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2011年12月26日
日本一の後輩たち!
こんなに安心してゴールを待てるチームが存在するなんて不思議なくらいです。
そこにどれだけの人の想いがつながっているのでしょうか
人が人を育てる・・・
人の心と行動が、夢が目標へ、そして現実へと変えていく事を伝えてくれる。
世羅高校は夢を努力目標へと変えました。
選手、監督、関係者、携わるすべての方々の生き方に感動いたします。
私の世羅高校生活は、正直言って挫折で終わりました。
そんな青春をつぎ込んだ3年間を誇りと思えるようになったのは、
紛れもなく、後輩たちのおかげだと感じています。
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2011年10月30日
熱き想いに・・・
石切劔箭神社(いしきりつるぎやじんじゃ)のお守り
これはトライアスロン友人が、私のもとへ届けてくれたもの。
彼は自分のことより人のことを考える人。 ![]()
昨年シーズンは全般的にも足の状態が悪く、痛み止めを使わなければ戦えないレースが多かった。
日本選手権は共に出場したが、私は途中棄権。
彼も実は足の状態は悪く、完走はしたものの力は発揮できませんでした。
悔しかっただろう・・・
それなのに、直後に私のもとへ来て
「テツローさん、足は大丈夫ですか・・・」
息を切らせながら最初の言葉
一昨年、骨折したときも、兵庫から入院先の病院へ顔を見せに来てくれました。
彼の中に距離や時間は関係ないのだなと思うほど、普通に来てくれたのです。
そんな彼の想いがこのお守りです。
「医師」を切る・・・お医者との縁を切る・・・
だそうです。
苦しんでいることを知ってくれていたのです。
私は彼の想いに、胸が熱くなり、こみ上げてくるものがありました。
2年前の新潟国体は一緒に戦いました。
昨年の千葉国体は、警察学校に入り出場を見送られました。
彼は警察官になり、ますます忙しいトライアスリートになられました。
自分のことで精一杯の私が恥ずかしい。
素晴らしい選手は多い。
こんな選手こそ日本一になってほしいとも思うのです。
また来年から、彼と競技を通して、素晴らしい人の想いを大切にできる生き方をしていきたい。
ありがとう!
木庭選手・・・
2009新潟国体より (左)木庭選手・八尾師匠・高野選手
兵庫県チーム
2009日本選手権では、足の痛みに顔を歪めながらも完走
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2011年08月27日
進化と分化
関係者の皆様ありがとうございます。
今までは、無我夢中でがんばってきたところがあります。
知らず知らずに、進化できたと思っています。
進化とは、過去の延長線上に今があること。
これからは『今の自分を変えたい、変わりたいと、強い意志を持って生きたい。』
そのときに分化は起こると信じます。
変えようとするとき、揺るぎない意思と力が必要です。
そして、皆様の力もお借りし続けなければなりません。
応援してきて良かった思われる福元哲郎になりたいと思います。
これからもよろしくお願いします。
写真の姿は2008年の四連覇達成のときです。
Photo2008(トライアスロンさぎしま大会より)
明日の地元のさぎしま大会へは、18年目にして初めて出場できなくなりました。
大人気ないですが
くやしい・・・
地元さぎしま大会で優勝する姿を、この写真が最後にしようとは思いません。
志と希望をもって、また挑戦します
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2011年08月19日
福元哲郎応援団
今、福元哲郎は戦っています。
どんなときでも、
応援してくださるみなさまがいてくれるからと、本人はいいます。
ホームページの更新回数は落ちるかもしれませんが、
私たちがフォローしていきますので、
今後とも福元哲郎をよろしくお願いします。
投稿者 福元哲郎後援会
2011年07月02日
みやじま大会へ
想いのある大会
できることはやってきた
全身全霊!
どうやらそれしかないようだ
男前なレースをしたいと思う
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2011年06月29日
テツロー少年!?
井原陸上競技場でみつけた!
一生懸命な姿・・・
この繰り返しが
きっと、大きなところへ連れて行ってくれる
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2011年06月22日
テツロー少年
第28回井原市陸上競技選手権大会へ出場してみます!
競 技 順 序 (トラック種目)
100m小学生(男) 14:00
100m小学生(女) 14:40
100m中学生以上 15:10
800m小学生 15:30
800m中学生以上 15:50
200m中学生以上 16:00
1500m中学生以上16:10
400m中学生以上 16:25
5000m高校生以上16:30
3000m中学生 16:55
400mリレー 17:10
私はもともと陸上競技の短距離選手でした。
100mをどれだけ速く走れるかに青春時代をつぎ込んできました。
Photo市民体育大会2007年10月(左) ・中学生のとき描いた絵(右)
体の状態が少しおかしく、短い距離でしか練習ができない状態でした。
そんな時・・・
なんだか昔を想い出していました。
『速く走りた~い!』っていつも考えていました。
どんなフォームで
そのためにはたくさん食べて、
筋肉をつけて、
何度も何度もスタートダッシュを繰り返したり、
世界選手権や、オリンピックを見るために深夜でも目覚まし時計で起きて、テレビにかじりついていたり。
思い出してもいつもワクワク、どこまでも駆け上がっていきそうな自分がいました。
本当に楽しそうでした。
あのころの自分に戻ってみようと思いました。
こんな時だからこそやってみよう!
この想いを汲み取ってくださった井原市スポーツ課のご担当の方へ本当に感謝いたします。
1時間20分の競技スケジュールで
100m+200m+400m+800m+1500m・5000mに挑戦してみます。
今度の日曜日は、おそらくこのスケジュールではボロボロになるでしょう。
もう走れない・・・って(笑
ここからスタートしていけると直感です。
日曜日、井原市運動公園陸上競技場で大好きな『かけっこ』に夢中になっているテツロー少年を想いうかべてみてください。
小学生の時 三原市代表リレーメンバー
中学3年生3000m(県大会決勝)
先頭!
世羅高校1年生 1600mリレー(県大会決勝)
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2011年05月21日
らしさ
怪我をしてからの競技生活のとき
それでも、
速くなりたい・・・
強くなりたい・・・
そんな気持ちがいろんな行動を起こさせました。
良くも悪くも。
Photo Notake
練習内容や、その一因は様々ありますが、ここでは端的に想いを伝えます。
自転車が速くなりたいから、自転車の世界の関係者から教えていただいたフォーム。
確かに自転車界では理想でしょう。
一生懸命そのフォームをならしました。
気がつかないうちにトライアスロンでのバイクパートの結果が出なくなっていました。
理想からかけ離れていることもある。
けれどもそれがその人の持ち味かもしれないこと。
これを見極められる人や、本人、またそれをうまく生かせる人の存在で、どうにでもなってしまうことを感じます。
有名なところでは、イチロー選手に仰木監督。
有森選手や、Qちゃん(高橋尚子選手)に、小出監督。
この3選手は一度はほかの人からフォームをなおすように指示されましたが、それを断りました。
両監督は、それでいい!とその選手を生かした育て方をしました。
その結果はご存知のとおり。
フォームをなおして飛躍的に成長した選手も当然います。
究極なところで自分を生かせる(出せる)のは、造ったものではないこと。
石垣大会や指宿大会の敗戦で、特にこの一週間自分を解放してみました。
好きなようにバイクもセッティングしました。
筋肉が硬くなるかもしれないからと、避けようと思っていた筋トレも、やっぱりやりはじめました。
自分が一番、力が出せると思う形に。
色々やって、色々経験、体験してわかることがあります。
それが正しいか、そうではないかも、やってみなけりゃわからないことがたくさんあります。
自分探し、世界を見据えた未来のために、週末からトライアスリート(高野紀子選手)が、また来てくれました!
さぎしま大会のスイムパートで初出場する田中選手も一緒に練習しました。
ジェイソンコーチと、練習パートナー田谷さんも含めて、悲鳴を上げるほどすごくきついけれど、二日間最高の練習が出来ました。
気持ちが前へ前へと進みます。
ひとすじの希望が生れます。
未来のレースが楽しみです。
私はこれから、
『この行動が福元テツローらしいことなのか・・・』
それを判断材料にしていきます。
テツローらしさこそ、テツローであり
あなたらしさこそ、あなたです。
自信を持って!
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2011年05月13日
生きていて・・・
生きていてくださってました・・・
生きているから想像を絶する生活が待っていると思います。
人事かもしれません。
それでも生きていて下さったことでうれしかった。
申し訳ない・・・うまく表現できません。
私の関係者も亡くなられた方がいます
『福元君よく来てくれた!』
『今年も頼むよ!』
あの人の声はもう聞けないのです。
そしてもうひとり
『福元さんのホームページで勇気をもらっています』
Photo:またいつか仙台の地を走らせてください!
トライアスロン関係者でもなく、
私が毎年行っている、宮城県で開催される
『宮城国際トライアスロン仙台ベイ大会』
その地元の新聞記事で私を知ってくれました。
広島便は当時一日に1本しかなかったので、その時間に仙台空港まで会いに来てくれた方がいます。
そのことから始まった、ファンでいてくれる人。
秋には名産のイチゴを送ってくださいました。
あの日、東北地方を中心に大変なことになりました。
気になっていたが連絡はつきませんでした。
3月11日から2週間後にツイッターで、連絡が入りました。
『家と共に何もかも流されてなくなってしまいました・・・今は親戚の家で何とかやっています。
テツローさん?
がんばってくださいね。』
その言葉を聴いて、
私は何を言えばいいのか、言葉が出ません。
言葉が見つからず、胸がつまりました。
幸せな私たちには、想像以上の現実と聞きます。
想像を超える現実のさなかなのに・・・
極限を経験した人の心の奥深さ、やさしささえ感じたとき、
いつもがんばっているぞと誇らしげに言う自分なのに、そんな私もちっぽけに感じそうです。
追いつけないかもしれないけれど、そんなやさしさを受けた人は、その人の想いも背負って生きていける気がします。
やさしさを受けたものは、もっとやさしくなる・・・
それを信じて生きていきたいと想うのです。
あたりまえのフレーズしかいえません。
それでも・・・、
『がんばってください!』
負けないで・・・生き続けてください
Photo:仙台空港より
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2011年05月02日
ふるさと館
ツイッターにはタイムリーに報告しましたが、
昨年の成績を奉納してきました!
やっぱりシーズンの始まる前に持ってこなければだめだな・・・
そう思ってしまうのが、石垣島のレース結果。
早く持ってきた時ほどシーズンのスタートがいい気がする(笑 ![]()
2010年はこれだけだった
ゴールデンウイーク中に『さぎしま』へ渡り、
夏のさぎしま大会をイメージしながらコースをランニング。
良いイメージになるとだんだんペースも上がる。
その途中で
『さぎしまふるさと館』のトライアスロン部屋へ
昨年の【かたち】トロフィーなどを置いてきた。
重い荷物を背負ってもらって、『ふるさと館』を目指します
帰りの船から、さぎしまをバックに・・・節目の仕事を終えた、そんな気分です(笑
懐かしい写真も・・・
NHKドラマのロケも、さぎしまの想い出のひとつ!
さぎしまへお越しのときはぜひのぞいてみてくださいね。
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2011年03月31日
ひとすじの希望・・・
『懸ける想い』
ひとすじの希望とともに湧き立つ力・・・反面
不安も・・・
シーズンを迎えようとする今、
少しがんばりすぎてるのかな?
体が重く反応がわるい。
トレーニングのプロセスで当然の状態であるのも分っているが、時々不安が襲う。
割り切っているものの、練習として参加する各レースで体感する感覚にずれがある。
歳をとったから?
故障を、無理を承知で押してきたから?
渾身の力が入らない。
スポーツマンにとって、オフシーズンは大切な積み上げる時である。
しかし、良い時のトレーニング量を明らかに超えている。
故障で苦しんだ2年間。
得たものも大きいが、失ったものもある。
10年以上かけて積み上げてきたものを、無くしたと思ってしまう自分がいる事も否めない。
まだ過去の自分を超えたいと想う気持ちが行動を起こさせる。
活躍を喜んでくれる人を笑顔にさせたい想いが、力を湧き出させる。
たとえどん底にいようと、ひとすじの希望を見つければ、人は前に進める。
どん底を経験したものは、とんでもない人間力を身につけ帰ってくる。
今が踏ん張りどころ。
ひとの魂
心から信じています・・・
がんばれ自分!
たのむぞ、この脚!
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2011年03月08日
トップデザイン
For going forward, anyway.
とにかく前に進むために!
『本当の意味で前に進むためには、
福元選手ならならもうわかっていらっしゃることと思います。
良くも悪くも自分をまるっと受け入れることで、
ひとつ前進することができる・・・と、いうことだと思います。 』
この写真に、そして、本気で生きようとする自分に
恥じない生き方をしていきたい・・・感謝
今シーズン、よろしく!
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2011年02月21日
本当に大切なこと・・・②
三菱駅伝を走り終え・・・
シンガーソングライターの森本ケンタくんが三原市へキャンペーンできているので、
顔を出させていただきました。
ケンタの顔が見たかったので、1分でもいいから会ってきました。
走りたてのカッコで・・・皆様には場違いで驚かれたでしょう(笑
Photo Tochigi
ステージでは二人、結局たわいもない話しになっていると思いますが、みなさんが笑顔になってくれてます。
次は水泳の大会で広島へ移動!
その場を颯爽と切り上げようと立ち去ろうとした時・・・
私の好きな曲、そしてファンがぴったりだといってくれる曲 【 Hill Climb 】 を歌いだしたケンタ。
急ぐ足が止まりました。
数あるケンタの曲からあえて自分のためにも用意してくれていたんじゃないかな?
って今、思うのです。
そしてこの写真を見て、行けてよかった・・・顔が見れてよかったと思うのです。
ありがとうケンタ!
聴き終わって、さ~水泳競技会へまっしぐら!
兄貴分として慕ってくれるケンタの生声を聴けてすがすがしくなりました。
向かう道中も、しっかりお礼の電話なんかくれちゃって、やっぱりケンタだな~
携帯が山本マネージャーからだったから、もしかしてマネージャーに『かけなさい!』って言われた?(笑
なんにしてもケンタはサイコーだぞ~!
正義のみかた 森本ケンタ! の
どんなことがあっても、ケンタのみかた より
![]()
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2011年01月05日
ビジネスパーソンはなぜ?
知人が本を出版されていたタイトルが
【仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか】
また、ニュースなどでは
『走るビジネスパーソンが急増中!
不況下で過熱する「マラソンブーム」の謎』なんて話題も。
書籍でも
【忙しいビジネスパーソンが3ヶ月でフルマラソンを完走する方法】
など、ビジネスとスポーツが想像つかないところでつながっていることを証明している。
Photo Tochigi
スイムトレーニングは公共のプールで20時30分までだ。
ジェイソンがマンツーマンで指導してくれている。
1回ごと1ストロークをも大切する練習だ!
私自身もそれは実感しています。
忙しく仕事をしている時の方が成績が良い。
忙しく日々を送っている時の方が成績が良い。
恋をしていてそちらの方でいっぱいいっぱいな時なのに成績が良い。
すべて経験済みです(笑
休日、ダラ~っとするのも大切なことです。
休日こそ普段以上に活動(練習)するのもありでしょう。
体は疲労感があっても、精神は安定し、仕事が充実するって感覚がありませんか?
今回の正月休みは、休みにこそ出来ることをやれました。
だから気持ちも充実してスタートしているのだとも感じます。
話しを戻します。
私の場合は、通勤時間を利用もしながら、平日の方が限られた時間の中で、分刻みで動きます。
テキパキこなしながらと言った感じで、どちらかと言えば平日の方が、トレーニング効果をあげています。
時間が無いなら、無い中でどれだけ出来ることをするか!
分っていても難しいものです。
私がメディアや講演で紹介することを例に挙げましょう。
【1分トレーニング!】
1分間腕立て伏せ全力で繰り返してみてください。
たった1分ですが、出来たもんじゃないですよ・・・きつくて(笑
腕立て伏せ+腹筋+スクワット=各1分間全力で繰り返す。
(意外に知られてないようですが、筋トレってダイエットにもなります!)
間に休憩入れてやっても5分です。
24時間の内の5分です。
時間があっても意外に実行できないことが、隙間時間を使った方ができてしまうこと。
ママさんランナーをはじめ、女性のビジネスパーソンやアスリートのパワフルさなんか、男はかなわないな~って思いますよ。
人間力を持っているからでしょうか。
私もまだまだ人間力を高めていきたい。
追及していかなければと思うのです。
できる範囲で、精一杯に!
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2010年12月27日
そんなに泣くな・・・
後輩よ、そんなに泣くな・・・
『広島、世羅高校は惜しくも準優勝!』
この瞬間、それは応援しているものも瞬間は残念に思った。
奇跡が起こる瞬間を期待させるものだった。
選手のことを思うと、誰もがその次の言葉が出なかった。
Photo Tetsuro
準優勝・・・
傍から見ればたいした結果だ。
しかし、本人たちは違う。
どれだけこの日のために1年をつぎ込んだのかは、競技者にしか分からないかもしれない、想像を絶する世界があるのです。
42.195kmの駅伝を最後のトラック勝負ラスト250mで、初優勝を飾った鹿児島実業に交わされ引き離された。
選手たちはこの場面を忘れないだろうし、抜かれた選手本人は一生忘れない出来事になる。
これを払拭しようと今後がんばってくれるだろう。
高校3年間というのは、人生の中では特別な時間だ。
私もそうだったが、青春時代に負った傷とでも言えよう・・・インターハイ、高校駅伝で成せなかった悔しくつらい想いは、世界選手権へ出場しても消えなかった。
その頃の自分へ
『あの経験を打ち消すためにもがんばってきたぞ!』と言ってやれるが、やっぱりあの時あの場でやり直せるならやり直したいと思う時代がある。
そんな青春時代の出来事・・・彼らはどのように受け止めるのでしょう。
ただ言える事があります。
競技者はこれを糧に、これを打ち消すために、努力していけた者こそ本物になっていくのです。
そんな競技者をたくさん見てきました。
1年生で背負った重荷がこの先、きっと・・・
『この日があったから!』
と、笑顔でいえる日がくると信じます。
誰も君を攻めないでしょう。
チームみんなが、あと6秒自分が・・・って思っているでしょう。
それでも彼は自分を責めるのでしょう。
この想いを背負ってたくましく成長してほしい。
大工谷(だいくや)選手。
君なら大丈夫だ!
この先ラストスパートでは誰にも負けない選手になるかもしれない。
私もトライアスロンではあるが、ラストでもつれたら絶対負けないアスリートになれました。
それは君に似た経験があるから・・・
『先頭は広島、世羅高校!』
この言葉がテレビ放送の中で、レース半分以上連呼されました。
私らは誇りに思えたし楽しかった。
昨年の優勝は歓喜に沸いたが、
今年の君たちは下馬評を覆すレース振りに、可能性と興奮をもらいました。
本当にワクワクさせてもらいました。
ギリギリのところで勝負する後輩たちの姿に胸を打たれました。
本当にありがとう。
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2010年12月26日
都大路
全国高等学校駅伝競走大会
準優勝!
後輩たちの応援へ都大路(京都)へ行ってきました。
前年優勝校として、昨年のような超高校級は揃わなくとも、どこまでやってくれるのか楽しみな後輩たちでした。
正直に言います。
ここまでやってくれるとは思いませんでした。
全国はそんなに甘くないことを身にしみて経験したし、そう思わざる得なかった経験をしています。
岩本監督と選手たち、そして支えるスタッフの力の偉大さを痛感しました。
負けはしたけれど、すがすがしい気持ちです。
この負けは、また来年からの王者世羅高校へとつながっていくと信じます。
Photo Tetsuro
私は後輩たちへの励みになると思ってがんばっているつもりです。
年齢も半分以下の選手たちの目の前で、努力する姿を見せています。
がんばっていれば何とかなることを、身をもって伝えてやろうと思っています。
しかし今日は、ギリギリのところでがんばる後輩たちの姿に心を打たれ、私が励ましてもらった気がします。
君らには2位以下はいらない・・・本当にそんなレベルになっている王者なのでしょう。
これからは君たちは勇者と思えます。
それは、王者よりもっと強くかっこいいかもしれません。
1.2年生も、3年生だって、これからだから・・・
夢中でいこうぜ!
