウエイトトレーニングは、 そのスポーツで動くことに対してきちんと反応するものを作ること!

投稿者 テツロー | トラックバック
2005年06月08日
頑張ってくれるもの・・・
それは自分の身体とともに一緒にゴールを目指してくれるもの。
シューズであり、ユニフォームであり・・・そしてこのバイク。
私はものを大切にする。
当たり前であるが、それが競技力、人間力につながると思う。
今回は一緒に戦ったバイクへ月桂冠をかけてやりました!

投稿者 テツロー | トラックバック
ちょっとカフェ!
2005年1月9日(日)
三原駅伝の後でのスナップ。
彼女達は三原第五中学の3年生。
帰り支度をしているところへ突然駆けつけてくれ、
『福元さん。私たちのために今までありがとうございました。』
と言ってくれたのです。
頑張っている子供達を応援したくなり足を運ぶようになって、逆に力をもらっていたようなものなのに。。。
なんだかジーンときちゃいました。
広島県トップを目指し頑張ってきて、目標を達成した三原第五中学女子チーム。
中学生でまだ体も出来ていない中だから、とてもきつかった毎日だと思う。
でも一生懸命頑張りやり遂げた3年間は、彼女達の心の中で輝く太陽のような想い出となるでしょう。
彼女達の輝く将来をこれからも見守ってあげたいと思います。

田口信教・柴田亜衣(共に鹿屋体育大学)両氏が三原へこられました。
共に水泳でミュンヘンオリンピック(男子100m平泳ぎ世界新記録)
と今夏行われたアテネオリンピック(女子800m自由形)
の金メダリストです。田口先生は,ここ三原市の第三中学卒業で尾道高校と当時は水泳留学をなさっておられた方です。
内容としては,アテネでの亜衣ちゃんの決勝映像を田口氏が解説しながら当時の気持ちを亜衣ちゃんが話したり,田口先生独自の講演があったり,
質問コーナーがあったりと,今までに無い講演会でした。
質問コーナーでは子供たちが聞きたいことがたくさんあるようで,大人たちは遠慮しているようでした。
私も出番は無いとのんびりしていたのですが,司会者が私へ突然振ってきて大慌て・・・これまでの経緯を話し,質問として
『一流選手のモチベーションの保ち方や普段の練習への取り組む姿勢』そして、『子供たちへ指導していると必ずこの競技には向いていない,
明らかにセンスの無い子がいるが,がんばって続けさせるだけでいいのか・・・』など自分が抱いていることと一致するか聞いてみました。
1.応援してくれる周りの人たちや,
毎日プールでコーチしてくれるコーチなどのためにもがんばらなくちゃと思う。(柴田亜衣ちゃん)
2.スポーツをすることで勝ち負け意外に学ぶことの方が,
これから成長していく時や社会に出て対応できることを身につけられる。上下関係や仲間しかり,ルールを守ること,
努力すること, 頑張り抜くことなど(田口先生)
私の思いとほぼ同じで共感出来た面があった。
また,びっくりしたこと!
私も講演や教室でたまに話すのですが,スポーツを日本語で書くと『運動』=運を動かす!ということ。(持ちネタとしていた・ ・・)
スポーツや人生に運は付きものですね。
その運を自分のものにするのはお分かりだと思います。運を動かすための生活をするのです。 記録的に誰が勝ってもおかしくない中で勝った亜衣ちゃんは田口先生から見てもそのような子だとおっしゃっていました。
ちなみに~
・・・亜衣ちゃんは年末の紅白歌合戦の審査員を頼まれたのに練習があるからと断る始末・・・なるほどね~って思いました。


アテネオリンピック壮行会
7月13日、母校である広島経済大学陸上部の後輩、
松田亮くんがめでたくアテネオリンピック陸上競技200m・400mリレーの代表となったことを祝う壮行会へ行ってきました。
彼は経済大学のある安佐南区で、
幼稚園から小・中・高・大と育った異例の生粋の広島市安佐南区っ子です。
そして彼は昨年の世界陸上もリレーで出場しています。
私が練習にグランドへ立ち寄っても話しかけなければ反応の無いおとなしい物静かな人柄ですが、
秘めるものはすごかったのでしょう。
大学卒業後も大学に残り陸上競技にかけていました。
苦労は当然あったと思います。
強い信念と努力でつかんだオリンピック。
さすがとしか言いようがありません。
彼を支えるお母さんや先生そして経済大学の理解ある環境・・・
やっぱり思いは通じるものだとあらためて感じました。
最高の舞台で力の限りがんばれ!松田亮!!


