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2010年02月16日
TWO TIMES WORLD CHAMPION!
2007・2008年に二度の世界チャンピオン!
そんな戦士が広島にいる。
ジェットフリースタイル(HPはここ)
年末に契約した、同じスポーツクラブルネサンでトレーニングする。
以前から友達たちが引き合わせようとしてくれていたことが実現。
お顔を知らなかったが、オーラですぐに分かった。
色々と想いも話せた。
彼はプロ。私はアマ。
2年前、彼は世界チャンプ。私は日本アマチャンプ。
立場も環境も全く違うが、人生や目指すところへの想い、返り咲こうとする使命感や感覚が同じであり、 それを語るに言葉はそんなに要らなかった。
すごい勢いで心が通じる感覚は久しぶりだった。
引き合わせてくれた友人たちに感謝。
会うべくして会えた人だった気がする。
これから広島トライアスロン界では会う機会があるはず。
この夏は彼の世界技術をお目にかかれそう。
ワクワクしてくる。
私自身もワクワクさせたい。
BUN(ぶん)さんと呼ばれる彼の名は・・・
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2010年02月03日
平尾光宏写真展
HPでもトップを飾っている写真をご提供いただいてる、友人であり写真家の平尾氏が、山口県宇部市で写真展を開催されている。
WBCなど、世界で活躍する写真家です。
腕は当然の世界レベルですが、私は彼の背景やアングルに、被写体と写真家の心が結びつく瞬間を感じるのです。
お近くの方は、ぜひぜひご覧になってください。
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2009年12月21日
日本一の後輩たち!
古豪世羅高校から強豪世羅高校へ
~~~ 全国高等学校駅伝競走大会 ~~~
4年前の2位、そして3年前に優勝した時もやっぱり古豪といわれていました。
監督、選手たちがこれでもかと結果で全国へ知らしめました。
その瞬間に立ち会えました。
世羅高校時代の三年間、都大路を走られた大先輩でもあり、日本一へ導いてくださった岩本監督です!
むこ~~~に見える赤い集団は選手たち。
もう閉会式だというのに、取材攻めです。みな想い想いのことがあるはず・・・
なんだかうれしくなります。
自分たち世代が20年前に昨年の北京五輪マラソン代表の尾方剛選手(現在中国電力)率いる熊野高校へ惜敗した時は、当時の伝統を途切れさせ、当時の恩師や関係者をガッカリさせました。
自分が伝統をきった想いは今も消えません。
卒業しても母校が誇りに思えるのに時間がかかりました。
ちっぽけな心をこじ開けてくれた、監督や後輩たちは私の誇りです!
本当にありがとう・・・
大好きな世羅へ、私に出来る恩返しをしたいと思っています。
女子とアベック出場!
忘れてもらっちゃ困ります。女子だって強くなってるのです!
女子は午前中スタート
男子は午後スタート
毎年恒例になっている世羅地区の中学生専用バスへ乗せてもらっています!
バスの中でのミニ講演・・・眠たいのに懸命に聴く姿、目を輝かせよく聴いていましたよ!
次は君らが夢を叶える番だね。
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2009年09月21日
世界選手権を終えて
今回の結果は様々なことを思う。
ただ、その分、ほかのカテゴリーをしっかり想いを持って応援できた。

【チームブレイブ八尾監督と、弟子の細田隆茂↑ 椿 浩平↓】


内輪の話になるが、今回すべての夕食をともにしたチームブレイブのメンバー。
そこで、その日ごとに、各々のカテゴリーへ出場した選手へ、その労をねぎらう場面がある。
世界を転戦し、休む間もなく世界選手権へ挑んだ選手に、
監督、コーチたちが、今の状態でよく頑張ったな!と声をかけた時、我慢していた涙が思わず流れる選手。
疲れきって動かなかった体と戦ったその日。それでも精一杯やった。
その涙は、悔しくてではなく、将来への希望の涙だったように感じる。
戦いの場に、人間模様が映る。
世界へ挑戦していく師弟関係。
一人では不可能と思えることが目標になり達成できる力が生まれる関係。
ロマンがあり素敵だなって思える。
そして3日間は、自分のやるべきことをやりながら、それぞれの日本選手団が戦っている姿を応援した。
世界で戦う姿・・・まさに命がけ!
そして、思ったね、
トライアスロンってかっこいいな~と。
あの頃の感覚だ。
初めてテレビで見てやってみたいとあこがれた高校時代。
その頃の感覚に似たものを感じた。もう倍の年月がたっているのに・・・
国内でいくつものレースを見てきているが、世界の舞台は、やはり違う。
そこには、氣というのか、オーラともいうべきなのか、元気になれ前向きになる神秘的な力を感じる。
そこにみなぎるエネルギーを吸収したのだろう。
この競技がかっこよくて、仕方が無いと感じた。
早く、トライアスロンがしたい!
今シーズンまともにレースができていないこともあるが、純粋にこの想いがあふれる。
残りのレース。
今シーズンの想いを乗せて、自分らしくやって行けたらなって思う。

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2009年05月09日
チームKENTA
明日はもみのきサイクル耐久レースへ
5月10日(日)
4時間耐久 11:00スタート
広島ではおなじみのRCCラジオアナウンサー本名正憲氏と
シンガーソングライター森本けんたくんたちと
想いを胸にして4時間を満喫してきます!
組むみんなが全く違う職業だけど、それぞれの『好き』が一つの形となる。
面白いよね!