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2010年12月07日
体育賞
2010年12月4日(土)
広島県体育賞をいただきました。
今回が初受賞です。
世界選手権へ出場しても、アジアチャンピオン(アマチュア)になってもいただけなかった賞です。
授与式で、『トライアスロン 福元哲郎さま』 と、アナウンスされます。
同時に、やっとトライアスロンがスポーツ競技の位置づけに成ったことを実証した瞬間でもありました。
Photo Tochigi
トライアスロンは、どうしてもイベントとして扱われがちです。
確かに1秒を競い合っているのは一部で、全体的には個々の目標に向け完走を目指している。
多くの人が年齢問わず参加している形から、確かにイベント性は高いでしょう。
国民体育大会へも参入して2年目。
そして、先に行われたアジア大会では、競技トップを切って日本最初のメダルを金・銀で獲得したのがトライアスロンの女子選手2人でした。
翌日行われた男子も、金・銀【ワンツーフィニッシュ】でこの競技の存在感を TEAM JAPAN が示し、それをメディアが伝えてくれた。
それが作用したのかどうかは分りませんが、広島では今年度の賞からトライアスロンが競技と評価された事を感じました。
うれしいです!
競技を始めたときから、
『中国地方、広島県ではパイオニア【先駆者】として、活躍できるようにがんばります!』
と、報道関係に話していたことを思い出します。
私を見てトライアスロンを始めたといってくれる選手がいる事を聞きます。
憧れの眼差しを感じることもあります。
そんな競技者になれたことは誇りです。
そして、そんな選手をがっかりさせるような事をしてはいけない・・・
手本になれる競技者として、
本気で目指すことができる競技者として精神を律していました。
その選手たちが育っています。
誇りを持って打ち込める環境造り。
そして、世界で戦える場を準備してやらなければと想うのです。
それがパイオニアとしての使命でもあるのです。
よく言われます・・・
『維持するの、大変でしょ?』
いえいえ、私はまだまだ進化していますから(笑
まだ達成していないものがあります。
それを目指しています!
想ってもいなかった体育賞が、エナジーチャージになったことは確かです!
母校:広島経済大学石田理事長も喜んでくださいました!
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2010年11月22日
超えていく影では・・・
そこのあなた!
この写真見て、笑ったでしょ!?
このところスポーツの話題が少ないので、
ちょいと差し込みます!
プロの選手は別として、
私たち社会人競技者は秋からは、屋外練習では、朝は良いとしても、
夕方は日没後になります。
暑い暑いと言いながらも、明るい中で練習が出来ていた夏が懐かしい・・・
私なんか、夏が終わると寂しくなり、しゅんとします(笑
そして、なぜか冬至の日が来ると少しうれしくなります。
それは、まだ日没の時間が目まぐるしく変わるわけではないのですが、
ここからは次第に、日の長さが同じ(春分)に向かっていく。
その先では、また明るい春から夏が待っている・・・と思えるからなのです。
さて、仕事を終えてからの練習はこんな感じ(写真)で行ってます(笑
私の住む三原市は、街中はともかく、通勤で走る道は晩は真っ暗・・・
車が背後から照らしてくれれば路面は見えますが数秒の世界で、基本真っ暗です。
つまずかないようにするのが精一杯の走りでは、スピードが出せず、つなぎの練習にはなっても、
超えていく練習にはなりません。
笑ってしまうこの姿?かもしれませんが、
同じやるなら力(パフォーマンスアップ)にしたいので、今こんな感じで屋外トレーニングです。
笑うなかれ!
競技者・・・
私で言えば、
プールでも、家のトレーニングルームでも、思わず苦しさに声が漏れてしまう事もあります。
人には見せたくない、そんな姿が影にあるのです。
あまり見せたくなかったのですが、トレーニングって地味で、こんなもんです。
もう怪我はしたくない・・・
そんな想いもこもった姿でしょうか?
わが身を守りながら、相手をびっくりさせないように、
思いやりと、命がけ?で、トレーニングしています。
あなたの街で、そんな競技者を見たら、フォローしてやってくださいね。
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2010年10月27日
希望があるから!
日本選手権も終わり、メインシーズンは終了しました。
終わりよければ・・・
と、行かない私は、
気持ちを来シーズンまで持ち起こすパターンです。
その繰り返しで、少しずつ進化できている気もします。
終了後、1週間はのんびりするようにしましたが、
深い呼吸をしながら、体へ酸素を入れていないと、すぐになまってしまう感じでうずうずしてきます(笑
また本格的トレーニングが始まりました。
来シーズンへ向けて!
Photo Jason(1500mトライアル後)
早速、
スイムではコーチングしてくれるジェイソンが、
「あさっては1500mを計る!」
プールでの水泳競技では、1500mが最長距離です。
(25mプール30往復)
陸上選手にわかりやすく表現すれば、トラック種目1万m(400mトラック25周)に似た感じです。
今後のトレーニング計画の資料とする、タイム計測になります。
コーチとマンツーマンで公共施設(リージョンプラザ)の25mプールで30往復!
一般の方が減る20時スタート!
なが~~~~~~~~~~~く・・・
感じること、間違いなし!
仕事中も、今夜はタイムトライアル・・・って、緊張していました(笑
それでも、スイムが自分の競技では、カギになってくることは分っています。
38歳福元テツロー!
自己ベスト目指してがんばりました。
やっぱり長かった・・・(写真)
「た・・・タイムは・・・ハァ~ハァ~ハァ~」
ベストタイム!
あの中間でばてた泳ぎでベストならまずまず。
喜んでいると・・・
「福元さん・・・ごめん・・・50m少なかった。」
「・・・」
「え~~~~~」(涙
ラスト100mの平均タイムで予想タイムとしましたが、やっぱり最後まで泳ぎきってのタイムがほしかったのは、言うまでもありません。
ジェイソンは、しきりに
「だいじょうぶ、大丈夫!良かったよ!」励ましてくれてました(笑
17年間、三原市水連の子どもたち(選手)と、スイム練習は行ってきましたが、
今年1月から、不思議な縁で、専門コーチ(ジェイソン)が付いてくれるようになりました。
まだ一年もたっていない。
本当に、スイムはこれからです!
練習中に、時々この泳ぎができるようになったら!ってことがあります。
時々が、大体!になって、
ほぼ!になって、
いつものように!って、なれるようになりたいのです。
極限のレースで、どんな世界が待っているのか、
今までの展開と変わってくることで、自分を最大限に引き出せるレースになってくる事を楽しみにしています。
当たり前のことをやっていく!
それを継続することで、当たり前の結果が出る!
『その当たり前を、如何にできるか!』なのでしょう。
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2010年10月24日
森本ケンタ ライブトーク
2010年10月23日(土)
森本ケンタ ライブ&トーク
三原市が主催する生涯学習フェスタの中で、
森本ケンタ君にライブをやってほしい・・・と、同僚から案が挙がったのが6月。
ライブでも言っていたように、ケンタは、ここ三原市を第3のふるさとといってくれるほど、ひいき目にしてくれる場所です。
私も自治体からオファーがあることは、ケンタにとっても絶対プラスになるはずと、マネージャーへつないでいました。
以前からケンタとは、このような形でライブをしてみたいと言っていたのでした。
それが実現したのはすぐだったように感じます。
人は想いを持って想うことで、実現させる力を生むのだと、改めて痛感しました。
Photo このウエアが出来るまでのエピソードも話せました!
ただし、実現するに当たり、動いてくれた三原市の同僚スタッフ、オフィスケンタの皆さん、関係者の方々、想いが一つにならなければ実現はなかったのも事実です。
物事が行われることはそういうことなのです。
分かっていても、不思議です。
さてさて、ケンタのライブ前に筆影山のてっぺんまで走ってのぼり、三原のパワーを浴びて下り、
準備入りするケンタ組と、駐車場でまずご挨拶!・・・汗だくで(笑
実は、あこマネージャ-(山本さん)は、私と会う時は、いつも普通の格好でした。
競技者の姿をはじめてみて新鮮だったと言うのです。
そういえばそうだな?
面白いものです。
着替えを済ませ、控え室で談笑後、本番突入!・・・と、いってもケンタが途中で
『テツローさんが来てくれる!』など言ってくれていたので、それまではこっそりファンの皆さんの中に潜んでいました(笑
ライブ半分、トーク半分って予定でしたが、
ケンタもブログで言ってるように、私とケンタが組めば、時間内に話しが終わるわけがない(笑
本当に、ケンタとこのステージが実現できて嬉しく、そして楽しいひと時。
何より、ケンタが自分では言わないだろうことを、ファンの皆さんに伝えることが出来たことで、私の役目を果たせた気分です。
ケンタと、ファンの皆さんをもう少し強く結び付けたかったもので・・・少々言いすぎたところはありましたが、私の気持ちです。
将来、ケンタを応援してきて良かった!って男になってくれる・・・それを感じさせるケンタなのです。
これからこそ、よろしくお願いしますね。皆さん!
『テツローさんのようになりたい!』
こんなことを言ってくれるケンタを、
がっかりさせない男に、私もなっていかなきゃな!
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2010年10月12日
出会い!
ステキな出会いがありました!
・・・・
Photo Tamakami
・・・・って、いっても、皆さんが想像する、あま~い!浮いた話しではありません(笑
先日の夢半島千葉国体の帰りに、成田空港勤務で知人の玉上(たまかみ)さん(共同通信社カメラマン)を訪ねたところ、
『ぜひ会わせたい人がいる・・・』
ということで3人で一緒に食事をしながら、お互いに興味のある深い話題で話し込んでしまいました。
吉田文代さん!
彼女は、陸上競技三段跳びで、現在日本選手権6連覇中のトップジャンパーです!
皆さんにとっては陸上競技でもマイナー競技かもしれませんが、私たちと同じ、フルタイムワーカーでありながら日本一を続けている女性です。
チャーミングでステキな女性です。
成田空港株式会社にお勤めで、
大会の時のウエアには『成田空港』と入ってます。
その苦悩や葛藤は、お互いにしか分かり合えないところも、そして共通の想いもありました。
がんばっている人は、どんな人にも苦労話はあります。
私はそんな人たちと心を交わし、勇気付け、勇気付けられることが好きです。
そこから絆も生まれることも・・・
女性として・・・
日本一として・・・
スプリント競技として・・・
それは、想像を超えたものがあるでしょう。
連覇できる人って、人間力がある人だと思うのです。
それを今6連覇中!
超人間力!ですね。
吉田さん!?
『やってやりましょ~よ!』
今日から三段跳びと来れば
『吉田文代さん!』
みなさんにもあわせたいな~、とても魅力的な女性です(笑
よろしくお願いしますね!
Photo 成田空港にて、玉上カメラマンとご一緒に!
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2010年10月08日
サプライズ!
ワクワクする言葉!
慕ってくれる森本ケンタ(ブログも面白いですよ!)くんが5周年を迎えました。
それを祝うため、仲間内で密かに計画されているパーティーがありました。
10月7日の当日昼過ぎに、
『テツローさん!広島でデビューして、おかげさまで、5周年を迎えることができました。これからも・・・・』と、わざわざ丁寧にメールが入りました。(こんなところがケンタなんです・・・涙)
実はそのパーティーで、乾杯の役をおおせつかっていましたので、気がつかないように普通に返信はしたものの、
ケンタはこの密かな計画を知っていないな!
しめしめ・・・唖然と驚く顔が見られる・・・(笑
と、一人で昼間っからにやけているのが想像できます?
ご存知の方はお分かりでしょうが、ケンタは純粋にまっすぐな人間です。
この業界の方たちが『大丈夫か・・・』っと言ってしまうほどに。
そんなケンタとつながった方々が集まりました。
み~んな笑顔です。
それこそ、み~~~んなです。
広島県では誰もが知る有名な方もたくさんおられました。
陰の陰で支えられている方もたくさんおられました。
みんなケンタの成長を、進化を楽しんでいます。
ファンの方には言葉が適さないかもしれませんが、
ケンタは、人懐っこくって、思いやりがある。
私にとって、活躍を心からうれしくさせてくれる存在です。
うれしそうな顔を見ると、がんばれ!もっと、もっとうれしくなってくれって、弟のような存在です。
やわらかい甘いマスクからは想像もできない少年時代も聞きました。
お母さんの心からの言葉のお手紙に涙で崩れる姿に切なくなり、
マネージャーに対して『ついてきたことを後悔させないから!』と言い切る男らしさを感じさせる。
そして、
『テツローさんの背中を見ていますから、頼みますよ!』って、私まで男にさせてしまうことを言う。
人を幸せにできる人・・・森本ケンタ!
また、ひとり見つけました!
ケンタはいったいどこまで人を幸せにしてくれるんだろう・・・
応援してください!
やっぱりここは、大好きな本名さん(ほんな正憲RCCアナ)(こちらのブログも最高です!)と!![]()
山本マネージャー、ケンタを頼みます!
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2010年09月24日
それでも挑戦!
2010JTUエイジランキング最終戦
村上・笹川流れ国際トライアスロン大会事前情報
9月26日(日)新潟県村上市で2010JTUエイジランキング第14戦・村上・笹川流れ国際トライアスロン大会が開催され、687名(リレー含む)が出場。山・川・海、山紫水明な小京都村上の街を駆け抜ける。
本大会はエイジランキングファイナルステージ、また全日本女子年齢別選手権となっており、女子年齢別にはプレミアムポイントとして通常大会より高得点が付加される。
男女総合、年齢別ともに全国からトップエイジアスリートが顔をそろえており、エイジチャンピオンの座をかけ最終戦にふさわしい熱戦が繰り広げられる。
男子は現在総合ランキング1位の永田成也(鹿児島)、2位の倉内誠司(愛知)、3位の福元哲郎(広島)、4位の岡本治樹(滋賀)が顔をそろえた。中でも永田と倉内の差はわずか2ポイント。倉内が勝って逆転優勝となるのか、永田が勝ってエイジチャンピオンの座を射止めるのか。しかしこの他にもケガでリハビリに励んでいた実業団チーム所属の平松幸紘(愛媛)がレースに復帰、石垣島大会で3位のHermand Eric(東京)らの存在も気になるところだ。
~以上JTUニュースリリースより~
Photo Takasaki JTU
2009村上大会より
今シーズンのランキング1~4位が集結します。
私は9月12日の波崎大会をキャンセルしたため、たとえ優勝しても得点換算上、日本一にはなれません。
以前に述べたように、私の中では2位以下は一緒なのです。
ランキング1位しか翌年の世界選手権公式派遣はないのです。
言い方を変えれば意味がない!といえるのです。
それでも、今回はエントリーのとおり出場します。
意味があると想うからです。
たとえそれがどんな結果であろうと、
今後のために・・・
来シーズンのために・・・
私の誇りのために・・・
大切なものが、私にはあるから・・・
それでは、行ってきます!
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2010年09月11日
残念です・・・
男子は現在総合ランキング2位の倉内誠司(愛知)、3位の福元哲郎(広島)、地元茨城県国体代表の松丸真幸(ロング強化指定選手のため対象外)、一昨年の本大会優勝の中込英夫(神奈川)らが出場。ハイレベルな優勝争いとなりそうだ。
【JTUニュースリリースより抜粋】
勝負したかった・・・・
航空チケット、レンタカー、宿泊先すべてのキャンセルを終えた時
その一言が、もれそうになります。
来年、2011年の世界挑戦へ望みをかけたレース。
特に格上がいる時、予想を覆す、覆せる楽しみが私にはある。
そんな時のレースこそ渾身のレースを展開できる。
そんなレースをしてきた私にとって、まさに、ロックオン!的レース。
しかし、挑戦せずに散る・・・
残念です。
ランキングイベントは残り2レース(茨城県・新潟県)・・・すべて優勝して同率首位!
・・・その場合、勝率の高い方が日本一!
=世界選手権派遣
世界選手権派遣へ、100か!ゼロか!の挑戦だった。
その挑戦は、終わりました。
治ってくれなかった・・・
合わせ切れなかった・・・
今日は、ブダベストでトライアスロン世界選手権が開催されている。
昨年の結果、そこへの想いは断ち切れているが、7年目にしてそこへいない自分か・・・ふと想う。
来年の北京に切り替えてシーズンをスタートしました。
今シーズンの一番の目標が世界選手権奪回!
届かなかった・・・
来年ねらえばいい・・・人は言います。
そうだねと、答えるがそんなに甘いものではないことも良く知っている。
2年遠ざかると、そこへのエネルギーは想像を絶するものがあるとも感じる。
日常生活を淘汰して望んでいくとき、いろんな弊害が発生する。
心が折れず、耐えられるだろうか・・・
勝負の世界だ。
人のすること・・・
来年だってあるかどうかわからない。
ましてや、ギリギリ大逆転が起こりうる、こんなにもつれた面白いシーズンもなかなかない。
隠し通してきたが、ベストでない自分が今シーズンも続いていた。
その付けが後半戦見事に出てしまった。
思いっきり戦える体で勝負しなければ、こんなものなのだとも感じました。
チャンスをものにしてきた自分が、ものにできない自分を見るとき、迷い?、そして弱さ?を感じます。
ただ、いえることがあるのです。
あえて、欠場を決めたこと。
それは、来シーズンの、いや、これからの自分のためです。
手のつけられない強い福元!,テツロー!を出現させるためです。
そしてもうひとつ・・・
自分の弱さを認めたとき、本当の強さが生まれる!
だから、やってやろうじゃないか!
巡り会わせで、
今、岡山大学病院のゴットハンドの異名を持つ先生の治療を受けている。
平日で片道2時間。
時間だって、経費だって掛かる。
先生も仕事が終わっての晩に対応してくださっている。
以前の自分だったらそこまでしてないだろう。
今、崩すわけには行かない・・・
ここが人生のポイントだと感じるから、純粋な気持ちで行動している・・・踏ん張っている
福元テツローはやってくれる。
あいつはそんな男だ・・・
私がそう思えている。
何も悲観的にはなっていないのでご安心を。
落ち込んでる暇なく、まだ高いレベルでのレース三昧ですから・・・
集中!集中!
今シーズンを最後までやり遂げます!
あ~大変だ~~~~!!
あのころ必死だったね・・・なんて
笑っていえる日が、きっと来るのでしょう。
人生って面白い!
1290 TETSURO
2009世界選手権ユニフォーム
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2010年08月24日
もう一つの想い
夏が終わった・・・
灼熱のさぎしま大会の後は、いつもつぶやくようにそう感じる。
Photo Winning Shot
今回の結果、日本選手権出場(東京お台場開催)は消えた・・・
今シーズン、そこで勝負できるまでスイムのスキルアップを図れていただけに残念です。
ここからは、シーズンラストスパートとなります。
来シーズンへの挑戦権、想いが実ってくる季節になります。
昨年のこの時期は精神も身体もいっぱいいっぱいでした。
早くシーズンが終わってしまえって・・・(笑
満を持して、挑戦のシーズンとした今年。
昨年の私を大切にしてやりたい想いもあって、とにかく結果を求めている。
これから先の私のためにも!
挑戦者としてのトレーニングを行ってきました。
周りの一部の人にはどんなに必死だったか感づかれているでしょう。
そこにはチャンピオンなどと言うような風格は消えていました・・・
水泳の練習中に脱水で倒れてしまったり、声を吐き出してしまうほどきつい練習も行ってきました。
夏まつり(主務の仕事)が終わっての4週間が本当に長かった・・・
身体もギリギリだったのだと思います。
調整段階に入った1週間、いやな痛みが出はじめました。
前日の最終練習でランニングのスピードをあげられなくなり、
選手生命の危機さえ感じたのです。
治療院の先生に無理をいい、足を運んでいただきました。
当日も、レースになれば何とかなる。
勢いで何とかなる、大丈夫だと言い聞かせながらもどこかに不安を抱く自分がいました。
やけに緊張しているなと想っていましたが、それは痛みに対してのおびえだったのだと、後で思いました。
医療班より痛み止めをいただきました。
結局、痛み止めに慣れてしまった身体には効く事はありませんでした。
バイクを終えたときのアドバンテージが50秒ほど。
ここさぎしまではこの差は無いに等しい。
持ち味を発揮したかった・・・
痛みに負け、
暑さに負け、
足は止まってしまいました。
なさけなくて、
悔しくて、
応援してくれる島民の人々に答える事もできなかった・・・
今年も怪我の影響を受け、力を発揮できない自分。
私が1番にゴールすることで、ますますトライアスロンのファンが多くなる、そんな姿を見せてやりたい・・・
そんな想いが、これまでも奇跡を起こしてきたのは事実です。
ランニングで後退していく自分に、
本当はもっとできるのに・・・
たくさんの人の笑顔が見たいのに・・・
今やらなきゃいつやるんだ!って言い聞かせたが、
力の入らない足はストライドは伸びませんでした。
来年だってあるわけではないぞ!
『一生なんて一瞬・・・』
仲間の死、昨年の事故からも感じました。
生きる時間は無制限ではなく、突然終わってしまうものだと。
来年頑張るから!