光に向かって!
『光』が『夢』をたとえたものです。
この絵のようにいつもエネルギッシュで生きていきたいのは今も変わりません。
この前学生の前で『自分は夢に向かって自分は生きてきた。』と話したら、後で手紙が帰ってきた中に、夢が無い人生はいけないのか!・・ ・その人は否定されるのか!と考えさせられる文をもらいました。また、医師会の先生方の前で話した時は、 年配の先生方から若い先生方までおられましたが、まだまだ自分は夢がある、60歳を超えた先生もそうおっしゃられていました。
その日を生きていく中で何か目標や願いは無いものかな?
若い学生に言われたことが少しショックでした。
人は夢を持つ唯一の生き物だと思います。
せめて自分は、この絵のようにいつまでも輝く未来へ突き進みたい!
さて,高校時代の写真です。
スポーツで育った方,携わった方なら分かりやすいと思いますが,そこには独特の上下関係がありますね。 特に高校生というのはとりわけその傾向が強いようです。
各種スポーツ名門校といえばそれに輪をかけたような伝統的?風習的?上下関係が築かれています。
それが良いのか悪いのかは,私は分かりません。
例外なく私もそれを体験しましたが,自分はそれが受け入れられず委縮した時代もありました。
1年生のときにこんな生活が耐えられない。いやで仕方がない。そんな想いから両親にどうしても寮を出たい。 30Km以上ある三原からでも,通うと駄々をこねた事もあります。それほど耐え難い時期もありました。
夢や目標を追って走りたいだけなのに・・・地元の高校がうらやましかった。
何ヶ月か1回,一泊で家に帰るれのですが,寮へ帰る日の車内は口をきけませんでした。
そんな姿を見ていた両親は,本当に息が詰まるようでつらかったと話します。
でも,仲間と両親,知人に支えられ学年を進めることが出来ました。
2年生になると,理解ある先輩方でしたから充分に競技や生活に打ち込むことも出来ました。
3年生のとき絶対自分は理不尽な上下関係はしたくないと信念は貫けたとおもいます。それを卒業後知らされたのは, 後輩や先生からの言葉でした。
競技ではインターハイも全国駅伝も行くことが出来ない私でしたが,
『ひたむきに努力する,尊敬するすばらしい先輩でした!』といってくれてました。
なんだか,むずがゆくなりそうですが後輩や仲間からそう言ってもらうとうれしいものですね。
今は時代も変わり,昔ほどではない感じになっています。
信念を貫ける環境も大事だと思います。
若い人たちがこの文章を読んでくれていたら伝えます。
『自分に必要だから神様が試しているのだ』と思ったら乗り越えられないですか?
ふとアルバムが目に付きのぞいてました。
だんだん昔へさかのぼって,いろんな思い出がよみがえってきます。
小さな頃から,やんちゃな子でした。
ですが私は小学生に上がるとき,
突然原因不明の目が見えなくなる病気にかかってしまいました。
必死に両親は病院を渡り歩き,行き着いたのが脳外科で権威の岡山大学病院でした。
数ヶ月の入院生活を覚えています。
幼稚園から小学校へあがる時の出来事でした。
屋上の階段で母親が泣いているのを今も覚えています。
両親は担当医から死を宣告され,
命あっても植物人間か,障害を持つ体となることを覚悟するように言われていたらしいのです。
その時はなぜ自分が入院しているのかも知るよしもなく,
早く小学校へ行きたいな!
そんな思いで入院生活を送っていました。
その頃の写真がやたら目に付くのです。
両親の気持ちがいたたまれなく感じるそのアルバムを,
今も大切にとっています。
今でも言います。
『命があり,普通に体が動いてくれれば十分だったのに。
スポーツで活躍するようになるなんて,今でも不思議で仕方が無い。』と・・・
私は生かされているのだと思います。
何か使命があるのだと思います。
精一杯生きることでそれを見つけていきたい想いです。
皆さんも何か役目があるのだと思いませんか?
入学式には出席できず片隅に写っていた頃の写真です・・・
2004年,現在私は6月23日を迎えると32歳です。
よく一般的な質問を受けます。
トライアスロンって何歳がピークなの?
何歳まで出来るの?
その時私は答えます。
『その人の環境と情熱によります!』
そして,
『思いが強いほどその環境を整え努力していくので分かりません!』
実際に20代で終わる選手,30歳から伸びてくる選手。
世界には40歳代でも選手権クラスの大会上位へ絡んでくる選手もおられます。
確かに今は10代20代のころと違い,毎日ハードトレーニングは出来ないし,
そんな環境はプロで無い限りありえません。
ただ社会人競技者として最大限の努力はしていきたいと思っています。
そんな自分の心と体をケアしてくれている一人がいやま先生です。
ここでは気持ちもリセットでき,また進化を求めて頑張れるのです!