ちょうどリリースされた、広島中央森林公園サイクリングコースで撮影された風景とともに、けんたくんの曲があります。
HillClimb (ヒルクライム)
それぞれのファンの方、レース会場へ足を運んで応援してくださったら、きっとみなさんがんばっちゃうだろうな(笑
月曜日は、朝のテレビ『満点ママ』から、昼からのRCCラジオ『本名正憲の今日もゴゴイチ』まできっとこの話で盛り上がるはずです。

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2009年03月16日
一押入魂!
アメリカからこんにちは!
写真家(フォトグラファー)で友人の平尾氏よりメールが届いた。
WBC(ワールドベースボールクラシック)のカメラマンとして米国入りしている。


今回は各球場で5人しか指定されない場所がもらえたと喜びの声。
長年の活動が認められた瞬間だそうだ。
広島で2年前初開催された『はつかいち縦断みやじま国際パワートライアスロン』で初代優勝した時に知り合ったプロカメラマン。
シーズン中に都合が合えば自分を激写してくださり、このHPの写真もご提供いただく。
実は好評の私の名刺は彼のデザインで構成されている。
平尾氏の写真は被写体とその背景に想いが入る。
写った本人から見るとこみ上げてくるものを感じることも・・・
そんな写真家だ。
よく目にするスポーツ写真や、カレンダーなどもよく使われている。
WBCでは日本人選手も追うが、メインは海外の仲のよいメジャー選手たち。
そんな平尾氏が福元テツローを追ってみたいといってくれる。
同時に知らなかったトライアスロンへも興味を示してくれだした。
今年はどんな一押入魂!の激写をしてくれるだろうか。
今から楽しみにしている。

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2009年01月11日
都道府県女子駅伝
栗栖由江(広島1区 19分30秒 7位)
中学生の時までトライアスリートの彼女。
その後は陸上競技に専念し、2008年の春より天満屋実業団ランナーとして生活を送っている。
ここ数年は広島県チームのリーダーとして活躍する。
彼女で思い出すのはトライアスロンで一生懸命な時期もそうだが、高校3年時の広島県駅伝の時に1区を走った。
区間賞を獲れずに遅れをとった時、自分のところへ来て『せっかく応援へ来てもらったのに・・・・』と胸で泣きじゃくる姿。
本当に人間らしい一生懸命で素直な少女だった。
そんな彼女も大学を卒業し、実業団の世界で今が勝負の時。

Photo 2008中国女子駅伝より

こんな年賀状をくれた。
競技者とは常にこのような状態でいることが多い。
走りたくてもやめなければならないこと、追い詰められ自分から退いたりと、このあたりはアマチュア競技者との違いでもある。
五輪選手を輩出しているチームでは、精神もぎりぎりの状態でいるのかもしれない。
今回の走りはラスト1kmまでは先頭集団にしっかり付け、テレビ画面で見る限り勢い良くレースができていた。
自分の知る、よしえらしい見事な走りだった。
毎年、レース後すぐ電話をくれる。
『最後は足が痛くてだめでした~(笑』
しかし、その声は弾んでいた。
希望を見い出した様子。(これなら大丈夫)
来週も駅伝があるらしい。
想いをめぐらせ立ち直ったものほど強くなる。
神が彼女へ試練を与えるのはかまわない。それに耐えることができたなら、夢を叶えさせてほしい。
これをきっかけに実業団2年目以降の飛躍を祈る。

トライアスリート時代の栗栖由江(レースナンバー4)
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2008年12月30日
ラスト1年
広島県呉市からトライアスロン留学で沖縄のチームゴーヤへ所属している村上貴洋(沖縄尚学高校)が年末に話しに来た。
彼の所属するチームはオリンピックへ間近な選手たちがいる。

その中で取り組むのにはそれらをしのぐ勢いがなければ気持ち的にもついていけない。
少しあきらめ加減な心情は察する。
この先、プロになろうとは思えないらしい。
1年後の進路(就職)まで話すのだが、まだ高校2年生。
この先の可能性を狭める方向へは行かせたくないのもご両親の心情。
自分の高校生時代を話した。
インターハイ、全国高校駅伝と、そのためだけと言い切れる想いで世羅高校へ進んだ。
青春時代を懸け、本気で努力したつもりだ。
だがそのすべてが後一歩のところで叶わなかった3年生の秋からは完全に心を閉ざした。
早く大学へ進んで新たなスタートを切りたいと思っていた。
まったく充実しない、心ここにあらずと言った日々を過ごしていた。
卒業式後の陸上部お別れ会では、そんな自分のふがいなさに涙が止まらなかったことがある。
選んで進んだ道だ。
3年間最後まで全力を尽くしてほしい。
自分と同じような失敗をしてほしくない。
その先に彼の良き方向が見えてくるはずだから。
↓駅伝選考会写真は村上貴洋が車上から撮ってくれた!なかなかセンスありだ。
いろんな可能性があるんだ。

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2008年12月22日
全国高校駅伝観戦記
2008年12月21日(日)
都大路へ行ってきたのだが、
自分にとっては叶わなかった想いの詰まった場所になる。
特に京都御苑沿いの2区・5区は試走も含め何十往復したものか。

Photo FUKUMOTO
ここを走るんだ!と自分の中では、2区なら快走し下っていく姿、5区なら力強くストライドを伸ばしピッチを刻む姿。
自分の中では出来上がっていた。
結局ラストイヤーの3年時には県予選敗退。
2度と来ることは無いんだろうな・・・と思っていた。
このようなかたちでも、足を運んでいることが不思議なくらいだ。
あの頃のようにここを目指し、走ることに日々をつぎ込んだランナーたちが集う場所には魂と言うのか、氣と言うのか、 体中にそれを帯びる場所。
高校生たち、それをサポートする選手スタッフの必死の姿を目の当たりにする。
これからの自分の氣(エネルギー・モチベーション)にもなってくるものがある。
母校の世羅高校は午前中の女子が34位。
男子が4位。
それぞれが今の状態で精一杯がんばった。
まさに、今年の自分と同じ・・・来年につながる内容と、進化した姿がきっと来シーズンそこにあると期待が膨らむ。
これからだ!