ずっとそう言っていられたらそれだけでも幸せな事。
いつも頑張っていたい。
全力で生きていたい。
ギラギラとした瞳をしていたい。
私はそれを感じていられるから、トライアスロンをやっているのかもしれません。
勝ってきたから想うことがあります。
負けたからこそ想うこともあります。
続けているから終わりも来るのだと感じます。
生き続けているから大切な事が分かってきます。
今回はじめて応援に駆けつけてくださったあなた。
かっこよかったし、感動したと言ってくれました。
それを聴けると、良かった!って心から思えます。
そして、
今度は、もっとかっこいい姿を見せたい!って想うのです。
それも私の力の源!
恒例のように、すごく大変なのに応援へ駆けつけてくれたあなた。
毎年大変だと言いながらも、普通なお顔で大会を支え、応援してくれる子どもたちを含めたスタッフのみなさま。
あなたがいるから、こんな過酷な事へ安心して挑戦できているのです。
前日の晩に迅速に助けてくださった鍼灸医のやまぎわ先生。
怪我の予防で徹底的にメンテナンスしてくださるカイロプラクティックの政岡先生。
いつもの私を支えてくださるあなた。
活動を支えてくれるあなた。
そして、ここを毎日のように見守ってくれているあなたも・・・
あなたのこころが、私に大切な事を気付かせ、行動をとらせ、導いてくれているのです。
ここから、また心が動き出すのでしょう・・・
感謝
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2010年08月20日
1%にかける!
私の仕事集中期(7月~8月はじめ)が丁度全国的にトライアスロン真っ盛りでした。
その間さすがにレースへ挑戦できませんでした。
皆さんの知らない部分では、
先日の北海道のジャパンカップで現時点でのエイジジャパンランキングが2位におちました。
JTU日本トライアスロン連合ホームページ
Photo ITU2006スイス・ローザンヌ世界選手権
Photo Takasaki JTU 2008カナダ・バンクーバー世界選手権
逃げ切れるとは思ってはいませんでしたが、残りのレース数から厳しい状況になりました。
首位に躍り出た選手は鹿児島県の永田選手。
家族想いのすばらしい選手です。
完璧な結果に、現状ではもっともなランキングになっています。
千葉国体(10月3日)前のジャパンカップ新潟村上大会は見送っていました。(さすがに国体前なので)
予定している、9月12日の茨城県で開催されるジャパンカップで優勝しても1ポイント届きません。
その両方を優勝し(今、予想される獲得ポイントで)同ポイントの首位となります。
日本一にならなければ、翌年の世界選手権の公式派遣はありません。
2位ではだめなのです。
日本一か!
それ以下か・・・
正直、ここまでもつれるとは思っていなかった。
こんなところで勝負に生きていることも誇りに思え幸せです。
私の完全復活は日本一を取り戻してから!
とシーズンをスタートしています。
国体も想いのある大会・・・
しかし私の中ではやっぱり世界で戦うことが優先します。
昨年のゴールドコースト世界選手権では、パンク途中リタイヤと、えらいでかい落し物をしてきてます。
ぼろぼろだった昨年の結果、今年のブタペスト大会は出場権なし。
来年こそ!取り戻しに行かなければなりません。
1%でも可能性があるなら・・・
かけてみたい・・・
本当に1%のところにいます。
神様は私にどのような結果を与えるのでしょうネ・・・
面白くなってきた!
そう思うと、ぞくぞくしてきます!
全国のライバルたち!
お願いだから、そっとしておいてくださいね(笑
おっと、その前に・・・
地元のさぎしま大会ですね。
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2010年08月19日
今の気持ち・・・
打ち明けます・・・
石垣島大会からスタートして、前半戦の7レース。
例年のペースよりは少ない数ではあるが、
次々と完全復活を目指して進んできました。
勝たなければ・・・という想いは当然ありましたが、どこまでいけるのか楽しみな気持ちが満ちていたのかもしれません。
Photo 2005さぎしま大会より
私はレースの数はプロの選手と比べても多いほうです。
4週連続なんてざらで、6週連続といったシーズンもありました。
意外にもその方が、わき目も降らず集中した日々を送るしかないので、
すっとレースに臨み結果も付いていました。
レースの間が開くと、もう一度体を作り直し、精神とともに調整していく。
抜群に力を発揮できる条件ではあるのですが、レース感は遠のく。
今回後半戦が22日のさぎしまから始まります。
地元の大会。
今まで17年間で2位以下にこぼれたことがない、いわばここでは勝って当たり前と思われるまでになりました。
その裏ではその当たり前を続けて行きたいと、本気になろうとすればするほど、いろんな精神状態に陥りました。
私の性格でしょうか、地元こそ完璧な100%の調整と結果を求めてしまいます。
返って自分を追い詰めてしまって・・・
ストイックになり、多かれ少なかれ自身でプレッシャーを生み出しているのです。
その分、体も研ぎ澄まされて仕上がっていることは間違いないのですが。
今までどおり、普通にこなせばいいのにと思っている反面、完璧な調整を試みようとする自分が毎年この時期います。
しんどいなって感じることもあります。
レース数日前など、まさにそんな気持ちになることも・・・
故障でもしていればなおのことです。
そんなさぎしま大会を17年間積み上げてきました。
ただ、昨年はそんなしんどさの方がよっぽどいいなって思えました。
『力いっぱい生きてる証拠なんだ!』って痛感できる。
どうしてもしんどい時、
『幸せだろ?』って問いかける。
結局、『幸せだ!』としか答えは出ません。
プレッシャーを自由に楽しめる・・・そんな強い競技者になりたいものです。
まだまだ私の目指す競技者魂には遠い。
そんな強さがほしい・・・
私は結局、挑戦することがすきなんだと思います。
『これをやりきったらみんながびっくりするぞ!』
『驚かせてやろっ!』
昔は親や、先生、友達に対して・・・
今は私に、まごころで対応してくれ、心が伝わり、跳ね返ってくるすべての人たちに対して、そんな気持ちがあります。
この感覚は小さなころから変わっていないようです。
そうは言っても、逃げることも出来ないし、
覚悟が決まれば、結局スイッチが入って戦闘モードになってしまうのですが・・・
灼熱の太陽が降り注ぐ『トライアスロンさぎしま大会』
今年はどんな素直な自分に会えるのでしょう・・・
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2010年08月16日
人生が動きだす
もうすぐさぎしま大会です。
今年は私を応援してくださる方の姿が多くありそうです。
ケンタファンもこの日は私の応援団になってくれるはず?(笑
苦しく、つらいと想った昨シーズンでしたが、
その時間を進んでいるときも、そして何とか耐え忍び、本気の笑顔が出るようになると、
様々なところで心の通う出会いもありました。
そんな人たちが来てくれるのです。
たとえ現地にいなくとも、心はさぎしまに送ってくれているあなたもそのひとり。
Photo 2008年さぎしま大会より
そんな縁で、初めてトライアスロンを見られる方も、さぎしまが初めてな方も。
私の人生が動き出したところ・・・
私も、出場者すべての方が想いをかけて出場します。
命がけと言っても過言ではない瞬間があります。
一瞬一生!
私はさぎしまでのレースの一瞬を積み上げて進化することもできました。
多くの人の出会いがあって私の人間力が成長しています。
これからも。。。
そして、
『勇者が伝えるもの・・・』
特に夏はこれが伝わりやすい季節です。
これを生で感じ取ってください。
挑む勇気が満ちた空間がそこにはあります。
あなたの人生に変化があるかもしれません!
あなたの人生が動き出すかもしれません!
Photo Nishiya 2007年さぎしま大会より
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2010年08月10日
さぁ!まってろよ・・・
写真は昨年のさぎしま大会。
このシーズンを前年のアマチュアチャンピオンとしての使命感で戦ってきた。
無理と分かっていながらも、わずかな希望を抱き出場し続けてきた。
シーズン後半はもうボロボロでした。
痛み止めを使いながら、何とか日々を送っていました。
心が折れそうな瞬間が幾度もありました。
普通の選手なら辞めてしまうな・・・
今の私でも昨年の状態で、招待選手でなければ辞退し続けていたと思う。
私のアマチュアリズムとしてのプライドでした。
プロではない故の。
今の自分を見てもらうための出場。
勝って当たり前と見られ、それをやってきたつもりだが、人は崩れるときがある。
それを見てもらおうと。
勝てないと分かっていて、
完走できるかも分からない、
怪我を長引かせる・・・
そんなことは全部分かってはいての行動だった。
しかし、奇跡が起こるかもしれない・・・
それはなかった。
つらく、
しんどく、
早くシーズンが終わってしまえばいいのにとまで、思ってしまった。
シーズンが大好きで、夏が短すぎて、『まだまだ夏であってほしい!』って、寂しがっていた私がこんなことを想うなんて。
地元のさぎしま大会。
自分を育ててくれるさぎしま大会。
初めて出場した『トライアスロンさぎしま大会』で6位に入賞。
夢と希望を抱き、果てしない挑戦が始まった。
ここでは、15年間1位か2位で表彰台に上がらなかったことはなかった。
昨年は、出場していなかったよね、と言われるほどの結果。
表彰式は見ることなく、気持ちを押し殺し会場を後にしました。
その晩、
後悔なんてしていないと思いつつも、
悔しくて・・・
寂しくて・・・
むなしくて・・・
ぽっかり、心に隙間が出来たようでした。
今年のゴールシーンをイメージして乗り切ったことを思い出します。
その大会がいよいよ2週間をきりました。
ジャパンカップなど、世界へ向けて遠征を繰り返していることなど、地元の方は知らないでしょう。
だけど、この『さぎしま大会』だけは知っています。
地元ではトライアスロンと言えば『さぎしま』そして、『福元テツロー』なのです。
そのプレッシャーは良くも悪くも自分を大きくしてくれました。
世界選手権に挑む時とは、全く別なものを感じる。
想いのこもったさぎしま大会。
そんなところに昨年の自分をそのままにしてはおけない!
『よくこの1年耐えて、前に進んできたな!』
22日は、灼熱の太陽のもと開催されるでしょう。
大好きな夏をとりもどしに!
ボロボロでも、想いだけで信じ続けた私を迎えにいってやります。
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2010年08月07日
そんな夏が好き!
皆さんいかがお過ごしですか?
『暑い!』と思わず言ってしまう日が続きますね。
夏だから当たり前のことだといわれそうですが(笑
それにしても異常な暑さには変わりありません。
われわれスポーツマンは、夏を乗り越えてこそ進化できる競技も多くあります。
私が学生時代から取り組んでいた陸上競技も、まさにこの時期を乗り越えてこそ進化できる!
夏を乗り越えなければ進化できないとまで感じる競技でした。
そうはいうけれど、大変です。
普通に生活していても大変なのに、
自分を変えよう!
超えて行こう!
そこへの挑戦は、この時期まさに命がけ。
先日、ランニングトレーニング(結構きつめのメニュー)を行った後、スイムの練習中(これもハード系)に、メニュー間の中休みで、水を浴びに行ったとたん脱水症状が出始めたと思ったら、あごから唇、腕が硬直痙攣しだし、動けなくなりました。(意識はしっかりしています)
これ以降のトレーニングは中止・・・
そんな時に思うのです。
決めたメニューを後一歩のところでこなせ切れなかった悔しさと、
ギリギリのところまで踏み込めた事。
限界を超えるような練習で倒れたことは今まで何回かあります。
さすがに周りに心配をかけてしまってはだめですが、ここまで挑戦できたことへの誇りというのか、希望が生まれるというのでしょうか、肉体と精神が極限状態を経験した時、今回はここまでだったと諦めをつけられる。
そして何か素直な気持ちになるのです。
素直になれた瞬間に、次につながる道が見えてくるのです。
人が一番伸びる時、素直な心になった時だと感じる。
ありますよね、そんな瞬間が・・・
私がここで記している件は、医学的には経験がない人には大変危険です。
ただいえることは、今までの自分を超えようと進化、成長を求め行動する人にはこのような経験が少なからずあるということ。
経験がない人にといってはまったくばかげていておかしいと思えるものでしょう。
今、この暑さの中で、まさに追い求めるものがあり、夢やロマンを求め実行できる勇気を体感できた時こそ、
生きているって感じる瞬間、素直になれる瞬間を痛感します。
私はそんな夏が大好きです!
22日には灼熱のもと、地元で開催されるトライアスロンさぎしま大会があります。
私が経験するレースで、暑さでは最も大変な大会になります。
どこまで我慢できるのか、夢中でゴールを目指せるのか、それはわかりません・・・
ただ言えるのは、そこは応援する人たちも暑さとともに一緒に戦ってくれる。
あなたの応援(足を運んでくれたのならもう最高!)が聞こえたら、
夢中でゴールを目指している私がいることを、イメージできているのですよ!(笑
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2010年07月01日
やっぱりファイターだった
はつかいちみやじま大会が終わった。
そのときは勝ち負けよりも大切なものを見つけたといった。
ここからは、経験や想い、察する心がなければ理解できない話になる。
結果を知った職場の同僚や知人たちに会うたびに
『・・・、 惜しかったね。』
『・・・、 おめでとう?』だよね・・・
『新聞には名前がなかったけれど・・・』
(名前は小さくは書かれていたが、1位でなければ活字としては見えないらしい。)
のようにエールや祝福に迷いを生じさせ、私は優勝でなければレースにでたことになっていない人もいる。
Photo お世話になる競輪選手(左)の娘さん(シノちゃん!)お父さんの背中を見て自転車競技を選んだ。彼女のレースも見てみたい!
今回は、私の!応援に駆けつけてくれた(笑
Photo 前日に勝つためのメンテナンスを懸命に施していただいていた(感謝)
競輪選手がメカニックを担当
今回のレースは勝ち負け以外にも意味のある(見つける)レースではあった。
しかし、やっぱり新聞記事も1位でなければ想いも伝えられない。
若い頃に1位以外はみな同じ・・・という、オリンピックや世界レベルの選手たちが良く口にする言葉の意味がピンとこなかった。
その意味が身にしみて痛感するレベルまでこれたことには想像以上の進化と誇りを感じる。
勝つことが今や、
『やった~!』ではなく、
『ホッとした。』と言う感情になっているのも同じだ。
どちらでいたほうが良かったのか、それは人それぞれ。
やっぱり勝たなくてはいけないな・・・
レースの余韻が過ぎ去った後の本心だ。
その人たちに、迷わず祝福の言葉を出してもらうこと。
世界で戦う、JAPANフラッグを背負えるまでになれたのは、そんな想いが導いたのもひとつある。気持ちを奮い起こさせ、夢への架け橋となった原動力でもある。
来年のはつかいちみやじま大会は一番似合うところに立ちたい!そう想っている。
そして、今週(7月4日)は仙台ベイ大会!
来週(7月11日)は蒲郡大会!
ジャパンカップが続く。
世界への扉を開けようじゃないか!
今シーズンの目標!
本当の福元テツローの復活劇はここからなのだから・・・
アマチュア競技者でありながら、私ほど多くの人のまごころを受けている者はいないんじゃないかって感じる。
何倍にもして恩返しをしたい。
口では何とでも言える。
行動と結果で想いを伝える、そんな男になりたい・・・
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2010年06月25日
2年前からの忘れ物
写真は2年前の第2回はつかいちみやじま大会。
初代チャンピオンとしての誇りを持って望んだレースでした。
この年は、くしくもオリンピックイヤーで通常は9月に開催される世界選手権が、このレースの前週に開催され、カナダから帰国後3日目のレースではありました。
スタートラインにつくものは、それぞれ様々な条件でスタートに立つのです。
仕方がないと言われたくない、
そのためには連覇だと・・・
想いとは裏腹に体が動いてくれなく、自分らしく競技できない中で、レース中ずっときつくて集中できませんでした。
パンクしたり、立ち止まりそうになったり・・・・
ゴール後はぶっ倒れてしまいました。
結局、不甲斐ない自分へ対しての悔しさが込み上げるばかり・・・
来年こそ!と誓ったレースでした。
その誓った年が昨年でした。
ご存知のように、昨年はレースを辞退せざる得ない怪我に阻まれました。
本当に無念でした・・・
簡単に片付けられる想いではなかった。
そこからもがいた時間が忘れられないほど長く、そして、つらく心が折れそうでした・・・これは以前述べたところです。
レースの結果に涙を流すなど自分には似合わないし、高校時代で最後にしたはずでした。
それでもあの時は、こみ上げてくるものを抑えきれず、気丈に振舞うことが出来ませんでした。
ただ、こんなに一生懸命なんだなとも感じました。
毎日、夢中になれるものを追っかけていられる。
幸せなことです。
日曜日、正午あたり。
ウッドワン美術館前のゴール
2年前の忘れ物をとりに行ってきます!
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2010年06月16日
みやじま大会へむけて!
はつかいち縦断みやじま国際パワートライアスロンが今月27日に開催されます。
広島県ではトライアスロンは地元のさぎしま大会とこの2レースがあります。
私がデビューした頃に呉市であったワールドトライアスロンインひろしまというメジャーレースがありました。
当時はとても華やかでワクワクして希望や夢を抱けるようなステキな大会でした。
名を変え日本選手権を誘致した後なくなってしまいました。
私たちにとって心の火が消えたようでした。
Photo
16年前デビュー2戦目ワールドトライアスロンメジャーレース6位入賞(左)
14年前 名称変更後の瀬戸内マリンブルートライアスロンゴール(右)
10年経って、このみやじま大会が多くのご尽力の元で立ち上がり、私たちはまた心に火がつきました。
多くの招待選手が招かれ盛大に開催された第一回大会。
私は優勝候補でもなければ招待選手でもありませんでした。
それでも想いをぶつけたレースは予想を覆し優勝することが出来ました。
そこからは優勝候補といわれながら翌年は世界選手権帰り中4日で動かない身体で必死にもがき、パンクもついてなんとか3位。
想いを持ち越した昨年は、怪我のため直前で辞退し、無念さのあまり涙したことは今も忘れません。
本当にトライアスロンが好きで、その場所にいたかったと再確認しました。
今、元気にやってます。
痛みの無いランニングが今でも不思議なくらいで嬉しく感じます。
本当に大変な練習をつんでいる時でも、この大変さを感じるところで出来ているんだと思えます。
2年越しのみやじま大会には想いがこもったレースが出来ると思います。
ゴール地点の吉和町のウッドワン美術館前で、今年はどんな顔をしてゴールできるのでしょう。
楽しみです。
昨年は私がレースをしていると駆けつけてくださった方がいてくれました。
姿が無いことが分かってがっかりされたと聞きました。
今年、その方たちへも最高の姿を見せたいなって想うのです。
悲しみや苦しみ、試練を乗り越えた人は、
自分の想いとともに人の想いをも背負えるようになっている気がします。
そんな頼もしい魅力ある人に、
私もなりたい・・・
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2010年06月10日
新パートナー!
タンゴとの想いを継承する新しいパートナーを紹介しましょう!
DE ROSA 『 IDOL (アイドル) 』
こいつとのデビュー戦は広島県内のレース。
6月27日の『はつかいち縦断みやじま国際パワートライアスロン』からだ。
バイクの乗り方で、ランのできも作用する。
ガンガンプレッシャーかかってくるレースになるな~!
最高のパートナーを輝かせてやれるのは自分しだい。
新たな戦いがここから始まるんだな・・・
IDOL よ、
世界中のいろんなところへ連れて行ってやる。
少し力を借りるぞ!
ともに戦おう!
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2010年06月06日
ケンタファンさま
私の街のフジグラン三原店内中心部は、この日やわらかな、優しさに包まれた空間がありました。
『テツローさん!テツローさん!』といつも慕ってくれ、私にとってはそりゃ~、もうかわいくて仕方がない
森本ケンタのライブ会場
Photo サプライズプレゼント・・・オギロパンのこの日だけのメガコッペパンとミルクパン
午前中に広島空港周辺で開催されたデュアスロンレース(ラン+バイク+ランの複合競技)へ参加し、表彰式を終えて13時・・・15時からのケンタのライブへ行かなきゃならないのに予定がひっくり返り、先に五日市まで・・・2時間で行って帰れるか!
考えてる暇はなく、一気に五日市まで行きとんぼ返り。
ケンタのライブへ間に合わない・・・
途中でケンタが電話をくれて、『順番を変えてでも何とかします!気をつけて帰ってきてくださいね。』って言ってくれるのです。
こんな時まで優しいのね、ケンタは。
関係者からも、ケンタが引っ張ってくれてる・・・って。
なんとしてでも駆けつけたい!そう想いましたよ。
到着したのは15時27分!一曲残して間に合った!?