2004年1月24日(土)
今までに交通事故を始めトレーニング中や大会のときに、いろいろな場面に遭遇してきました。
走って消防署(救急隊)まで通報したこともありました。
今回は自主参加ではありましたが、
三原市消防本部主催で丁寧な講習が開かれました。
私たちの生活には意外に密接なことながら、いざという時は躊躇してしまいますよね。
自身一歩間違えば大変リスクの大きなスポーツへも取り組んでいます。
年々進歩している講習内容では
人の命は当然ですが、救助する側も危険から自分を守らなければ成らないことを学びました。
(感染症や二次災害など)
昔受けたからといっていては時代遅れです。
今回改めてそう痛感しました。
最善を尽くせば助かる場面は多くあります。
悲しむ人を少しでも減らせる自分でいたいな、
新たな心が芽生えました。
三原市消防職員さんありがとうございました!
2004年1月11日(祝)
成人の日です!
成人式を迎えられた方 おめでとうございます。
あなたたちは夢をかなえる底知れぬ力を持っています。
一生懸命生きていますか?・・・・
少しこの時期の思い出を記します・・・
私にとっては11年前になります。
私は成人式へ行っていません。
節目の式へ参加するしないは賛否両論あることでしょう。
テレビや新聞で見ると
みんなきれいな服を着て、同級生たちとワイワイ楽しそうにしてますよね。
(大人になろうとか全く考えない子供のままの成人が
一部ですがいますね。祝ってくださる方の話を無視してまでも・・・)
自分にはそこが楽しいところには思えませんでした。
11年前のこの日に駅伝メンバーの選考会がありました。
そのとき一生懸命していることに一生懸命立ち向かっていました。
そこが自分の居場所でした。
また成人した年の誕生日
思わず目頭が厚くなった思い出もあります。
それがこの写真です。
これは私の10歳したの双子の妹と、弟が送ってくれた手紙です。
私が20歳。妹と弟は10歳。
二人はちょうど小学4年生です。
短い分ですが色使いを気にしながらきれいな字を書こうと
自分のことを考えて一生懸命書いてくれてます。
自分のことで一生懸命な生活の中
陰で支えてくれている家族の温もりを思いっきり感じた手紙です。
一生懸命生きていたからこそ感じたのだと思います。
この手紙は,今も部屋の片隅に飾っている宝物です。
私は中学から勉強!を、がんばりすぎて? 視力は最終的に
0.02 でした!
視力検査の一番上のCが見えないのです・・・
ド近眼です!!
はっきり言って競技にすごく影響していましたが
仕方のないこととあきらめていました。
しかし、この手術の件を聞いて自分には必要だと思っていました。
三原の眼科に丁度行っているところがあるにはあったのですが
両目で40万円弱・・・20台半ばだった私には保険も利かない手術で
なかなかそちらの面で踏ん切りが悪かったのです。
しかしそれから数年,世羅(私の第二の故郷)高校横の藤原眼科で
格安でこの手術を行っていることを知り話を聞きにいきました。
先生も信頼できる方で即予約。
2002年シーズンに入る前の3月に行うことができました。
なおる個人差はあるのですが私の場合は
1.2 まで回復しました。
目を手術ということで恐怖感はありますが
私は本当に良かったです。
15年コンタクトの生活だった私にとって
いまだに別世界で生活しているようなうれしさがあります。
中国電力全国制覇! 似顔絵 |
雄大な自然
トライアスロンは
世界各国
日本各地
海岸地域はもとより,内陸部でも開催されます。
その度にちっぽけな人間ではどうすることもできない雄大な自然がある。
その環境と心が一体になるとき
そのとき不思議な力が沸いてくるのを感じます。
これはスポーツと無縁な人
人生を追求した生き方をしていない人には説明できません。
PHOT
ベストショットをこのホームページへ載せられるのは
妻の力もあります。
ほとんどのシーンは妻が撮ったものです。
プロに負けない絵を取ると思いませんか?
連写でなく1枚ずつです。
特にスポーツシーンは押さえるところが違います。
撮られて感動
うれしい写真
プロカメラマンさん!
参考にしてくださ~い!!

夢の舞台でした!
2003年12月6日
ニュージーランドはクイーンズタウンにて
ITU世界トライアスロン選手権
胸のJAPANフラッグに競技生活20年間の想いをこめて
この地へ立つことができました。
多くの方に支えられここまで来れたことがうれしいです。
感謝しきれません!

速人!
自分に子供ができたこと!
自分の分身。
父親
自分を大切に育ててもらった両親と
同じ土俵に立ったんだ・・・
すごく神秘的に思う。
これからこの子がいて人生観も変わってくるのでしょうね。

投稿者 テツロー | トラックバック