それにしても朝3時半に起床し、世羅へ集合、応援観戦し、21時に帰還する片道4時間のスケジュール。
応援と言えども疲労感は隠せない。
トライアスロンでは応援される立場・・・、ましてや会場まで足を運んでもらっての応援と言うのは、 何事にも変えられない真心なんだと痛感する。
もっともっと感謝し、ありがとう!とみんなに伝えられる競技者になっていきたいと思わずにはいられない。
高校生ランナーたち、ものすごくかっこよかったよ!
感動をありがとう・・・

↑ 1区を任された中原選手。中学生のころ、ビギナーズトライアスロンに参加し、その後世羅高校へ進学。
3回も都大路を走ったんだな~1年時にはアンカーを務め全国制覇した。
そのときの写真がこれだ! ↓

↓さ~女子がスタート!女子1区

↓女子2区

中盤で混戦模様

↓女子3区

↓女子4区

とにかく前を!その姿に感動した。
彼女と後話したが、自分の力は出し切ったそうだ。それが一番。

男子の1区が来るまで、しばし休憩・・・

来た!・・・・男子1区中間点あたり。まだまだ大集団。世羅の中原選手も上位で走行中。

↓カロキ(4区)の到着を待つ5区
カロキは順位を上げ、トップや、2位との差を見る見る縮めていることは誰もがわかっていた。

単独2位へ上昇!

そのまま行ってしまえ~~~~

↓ 三原五中から倉敷高校(33・主将)で成長した姿を見ることができた、実家の同じ団地の兼実選手!
成長振りに涙もの・・・区間5位だったらしい!


↓4区・区間新をたたきだしたカロキと同郷の選手
カロキ!君はたいしたもんだ。

↓ 最終区、競技場手前3位争い!競技場へ入り力尽きたが、まだ1年生。
また来年頼むぞ。

日本人だけでここまでの記録を打ち立て優勝した佐久長聖は見事としかいいようがない。
素晴らしいチーム!

来年こそ!世羅高校応援席の一部 ↓

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2008年10月15日
本物を感じた日
2008年10月12日(日)
三原市民体育大会
今回この場で久しぶりに感じたことがあった。
三原市では戦前からずっと続く歴史的な運動会がある。

少々大げさな出だしだが、各地域ごとのチームでAクラス(強いチーム)、B(中ぐらいのチーム)、、C(・・・)とクラス分けがあり、
その中で順位(得点)を競い、その結果で翌年は上のクラスへ、 下のクラスへなどの入れ替えも含め地域の結束をスポーツで競い楽しんでいる。
小学生の頃からこの三原市民大会へ出場できることは、その地域で一番足の速いといった名誉であり、誇りであった。
小学生の低学年頃は出たくても選んでもらえなかった。
当時、走りたくて仕方がなかった。
4年生ぐらいからかな?学年代表、それを期に学校代表と地域を代表してリレーの選手として年を追って選んでもらえるようになった。
そんな市民の運動会が毎年この時期に行われる。
今は『都合が付けば・・・』といっているが、都合が付いているので毎年誘っていただく。
土日はほとんど地域貢献できないため、恩返しといったところだ。
とは言え、これが自分の中では少年時代のあのワクワク感に戻れて本当に楽しい。
そんな会場での出来事だった。
今回、三原市スポーツ功労賞の授賞式がこの会場で行われた。
高校陸上界(400m)で世界ユースなどで活躍する三原市の選手も同席。
彼とは初めて会った。
素晴らしい実績は知っている。
彼の今後のためにもと思い
『皆の前で走るか!』と誘ったら『走ります!』と二つ返事。
(彼はこの表彰のためだけに来ていたのだが、このようになることも予測していたのだろうか感の鋭さも日本一だ)
会った瞬間から感じたのだが、なんとも爽やかで好青年。おまけに若さっていいなと、将来を感じさせてくれるのだ。
表彰後、彼のウオーミングアップに20分いただき、二人そろってスプリント・デモンストレーション!
1周200mでカーブもきつい。そこまで差が付かないのかと思ったら・・・
彼は風のように速く度肝を抜かれた・・・世界を狙うスプリントとはこれなのだと・・・人間ってあんなに速く走れるんだな・・・
彼の背中が遠ざかっていく時、どのように表現すればいいのだろうか・・・
小さな頃からその時々の本物!を感じたいくつかの映像がフラッシュする。
不思議な感覚だった。
自分が本物と感じた選手はその世界の領域へ行っている。
一生懸命競技を続けているとたまにこのような人材に出会える。
それが今は楽しくも思えるのだ。
彼もまた五輪や世界選手権へ名を連ねる一員となるのだろう。
高校卒業後は早稲田大学へ進学する。
また一人ガンバリストを見つけた!
彼の名は浦野晃弘(皆実高校)
この名が世に出てくることは間違いないだろう。

スタート!


ん?差が開きだす・・・

オープンコースに切り替わっても、セパレート分以上に開いていく・・・

彼の背中が誇らしげに感じた

まったく通用しな~い・・・・といったゴール



もっともっと強くなれ!