13時からの第1部でも私が行くことを発表してくれていたようで、
『テツローさん、間に合わないようです・・・』と諦めた瞬間があった様子。
後からの関係者のお話しで、聴かされました。
そのとき明らかにガックリ来ていたそうです。
歌詞は飛んじゃうし(笑
そんな状態だったからでしょうか、その空間へ行ったとき、瞬時に私を見つけて、
やわらかな笑みをこぼした意味が分かりました。
そこからはステージへあげてくれて、皆様の前でケンタとトークをさせていただけた運びです。
それにしても、いつもケンタが話してくれるおかげでしょうか、皆さんの受け入れてくれる笑顔がたまりませんでした。
ケンタを包むファンの心がステキです。
言葉では表現できない何か魅了されるものを感じました。
ケンタとそのスタッフさん、そしてファンの力ってすごいですね。
そしてアンコール前の最後の一曲は、力の入った歌いっぷりとその勇姿は、安堵感も合わせ心にしみました。
ファンの皆さん、申し訳ないですが、あの曲は私へのプレゼント!としていただいちゃいました(笑
ケンタファンとの交流で私が癒されてしまったようです(笑
皆様、ケンタをこれからもよろしくお願いしますね。
ケンタを想う心が、みなさんの夢をかなえますよ、きっと!
ケンタ、頼むぜ!
ライブ終了後~オギロパン(しゃりしゃりバター)で乾杯!(笑
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2010年05月09日
まずは目指しましょっ!
びんご運動公園で陸上記録会
記録会というのは、それぞれの想いを持って出場している。
前日に世羅高校で練習している時に記録会を知らされ少しお手伝いとなった日曜日。
記録を導き出すペースメーカーを務めた。
彼女らの今後の準備のための参考記録つくりだ。
ジュニア選手たちはここから勝ち抜き戦!
これからステップアップしつながる大会へ出て行けるかが、続けていく原動力にもなる競技者も多い。
記録というものは付き物で、必要な時は必要になる。
それをいつ作るかでもだ・・・
過去友人の3000m障害走のランナーで世界選手権標準記録を出さなければならないレースでコンマの差でオーバーし派遣を逃した。そして1週間後の対象外のレースでその記録を破っても世界選手権の日本選手団に入れなかった。
小さなところで私も機を逃し無念さをかみ締めたことが高校時代もあった。
高校生たちは地区大会、県大会、ブロック大会、そしてインターハイ(全国大会)とつながる。
その過程で大きく成長する競技者や夢半ばで終えてしまう選手だっている。
チャンスをものにすることがみなできればそれに越したことはないが、一握りのものがそれを達成していく。
その選手たちはみな、人並みならぬ想いを持って取り組んできていることは共通している。
小さな記録会でも、そこで向ける想いの強さが、大きなところへ連れて行ってくれる力に変わる。
夢半ばといえば私がブロック大会で敗退したことを思い出す。
純粋に目指したインターハイと言う言葉には行けずとも想いの詰まった夢の舞台でした。
そこを目指す選手たちの気持ちはいたいほど分かる。
いければ最高!
でも行けなくても私が言えることがある。
そのときの精一杯の自分がいたなら、その想いを背負ってまた何かを目指せる!
きっと将来は輝く場所へ連れてってくれます。
とはいえ、今は目の前の目指すところを目指しましょっ!
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2010年05月08日
想い出が助けてくれる!
春のトレーニングコースとして、世羅高校へ足を運ぶ。
いわずと知れた母校。
『速くなりたい!』と純粋に青春を送った場所であり、当時の姿をそのまま思い出させてくれる後輩たちの姿がある。
今回は県内の中学生ランナーが合宿に来ていた。
お兄さんお姉さんランナーと一緒に練習が出来る。
しかも駅伝日本一の世羅高校。
ときめくのではないだろうか?
ちょうど私も恩師に連れられ地元の高校で練習させてもらったことがある。
当時は本郷工業高校(現:県立総合技術高校)、今働いている職場の近くの高校だ。
当時は駅伝ではこの高校が世羅高校についで二番目に強かった。
中学生の私からすれば、その走りや鋭いラストスパートの速さに目を丸くして驚いた。
大歳選手(順天堂大→中国電力)のそれには感動したことを思い出す。
『自分もあんなになりたい!』って。
そんな高校生と一緒に走らせてもらい、
お兄さんランナーに『おまえすごいな!』とか『うちの高校へ来てくれよ!』とか言ってもらえた時などはうれしくて、もっともっと強くなって驚かせたいって想ったものだ。
それが今は中学陸上界で組織として行われている。
選手たちはどう感じるのか、それは分からないが、未来を見つめる選手にとってはこの上ないチャンスになる。
そこに含まれなかった選手を先生が連れてこられていた学校もあった。
私の恩師がしてくれた姿そのものだった。
『人は人を育て、人は羽ばたいて行く・・・』
それを感じる。
さてさて私事では、ゴールデンウイークとこの土日で戦うからだの準備が完了する。
ピキピキ、メキメキ音をたてそうな状態。
普段の生活もしにくい身体に一度なる。
これをレース仕様にしていくよう取り組む。
このあたりの感覚は競技者でなければ分かりにくい表現で申し訳ない。
とはいえ、何かを目指す以上は当たり前の事をしていかなければならないことに違いはない。
それが努力といっていた時もあったが、今は結果や成果を求めるならば当然の事になったと感じる。
その感覚!が進化した!といえることなのかもしれない。
そのときの出来事が大切な想い出となり、将来助けられる。
たくさんの想い出を作ってほしい。
それがきっと自分を助けてくれます。
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2010年05月04日
森本ケンタ参上!
先日福山でライブを行った帰りに三原へ寄ってくれてたケンタから着信あり!
ちょうどこれからのシーズンで戦える体を造る!ゴールデンウイーク専用練習をどっぷり行っていました・・・終了後に気が付き連絡。
『今、三原にいます!』
お仲間と、三原ではお母さん役のご家族(紅茶専門店ティーハート)、途中には旦那さんもお仕事の合間にお顔を見せてくれました。
日焼けで焦げた顔を見てみなさん大笑い(笑
トライアスリートの性です・・・
いつも想うことがある。
本当に大切なものを知っている人・・・
ケンタがそうなのです。
身近な人への思いやり
さて、広島ではゴールデンウイークに、一大イベントのフラワーフェスティバルがあります。
その3日間フル活動のケンタです。
いやーどんどん熟れて行く!?
ケンタファミリーというべく、ケンタファンの想いが実っていくのを感じるのです。
私も勝てる選手や伸びていける選手は、その行動と顔を見たら分かります。
進化していける人間もなんとなく分かります。
今のケンタなら大丈夫!
先日バイク(自転車)に乗ったらしいのですが、全くへなちょこだったと嘆いていたけれど、
今は忙しくて自転車に乗れなほどのケンタはある意味幸せなのでしょうね。
たくさんのものを背負える男になる準備中ってとこかな?
自分たちの前でも、ファンの前でも気取らない陽気さも魅力なのかな~
ずいぶん年下のケンタですが、彼と話すと若い頃を思い出させてくれる。
不思議と心が洗われるというのでしょうか、そんな感じがします。
ちょっときざっぽくなりました(笑
初めての想いを込めた ベストアルバム『 ONE 』 が先日発売され、テツローさんにって、プレゼントしてくれました!(市販とは違うオリジナルカバー・・・ファンの方には内緒です!笑)
『あ!じゃ~サインしてよ!』(笑
『え~テツローさんにですか?』
照れながらもすらっと書いてくれました。
ケンタの初のベストアルバムを本人からもらっちゃって・・・
なんだかうれしくってね。
いつの間にやらケンタファンになってるジャン自分!
今、そのアルバムCD聴きながら綴ってます(笑
9日までぶっ通しで忙しいらしい。
みなが支えてくれる中での忙しさは最高さ!
どんどん大きくなって仲間を幸せにしちゃえ~森本ケンタ!
ケンタへ・・・
みんなを幸せにするのも体力がいるぞ!
また一緒に自転車に乗ろう!
・・・おっ!ヒルクライムがながれてきた。
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2010年04月08日
ケンタがまちにやってくる!
森本ケンタが三原にやってくる!
自転車が縁での友人(弟分?)の森本ケンタくんが三原へミニライブでやってきます。
みなさんフレスタ三原店に集合です!
彼をひとめ見たその日から、もうあなたはとりこです(笑
ケンタくんは、
テツローさん!テツローさん!と慕ってくれて、
『テツローさんみたいになりたい!』なんていってくれるんだから、応援と言うか、かわいくて仕方がない存在です。(ファンに怒られるかな?)
一番、将来を応援するシンガーソングライターです!
三原へ来たら声をかけてくれよって言うのに、今回は職場の同僚からの情報でそれを知りました。
連絡したところ、3曲の小さなライブなのでテツローさんに来てもらうほどではなくて・・・なんて返事。
いやいや、応援者やファンってのは、一瞬でも見たいんですよ。
チャンピオンシップスポーツなんて、それこそ数秒を競演するだけなのに、莫大な時間や労力をかけて駆けつけてくれる。
みんなにとって、その一瞬が一生になりうるんです。
感動や奇跡だって起ることも・・・
彼の魅力に、皆さんのこころがプラスされたら、もっともっと魅力が増していくことでしょう。
ケンタが活動しやすくなるように、みなさん応援してや~・・・(おっと!ケンタのこと考えてたら、甘い関西弁がうつった!)
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2010年03月31日
想いが増す!
先日のさぎしま練習会のときに立ち寄った、私の記念館(ふるさと館 三原市鷺浦町)に2009年分の成果を持っていきました。
世界へ挑戦できるようになったこの数年間は、片手では持ちきれないトロフィー等で、持って行ってくださる方へは、幸せなご迷惑をおかけしていたのですが、
今年はこれだけ・・・(紙袋に3つ、軽かった)
ここは、頑張っていこうと思える場所のひとつ
強くなって喜んでもらいたい・・・
進化させようと自分をすすめていく大変さは知っているつもりです。
また、それが出来るのかと不安はいつもあります。
それを打ち消すために頑張ろうって、毎日を生きてる気がします。
毎日、頑張れるならそれが一番。
でも頑張れない時もあります。
人間ですから・・・
出来る今を夢中でいれば何とかなります。
人は頑張れるし、頑張りたいのですから。
今年はもっと笑顔が増える年になりそうです!
そしたらまた来年はダンボール一杯に、幸せなご迷惑をお願いすることになるでしょう!
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2010年03月29日
さぎしまから新たに!
2010年3月28日(日)
三原市の本郷アスリートクラブ主催のさぎしま練習会
ここ数年は声をかけていただき、トライアスロンへと二段階目のスイッチが入るポイントになっている。
例年はみなさんと和気あいあいと言うのでしょうか、普段接しない方との練習を楽しむ方向で参加していましたが、
私は今年、競技者としてのけじめの年となります。
Photo Takano
昨年の骨折から始まり、無理はしたので仕方がないと割り切っていましたが、結局最後まで復帰できずに今もいます。
今の現状を把握しながら、また今の状況で出来る身体の使い方で積み上げていくことにしています。
一人ではなかなか出来ない内容で、さぎしまを舞台に、仲間たちのサポートの中で淡々と行うことが出来ました。
正直、最後はギリギリの状態で終了・・・
この状態を体感すれば
『ここから良くなっていける!』
確信めきましたよ。
今シーズン!まだ見えぬ、ワクワクしている自分を見つけにいけると想います。
関係者のお仲間!
サポートはもとより、フィニッシュ後のスペシャル豚汁・かす汁・焼き肉・焼そば
美味しゅうございました・・・力がみなぎります!(感謝)
みなさんが それぞれ想いの中で楽しそう!
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2010年02月16日
TWO TIMES WORLD CHAMPION!
2007・2008年に二度の世界チャンピオン!
そんな戦士が広島にいる。
ジェットフリースタイル(HPはここ)
年末に契約した、同じスポーツクラブルネサンでトレーニングする。
以前から友達たちが引き合わせようとしてくれていたことが実現。
お顔を知らなかったが、オーラですぐに分かった。
色々と想いも話せた。
彼はプロ。私はアマ。
2年前、彼は世界チャンプ。私は日本アマチャンプ。
立場も環境も全く違うが、人生や目指すところへの想い、返り咲こうとする使命感や感覚が同じであり、 それを語るに言葉はそんなに要らなかった。
すごい勢いで心が通じる感覚は久しぶりだった。
引き合わせてくれた友人たちに感謝。
会うべくして会えた人だった気がする。
これから広島トライアスロン界では会う機会があるはず。
この夏は彼の世界技術をお目にかかれそう。
ワクワクしてくる。
私自身もワクワクさせたい。
BUN(ぶん)さんと呼ばれる彼の名は・・・
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2010年02月03日
平尾光宏写真展
HPでもトップを飾っている写真をご提供いただいてる、友人であり写真家の平尾氏が、山口県宇部市で写真展を開催されている。
WBCなど、世界で活躍する写真家です。
腕は当然の世界レベルですが、私は彼の背景やアングルに、被写体と写真家の心が結びつく瞬間を感じるのです。
お近くの方は、ぜひぜひご覧になってください。
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2009年12月21日
日本一の後輩たち!
古豪世羅高校から強豪世羅高校へ
~~~ 全国高等学校駅伝競走大会 ~~~
4年前の2位、そして3年前に優勝した時もやっぱり古豪といわれていました。
監督、選手たちがこれでもかと結果で全国へ知らしめました。
その瞬間に立ち会えました。
世羅高校時代の三年間、都大路を走られた大先輩でもあり、日本一へ導いてくださった岩本監督です!
むこ~~~に見える赤い集団は選手たち。
もう閉会式だというのに、取材攻めです。みな想い想いのことがあるはず・・・
なんだかうれしくなります。
自分たち世代が20年前に昨年の北京五輪マラソン代表の尾方剛選手(現在中国電力)率いる熊野高校へ惜敗した時は、当時の伝統を途切れさせ、当時の恩師や関係者をガッカリさせました。
自分が伝統をきった想いは今も消えません。
卒業しても母校が誇りに思えるのに時間がかかりました。
ちっぽけな心をこじ開けてくれた、監督や後輩たちは私の誇りです!
本当にありがとう・・・
大好きな世羅へ、私に出来る恩返しをしたいと思っています。
女子とアベック出場!
忘れてもらっちゃ困ります。女子だって強くなってるのです!
女子は午前中スタート
男子は午後スタート
毎年恒例になっている世羅地区の中学生専用バスへ乗せてもらっています!
バスの中でのミニ講演・・・眠たいのに懸命に聴く姿、目を輝かせよく聴いていましたよ!
次は君らが夢を叶える番だね。
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2009年09月21日
世界選手権を終えて
今回の結果は様々なことを思う。
ただ、その分、ほかのカテゴリーをしっかり想いを持って応援できた。

【チームブレイブ八尾監督と、弟子の細田隆茂↑ 椿 浩平↓】


内輪の話になるが、今回すべての夕食をともにしたチームブレイブのメンバー。
そこで、その日ごとに、各々のカテゴリーへ出場した選手へ、その労をねぎらう場面がある。
世界を転戦し、休む間もなく世界選手権へ挑んだ選手に、
監督、コーチたちが、今の状態でよく頑張ったな!と声をかけた時、我慢していた涙が思わず流れる選手。
疲れきって動かなかった体と戦ったその日。それでも精一杯やった。
その涙は、悔しくてではなく、将来への希望の涙だったように感じる。
戦いの場に、人間模様が映る。
世界へ挑戦していく師弟関係。
一人では不可能と思えることが目標になり達成できる力が生まれる関係。
ロマンがあり素敵だなって思える。
そして3日間は、自分のやるべきことをやりながら、それぞれの日本選手団が戦っている姿を応援した。
世界で戦う姿・・・まさに命がけ!
そして、思ったね、
トライアスロンってかっこいいな~と。
あの頃の感覚だ。
初めてテレビで見てやってみたいとあこがれた高校時代。
その頃の感覚に似たものを感じた。もう倍の年月がたっているのに・・・
国内でいくつものレースを見てきているが、世界の舞台は、やはり違う。
そこには、氣というのか、オーラともいうべきなのか、元気になれ前向きになる神秘的な力を感じる。
そこにみなぎるエネルギーを吸収したのだろう。
この競技がかっこよくて、仕方が無いと感じた。
早く、トライアスロンがしたい!
今シーズンまともにレースができていないこともあるが、純粋にこの想いがあふれる。
残りのレース。
今シーズンの想いを乗せて、自分らしくやって行けたらなって思う。

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2009年05月09日
チームKENTA
明日はもみのきサイクル耐久レースへ
5月10日(日)
4時間耐久 11:00スタート
広島ではおなじみのRCCラジオアナウンサー本名正憲氏と
シンガーソングライター森本けんたくんたちと
想いを胸にして4時間を満喫してきます!
組むみんなが全く違う職業だけど、それぞれの『好き』が一つの形となる。
面白いよね!
ちょうどリリースされた、広島中央森林公園サイクリングコースで撮影された風景とともに、けんたくんの曲があります。
HillClimb (ヒルクライム)
それぞれのファンの方、レース会場へ足を運んで応援してくださったら、きっとみなさんがんばっちゃうだろうな(笑
月曜日は、朝のテレビ『満点ママ』から、昼からのRCCラジオ『本名正憲の今日もゴゴイチ』まできっとこの話で盛り上がるはずです。

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2009年03月16日
一押入魂!
アメリカからこんにちは!
写真家(フォトグラファー)で友人の平尾氏よりメールが届いた。
WBC(ワールドベースボールクラシック)のカメラマンとして米国入りしている。


今回は各球場で5人しか指定されない場所がもらえたと喜びの声。
長年の活動が認められた瞬間だそうだ。
広島で2年前初開催された『はつかいち縦断みやじま国際パワートライアスロン』で初代優勝した時に知り合ったプロカメラマン。
シーズン中に都合が合えば自分を激写してくださり、このHPの写真もご提供いただく。
実は好評の私の名刺は彼のデザインで構成されている。
平尾氏の写真は被写体とその背景に想いが入る。
写った本人から見るとこみ上げてくるものを感じることも・・・
そんな写真家だ。
よく目にするスポーツ写真や、カレンダーなどもよく使われている。
WBCでは日本人選手も追うが、メインは海外の仲のよいメジャー選手たち。
そんな平尾氏が福元テツローを追ってみたいといってくれる。
同時に知らなかったトライアスロンへも興味を示してくれだした。
今年はどんな一押入魂!の激写をしてくれるだろうか。
今から楽しみにしている。

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2009年01月11日
都道府県女子駅伝
栗栖由江(広島1区 19分30秒 7位)
中学生の時までトライアスリートの彼女。
その後は陸上競技に専念し、2008年の春より天満屋実業団ランナーとして生活を送っている。
ここ数年は広島県チームのリーダーとして活躍する。
彼女で思い出すのはトライアスロンで一生懸命な時期もそうだが、高校3年時の広島県駅伝の時に1区を走った。
区間賞を獲れずに遅れをとった時、自分のところへ来て『せっかく応援へ来てもらったのに・・・・』と胸で泣きじゃくる姿。
本当に人間らしい一生懸命で素直な少女だった。
そんな彼女も大学を卒業し、実業団の世界で今が勝負の時。

Photo 2008中国女子駅伝より

こんな年賀状をくれた。
競技者とは常にこのような状態でいることが多い。
走りたくてもやめなければならないこと、追い詰められ自分から退いたりと、このあたりはアマチュア競技者との違いでもある。
五輪選手を輩出しているチームでは、精神もぎりぎりの状態でいるのかもしれない。
今回の走りはラスト1kmまでは先頭集団にしっかり付け、テレビ画面で見る限り勢い良くレースができていた。
自分の知る、よしえらしい見事な走りだった。
毎年、レース後すぐ電話をくれる。
『最後は足が痛くてだめでした~(笑』
しかし、その声は弾んでいた。
希望を見い出した様子。(これなら大丈夫)
来週も駅伝があるらしい。
想いをめぐらせ立ち直ったものほど強くなる。
神が彼女へ試練を与えるのはかまわない。それに耐えることができたなら、夢を叶えさせてほしい。
これをきっかけに実業団2年目以降の飛躍を祈る。

トライアスリート時代の栗栖由江(レースナンバー4)
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2008年12月30日
ラスト1年
広島県呉市からトライアスロン留学で沖縄のチームゴーヤへ所属している村上貴洋(沖縄尚学高校)が年末に話しに来た。
彼の所属するチームはオリンピックへ間近な選手たちがいる。

その中で取り組むのにはそれらをしのぐ勢いがなければ気持ち的にもついていけない。
少しあきらめ加減な心情は察する。
この先、プロになろうとは思えないらしい。
1年後の進路(就職)まで話すのだが、まだ高校2年生。
この先の可能性を狭める方向へは行かせたくないのもご両親の心情。
自分の高校生時代を話した。
インターハイ、全国高校駅伝と、そのためだけと言い切れる想いで世羅高校へ進んだ。
青春時代を懸け、本気で努力したつもりだ。
だがそのすべてが後一歩のところで叶わなかった3年生の秋からは完全に心を閉ざした。
早く大学へ進んで新たなスタートを切りたいと思っていた。
まったく充実しない、心ここにあらずと言った日々を過ごしていた。
卒業式後の陸上部お別れ会では、そんな自分のふがいなさに涙が止まらなかったことがある。
選んで進んだ道だ。
3年間最後まで全力を尽くしてほしい。
自分と同じような失敗をしてほしくない。
その先に彼の良き方向が見えてくるはずだから。
↓駅伝選考会写真は村上貴洋が車上から撮ってくれた!なかなかセンスありだ。
いろんな可能性があるんだ。

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2008年12月22日
全国高校駅伝観戦記
2008年12月21日(日)
都大路へ行ってきたのだが、
自分にとっては叶わなかった想いの詰まった場所になる。
特に京都御苑沿いの2区・5区は試走も含め何十往復したものか。

Photo FUKUMOTO
ここを走るんだ!と自分の中では、2区なら快走し下っていく姿、5区なら力強くストライドを伸ばしピッチを刻む姿。
自分の中では出来上がっていた。
結局ラストイヤーの3年時には県予選敗退。
2度と来ることは無いんだろうな・・・と思っていた。
このようなかたちでも、足を運んでいることが不思議なくらいだ。
あの頃のようにここを目指し、走ることに日々をつぎ込んだランナーたちが集う場所には魂と言うのか、氣と言うのか、 体中にそれを帯びる場所。
高校生たち、それをサポートする選手スタッフの必死の姿を目の当たりにする。
これからの自分の氣(エネルギー・モチベーション)にもなってくるものがある。
母校の世羅高校は午前中の女子が34位。
男子が4位。
それぞれが今の状態で精一杯がんばった。
まさに、今年の自分と同じ・・・来年につながる内容と、進化した姿がきっと来シーズンそこにあると期待が膨らむ。
これからだ!