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2008年08月16日
選手紹介(庭田清美)
庭田清美(にわたきよみ:アシックス・ザバス)
【きよみん】事、庭田選手はトライアスロン界ではだれもが尊敬するプロ選手といっても過言ではないだろう。
特にトッププロ選手の間では相当なもの。

2006世界選手権スイスローザンヌ大会より
ベテランと言うこともあるがある意味だれも届いていない領域に達した選手とも言えるのではなかろうか。
日本を離れオーストラリア・ゴールドコーストを活動の拠点とし世界で戦ってきた。
トライアスロンが初めてオリンピックの正式種目として登場した2000年のシドニー大会から3度目の今回の北京。
歳の近いことやその考え方、感覚に共通するものを感じることもあるだろうが、 私はきよみんには無条件で今回の北京へ出場してもらいたかった。
昨年後半から体調を崩され日本選手権の連覇も期待されながら棄権。
その無念さはわれわれの想像を超えるところだったろう。
間に合ってくれ・・・念じるようだった。
2008年徐々に元気になり帰ってこられた。
簡単に言うようだが想像を絶する葛藤と努力をされたに違いない。
若手の成長は当然なければならない。
いつまでもベテラン勢がトップで活躍するようでは競技の発展にはならないことは分かっているが、 最後に選考される1枠にどうしても入ってほしかったのは私だけではないはず。
それだけ女王きよみんの存在感は強かった。
彼女と話していると本当のプロフェッショナルを感じる。
人生をかけた五輪になると思う。
彼女のがんばりは自分のがんばれるバロメーターにもなっているといっていい。
トライアスロンの神様はきっと彼女の納得のいく結果を与えてくれるだろう。
永遠のオリンピアンきよみんの勇姿を焼き付けておきたい。

2008ワールドカップ石垣大会より

2008世界選手権バンクバー大会より
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代表選手紹介(井出樹里)
井出樹里(いで じゅり :チームケンズ・トーシンパートナーズ)
彼女に会ったのは2年前の日本スプリント選手権幕張大会だった。

2008世界選手権バンクーバー大会より
写真:世界選手権バンクーバー大会にて
ランをスタートした時はまだ先頭ではなかったが、 周回を重ねゴールした時はスプリントレースなのでランニング距離は5kmであったにもかかわらず大差のゴールだった。
しかも新人。
最初の印象はランラップは男子レースでも上位の走りであった。
しかし、正直今回のレベルのレースでは陸上出身者の爆発的なランで勝利したものと思っていた。
(しっかりスイムとバイクのポテンシャルの高さを見ていなかった)
彼女の登場から2年。
ベテラン勢を先行してレースをする勇姿を見るようになったのはそんなに時間は要らなかった。
飯島監督(チームケンズ代表)に聞いた。
彼女は24時間真剣にトライアスロンで速くなることを考えている。何とかしてやりたいと純粋に思わせてくれる選手・・・ と評し監督の目も輝く。
なるほど、彼女と話をしても持っているものなのか純粋で人懐っこい性格はそのような気持ちにしてしまうなと感じたものだ。
『テツローさん!応援お願いします!』普通の言葉なのだが、
『よっしゃ任せとけ!』と思わず出てしまう、そんな感覚だ。
しかし今回の北京で早くも代表を得るとは正直予想をはるかに超えていた。
関係者を驚かせるとんでもない選手になってくれるはずだ。
北京では彼女らしい人の予想を超えた結果を出してくれるのではないか。

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選手紹介(田山寛豪)
田山寛豪:たやまひろかつ(日本流通経済大学職員・チームブレイブ)
51.5km(オリンピックディスタンス)で日本で一番強いトライアスリートは?
多くは田山選手!というのではなかろうか。

2007宮城国際七ヶ浜大会より
私が度肝を抜かれたのは、アテネ五輪後の日本選手権だった。
そのレースの前週にハワイアイアンマンに挑戦し見事な成績を残し、帰国後すぐに日本選手権のレース。
彼は最後のラン終盤までトップを走っていた。
自分もランはそこまで悪くなかったが周回するごとにすれ違う箇所が変わりスピードの違いを痛感した。
結局そのレースは平野司(NTT東日本・西日本)が意地の勝利をおさめたがトップ選手たちも何も言うことができなかった。
どこまで行ってしまうのだろうと思ったものだ。
しかし彼の所属チーム、日本のトライアスロン界を牽引してきたチームテイケイの廃部はわれわれにとっても衝撃だった。
五輪直前に彼の人生を揺るがす出来事でもあろう。
しかし彼やそのスタッフは強い。
八尾監督を中心に、スタッフと共に苦難を乗り越えこの五輪へかけている。
初代オリンピアンの小原工(おばらたくみ)氏が『すぐそばにいてくれる環境は最高です!』と彼は言う。
私も尊敬する八尾監督は言う。
『田山はまだまだこれからや』その言葉の奥底には限りない可能性を感じさせる彼の内に秘めるものがあるからだろう。
明るく陽気でお茶目なところもある彼だが、ストイックさ、そのまじめな取り組みも抜けている。
話しても真剣に人の言うことを聞き入れ自分のものにしていくところを感じる。
だから彼の周りは本気で田山選手を支えてやろう、自分たちの夢までも預けている人たちに囲まれているのが分かる。
それだけ背負っていける人物なのだろう。
昨年のワールドカップエイラート大会で日本人初の金メダルを獲得した。
やっとオリンピックでもメダルと堂々と言えるところまできたと彼は言う。
その実現を一同が望んでいる。
今回の北京の見所のひとつだ。
夢を預けた人たちの想いと共に、日本トライアスロン界の将来のためにも頼むぞ田山選手!

2008世界選手権バンクーバー大会より
ワールドカップエイラート優勝
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2008年08月14日
代表選手紹介(上田藍)
上田 藍(うえだ あい:シャクリー・グリーンタワー・稲毛インター)
アテネオリンピックが終わった翌年の7月、ようするに3年前の夏だ。

2005年ジャパンカップ七ヶ浜大会(宮城)より
宮城国際トライアスロン七ヶ浜大会での前日に話し込んだことを思い出す。
まだ強いベテラン選手をはじめ、若手でも強い選手はたくさんいた。 五輪の代表枠3に入れるかといえばまだ難しいかなと思われていた頃だ。
しかし彼女の目はすでに北京を見据えていた。
数々の行動から自分は口にした。
『北京のスタートラインには藍ちゃんが立ってるよ!』と・・・
こんな選手が活躍すれば良いなと思ったから出た言葉なのかもしれなかった。
会えば誰でも感じる、吸い込まれるような彼女の笑顔はこちらさえも元気にしてくれる。
とは言え厳しい世界だ。いつもいつも笑顔になっていられるわけはない。
思いどうりに行かず悔しくて泣いた日もあるだろう、 期待に答えられずその小さな体がはちきれそうになるぐらい落ち込んだこともあるだろう。
それが自分には見えてくるほど、その笑顔には多くの意味を秘めていると感じさせてくれる。
その想いが北京を決めた今年のアジア選手権で爆発した。
ご両親をはじめとする関係者の喜びもひとしおだっただろう。
先の壮行会では彼女のコーチでもある山根氏やスタッフの矢島氏も涙したと聞く。
彼女の生き様を感じさせてくれる。
まだまだ魅力的な選手に進化していくことは間違いない。
彼女の小さな体の中には人の想いを背負える大きな心がある。
夢だったオリンピックの舞台で彼女はいったいどんな笑顔を振りまいてくれるのだろう。
期待は膨らむ一方だが、彼女が言うように自分らしくレースを全うしてほしい。

2007アジア選手権より

2008トンヨン大会

たぶんご両親へ電話しているのだろう

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代表選手紹介(山本良介)
北京オリンピック!
8月13日わがトライアスロンオリンピアンたちは北京入りした。
そこで今回はトライアスロンの日本を代表し出場する勇者たちを紹介していきたい。
トップアスリートは非常に気さくで純粋だ。
心温まるエピソードや、彼らの表情を紹介したい。
少しでも知っていただき、人生を背負って挑む彼らへ期待と共に応援をお願いしたい。
山本良介(トヨタ車体)

2008年石垣島大会より
知る者は感じているだろう。
彼のポテンシャルの高さとその秘めたワイルドさ。
今どの競技にも少なくなってきた選手かもしれない。
このたびの五輪内定を掴みとったのは6月の中国広州アジア選手権だった。
日本男子の五輪枠は1なのではといわれた中、誰にも選考を迷わせることなく自らの手で掴んだ結果だった。
結果を知った時『やったな~!』思わず声が出た。
今年はアジア選手権をキャンセルしていたのだが、現地でその姿を見たかったと改めて思ったものだ。
その姿を含め何か期待させてくれるものを持っている。
そのポテンシャルの高さから予想以上の強さで感動を与える。
逆に期待はずれな結果も残す事も彼らしいというのか・・・
そこが彼の魅力のひとつでもあるのだろう。
しかしこの1年、誰もが認める強さを身に付けた。
彼の努力の賜物だろう。
北京五輪で良介はその片鱗を見せてくれるだろう。

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2008年06月19日
みやじまトライアスロン女王
彼女に会ったのは昨年(2007年)の日本トライアスロン選手権東京港大会の時。
自分はこのレースはバイクで失格になりコース途中で寒さに震えながら競技終了にて早々にトランジットへ向かっている時だった。
『福元さんに相談があるんです!』

レースを観戦する人垣から出てきたそう尋ねるように出てきたのが彼女だった。
声をかけてきたときは同年みやじま大会で2位だった選手だとも気づかなく、広島出身の選手だとも知らなかった。
内容はこうだ。
千葉大学を卒業後に地元の東広島市へ帰ってトライアスロンに励むか、今のまま稲毛の環境で続けるかというものだった。
そのときは自分はレース棄権した直後で低水温にやられ震えがとまらず声がはっきり出なかったため後で聞かせてとその場を後にした。
数時間後に再び現れて話をした。
本気でトライアスロンで強くなって、夢をかなえたい!という。
自分は将来このような目をした競技者を育てたいと思わせるものを感じた。
彼女の情熱がどれほどのものかは分からない。
地元に戻ればたいてい一人でやっていかなくてはならなく、その環境もどこまで構築できるのか分からない。
今の稲毛の環境はトライアスロン界でも名の知れたところ【トライアスロンで北京五輪代表に決まった上田藍選手もいる】であり、 そこで強い選手たちにもまれながら競技するのがいいのではないかと思った。
そのような内容で彼女に伝えたが、トライアスロンが国体に参入してくる。
広島県の代表で狙いたいという。
その思いもこめて今年は広島の選手として今大会も出場。
まずは広島にこのような選手がいるのを知ってもらうほうが良いといっていた事が実現した。
冬場に靭帯を痛め沈んでいた時期を乗り越えての出場。
『今のできる範囲でまずレースへでてみたら?』からの挑戦であったが見事だった。
想いは通じることを見せてくれた彼女の勝利が今回の収穫だった。
どのような競技者になっていくのか・・・
広島県の女子では、知る範囲では残念ながら高い競技志向のトライアスリートはいない。
近い将来、広島にこんな素晴らしい選手がいるのだと言われることを楽しみに待たせてもらう。
中原恭恵(なかはらやすえ)覚えていてほしい。

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2008年05月03日
青春の場所
広島県は今年一番の気温を記録したこの日、母校世羅高校の後輩たちの顔を見がてらトレーニング


自宅から標高500mに位置する世羅台地のため、必然的に行きのバイク練習行程がのぼりになり汗だくで世羅高校へ到着。
自分の状態を整えるクロカンコースを走った後に女子選手たちと練習メニューをこなした。
大量の汗+無酸素的な運動で体がしびれる状態。
後輩たちと共に今シーズンの希望へ向け取り組める母校は最高の練習場。
集中できる場、安心できる場、自分を見つめなおせれる場など皆も持っているだろう。
自分は新しいこともして行くが、がんばっていた時代を思い出せる場へ足を運びモチベーションアップを図ることもする。
そんな場があることは幸せな競技生活を送ってこれた証拠なのだろう。
そんな場になるであろうこの場で・・・がんばれ後輩たち!