それにしても朝3時半に起床し、世羅へ集合、応援観戦し、21時に帰還する片道4時間のスケジュール。
応援と言えども疲労感は隠せない。
トライアスロンでは応援される立場・・・、ましてや会場まで足を運んでもらっての応援と言うのは、 何事にも変えられない真心なんだと痛感する。
もっともっと感謝し、ありがとう!とみんなに伝えられる競技者になっていきたいと思わずにはいられない。
高校生ランナーたち、ものすごくかっこよかったよ!
感動をありがとう・・・

↑ 1区を任された中原選手。中学生のころ、ビギナーズトライアスロンに参加し、その後世羅高校へ進学。
3回も都大路を走ったんだな~1年時にはアンカーを務め全国制覇した。
そのときの写真がこれだ! ↓

↓さ~女子がスタート!女子1区

↓女子2区

中盤で混戦模様

↓女子3区

↓女子4区

とにかく前を!その姿に感動した。
彼女と後話したが、自分の力は出し切ったそうだ。それが一番。

男子の1区が来るまで、しばし休憩・・・

来た!・・・・男子1区中間点あたり。まだまだ大集団。世羅の中原選手も上位で走行中。

↓カロキ(4区)の到着を待つ5区
カロキは順位を上げ、トップや、2位との差を見る見る縮めていることは誰もがわかっていた。

単独2位へ上昇!

そのまま行ってしまえ~~~~

↓ 三原五中から倉敷高校(33・主将)で成長した姿を見ることができた、実家の同じ団地の兼実選手!
成長振りに涙もの・・・区間5位だったらしい!


↓4区・区間新をたたきだしたカロキと同郷の選手
カロキ!君はたいしたもんだ。

↓ 最終区、競技場手前3位争い!競技場へ入り力尽きたが、まだ1年生。
また来年頼むぞ。

日本人だけでここまでの記録を打ち立て優勝した佐久長聖は見事としかいいようがない。
素晴らしいチーム!

来年こそ!世羅高校応援席の一部 ↓

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2008年10月15日
本物を感じた日
2008年10月12日(日)
三原市民体育大会
今回この場で久しぶりに感じたことがあった。
三原市では戦前からずっと続く歴史的な運動会がある。

少々大げさな出だしだが、各地域ごとのチームでAクラス(強いチーム)、B(中ぐらいのチーム)、、C(・・・)とクラス分けがあり、
その中で順位(得点)を競い、その結果で翌年は上のクラスへ、 下のクラスへなどの入れ替えも含め地域の結束をスポーツで競い楽しんでいる。
小学生の頃からこの三原市民大会へ出場できることは、その地域で一番足の速いといった名誉であり、誇りであった。
小学生の低学年頃は出たくても選んでもらえなかった。
当時、走りたくて仕方がなかった。
4年生ぐらいからかな?学年代表、それを期に学校代表と地域を代表してリレーの選手として年を追って選んでもらえるようになった。
そんな市民の運動会が毎年この時期に行われる。
今は『都合が付けば・・・』といっているが、都合が付いているので毎年誘っていただく。
土日はほとんど地域貢献できないため、恩返しといったところだ。
とは言え、これが自分の中では少年時代のあのワクワク感に戻れて本当に楽しい。
そんな会場での出来事だった。
今回、三原市スポーツ功労賞の授賞式がこの会場で行われた。
高校陸上界(400m)で世界ユースなどで活躍する三原市の選手も同席。
彼とは初めて会った。
素晴らしい実績は知っている。
彼の今後のためにもと思い
『皆の前で走るか!』と誘ったら『走ります!』と二つ返事。
(彼はこの表彰のためだけに来ていたのだが、このようになることも予測していたのだろうか感の鋭さも日本一だ)
会った瞬間から感じたのだが、なんとも爽やかで好青年。おまけに若さっていいなと、将来を感じさせてくれるのだ。
表彰後、彼のウオーミングアップに20分いただき、二人そろってスプリント・デモンストレーション!
1周200mでカーブもきつい。そこまで差が付かないのかと思ったら・・・
彼は風のように速く度肝を抜かれた・・・世界を狙うスプリントとはこれなのだと・・・人間ってあんなに速く走れるんだな・・・
彼の背中が遠ざかっていく時、どのように表現すればいいのだろうか・・・
小さな頃からその時々の本物!を感じたいくつかの映像がフラッシュする。
不思議な感覚だった。
自分が本物と感じた選手はその世界の領域へ行っている。
一生懸命競技を続けているとたまにこのような人材に出会える。
それが今は楽しくも思えるのだ。
彼もまた五輪や世界選手権へ名を連ねる一員となるのだろう。
高校卒業後は早稲田大学へ進学する。
また一人ガンバリストを見つけた!
彼の名は浦野晃弘(皆実高校)
この名が世に出てくることは間違いないだろう。

スタート!


ん?差が開きだす・・・

オープンコースに切り替わっても、セパレート分以上に開いていく・・・

彼の背中が誇らしげに感じた

まったく通用しな~い・・・・といったゴール



もっともっと強くなれ!
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2008年08月16日
選手紹介(庭田清美)
庭田清美(にわたきよみ:アシックス・ザバス)
【きよみん】事、庭田選手はトライアスロン界ではだれもが尊敬するプロ選手といっても過言ではないだろう。
特にトッププロ選手の間では相当なもの。

2006世界選手権スイスローザンヌ大会より
ベテランと言うこともあるがある意味だれも届いていない領域に達した選手とも言えるのではなかろうか。
日本を離れオーストラリア・ゴールドコーストを活動の拠点とし世界で戦ってきた。
トライアスロンが初めてオリンピックの正式種目として登場した2000年のシドニー大会から3度目の今回の北京。
歳の近いことやその考え方、感覚に共通するものを感じることもあるだろうが、 私はきよみんには無条件で今回の北京へ出場してもらいたかった。
昨年後半から体調を崩され日本選手権の連覇も期待されながら棄権。
その無念さはわれわれの想像を超えるところだったろう。
間に合ってくれ・・・念じるようだった。
2008年徐々に元気になり帰ってこられた。
簡単に言うようだが想像を絶する葛藤と努力をされたに違いない。
若手の成長は当然なければならない。
いつまでもベテラン勢がトップで活躍するようでは競技の発展にはならないことは分かっているが、 最後に選考される1枠にどうしても入ってほしかったのは私だけではないはず。
それだけ女王きよみんの存在感は強かった。
彼女と話していると本当のプロフェッショナルを感じる。
人生をかけた五輪になると思う。
彼女のがんばりは自分のがんばれるバロメーターにもなっているといっていい。
トライアスロンの神様はきっと彼女の納得のいく結果を与えてくれるだろう。
永遠のオリンピアンきよみんの勇姿を焼き付けておきたい。

2008ワールドカップ石垣大会より

2008世界選手権バンクバー大会より
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代表選手紹介(井出樹里)
井出樹里(いで じゅり :チームケンズ・トーシンパートナーズ)
彼女に会ったのは2年前の日本スプリント選手権幕張大会だった。

2008世界選手権バンクーバー大会より
写真:世界選手権バンクーバー大会にて
ランをスタートした時はまだ先頭ではなかったが、 周回を重ねゴールした時はスプリントレースなのでランニング距離は5kmであったにもかかわらず大差のゴールだった。
しかも新人。
最初の印象はランラップは男子レースでも上位の走りであった。
しかし、正直今回のレベルのレースでは陸上出身者の爆発的なランで勝利したものと思っていた。
(しっかりスイムとバイクのポテンシャルの高さを見ていなかった)
彼女の登場から2年。
ベテラン勢を先行してレースをする勇姿を見るようになったのはそんなに時間は要らなかった。
飯島監督(チームケンズ代表)に聞いた。
彼女は24時間真剣にトライアスロンで速くなることを考えている。何とかしてやりたいと純粋に思わせてくれる選手・・・ と評し監督の目も輝く。
なるほど、彼女と話をしても持っているものなのか純粋で人懐っこい性格はそのような気持ちにしてしまうなと感じたものだ。
『テツローさん!応援お願いします!』普通の言葉なのだが、
『よっしゃ任せとけ!』と思わず出てしまう、そんな感覚だ。
しかし今回の北京で早くも代表を得るとは正直予想をはるかに超えていた。
関係者を驚かせるとんでもない選手になってくれるはずだ。
北京では彼女らしい人の予想を超えた結果を出してくれるのではないか。

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選手紹介(田山寛豪)
田山寛豪:たやまひろかつ(日本流通経済大学職員・チームブレイブ)
51.5km(オリンピックディスタンス)で日本で一番強いトライアスリートは?
多くは田山選手!というのではなかろうか。

2007宮城国際七ヶ浜大会より
私が度肝を抜かれたのは、アテネ五輪後の日本選手権だった。
そのレースの前週にハワイアイアンマンに挑戦し見事な成績を残し、帰国後すぐに日本選手権のレース。
彼は最後のラン終盤までトップを走っていた。
自分もランはそこまで悪くなかったが周回するごとにすれ違う箇所が変わりスピードの違いを痛感した。
結局そのレースは平野司(NTT東日本・西日本)が意地の勝利をおさめたがトップ選手たちも何も言うことができなかった。
どこまで行ってしまうのだろうと思ったものだ。
しかし彼の所属チーム、日本のトライアスロン界を牽引してきたチームテイケイの廃部はわれわれにとっても衝撃だった。
五輪直前に彼の人生を揺るがす出来事でもあろう。
しかし彼やそのスタッフは強い。
八尾監督を中心に、スタッフと共に苦難を乗り越えこの五輪へかけている。
初代オリンピアンの小原工(おばらたくみ)氏が『すぐそばにいてくれる環境は最高です!』と彼は言う。
私も尊敬する八尾監督は言う。
『田山はまだまだこれからや』その言葉の奥底には限りない可能性を感じさせる彼の内に秘めるものがあるからだろう。
明るく陽気でお茶目なところもある彼だが、ストイックさ、そのまじめな取り組みも抜けている。
話しても真剣に人の言うことを聞き入れ自分のものにしていくところを感じる。
だから彼の周りは本気で田山選手を支えてやろう、自分たちの夢までも預けている人たちに囲まれているのが分かる。
それだけ背負っていける人物なのだろう。
昨年のワールドカップエイラート大会で日本人初の金メダルを獲得した。
やっとオリンピックでもメダルと堂々と言えるところまできたと彼は言う。
その実現を一同が望んでいる。
今回の北京の見所のひとつだ。
夢を預けた人たちの想いと共に、日本トライアスロン界の将来のためにも頼むぞ田山選手!

2008世界選手権バンクーバー大会より
ワールドカップエイラート優勝
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2008年08月14日
代表選手紹介(上田藍)
上田 藍(うえだ あい:シャクリー・グリーンタワー・稲毛インター)
アテネオリンピックが終わった翌年の7月、ようするに3年前の夏だ。

2005年ジャパンカップ七ヶ浜大会(宮城)より
宮城国際トライアスロン七ヶ浜大会での前日に話し込んだことを思い出す。
まだ強いベテラン選手をはじめ、若手でも強い選手はたくさんいた。 五輪の代表枠3に入れるかといえばまだ難しいかなと思われていた頃だ。
しかし彼女の目はすでに北京を見据えていた。
数々の行動から自分は口にした。
『北京のスタートラインには藍ちゃんが立ってるよ!』と・・・
こんな選手が活躍すれば良いなと思ったから出た言葉なのかもしれなかった。
会えば誰でも感じる、吸い込まれるような彼女の笑顔はこちらさえも元気にしてくれる。
とは言え厳しい世界だ。いつもいつも笑顔になっていられるわけはない。
思いどうりに行かず悔しくて泣いた日もあるだろう、 期待に答えられずその小さな体がはちきれそうになるぐらい落ち込んだこともあるだろう。
それが自分には見えてくるほど、その笑顔には多くの意味を秘めていると感じさせてくれる。
その想いが北京を決めた今年のアジア選手権で爆発した。
ご両親をはじめとする関係者の喜びもひとしおだっただろう。
先の壮行会では彼女のコーチでもある山根氏やスタッフの矢島氏も涙したと聞く。
彼女の生き様を感じさせてくれる。
まだまだ魅力的な選手に進化していくことは間違いない。
彼女の小さな体の中には人の想いを背負える大きな心がある。
夢だったオリンピックの舞台で彼女はいったいどんな笑顔を振りまいてくれるのだろう。
期待は膨らむ一方だが、彼女が言うように自分らしくレースを全うしてほしい。

2007アジア選手権より

2008トンヨン大会

たぶんご両親へ電話しているのだろう

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代表選手紹介(山本良介)
北京オリンピック!
8月13日わがトライアスロンオリンピアンたちは北京入りした。
そこで今回はトライアスロンの日本を代表し出場する勇者たちを紹介していきたい。
トップアスリートは非常に気さくで純粋だ。
心温まるエピソードや、彼らの表情を紹介したい。
少しでも知っていただき、人生を背負って挑む彼らへ期待と共に応援をお願いしたい。
山本良介(トヨタ車体)

2008年石垣島大会より
知る者は感じているだろう。
彼のポテンシャルの高さとその秘めたワイルドさ。
今どの競技にも少なくなってきた選手かもしれない。
このたびの五輪内定を掴みとったのは6月の中国広州アジア選手権だった。
日本男子の五輪枠は1なのではといわれた中、誰にも選考を迷わせることなく自らの手で掴んだ結果だった。
結果を知った時『やったな~!』思わず声が出た。
今年はアジア選手権をキャンセルしていたのだが、現地でその姿を見たかったと改めて思ったものだ。
その姿を含め何か期待させてくれるものを持っている。
そのポテンシャルの高さから予想以上の強さで感動を与える。
逆に期待はずれな結果も残す事も彼らしいというのか・・・
そこが彼の魅力のひとつでもあるのだろう。
しかしこの1年、誰もが認める強さを身に付けた。
彼の努力の賜物だろう。
北京五輪で良介はその片鱗を見せてくれるだろう。

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2008年06月19日
みやじまトライアスロン女王
彼女に会ったのは昨年(2007年)の日本トライアスロン選手権東京港大会の時。
自分はこのレースはバイクで失格になりコース途中で寒さに震えながら競技終了にて早々にトランジットへ向かっている時だった。
『福元さんに相談があるんです!』

レースを観戦する人垣から出てきたそう尋ねるように出てきたのが彼女だった。
声をかけてきたときは同年みやじま大会で2位だった選手だとも気づかなく、広島出身の選手だとも知らなかった。
内容はこうだ。
千葉大学を卒業後に地元の東広島市へ帰ってトライアスロンに励むか、今のまま稲毛の環境で続けるかというものだった。
そのときは自分はレース棄権した直後で低水温にやられ震えがとまらず声がはっきり出なかったため後で聞かせてとその場を後にした。
数時間後に再び現れて話をした。
本気でトライアスロンで強くなって、夢をかなえたい!という。
自分は将来このような目をした競技者を育てたいと思わせるものを感じた。
彼女の情熱がどれほどのものかは分からない。
地元に戻ればたいてい一人でやっていかなくてはならなく、その環境もどこまで構築できるのか分からない。
今の稲毛の環境はトライアスロン界でも名の知れたところ【トライアスロンで北京五輪代表に決まった上田藍選手もいる】であり、 そこで強い選手たちにもまれながら競技するのがいいのではないかと思った。
そのような内容で彼女に伝えたが、トライアスロンが国体に参入してくる。
広島県の代表で狙いたいという。
その思いもこめて今年は広島の選手として今大会も出場。
まずは広島にこのような選手がいるのを知ってもらうほうが良いといっていた事が実現した。
冬場に靭帯を痛め沈んでいた時期を乗り越えての出場。
『今のできる範囲でまずレースへでてみたら?』からの挑戦であったが見事だった。
想いは通じることを見せてくれた彼女の勝利が今回の収穫だった。
どのような競技者になっていくのか・・・
広島県の女子では、知る範囲では残念ながら高い競技志向のトライアスリートはいない。
近い将来、広島にこんな素晴らしい選手がいるのだと言われることを楽しみに待たせてもらう。
中原恭恵(なかはらやすえ)覚えていてほしい。

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2008年05月03日
青春の場所
広島県は今年一番の気温を記録したこの日、母校世羅高校の後輩たちの顔を見がてらトレーニング


自宅から標高500mに位置する世羅台地のため、必然的に行きのバイク練習行程がのぼりになり汗だくで世羅高校へ到着。
自分の状態を整えるクロカンコースを走った後に女子選手たちと練習メニューをこなした。
大量の汗+無酸素的な運動で体がしびれる状態。
後輩たちと共に今シーズンの希望へ向け取り組める母校は最高の練習場。
集中できる場、安心できる場、自分を見つめなおせれる場など皆も持っているだろう。
自分は新しいこともして行くが、がんばっていた時代を思い出せる場へ足を運びモチベーションアップを図ることもする。
そんな場があることは幸せな競技生活を送ってこれた証拠なのだろう。
そんな場になるであろうこの場で・・・がんばれ後輩たち!



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2008年03月29日
鳥取よりスイマー来客
話がしたいと鳥取県から高校生スイマーがやってきた。
初めて対面するのだが遠い親戚になる。
もしかしたらこのまま会うこともなかった親戚だったのかもしれないが、 トライアスロンをやってることで引き寄せてくれたのだと感じている。
またトライアスロンで人生が膨らんだ・・・

彼は高校1年生で中国大会までは進んでいる。
今年は当然インターハイを目指す?
なんだかおっとりしていて、まだギラギラ感はないのだがどうにでも進化する金の卵といったところだ。
技術どうのはまだ触る必要もないとうちのコーチも言っている。
これから目指すものが見つかり情熱を傾けるようになれば研ぎ澄まされてくるのだろう。
とはいえ今まで積んで来た成果も今の段階で大きなものを持っている。
練習最後に400m200m100m50mのタイムトライアルを行ったのだが、 普段追い抜かれることのない選手が抜かれ一緒にスタートした選手がまったくでだしから置いていかれる姿を見てちびっ子選手もびっくりしていた。
わが三原市水泳連盟の選手たちは彼の泳ぎに圧倒されていた。(ちなみに今回の400mトライアル4分19秒でまとめる: スイマートやライアスリートならお分かりの速さだ。)
普段ない刺激を与えてくれた彼のレベルに皆が唖然とするが、その中で将来への希望を抱いた選手の輝く瞳を見ることもできた。
それは子供たちだけではなく自分もだった。
バイク練習直後で本来出るわけない自己ベストが出ている。
彼の今後にも期待し楽しませてもらいたい。
そして、この影響を受けた選手たちの成長を見守っていきたい。
鳥取から来た高校生スイマーは希望の光を与える素敵なお客だった。

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2008年03月25日
それぞれの青春
先日興譲館高校(岡山県)陸上部でがんばっている中学が後輩にあたる (三原第五中学校)選手から話がしたいと連絡があった。
高校女子駅伝では日本一といってもよい強豪チームへ進学した。
2年が経過し周りの仲間と比べてしまい伸びない自分に自信を失っている様子。

彼女は中学時代にたまたま様子を見ていた選手。
彼女のがんばりで中学3年時に個人で全国大会へ出場しているが、 全国大会へ行くほどの選手になるとは正直思っていなかった選手。
周りが伸びていくのに対し自分は・・・本当は自分も少しずつ伸びているのだが。
私も経験したことで、その時の心境は良くわかるつもりだ。
自分は自分・・・簡単にそうは言うがなかなかそれが難しい。
しかし乗り越えなければならないのも事実。
いろいろな方面から話した。
さて、どれくらいが彼女の心に残っているのか、 それが生きてくるタイミングがあるのかそれはわからない。
やめることはいつでもできる。後悔がしないといえるならそれでも良い。
自分は寮生活やスポーツ独特の上下関係など納得できないことから逃げたいと思ったことはあったが、走ることをやめたいと思った事は昔も、 今もないな~
夢中になれるものがあるとき、一番輝いていると思えるからかな?
気持ちはそう簡単に変わらないかもしれないが、 今の青春の真っ只中を一生懸命やりきってほしい。
そうすればきっと何か見えてくるものがきっとあると信じている。


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2008年03月23日
世羅練習
2008年3月22日(土)
春になった!
西日本は春日和。
先週からスイッチを切り替えシーズン開幕へとつなげる練習には、やはり世羅高校へ顔を出さなければ始まらない。


暖かな日差しに包まれて世羅高校へバイクを進める。
後輩たちは春休みのはずだからグランドにいるのかな?
到着後人数が少なく指揮官もいない・・・伊那駅伝とやらに行っているらしい・・・自分たちの時代はそのような駅伝は知らない、 しかも春に。
全国で準優勝、優勝してくると招待されるらしい。
さすが全国区に名を上げた証拠だ。
しかし昨年は思わぬ結果に一同何を言っていいのか分からなくなる結末だった。
それも忘れかけていた・・・
しかし今日グランドでキャプテンを中心にした選手たちの行動と雰囲気はそれを忘れていなかった。
優勝した一昨年後の春に比べて明らかに違いを感じた。
もう一度それぞれの想いにかけるスタートがあるんだなと思った。
自分のシーズンのを迎える前に課す世羅経由のコースは肉体的にはきついセットメニューコースだが、 そんな後輩たちと接することができる特別な練習コースなのだ。
もうすぐ1年生を迎える新生世羅高校に今年も期待してしまう。
このような期待を一心に背負う後輩たちを今年も応援してほしい。

帰り際に話しかけてきた女子選手。
彼女たちは今足を痛めているため残っているらしい。
故障している時こそできることがある。
な~に!まだこれからどおにでもなる。あきらめずにがんばれ!
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2008年02月12日
中国女子駅伝
2008年2月10日(日)
自分は出場しないのだがなぜか毎年現地で観戦している

↑こんなにたくましくなって・・・(涙
↓母校の世羅高校 今年はどんな活躍をしてくれるのだろう

↓三原市体協は地元の中・高校生がメインでがんばっていた

知人や関係者が集まるため足を運んでしまう。
当然携わる選手への応援はある。
今回も世羅高校時代の恩師を車に乗せ移動。
自分は母校や知人の応援。
恩師は転勤先で教えているチームを『どべになるな、どべになるな・・・』とつぶやきながらウロウロしておられた・・・(笑
今回行ってよかったのが、以前母校の中学校や高校で練習をのぞいたりしていたときの選手たちが高校や大学、 地域代表で出走し成長した姿を見ることができたこと。
その顔つきなど、『たくましくなったな~』って笑みがこぼれた。
実業団、一般、高校駅伝チャンピオン、中学トップランナーが集う駅伝だ。
トライアスロンシーズン中に目にする女子トライアスリートのランとは違う。
ランナーの走りは足の運びから軽く、速いな!と感じる。
今からのトライアスリートにはこのランが必要。
自分が知る中でも、泳げて走れるランナーがこの中にいる。
将来、広島から世界で戦えるトライアスリートを送り出したいと思っている・・・

↑↓毎日大変だろうけれど、その笑顔があれば大丈夫!がんばれ!!


↑中学までトライアスリート
玉川大学を今年卒業して天満屋でプロとして走ることになった栗栖由江
今回は1区で実業団についで3位、本人はだめだったというが・・・
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2008年01月07日
正月のお客様
高校生トライアスリート:村上貴洋
何度か紹介しご存知だと思うが
彼は広島県から沖縄へトライアスロン留学をしている。

ご両親の理解と本人の希望で元プロトライアスリートの千葉智雄氏率いる(チームゴ~ヤ~)の一員だ。
普段は沖縄尚学高等学校へ通い寮生活をし、高いレベルで夢や目標を追いかける連中と暮らす。
まだまだ体は小さいが高校時代の成長と言うものは、ものによっては大変身する。
環境の整わないところでくすぶっているよりも、普通とは違っているかもしれないが、
こんな生活も人生の中ではいいのではと思っている。
自分も家を出て走るために世羅高校を選び、そこでの想いや経験などを参考までに話した。
20年前になる高校時代前半。
両親も、独特の上下関係になれ無い時期に思い悩む自分を再び送り返すとき、『このままここへ居させたいが』 と涙をこらえ送り出していたそうだ。
あの時、両親が変な優しさを出していたら今は無いのではないか。
親も影で一緒に悩んでくれていたのだ。
何とかでもいい、歯を食いしばってでもその場を耐えることをした人は成長しその先がある。
今そのような思いをしている人はその時期だと踏ん張ってほしい。
今の貴洋は楽しい日々でそこまででは無い様子だが、ご両親としてはやはり寂しいだろう。
『我が子のためなら』子を想う親は偉大だ。
その想いを背負ってたくましく生活してほしい。
なにを言っても大好きなトライアスロンに打ち込める環境にいることはこの上ない幸せだ。
こんな事は人生の中でそう無いこと。
そのように思ったら、しっかり想いを背負える人物になるのではないか。
せっかくの里帰り中に、遠いところを近況報告へ来てくれてありがとう!
今シーズンもどこかの大会で会える事を楽しみにしている。
自分を信じてがんばってほしい。
【2006アクアスロンくらはし大会より】

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2007年12月30日
全国高校駅伝フォトギャラリー
2007年12月23日開催
史上初の同タイムでの優勝と準優勝チームのゴール
(来年はこの位置で世羅高校の姿をここで見たい)

岩本監督はそれでも選手からプレッシャーを取り除くよう努められていた

これから各区間へ移動〔サポート選手と共に(中)今回唯一の3年生となってしまった大工屋選手〕
彼は世羅の地元通いの選手で、監督も出発前に『よく辛抱してがんばってきた。後は頼んだぞ!』と送り出していた。


女子だってがんばった!エースを欠きながらも懸命な姿に胸を打たれた。
来年この経験を生かして戻ってこよう。

後続区間へ負担を少なくしようとひたすらトップを走り続けた君の走りは勇ましく眩しかった。
留学生はそれぞれ大きなものを背負って走っている。
これからも世羅高校を頼むぞ!

抜きつ抜かれつの最後のトラック勝負は見ものだった。
18年前、自分達世代の伝説の勝負【報徳 対 西脇】の姿が甦った。


この想いを背負ってこれからもがんばれるんだ

冬の風物詩のごとく都大路は報道陣も多い

今回とにかく1秒を競うゴール前の競り合いが多かった


われら関係者は、簡単に『また来年も・・・!』と言ってしまうが、選手達はその期待を一心に背負い日々を送る。
だから強くなれるのだと思う。
【競技者としての宿命】だが、それを選んだ以上がんばってほしい。


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2007年12月27日
日本一の後輩達
2007年12月23日(日)
全国高等学校駅伝競走大会
都大路(京都)へ今年も後輩達が全国切符をとり連れてきてくれた。

一昨年準優勝し、昨年は32年ぶりの全国優勝を成しえた後輩達。
こんなに母校の後輩達ががんばる姿がうれしいものなのかと思い知らせてくれた出来事だった。
またその姿が見たくて例年どおりに都大路へ。
自分は高校2年の時には補欠でこの舞台にはいたが走ることなく想いは翌年へつないだ。
その翌年は県予選で敗れ、結局来る事すらできなく都大路は二度と走ることの無い憧れの地となった場所でもある。
そんな舞台へ違った形で後輩達が立たせてくれるのだ。
その頃には思いもしなかった。
2007年、期待新たに乗り込んだ都大路。
しかし当日の世羅高校控えテントをのぞき一転した。
キャプテンで日本人エースである鎧坂選手が前日の最終調整で疲労骨折・・・耳を疑った。
どんな世界でも日本一を獲る事はすべてが一致しなければならない。
『みんなでその区間をカバーしよう』
『まだ試合はこれからだ』
駅伝においては完璧と言えるレースでなければ日本一にはなれない。
その厳しさをみんな知っている。
どう声をかけても慰めにもならなく、今それを言ったらおしまいになりそうで口から出せない。
号砲と共に後輩達は1区から飛び出し、2区でも逃げた。
3区に変わって入った補欠であった黒木選手はそれでも懸命に走ったが、 準エース区間とも言われるこの区間は強豪並み居る選手達に歯が立たなかった。あまりにも彼には酷だった。 誰も彼の走りが悪かったなど思わない。
みな 最後の最後まで走れなかったキャプテンのアドバンテージを埋め合わそうと必死に走る姿は胸に響いた。
岩本監督は『鎧坂の異変に気付く事ができなかった』と悔やみ声を詰らせ応援者へ頭を下げ、その頭をなかなか上げようとされなかった。
その姿は、伝統校であるが上に非情と言えるまでの期待を一心に背負ってきた証だった。
選手は紙一重のところで勝負している。少々の痛みを抱える事は当たり前で、ここまできて走れないなど言う者はいないだろう。
若さ上、高校生であるこの時期は特にそうだ。自分もそうだった、動けなくなるまで、壊れるまで引く事は無い。
何も後輩達にこんな試練を与えなくてもと思うが、ここから王者世羅高校がどう這い上がっていくのかまた応援させてもらおう!
365日の1日に合わせる難しさ。4年に一度の1日にあわせる難しさも。
これが出来るものが日本一、そして世界一なのだろう。
今回は10位だったが、やっぱり君らは日本一の後輩だ。
がんばれ!
そして、ありがとう!
岩本監督、あなたが作り上げた今の世羅高ランナー達は立派でした。
これからもあなたの想いで彼らを導いてやってください。



泣くな!『今日があったから』と思えるときがきっと来るのだから
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2007年11月18日
全国駅伝へアベック出場
母校の世羅高等学校(広島県)が先日12月23日に都大路(京都)で開催される全国高校駅伝へアベック(男女)出場を決めた。


この偉業は昨年に引き続きの出来事だが、女子にいたってはエース(留学生)を故障で欠いての優勝。
本番が楽しみである。
男子は昨年日本一になったチーム記録をさらに上回る大会記録で優勝。
勝負は終わって見なければ分からないが、うれしい期待を膨らませてしまうのは私だけではない。
ただ選手たちには余計なことは考えさせずに自分の力を如何なく発揮してほしい。
この歳になると後輩達のがんばる姿がうれしくてしょうがない。
今年の都大路も朝から大忙しのうれしい悲鳴。
現地で相当ワクワクさせてくれるのでは!
ぜひ応援してやってほしい。
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2007年08月02日
初代ミスタートライアスロン【コラムの紹介】
さあ、梅雨もあけ夏本番といったところ。
暑くなってきたが、気持ちはもっと熱くなっていただこう!
初代ミスタートライアスロンこと中山俊行氏(左)と須藤(旧姓:小梅川)雪絵氏。
中山氏が日本トライアスロン界を引っ張っていた姿をみて退く前あたりから自分はこの世界へ足を踏み入れた。

雪絵氏は当時、チームテイケイで活躍され当時は真夏に岐阜長良川大会で開催されていた日本選手権を連覇している。 あの大会は速いだけの選手は勝てない。本当に強い選手が上位を占めていた。当時、雪絵氏の精神力は想像をはるかに超えていた。 惜しくもシドニー五輪は補欠になったのだが実力は充分だった。
さて本題だ。
若い選手が増えてきたのは喜ばしい事だ。ポテンシャルの高さも我々よりはるか上を行っている。
しかしこのような過酷なレースほど、今の20代の選手が、さてどれだけ上位へ入れるのだろうか? 疑問に思う今の日本のトライアスロン界。
この二人の熱き想いと精神は自分にも大きな影響を受けてきた。
それは今も変わらない。
中山俊行氏のコラム (渾身の一撃)がある。
(エムスポ=トライアスロン情報や大会結果などいち早く分かるサイトだ)
自分も感じる事がストレートに表現され、いつも共感し自分の中へも取り込んでいる。
まだまだがんばって行かなくてはと痛烈に感じる。
今回、広島の廿日市(はつかいち)市で6月17日に開催されたトライアスロンの記事が掲載されていたので紹介する。
ただ、ずいぶん高い評価を受けたなと、うれしい反面、 それを裏切らないそんな理想の競技者にとことん近づきたいと身の引き締まる想いだ。
二人に負けないくらいの魅力ある人間を目指したい。
トライアスロンでなくとも共通する面が多い。ぜひ読んでほしい!
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2007年06月29日
シューズへの追求
2007年6月27~28日(火~水)
いつもお世話になるいやま先生が足を触りながら言う。
シューズがオリジナルだったらもっと足への負担が軽減されるのでは?=パフォーマンスの向上!
確かにそれは最近感じる部分ではある。

今まではどうでも良かった事がのちに必要になってくる事がある。
そんなレベルまできたのか?
隣の市になる竹原市(広島県)にシューズのインソール(中敷)を加工しながら身体のバランスを整えてくださる先生がおられると紹介を受け、 早速行ってきた。
練習後の診療時間外になる晩に押しかけたようなものだが、助手の先生を含め3人で集中し取り組んでいけたのは事実。(火曜日、 水曜日二夜連続!)
機械で接地する荷重を測ったり、ノギスのような計測器でサイズを細かく取ったり、その見る目と技術はミクロの単位か。
出来ては試しばきし走ってみる。何回繰り返した事か・・・
こちらも全神経を研ぎ澄ませ足裏へ集中する。動きを先生達が真剣に観察する。
ほんの少しの違和感さえ逃さない。
トライアスロンという長時間の競技にはそれが一番危ないからだ。
今の段階ではこれだろう!といったものが完成したが、レースで使ってみなければまだ分からない。
この繰り返しで最高のものが完成していくのだろう。
競技者のトレーニングへの取り組みと同じ情熱を注ぎ込む。







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2007年05月24日
神秘の場?
どんなに調子が上がらず不安でも、どんなに気持ちが乗らなくても、
大会の前日などに車検や受付、公式練習などトライアスリートやその関係者が集まる会場へ行けば今の最善の状態になってくる。
魂を呼び起こすエネルギー循環がそこにあるのだろう。

2代目ミスタートライアスロン小原工選手(初代は中山俊行氏):尊敬し憧れの競技者だ!

【来年の北京五輪を必ず手にするであろう頼もしく熱いプロの戦士達だ!】
【細田雄一・山本良介・福井英郎・山本淳一】
ここ数年、シーズン中はレースが固まる事が多い。
毎週のように(今年は6週連戦もある)レースがある。生身の身体である、当然疲労は隠せないだろう。
しかし、プロの戦士達は連戦してもへこたれない精神力と体力を兼ね添えなければ目標達成も無い。
自分もここ一発の強さも当然必要だが、ベテランとしては絶対崩れない精神哲学を持っているつもりだ。
もっと磨きをかけ進化したい、それを命がけで楽しみたい。
自分にとってそれを支えるのが夢や高い目標を持ちロマンを追い求め、 日々大変な努力をしている競技者やスタッフの発するオーラだと感じている。
それが体感でき、吸収できるトライアスロン会場が好きだ。

抜群の泳力を持ちナショナルチーム期待の平野司!彼は小学生の時から知っている。
『頼むぞ!』

いつも優しくフォローし応援してくださる元プロで選手育成を手がける松山文人氏

おまたせ!真心とパワーを下さり自分の人生のモデルでもある八尾師匠【チームテイケイ監督】だ!
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2007年03月06日
新体操発表会
三原市の新体操クラブ
【こくぅ新体操クラブ発表会】へ招待された。
『かわいい妖精たちが元気に演技を披露します♪』



まさにそのキャッチフレーズのとおり。
発表会用のみんながそろう演技に費やす時間は少なかったのかもしれないが『一生懸命練習したんだな』と思わせる演技。
4歳児の演技などかわいくって!(笑顔
中学生や高校生になると優雅さを感じだす。
テレビで見る競技会のようにノーミス演技には程遠いのだが、この新体操クラブ!今の段階で充分に将来を感じさせてくれた気がした。
分野は違うがそれにそそぐ情熱や真剣さは同じ。
良いものを見せていただいた。【感謝】


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2007年03月03日
NTT西日本陸上部新監督誕生
世羅高校時代の清水みどり(旧姓:麓みどり)先輩の夫である、清水康次氏がこのほどNTT西日本陸上部監督に就任した。

1月の終わりに行われた中国山口駅伝で最終区を区間3位で走り、私にはその存在がすごく大きく見えた。
優勝争いをする二人についでの6秒差。
淡々と、しかしその堅実な走りはマラソンランナーとして大成され世界と渡り合った。その姿は今も脳裏に刻んでいる。
昨年、同大会でお会いした時こんな事を言われた。
『選手を育てたい。今その勉強もしている。』
広島時代にNTTは陸上部を解散し、清水氏だけが世界選手権のためシンボル選手としてトレーニングを継続してこられた。 そこには多くの仲間の支えがあったという。
これからは自分がやり残した事を次世代につなぐ。
新監督になったNTT西日本は、その意志を継ぐ選手が現れた時こそ魅力ある素敵なチームになるに違いない。
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2007年01月26日
太陽の子
太陽のような子を知っている。
以前も紹介した事があるが、トライアスロン界のアイちゃんこと【上田 藍:うえだあい】だ。
今回彼女が日本スポーツ賞の授与が決定したらしい。

お祝いのメールを送ったらすぐに返事が返ってきた。
その中にJOC(日本オリンピック委員会)のHPへ紹介されているから読んでほしいとあった。
ここを読んでいただければ分かる。→ http://www.joc.or.jp/
彼女には眼力がある。熱いほどに情熱を感じ、レース振りにも想いの強さを感じる。
数年前に一緒に練習をしたときに言った事がある。
『北京のスタートラインに藍ちゃんが立ってると思うよ!』と。
日に日にそれが現実味を帯びてくる。
あんなに愛らしくちっちゃな子が、彼女を支えるすべての人の想いを胸いっぱいに詰め込んで、まさに太陽のように大きく、熱く、 周りを照らしながらトライアスロンへ人生をかけている。
彼女はまだまだ強くなるだろう。


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2007年01月06日
後輩達だ!
この時期は中国山口駅伝 (山口県宇部市役所前をスタートし、周南市役所前をゴールとする7区間、84.4キロで一般、郡市、 高校の各部門で競う。) の選考などでメンバーが顔を会わせる。

年末の30日(土)に10Kmのトライアルが行われた時の写真だ。
彼らは先日の都大路【全国高校駅伝】で日本一!になった、三原第五中学校~世羅高校と歩んだ道が同じ後輩なのだ。
『走ること!』に青春をかけたその姿を見るたびに、多くの先輩達は自分をオーバーラップさせ想い出に浸るものだ。 それを思い出さしてくれるその姿をみて後輩たちを頼もしく、そしてかわいく思えるのでしょう。
彼らの本気で打ち込んできた事はこれからの財産となる事だろう。
日本一のたのもしい後輩達に勇気や元気、そして希望をもらった。
ありがとう!
日本一のチームでやってきた事は一生の宝物だ!