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2008年03月29日
鳥取よりスイマー来客
話がしたいと鳥取県から高校生スイマーがやってきた。
初めて対面するのだが遠い親戚になる。
もしかしたらこのまま会うこともなかった親戚だったのかもしれないが、 トライアスロンをやってることで引き寄せてくれたのだと感じている。
またトライアスロンで人生が膨らんだ・・・

彼は高校1年生で中国大会までは進んでいる。
今年は当然インターハイを目指す?
なんだかおっとりしていて、まだギラギラ感はないのだがどうにでも進化する金の卵といったところだ。
技術どうのはまだ触る必要もないとうちのコーチも言っている。
これから目指すものが見つかり情熱を傾けるようになれば研ぎ澄まされてくるのだろう。
とはいえ今まで積んで来た成果も今の段階で大きなものを持っている。
練習最後に400m200m100m50mのタイムトライアルを行ったのだが、 普段追い抜かれることのない選手が抜かれ一緒にスタートした選手がまったくでだしから置いていかれる姿を見てちびっ子選手もびっくりしていた。
わが三原市水泳連盟の選手たちは彼の泳ぎに圧倒されていた。(ちなみに今回の400mトライアル4分19秒でまとめる: スイマートやライアスリートならお分かりの速さだ。)
普段ない刺激を与えてくれた彼のレベルに皆が唖然とするが、その中で将来への希望を抱いた選手の輝く瞳を見ることもできた。
それは子供たちだけではなく自分もだった。
バイク練習直後で本来出るわけない自己ベストが出ている。
彼の今後にも期待し楽しませてもらいたい。
そして、この影響を受けた選手たちの成長を見守っていきたい。
鳥取から来た高校生スイマーは希望の光を与える素敵なお客だった。

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2008年03月25日
それぞれの青春
先日興譲館高校(岡山県)陸上部でがんばっている中学が後輩にあたる (三原第五中学校)選手から話がしたいと連絡があった。
高校女子駅伝では日本一といってもよい強豪チームへ進学した。
2年が経過し周りの仲間と比べてしまい伸びない自分に自信を失っている様子。

彼女は中学時代にたまたま様子を見ていた選手。
彼女のがんばりで中学3年時に個人で全国大会へ出場しているが、 全国大会へ行くほどの選手になるとは正直思っていなかった選手。
周りが伸びていくのに対し自分は・・・本当は自分も少しずつ伸びているのだが。
私も経験したことで、その時の心境は良くわかるつもりだ。
自分は自分・・・簡単にそうは言うがなかなかそれが難しい。
しかし乗り越えなければならないのも事実。
いろいろな方面から話した。
さて、どれくらいが彼女の心に残っているのか、 それが生きてくるタイミングがあるのかそれはわからない。
やめることはいつでもできる。後悔がしないといえるならそれでも良い。
自分は寮生活やスポーツ独特の上下関係など納得できないことから逃げたいと思ったことはあったが、走ることをやめたいと思った事は昔も、 今もないな~
夢中になれるものがあるとき、一番輝いていると思えるからかな?
気持ちはそう簡単に変わらないかもしれないが、 今の青春の真っ只中を一生懸命やりきってほしい。
そうすればきっと何か見えてくるものがきっとあると信じている。


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2008年03月23日
世羅練習
2008年3月22日(土)
春になった!
西日本は春日和。
先週からスイッチを切り替えシーズン開幕へとつなげる練習には、やはり世羅高校へ顔を出さなければ始まらない。


暖かな日差しに包まれて世羅高校へバイクを進める。
後輩たちは春休みのはずだからグランドにいるのかな?
到着後人数が少なく指揮官もいない・・・伊那駅伝とやらに行っているらしい・・・自分たちの時代はそのような駅伝は知らない、 しかも春に。
全国で準優勝、優勝してくると招待されるらしい。
さすが全国区に名を上げた証拠だ。
しかし昨年は思わぬ結果に一同何を言っていいのか分からなくなる結末だった。
それも忘れかけていた・・・
しかし今日グランドでキャプテンを中心にした選手たちの行動と雰囲気はそれを忘れていなかった。
優勝した一昨年後の春に比べて明らかに違いを感じた。
もう一度それぞれの想いにかけるスタートがあるんだなと思った。
自分のシーズンのを迎える前に課す世羅経由のコースは肉体的にはきついセットメニューコースだが、 そんな後輩たちと接することができる特別な練習コースなのだ。
もうすぐ1年生を迎える新生世羅高校に今年も期待してしまう。
このような期待を一心に背負う後輩たちを今年も応援してほしい。

帰り際に話しかけてきた女子選手。
彼女たちは今足を痛めているため残っているらしい。
故障している時こそできることがある。
な~に!まだこれからどおにでもなる。あきらめずにがんばれ!