それを胸にこれからも進化し続けてほしいな。

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2006年12月30日
三原市水泳連盟のちびっ子選手たち
2006年最後のスイム練習は東広島市にあるプリオールのプールを借りて行われた。
いつものようにウォーミングアップから入りコーチの指示のもとにメニューをこなしていくのだ。

Photo by 藤瀬コーチ

普段は公共施設をホームとしてトレーニングを積むため、パドルやフィンなどの道具は使えない。 このような民間施設ならではのトレーニングが出来るのはおもしろい。
自分は何年ぶりかで使用したが普段は出せないスピードを得てメニューをこなせるため、『速く泳ぐ!』事に意識を置け、同時に 『こんなに速く泳げるようになりたい!』と、しっかり脳裏に刻むのである。
自分はこれが進化する第一歩なのだと思い大切にする感覚だ。
仕上げにフリースタイルでの25mと50mを中学生選手と一緒にトライアルを行った。
50mは自分が希望してのプラスメニュー。
結果は自己ベスト!先日に続いてまた進化したぞ。
高いモチベーションで2007年を迎える材料を得る事ができたのだ。

大会ではフリースタイルだが、練習では4泳法(バタフライ・バックストローク=背泳ぎ・ブレストストローク=平泳ぎ・ フリースタイル=クロール)をそれぞれこなすのだ。
これが泳力アップになっているのは確かなのだ。


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2006年11月23日
ジュニアトライアスリート

ジュニアトライアスリートの高宮貴洋
2年前、彼が中学1年生の時の写真だ。
初めて大人のトライアスロンレース(51.5Km)へ出場した。
彼はご両親の理解により幼い頃からトライアスロンに取り組んできた。
今の日本ではトライアスロンを続けるには、中学の部活など理解が薄かったりと環境が揃わないのが現状である。
近況や活動報告など父親からまめにいただいている。
貴洋の想いは途切れること無く今を生き確実な成長を成している。
何とかこの子を生かしてやりたいと思っていた。
沖縄でトライアスロンスクールを主宰する千葉夫妻(チームゴーヤ)に『広島で環境を整えてやる事ができなかったらお願いしたい』 と数年前から話していた。
当然選手として将来性を感じてもらわなければ引き受けていただく事は出来ないのだが。
今年は大会や沖縄合宿などに参加し貴洋を見ていただき実現するところまできている。
これから先は彼の想いと千葉夫妻に想いをたくす。
近い将来一緒に肩を並べて競い合う事ができるはずだ。
これも将来の自分の楽しみの一つなのだろう。
応援してやってほしい。

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2006年10月15日
広島経済大陸上競技部
久々に母校である広島経済大学陸上競技場で後輩達と練習をしてきた。
目的は今週末(22日)に開催される日本トライアスロン選手権(東京お台場)へのポイント練習。

Phot:宮広監督
300m×15本のスピードトレーニングを後輩達とともにこなした。
最上級生でも今や年齢はひとまわり下になってしまう。卒業して12年以上たつのか・・・懐かしく新鮮な気持ちにもなれる。
選手たちにとってはもう【おじさん】なんだな~・・・。
学生時代と変わらない内容できっちりこなし、 自分を知る者も唖然としていたが自分の中では走力を把握し日本選手権のランパートを意識してのトレーニングだった。 一緒に走りながら一団でタイムを追う。 後半遅れた選手たちへは自分の鼓動や呼吸音を聞きながら走りを近くで感じる事で勇気を与えられたとも思っている。
そして自分も学生競技者とともに緊張感のある練習メニューをこなす事でパワーをもらうことが出来たと思う。
競技者同志だから通じ合うものがある。
ここでは言葉は少なくても充分。人間力で通じる場所なのだ。


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2006年08月12日
あきらめるわけにはいかない!

トライアスロンをはじめて改めて感じること。
それはあきらめない事。
厳しいレースではゴールするまで何があるか分からない。
先頭を走っていても、転倒やパンク、状態の変化によって起こる動きが止まることも起こりうる。
それは誰にも可能性がある。
だれもが勝ちは無いと思われたレースをひっくり返した事も、その逆もあった。
自分はレースに臨む時、今日は調子がいいから勝てるとか、悪いから勝てないとか言わない。
どんな状況でも終わるまで分からないのだから。
前半戦を明かせば、自分のような強行日程でレースを詰め込む状態で、ばっちり調子が整っているなどなかなかない。 結果を得る事ができたのは、そこには想いがあるからだ。
人生でもそのトライアスロンスピリッツが生きている。
今日の甲子園。
広島県代表で地元の三原市から出場している如水館高校。
同点から8回9回に大量点を奪われ8点差。
野球で、トップレベルの高校球児たちの甲子園では8点差は重たいのだろう。
しかし、何が起こるかわからないのだから最後の一球まで希望を捨てるな、あきらめるな!球児達に伝えたかった。
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2006年08月03日
駅伝戦士達の夏!

先日、母校へ立ち寄った。
高校生達は夏休みで練習一色。
今頃は合宿で山にこもっているのだろう。
彼らは駅伝を目指しこの夏を鍛えに鍛えて乗り切る。
精神的にも身体的にもとてもきつい時期だ。
目標に対して成長していくためにしっかり根を張る時期だ。
根をしっかり張れたものが大きな成長をとげる。
半年前まで中学生だった1年生が先輩達を割って高校駅伝のメンバーに上がってくるのも夏を乗り切ったときからだ。
情熱を持ち取り組んだ事で想いを成す姿を実証してくれ!
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2006年07月05日
帰ってきたオリンピアン
福井英郎が帰ってきた!
彼はトライアスロンでは初代オリンピアンである。
2000年のシドニー大会ではジャパンフラッグを胸に、トライアスリートの夢とともにスタートラインへ立った男。

その頃、彼とは面識もなかった。
ただトライアスロンでのポテンシャルの高さは並み外れたものを感じてはいた。
そんな彼はここ数年ほかの新競技(エクステラ)へ活躍の場を移していた。
今年になって愛知県を活動拠点とするトヨタ車体と契約するプロ集団のコーチ兼選手(プレイングコーチ)として帰ってきた。
コーチとして?それは全く違っていた。
明らかにその目は北京を見据えている。
先々週の幕張大会の積極果敢な勇姿や、今回の七ヶ浜大会でのエリートレースはコース的には一部分しか見届けられないが、 最終的には1秒差で優勝した細田雄一はゴール後ばったり倒れ、破れた福井英郎は年下の勝者をしっかり称え、 その後少し離れたところでくやしさを爆発させた。その姿から今回のレースのすさまじさを感じた。
彼らに聞くと想像を絶する熾烈な戦いがあったようだった。
プロトライアスリート。彼らは本当にプロだ。
自分の事を想いを貫いて突き進んでいる!といってはくれるが、まだまだ自分は甘いと感じる瞬間でもあった。
福井英郎・・・男気を感じるプロトライアスリートだ!
今後を楽しみに注目したい。

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2006年06月25日
トライアスロン界のあいちゃん
トライアスロン界のアイちゃんこと、上田藍ちゃんです。
4月の終わりだったかな~情熱大陸(全国版)にも特集を組まれていました。

日本の女子トライアスロン界は、いわゆるトップ3と言われるプロ3人衆(オリンピアン)が抜けている現状が続いています。 彼女らは国内のワールドカップと日本選手権の主要大会以外はほとんど海外で活動。
国内で戦う若手には遠い存在でもあります。
そんな中、確実に北京を目指しその一角を崩しにかかる選手の一人に上田藍がいます。
普段はパチリとした目に精悍な顔立ちをして明るく話しやすい女の子ですが、 ひとたびレースになるとその顔は競技者の厳しい顔に変わります。
今回は生活拠点にしている地元の大会ということで顔見せサービスで和やかに過ごしていました。
京都から単身上京して、山根コーチのもと青春のすべてをかけてトライアスロンへ取り組んでいます。
今シーズンは今までと違い、世界へ目を向け活動していくそうです。
彼女達と接して感じる事は、私たちと会うときは本当に素敵な笑顔を振りまきます。しかし、 プロとして活動する彼女らトライアスリートは、その笑顔からは想像できないほどの生活を送っているのも事実なのです。
私たちに出来る事は応援しかないのです。ぜひ、応援してあげてくださいね!

2004年宮城県七ヶ浜大会より
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2006年05月15日
後輩たちに感じた事
3月にさかのぼって記事が残っていたのでアップしておきます。
夢吊橋マラソンに参加させていただき10Kmを走っている時の事です。
世羅高の選手達はそれぞれ5Km10Kmにエントリーしていました。

今回は【走れるようになる!】を目的に直前にエントリーさせていただきましたが、後輩達を前にすると、『いっちょ、いじくってやるか! 』と気持ちが変わったのです。
そうは言うものの、今回はとてもついていける状態ではないのに・・・
せめて最初だけでもペースを乗せてやろうと先頭を切って走ったが、その分前半5Kmまでの中だるみが早く来た。 ひとりずつ抜かれながら世羅高選手の最後尾あたりまで下がった時、なんだか妙に後姿が頼もしく見え、 フラッシュグリーンに赤パンツのなじみのカラーがまぶしくみえた。
後輩達がまた都大路(全国高校駅伝)をこのユニフォームで走ってくれる事を思うとうれしくなった。レース中のきついところではあった。 不思議な感覚を感じたその後から追い上げを図れながら後輩達に声をかけることも出来ていた。
今の状態をひっくり返してくれる原動力になった後輩たちに、改めて力を与えてもらい借りを作ってしまった!
今度はこちらが力を貸してやらなければ!そう思うのでした。
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2006年05月11日
将来をかける姿から感じる事
彼女達は世羅高校女子陸上部の留学生です。遠くケニアからやってきた二人は大げさではなく、走る事で生きていき将来をつかむのです。

もちろん日本人選手もそれは有るのですが、その度合いや生き方のモチベーションの違いを明らかに感じさせます。
先日一緒にクロスカントリーコースを走りました。
当たり前のように淡々とこなす中にも気迫を感じます。かといって鋭くとがった態度を出しているわけではありません。
振り返ると私は、この時代はただただ速くなりたかった。それがあまりに強すぎてとがっていた気がします。後輩を伸ばしてやろう、 周りのレベルを上げてやろうなど思った事はなかったでしょう。
寂しい事ですが自分の事で精一杯でした。
今になって後輩達や頑張る選手達がかわいくて、何か力になってやりたいと思うようになったのです。
遅いかもしれませんが、気付けただけでもまだ間に合うと思って、支えられながら競技を続けてこれた意味が生きてくると信じます。
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2006年05月01日
水の道化師
彼らは普段三原市のリージョンプラザ・プールにて仕事『一部』をしています。

夫婦で三原市水泳連盟・ドルフィンクラブなどの選手・子ども達を中心に指導しています。
スイムに関する練習は、私はここでは子ども達とともに身を任せをメニューをこなしているのが現状です。
数年前に比べればメニューのこなし方も板についてきました。
特に昨年から【ふじせコーチ】になってからはきつい中でもおしていける、 いわば集中力が保てる練習をこなすことで自分のレベルを上げていることを実感しつつ、トレーニングに臨ませてもらっています。
先に述べた仕事とは別に、彼の方は他にも活動をしているのです。
【トゥリトネス】(東京本社)って聞いた事がありますか?
ウオーターボーイズと言った方が分かりやすいでしょうか。
水の道化師としても全国各地で公演している時期もあるのです。
彼本人は水泳を一流どころで経験し、さらに個性豊かな指導を受けていることもあるのでしょう、実にうまい指導をします。
彼らの今後の発展とともに、私もいろいろな側面を吸収しながら人生を進めて行きたいと思います。
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2006年04月29日
織田記念陸上を観戦
陸上の春をつげる国際大会が広島ビッグアーチで開催され、恒例行事として観戦してきました。

日本トップクラスの走りを間近で見る事ができ、自分にも取り入れてみたい事を研究しました。スマートな走りをする選手が多い中、 私はいつも惹きつけられるのが広島出身の徳本選手(日清食品)です。
今回は果敢に黒人選手に日本人で一人くらい付いていきました。
ぶっつぶれても先を見据えた挑戦だと感じました。故障で見送った昨シーズンを耐えた今シーズンの彼の活躍は間違いないでしょう。
ここへ来れば何より、元同僚や後輩たちの頑張る姿を生で見る事ができる。
今日も成長した姿を見る事ができ、そこからエネルギーをもらってきました。
皆さんも近場でスポーツイベントがあるときは足を運んでみてくださいね。
本気で取り組む姿には、自分に必要なものをきっと感じ取れますよ!


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2006年04月19日
庭田清美という人
トライアスロン界では知らない人はまずいないでしょう。

2003年の世界選手権(ニュージーランド:クイーンズタウン大会)に日本選手団で合流した時からでしょうか、 私は当然トライアスロンを始めたときから知っていましたが、お互い通じるものを感じたのか意気統合して仲良くさせていただいています。 尊敬する人ですが【きよみん】って呼ばせてもらってます(笑い)!
練習で使うスイムキャップもワールドカップで使用したものをオーストラリアから送ってもらい私のモチベーションの向上に一役かっています。
それはさておき、彼女の底知れぬ魅力は様々ですが、競技に関しても一体この人はどこまで行ってしまうのだろう。初代トライアスロン (シドニー五輪)のオリンピアンでありながら4年後のアテネも出場。今の彼女なら次回の北京まで行ってしまうと関係者は思うでしょう。
勝手にこんな事を言いますが、最高レベルで日々過ごす事の厳しさは肉体と精神は想像を絶するものがあります。しかし、 それを含めても彼女なら・・・それを感じさせてくれる【きよみん】なのです。
昨年の日本選手権の前日お話をしました。
疲労が抜けなくて覇気がない感じに取れました。
がしかし翌日ふたを開ければ若手はおろか、彼女に並ぶオリンピアンたちもがこの底知れぬ強さについていけなかったのです。
『さっすが!』思わずこぼれました。
きよみんのようなレベルでの話ではないけれど、自分もアマチュアとしてそんなひとりになりたいと感じるのです。

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2006年03月28日
甲山中学陸上部
バイクライドの合間に先生や生徒の顔が見たくて寄ってみました。

ちょうど3年生のお別れ会と言う事でリクリエーション中でした。
みんなおおはしゃぎ。
ここの中学へ来るといつも思います。
自然の多い中でのびのび育ってきたからでしょうか。
先生も生徒達を乗せる実にうまいご指導で本当に中学生らしい中学生を感じます。
この子達はきっと卒業して大人になっても先生や仲間を訪ねていける心を育んでいることでしょう。
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2006年03月12日
夢吊橋マラソンにて
今日は後輩達に囲まれ素敵な感覚の中で走る事が出来ました。

ダムの湖畔やアップダウンの激しいコースでのマラソン大会ですが、過去ここで1回走った事があります。当時、 世羅高校で初めての外国人女子留学生ウィン・フリーダ(現在デオデオ) の10Kmロードを引っ張り広島県高校女子ロード10Kmの記録更新を狙った時でした。
今回は前日の練習、当日のアップでの体の状態からまともには走れない事を感じていたため、 後輩達の力になってやれるかどうかといった感じでした。
せめて最初の数キロだけでもペースに乗せてやろうと引っ張ったのですが急なのぼりで筋肉の重さにまだ耐えられないためから生き絶える感じでペースが上がらない。
ひとつずつ順位を落としながら後輩達の元気な姿を尻目に、一時は世羅高校選手達の最後尾まで落ちていました。
目の前の後輩達のペースが落ちてきたら腰を押してやったり、声をかけて少しずつ前へ上がっていく(上がれた)ランニング内容でした。
終わってみれば体造りの一環だと割り切っていたのですが、後輩達に声をかけることで自分にも力を与えていたようです。
4月16日からのシーズン前に、まだまだランの状態はほど遠いものだったが、一気に展望が見えてきた様子です。
後輩達に助けられた!
夢が叶うといわれる建造物【吊橋】のある縁起の良いコースと、力を与えてくれる後輩達と一緒に春を迎える準備が出来つつある。 そんな感覚が強かった夢つり橋での出来事でした。
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2006年03月09日
後輩の存在

以前は母校や後輩や先輩という存在に対して、そんなに思いは強くなかったのが正直なところです。
後輩といえば私の中学から大学までの陸上部になりますが、全国大会へ出ようが出まいがそんなに気にならない時期もありました。
自分のことで精一杯。
脇目も振らず頑張っていた時期、言いかえればほかに気を配る余裕さえなかった時期でしょう。
しかし、ここ数年は後輩達の活躍やがんばりがうれしくなる。何か力になってやれないか気を配る。
また、そのガンバリを見る事で自分への力にもなっている気がする。
歳をとったのか、落ち着いたのか・・・
後輩には、特に感情が入るものです。
そして、頑張る若い子達の力に少しでもなってやりたい!そんな思いが強くなるこのごろ・・・それを確実に感じるようになりました。
写真(上)は今年3月に卒業した世羅高校の後輩です。彼女はこれから大学でも陸上を続けます。まだまだ応援してやれる事がうれしい、 そんな感じです。
(下)は今年の都道府県男子駅伝の時です。三原第五中(左)世羅高校(右)彼らもそれぞれ高校、大学へ陸上で進学です。 二人とも伸び代十分!どんな成長をとげるのか楽しみです!!

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2006年02月19日
三原陸上クラブ~三菱駅伝にて
三原市には小学生の陸上クラブがあります。
先日の中国女子駅伝で監督をされた向谷(むかいや)氏が指導する三原市内の小学生が集まるクラブです。ここでは私のことを『鉄人!』 『テツジ~ン!!』と呼ばれます。


向谷監督の指導方針はこれから先のための、のびのび指導です。だからでしょうね、 前向きな子が多く将来を楽しみにさせてくれる子が目に付きます。
子ども達は成長著しく、たまに会うと『エ~大きくなったな~!』と思わず声が出てしまいます。
また、ここを卒業した選手たちが、中学へ進み高校へ進みどんどん成長していく姿を今回の駅伝でも見る事も出来ました。
トライアスロン界へ入って11年が終わりました。子ども達の10年はそれは大きい。歳をとるわけです・・・
2年前も一緒に組ませてもらったチームで、今回も急遽飛び入り参加です。男子チームの1区、 女子チームのアンカーを走らさせていただきました。
年末より足の状態を崩していたため、2月に入ってやっとラントレーニングへ移行できました。 今回はそのチェックにも良い機会でエントリーさせていただきました。
さてさて、個人的には久しぶりのユニフォームスタイルでしたが、夏のスタイルは寒すぎました・・・ それでも今の状態をきっちり体感できました。筋肉が付いていますのでスピードは出ますが時間が持たないと言った状態です。 3日前からバランス調整にいやま先生にキネシオをはって施しを受けています。
さ~子ども達の手本に少しでもなれるように、春からのシーズンへ向けて組み立ててレース用に仕上げていきます。
今回は楽しかったです。みんなありがと~!!
監督ありがとうございました!

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2006年02月12日
中国女子駅伝
今日は広島市で中国女子駅伝が開催され応援へ行ってきました。

久しぶりに実業団が出場し追いすがる高校チャンピオンの興譲館高校を振り切り見事優勝を飾りました。
郡市の部はわが三原市体協A が見事初優勝!
Bチームも5位と入賞です(⌒▽⌒)/゜・:*【ネ兄】*:・゜\(⌒▽⌒)
中・高校生サマサマのチームであるが優勝には変わりはない。
妻が走っていた頃から毎年あと一歩およばず優勝を逃していた姿を見続けていただけに、 やっと優勝したのだなと当時の事を思い返すようでした。
スタッフの方たちも終わるまで気が気ではなかった様子。
選手たちはのびのび走っていたのはご覧のとおりです。
また、それ以外に各チームで知っている選手たちの中には走りが不本意でしゅんとしている顔を見ましたが、な~に! 君らはまだまだこれからだから!
良い経験をしてるのです。
これからどんどん翔いていけ!
関係者はそれを見守るためにも駆けつけているのだから・・・

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2006年01月28日
自信がないときこそ挑戦!
私の中学・高校と後輩になる高校3年生から電話がありました。
その子は中学から頑張ってきましたが3年ではメインレギュラーで走った事はなかったと思います。
でもコツコツ頑張ってきた選手です。顔を見れば分かります。

今回、駅伝のメンバーに選ばれたけれど、今まで大会では走った事がない距離で自信がない。チームに迷惑をかけてしまいそう・・・ と言った内容でした。
上位を狙うチームならその状況下に置かれるとたいていそう思ってしまうものでしょう。
私の高校時代を少し記します。
私は世羅高校へ長距離で行きました。
しかしスプリント能力をかわれ1年生の最初の大会はマイルリレー【4×400m(1600mリレー)】のメンバーに抜擢されました。
1年生の自分以外は短距離陣の速い3年生達です。
いうなれば4人のうち明らかに穴です。『どおしよ~~~~・・・・』
私の場合も初めはそのようになっていましたが大会が近づくと割り切るものです。 と言うか逆にびっくりさせてやろうってあきれるぐらいの前向きさを発揮するのです。

そうなれた時の自分はモチベーションも上がり集中力も研ぎ澄まされる感じです。
スポーツは最後は気持ち【心】です。
これから大学で走る事を続けていくその子にも言いました。
『高校生活最後の駅伝だろうから仕上げとする気持ちと、そしてこれからのスタートとすること。その挑戦だ。きっとうまく行くよ!』
電話を終える頃には声が明るくなっていたような気がしました。
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2006年01月22日
ひろしま男子駅伝
今日は本当に良いものを見せてもらいました。

広島で開催される全国都道府県対抗男子駅伝へ地元の後輩に当たり実家のすぐ近くに住む選手の家族と同行しレース現場へ駆けつけました。
郷里の応援に力が入りますが、ここへ出てくる選手の素晴らしい走りには、ほんの数秒しか見届ける事ができないのにドラマを感じ、 なんと表現してよいものなのか分かりません。だからしません!(^0^*
近頃感じる事・・・自分自身も追い求めるものがある。しかし同じように若い世代・・・特に慕ってくれる選手、そして後輩ともなれば、 その姿を見たくて応援したくなる気持ちがやたら強くなった。
何を求めているのだろうか・・・気持ち、心の変動の大きさを感じる今日この頃を余計に感じた一日でした。
自分を含め、選手って本当に幸せだと思います。
選手と呼ばれる人には必ず支えてくれる人たちがいる。練習で得るものも当然だろうが、 その人たちの想いから出る力が選手を導き結果につながっている気がします。
スポーツって素晴らしいじゃないですか!


兼実省伍(三原第五中学)と松本央(世羅高校)二人のかわいい後輩達です。
この二人はこれからそれぞれ進学していきますが、これからますます成長し、皆様を喜ばせてくれる事でしょう。

恩師である村上先生が監督を務めチームを支えてこられたスタッフ陣です。
【6位入賞でほっとしておられるご様子です!】
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2006年01月15日
都道府県女子駅伝のメンバーに選ばれた元トライアスリート!
紹介した事もありますが改めて。
今日、京都で行われた都道府県女子駅伝の広島県チームに中学まではトライアスロンに打ち込んでいたランナーがいます。
栗栖由江(廿日市高校→玉川大学)ちゃんです。(写真右)

高校からは陸上部に入り駅伝では1区で上位を走っていました。
トライアスロンでは5~6年前になりますが、彼女とはチームを組んで出場したり、 ジュニアのカテゴリーで上位入賞などしていくなど成長を楽しませてくれる存在でした。
競技が変わった今もそれは変わらなく、ランナーとして成長しています。
今は玉川大学で東京へいるため、お台場で開催される日本選手権は駆けつけてくれます。
素直で明るい性格ですから私たちも引き込まれます。
そんな彼女から年末に都道府県駅伝の広島県チームへ入る事になったと電話があり喜んでいたのです。それが今日(1月15日) 開催されされでした。
走り終わったらすぐ電話をくれて、明るい澄んだ声で『今、走り終わりました!』と報告してくれました。 まだ息が弾んでいるその声はハツラツしているように感じました。
一人抜いて順位を上げていました。テレビでは襷(タスキ)の中継所でしか姿を見ることができませんでしたが、 十分に今の状態がわかりました。と同時に当時のトライアスリートだった頃を思い出させてくれました。
素直で真っ直ぐな彼女はやっぱりそのように成長するんだな~と再確認させてくれている、私にとっても勇気付けてくれる人材です。
彼女は魅力ある、周りを元気にしてくれるアスリートへとまだまだ成長していくでしょう。
数年でしたが彼女のジュニア時代をともにできた事がこれからも膨らんでいく私の宝物のです。

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2006年01月11日
続けることの大切さ
ここ数年はどのスポーツも中学生のレベルの高さを伺えます。
しかし、そのレベルにいる選手たちでも進学の時、せっかく作り上げたものに終止符を打つ選手も少なくありません。 もっともっとのびていくだろうし、これから多くの出会いや楽しく充実した日々が待っているのに。

決して目標や夢に向かって進んでいくことは楽ではありません。 むしろ大変なことや本気で落ち込んでしまうこと絶望感さえ感じることの方が多いかもしれません。
それでもその生き方のほうがよっぽど魅力的です。
それは本気で取り組み生きている証だと思います。
ある先生からも聞きました。自分がもういいと思ったら人の期待などあっさりとそらしていく。しんどいからもういい。 その思いが一番の子が多いと。
確かに中学生で今はレベルの高い指導をされる先生もいらっしゃる。3年間で良い思い出を作ってやろうと・・・
しかし中学生の体や精神はまだ大人ではなく、非常にきつく厳しいものです。
休みたい=やめる となってしまうのでしょう。
そこにブレーキ(方向転換)をかけてやるのも大人の役目かなと思います。
辞めるといって普通に高校に入りそれとなく同じ競技をしている子もいます。
しかしいったんやめると決めた心ではなかなかうまくいってないのも事実です。
そのような現場を見ていると今方向付けをしてやらなければ手遅れになる子もいるのです。
まだまだ子どもです。うまく導いてやればそれに乗ってくる。
今日は良く知る先生から電話がありました。やめるといっていた子が競技を目指し高校進学へ方向を変えたと。うれしく思いました。
その子にも話してやりました。自分だから歩める輝ける人生があることを・・・
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2006年01月09日
第7回 三原駅伝
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2006年01月05日
いやま整体院
いやま先生のところへ行ってきました。
すると如水館駅伝部の1年生たちが先生と話しながら施しを受けていました。

怪我や故障で落ち込んで来ても帰るときには明るくなり前向きになる。
ここにくれば気持ちもリセットし前向きにしてくれるのです。
彼女達も明るく笑顔で話して帰っていきました。
私も今故障でさえない日々です。
しかし別の件を引き出し『今シーズンも楽しみですね!』となってしまうのです。
先生自身もいろいろなことを考案して提案してくださいます。救われるというか前向きにならざる得ない感じです。
いやま先生、今日もありがとう!
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2005年12月26日
やったぜ世羅高校!
先頭は世羅高校!
この言葉がテレビ中継中に連呼された。

しかも全行程7区間のうち4区終わりまでの半分以上をご存知ライトグリーンのシャツに赤いパンツのユニフォームが映りまくっていた。
折り返しまで先頭を走ってくれた母校の後輩達に十分満足したのは私だけ出ないはず・・・後半戦に興奮さえさせてくれた後輩達。
そこから粘りに粘って強豪チームの追撃を押さえて2位でゴールしたのは想定外の快挙であった。
世羅高校はレース前、どんな評論家達も8位入賞もトップ10すら名前は出ていなかった。 関係者も正直なところ一ケタ台で入れば大喜びといった雰囲気だった。3位以内なんて誰も思わないし想像すら出来なかった。 痛いほど全国大会の怖さも知っていたから高望みが出来なくなっていたのが世羅高校関係者だったように思う。
1区の3km地点で最初の応援。続いて2区の2.5km地点へ駆けつけた瞬間、 白バイに囲まれ先頭を走る松本キャプテンの勇姿を見たとき鳥肌が立った。今この文を書くときでもそれが甦る。
この時代、県立高校で全国優勝なんてありえない・・・そんなしょげた想いを否定してくれるに十分な出来事となった。
ゴールとなる西京極陸上競技場へ2位で姿を現したとき関係者の興奮は最高潮。同時に3位の豊川工業高校(愛知) の勢いある走りにはらはらさせられながらも3秒差でゴールした1年生アンカーは来年からのニュー世羅高校へのスタートを感じさせてくれた想いだった。
歴史ある古豪世羅高校。その歴史を背負っていける頼もしく新しい世羅高校の幕開けを見る事ができたに違いない。


母校の準優勝を称えてくれた日本一のトライアスロンチーム。テイケイの皆さん!
左の八尾監督は今回5位だった名門報徳学園(兵庫)のご出身。
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2005年12月23日
選抜チームへ選ばれました!

7月30日にガンバリストとして紹介し応援させてもらってる中学生バレーボール選手を紹介します。
記事にもあるようにバレーボール選手としては中学生でも小さな方になります。
彼女の動きからは身長など関係ないよ!と、そう思わせてくれる能力と心を備えています。私はそう感じました。
三原市内の中学バレーボール選手が県の選抜選手に選ばれるのは稀(まれ)です。
目を引き能力ありと思わせた選手ということでしょう。
ご両親達の心配をよそに彼女はどんどん成長し、地元の高校へは行かずバレーで進路を決めました。 そんな彼女はやはり成長していきますね。
最近中学でどんなにセンスの良い選手でも進学してから本気で続けようとするものが少なく寂しい気持ちでしたが、 心が温かくなりうれしい記事でした。
実は彼女は足もとっても速いのです。小学生から中学に上がる時はご両親は陸上へ進めていました(陸上も強い中学です)。 その相談も受けたのですが、彼女は絶対バレーをやると意志が硬かったのを今も思い出します。 結局自分がこれだと思うもので頑張れたらそれが一番なんでしょうね。本気で頑張った人は道も開けてきます。 それを実証してもらいたい選手です。
応援してくださいね!

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2005年11月28日
これからの人生へエールを!

ある中学生選手に話しました。
その選手は私から見ても良いものを持っているこれからの選手です。高校へ進学するのにもう続けまいかと揺らいでいるのです。
練習は厳しいものです。特に体の出来ていない中学生にとってはきついばかりが先に来るのでしょう。
現に私も中学時代は3,000mを走りきってゴールした瞬間にぶっ倒れるきつさに怖さを感じた時期もありました。 勝負がかかればラストはフルスロットルで出し切ります。出し切ったレース後は100%立っていられません。
その子達と違っていたのは、中学時代からもう高校のインターハイ出場を夢見て、 その記事が載っている雑誌などデスクにいつも置いて眺めていました。 そのころのどこまでも登っていけそうなわくわく感は今も思い出せば体中に力が湧くようです。
進学については、近くの高校でも出来たかもしれません。 その時は周りの進めもあり親も子供が望むならと本格的な競技へ打ち込むことの出来る環境を用意してくれました。 兄弟妹4人もいる中での長男で、 寮生活などものすごくお金のかかる生活になるのにです。当時はそのことを思うほど大人では無かったと思います。
夢を追いかけ目標を達成していく生活は決して楽なものではありません。どちらかといえば辛い事のほうが多いのかもしれません。
しかし、そこから体験すること感じることは人生のうちで大切なもの、糧になると思うのです。
頑張れるものがある人生は行き詰まっても次の方向が開けるものだと思います。そして周りが力を与えてもくれます。
奇麗事かもしれませんが言います。
夢を持ち、希望を抱き、情熱をそそげるものを続けてほしいと・・・
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2005年11月21日
こんな時だってあったさ・・・

勝負に生きる競技者にとって勝ち負けは大きなもの・・・
プロアマ関係なく、良くも悪くもそれで人生が左右することは多い。
勝つことで評価は上がる。
しかし負けることで大きな経験をし、その後以前よりもたくましく成長することもある。
それを力にして努力できたらだ。
それに賭け打ち込んできたからこそあまりの結果にへこんでしまうことも多くある。
私のことを言えば、今シーズンは今までにない成果を得たのは失敗の積み重ねから得たといってもいいのかもしれない。
改めて自分に言い聞かす。
一生懸命チャレンジして失敗したのなら、それは失敗ではなくなると思う。きっとそこから光はさしてくる!
今そんな中にいる人へ、一緒に頑張ろう!

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2005年11月03日
涙は流さないで・・・

今週の土曜日(2005年11月5日)は広島県高校駅伝です。
そう、都大路(京都)の広島県予選です。
自分も人生を賭けるほどに目指して頑張った高校生時代がありました。
今の高校ランナーは、まさにその瞬間を今週迎えるのです。
どこの高校もそれぞれの想いを持って戦い抜くでしょう。
その週の火曜日に母校へ行ってトレーニングしてきました。
ふと、走っているはずの女子選手(3年生)がラップを読んでいる事に気づきました。
一通り終わっても後から来た1年生のタイムも読み上げていました。
練習後その選手にたずねました・・・
校内の最終選考会でヘルニアが悪化し先日まで入院していたというのです。
ご存知の方はお分かりでしょう、この時期のそれは3年生の彼女にとっては致命的な出来事です。
聴いた私が胸がつまる想いでした。
『でも私、あきらめてないんです。チームが全国大会へいけたらいいし、2月の中国女子駅伝を最後に走りたいんです。』
そう答える目には涙があふれていました。
『そうだね・・・あきらめるな!』
無責任かもしれませんがそれしか言えませんでした。
3年生が違う形でチームを支えている姿を見せ付けられました。
心の持ち方でこの出来事が将来の財産になるはずです。
『ガンバレ、負けるなっ!』
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2005年10月19日
駅伝戦士

世界選手権前に世羅高校へ行ってきました!
第二の故郷とも言うべき世羅台地。
世羅高校陸上部関係者はご存知のコース、ここには起伏に富むけもの道の山コースがあります。
私は今でもこのコースを大会前後の来れるときには利用します。
起伏に富み不安定な路面に自然の英気を吸収しながら走る。走りの筋力とバランス調整になるコースです。
このコースには伝説があります。それをクリアした数々の選手を輩出したコースでもあります。(内容はまたの機会にします)
フリートレーニング(各自練習)のこの日は、たまたま1往復した後一緒になった二人の戦士達(写真) と同行し動きを観察させてもらいました。
足の下ろし方と接地のタイミングはちょっと日本人には難しいな~と感じさせられましたが、 どこかに走りのしなやかさと柔らかさのヒントがあると研究させてもらいました。
この二人、日本語もきちんと話せますが二人だけの時は母国語で会話をします。
『#@*¥~$★Э!』・・・(汗)
何を言ってるのかぜんぜん分かりません・・・
国際色豊かな世羅高校になったものです。
賛否両論あるようですが、目指すものは一緒の心を持つ戦士達です。
夢をつかんで大きく羽ばたいてほしいものです。
応援してくださいね!
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2005年09月23日
びんご運動公園競技場にて

スイムとランの調整練習へと尾道市にあるびんご運動公園へ行ってきた。
ここを利用する各高校や大学生の姿があった。
良い施設ながら利用されきっているとはいえない事を知る私にとっては、 活気のあるグランドに巡り会った時は競技場自体もエネルギーを感じる。
記録向上へと練習する学生たち。
ポンとその練習の中へ入らせてもらう。
お互いが初対面にもかかわらずだ。
後輩にあたるわけでもでも知人が指導する学校でもない。
ただ、目標へ向けて頑張る者へ心が導かれる。
トレーニング中の心構えやポイントをつなぎの時に話してやる。
真剣に聞く選手たちにはこちらのパワーも伝わり心が通う。それは自身も同じだ。
選手たちの成長していく中で、何かきっかけを与えたい。
ダッシュやインターバルなど、心拍数はどんどん上がり、身体への負担は大きい。
今週末からの遠征のための調整とは離れてしまう部分もあるが、心への刺激がそれを上回る。そして将来、 互いが良い方向へつながると信じている。

中距離走のスタートの質問があり、私はこれぐらいしてロスをなくすと答えた。
高校生は繰り返すに従いスプリンター的なポジションをとりだした。トレーニングの場こそいろんなことを試し、発見する。 それが個々の潜在能力を導き出し成長させるものだと思う。
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2005年09月10日
ひと夏を終えて

バイク練習の途中に尾道市のびんご運動公園へ寄ってみた。
この土日で地区の新人戦が行われていた。
地元の高校生たちが競技に打ち込んでいる。
今や当たり前となっている夏合宿を何回かこなし、ランナー達は次のステップの駅伝へ照準を絞っている。
この前まで中学生だった選手たちが、見違えるように競技者の顔になっている。
この夏を頑張り抜いた顔をしている。
瞳もギラギラ輝きを増した気もする。
高校生活3年間。この3年間は良くも悪くも人生のうちで大きな3年間となる。
一生懸命になれるもので、日々心を磨いてほしい。
また、エネルギーをもらった。
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2005年07月30日
めざせ!春高バレー

土曜日の午前中のトレーニングを終えてプールから帰ろうとしたとき、『福元さん!』
と呼び止められました。
同じ施設で中学生のバレーボール大会が行われていたのです。
競技は違えど純粋に取り組むスポーツ選手から受けるエネルギーを感じようと思い観戦することにしました。

彼女は3年前の小学6年生の時トライアスロンさぎしま大会へ応援に来てくれました。
当時、走りのセンスはあったのですが中学では陸上競技ではなくバレーをすると言っていたことを思い出しました。
あれから3年、エースアタッカーになった彼女は高校への目標もしっかり見据えて打ち込んできていました。 私から見ても動きのセンスなどからまだまだ多くの可能性を感じるものでした。
進路のことで親御さんからも相談を受けるのですが、彼女の意志を尊重した方向で私は進めます。身長が低く絶対的に不利、 親の立場になると無難な方向へといきがちですが、それが当たり前です。しかし、彼女の目を見ていると、 そんなことはカバーできる物を持っていると感じさせてくれるし、私も賭けてみたくなるそんな想いを感じています。
何年後か、春高バレーのコートにその姿がある気がします!

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2005年06月18日
中国高校陸上選手権より
インターハイ予選。
高校生競技者として、インターハイ(全国高校総合体育大会)特に高校3年生は憧れの夢または目標の舞台です。
私がそうでした・・・中学生の頃からこの時期の陸上競技の雑誌を大切にページをめくりながらずっと眺め、 高校へ行ったら絶対ここへ行くんだ!子供心に純粋に思いを寄せていました。
高校3年時にはランキング入りまでし、確実に到達間近でしたが、結局 夢は破れました。
悔しくて、悲しくて、情けなくて・・・あんなに頑張ったのに・・・
今でも思います、あの頃の自分をインターハイへ連れて行ってやりたかったと・・・
この日、きっと同じ想いの高校生達が緊張の瞬間、青春をぶつけるそんな大会だから、足を運ばせます。
時には一緒に練習し、心を通わす選手たちが出場しています。
想いをかなえてくれ!そんな気持ちでした。


・・・結局、応援する選手すべてが力を出し切れず上へ行くことができませんでした。
この姿を見ると涙が出てしまいます。
あの頃をオーバーラップしてしまうのです。
しかし、今の自分はこの子達に言えることがたくさんあります。
終わったばかりの今は思いっきり落ち込むがいい。
それを埋めるだけのエネルギーが新たな力になるはずです。
次のステージへ導いてやりたいと思います。
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2005年06月09日
(広島県)尾三地区高校陸上より
2005年5月
インターハイの予選となるこの大会は、私にとっても思い出の大会のひとつです。
1年生の時はマイルリレー(1600mリレー)
2年生の時は800m
3年生の時は3000m障害走
1年生ではスピードがあるとされ、長距離で行った世羅高校でしたが、短距離の先輩方と組んで、
ここから県大会の決勝まで行けたのですが~7位で涙・・・(6位までが中国大会出場)
2年生のこの大会、優勝できなければ世羅まで走って帰ります!(30Km)と監督と約束。
~走って帰りました・・・(現在 西条農業高校陸上部女子監督の時乗先生が後半を心配され様子を見に駆けつけてくれ、
うれしかったのでしょう、良く覚えています)
3年生、中学からあこがれたインターハイへの夢の舞台のスタートを切りました。(一番希望に満ち輝く目をしていたと思います)
そんな大会が毎年同じ春に行われ高校生達が夢や目標に向かってスタートラインへたっています。
ゴール後、いろんな結果とともに高校生達は成長していくのです。
どんな結果であろうと、これからも頑張っていくんだよ!


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織田幹雄記念陸上競技大会
2005年4月29日
県内の陸上競技会の幕開けの大会です。
小学生から一般まで選ばれしアスリートが競う大会です。
中学3年の春、初めて長距離のトラック公式大会へ出場し、そこから長距離選手(1~2年は短距離選手)として歩むことになった大会です。
あの興奮と、後に知りえた恩師の行動は一生忘れることのない出来事となり心に刻まれています。
そんな大会だからこそ、今も毎年観戦に足を運ぶのです。
一流選手の競技は当然ですが、若いこれからの選手の頑張りを見ていると元気が出ます。
ここからがスタートだ若人アスリート達!

母校三原第五中学のランナー
プレッシャーなんか感じることはないぞ!
のびのび挑戦だ!


君たちは今これからが青春!
さぁ、スタートだ!

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