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2008年02月12日
中国女子駅伝
2008年2月10日(日)
自分は出場しないのだがなぜか毎年現地で観戦している

↑こんなにたくましくなって・・・(涙
↓母校の世羅高校 今年はどんな活躍をしてくれるのだろう

↓三原市体協は地元の中・高校生がメインでがんばっていた

知人や関係者が集まるため足を運んでしまう。
当然携わる選手への応援はある。
今回も世羅高校時代の恩師を車に乗せ移動。
自分は母校や知人の応援。
恩師は転勤先で教えているチームを『どべになるな、どべになるな・・・』とつぶやきながらウロウロしておられた・・・(笑
今回行ってよかったのが、以前母校の中学校や高校で練習をのぞいたりしていたときの選手たちが高校や大学、 地域代表で出走し成長した姿を見ることができたこと。
その顔つきなど、『たくましくなったな~』って笑みがこぼれた。
実業団、一般、高校駅伝チャンピオン、中学トップランナーが集う駅伝だ。
トライアスロンシーズン中に目にする女子トライアスリートのランとは違う。
ランナーの走りは足の運びから軽く、速いな!と感じる。
今からのトライアスリートにはこのランが必要。
自分が知る中でも、泳げて走れるランナーがこの中にいる。
将来、広島から世界で戦えるトライアスリートを送り出したいと思っている・・・

↑↓毎日大変だろうけれど、その笑顔があれば大丈夫!がんばれ!!


↑中学までトライアスリート
玉川大学を今年卒業して天満屋でプロとして走ることになった栗栖由江
今回は1区で実業団についで3位、本人はだめだったというが・・・
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2008年01月07日
正月のお客様
高校生トライアスリート:村上貴洋
何度か紹介しご存知だと思うが
彼は広島県から沖縄へトライアスロン留学をしている。

ご両親の理解と本人の希望で元プロトライアスリートの千葉智雄氏率いる(チームゴ~ヤ~)の一員だ。
普段は沖縄尚学高等学校へ通い寮生活をし、高いレベルで夢や目標を追いかける連中と暮らす。
まだまだ体は小さいが高校時代の成長と言うものは、ものによっては大変身する。
環境の整わないところでくすぶっているよりも、普通とは違っているかもしれないが、
こんな生活も人生の中ではいいのではと思っている。
自分も家を出て走るために世羅高校を選び、そこでの想いや経験などを参考までに話した。
20年前になる高校時代前半。
両親も、独特の上下関係になれ無い時期に思い悩む自分を再び送り返すとき、『このままここへ居させたいが』 と涙をこらえ送り出していたそうだ。
あの時、両親が変な優しさを出していたら今は無いのではないか。
親も影で一緒に悩んでくれていたのだ。
何とかでもいい、歯を食いしばってでもその場を耐えることをした人は成長しその先がある。
今そのような思いをしている人はその時期だと踏ん張ってほしい。
今の貴洋は楽しい日々でそこまででは無い様子だが、ご両親としてはやはり寂しいだろう。
『我が子のためなら』子を想う親は偉大だ。
その想いを背負ってたくましく生活してほしい。
なにを言っても大好きなトライアスロンに打ち込める環境にいることはこの上ない幸せだ。
こんな事は人生の中でそう無いこと。
そのように思ったら、しっかり想いを背負える人物になるのではないか。
せっかくの里帰り中に、遠いところを近況報告へ来てくれてありがとう!
今シーズンもどこかの大会で会える事を楽しみにしている。
自分を信じてがんばってほしい。
【2006アクアスロンくらはし大会より】

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2007年12月30日
全国高校駅伝フォトギャラリー
2007年12月23日開催
史上初の同タイムでの優勝と準優勝チームのゴール
(来年はこの位置で世羅高校の姿をここで見たい)

岩本監督はそれでも選手からプレッシャーを取り除くよう努められていた

これから各区間へ移動〔サポート選手と共に(中)今回唯一の3年生となってしまった大工屋選手〕
彼は世羅の地元通いの選手で、監督も出発前に『よく辛抱してがんばってきた。後は頼んだぞ!』と送り出していた。


女子だってがんばった!エースを欠きながらも懸命な姿に胸を打たれた。
来年この経験を生かして戻ってこよう。

後続区間へ負担を少なくしようとひたすらトップを走り続けた君の走りは勇ましく眩しかった。
留学生はそれぞれ大きなものを背負って走っている。
これからも世羅高校を頼むぞ!

抜きつ抜かれつの最後のトラック勝負は見ものだった。
18年前、自分達世代の伝説の勝負【報徳 対 西脇】の姿が甦った。


この想いを背負ってこれからもがんばれるんだ

冬の風物詩のごとく都大路は報道陣も多い

今回とにかく1秒を競うゴール前の競り合いが多かった


われら関係者は、簡単に『また来年も・・・!』と言ってしまうが、選手達はその期待を一心に背負い日々を送る。
だから強くなれるのだと思う。
【競技者としての宿命】だが、それを選んだ以上がんばってほしい。


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2007年12月27日
日本一の後輩達
2007年12月23日(日)
全国高等学校駅伝競走大会
都大路(京都)へ今年も後輩達が全国切符をとり連れてきてくれた。

一昨年準優勝し、昨年は32年ぶりの全国優勝を成しえた後輩達。
こんなに母校の後輩達ががんばる姿がうれしいものなのかと思い知らせてくれた出来事だった。
またその姿が見たくて例年どおりに都大路へ。
自分は高校2年の時には補欠でこの舞台にはいたが走ることなく想いは翌年へつないだ。
その翌年は県予選で敗れ、結局来る事すらできなく都大路は二度と走ることの無い憧れの地となった場所でもある。
そんな舞台へ違った形で後輩達が立たせてくれるのだ。
その頃には思いもしなかった。
2007年、期待新たに乗り込んだ都大路。
しかし当日の世羅高校控えテントをのぞき一転した。
キャプテンで日本人エースである鎧坂選手が前日の最終調整で疲労骨折・・・耳を疑った。
どんな世界でも日本一を獲る事はすべてが一致しなければならない。
『みんなでその区間をカバーしよう』
『まだ試合はこれからだ』
駅伝においては完璧と言えるレースでなければ日本一にはなれない。
その厳しさをみんな知っている。
どう声をかけても慰めにもならなく、今それを言ったらおしまいになりそうで口から出せない。
号砲と共に後輩達は1区から飛び出し、2区でも逃げた。
3区に変わって入った補欠であった黒木選手はそれでも懸命に走ったが、 準エース区間とも言われるこの区間は強豪並み居る選手達に歯が立たなかった。あまりにも彼には酷だった。 誰も彼の走りが悪かったなど思わない。
みな 最後の最後まで走れなかったキャプテンのアドバンテージを埋め合わそうと必死に走る姿は胸に響いた。
岩本監督は『鎧坂の異変に気付く事ができなかった』と悔やみ声を詰らせ応援者へ頭を下げ、その頭をなかなか上げようとされなかった。
その姿は、伝統校であるが上に非情と言えるまでの期待を一心に背負ってきた証だった。
選手は紙一重のところで勝負している。少々の痛みを抱える事は当たり前で、ここまできて走れないなど言う者はいないだろう。
若さ上、高校生であるこの時期は特にそうだ。自分もそうだった、動けなくなるまで、壊れるまで引く事は無い。
何も後輩達にこんな試練を与えなくてもと思うが、ここから王者世羅高校がどう這い上がっていくのかまた応援させてもらおう!
365日の1日に合わせる難しさ。4年に一度の1日にあわせる難しさも。
これが出来るものが日本一、そして世界一なのだろう。
今回は10位だったが、やっぱり君らは日本一の後輩だ。
がんばれ!
そして、ありがとう!
岩本監督、あなたが作り上げた今の世羅高ランナー達は立派でした。
これからもあなたの想いで彼らを導いてやってください。



泣くな!『今日があったから』と思えるときがきっと来るのだから
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2007年11月18日
全国駅伝へアベック出場
母校の世羅高等学校(広島県)が先日12月23日に都大路(京都)で開催される全国高校駅伝へアベック(男女)出場を決めた。


この偉業は昨年に引き続きの出来事だが、女子にいたってはエース(留学生)を故障で欠いての優勝。
本番が楽しみである。
男子は昨年日本一になったチーム記録をさらに上回る大会記録で優勝。
勝負は終わって見なければ分からないが、うれしい期待を膨らませてしまうのは私だけではない。
ただ選手たちには余計なことは考えさせずに自分の力を如何なく発揮してほしい。
この歳になると後輩達のがんばる姿がうれしくてしょうがない。
今年の都大路も朝から大忙しのうれしい悲鳴。
現地で相当ワクワクさせてくれるのでは!
ぜひ応援してやってほしい。
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2007年08月02日
初代ミスタートライアスロン【コラムの紹介】
さあ、梅雨もあけ夏本番といったところ。
暑くなってきたが、気持ちはもっと熱くなっていただこう!
初代ミスタートライアスロンこと中山俊行氏(左)と須藤(旧姓:小梅川)雪絵氏。
中山氏が日本トライアスロン界を引っ張っていた姿をみて退く前あたりから自分はこの世界へ足を踏み入れた。

雪絵氏は当時、チームテイケイで活躍され当時は真夏に岐阜長良川大会で開催されていた日本選手権を連覇している。 あの大会は速いだけの選手は勝てない。本当に強い選手が上位を占めていた。当時、雪絵氏の精神力は想像をはるかに超えていた。 惜しくもシドニー五輪は補欠になったのだが実力は充分だった。
さて本題だ。
若い選手が増えてきたのは喜ばしい事だ。ポテンシャルの高さも我々よりはるか上を行っている。
しかしこのような過酷なレースほど、今の20代の選手が、さてどれだけ上位へ入れるのだろうか? 疑問に思う今の日本のトライアスロン界。
この二人の熱き想いと精神は自分にも大きな影響を受けてきた。
それは今も変わらない。
中山俊行氏のコラム (渾身の一撃)がある。
(エムスポ=トライアスロン情報や大会結果などいち早く分かるサイトだ)
自分も感じる事がストレートに表現され、いつも共感し自分の中へも取り込んでいる。
まだまだがんばって行かなくてはと痛烈に感じる。
今回、広島の廿日市(はつかいち)市で6月17日に開催されたトライアスロンの記事が掲載されていたので紹介する。
ただ、ずいぶん高い評価を受けたなと、うれしい反面、 それを裏切らないそんな理想の競技者にとことん近づきたいと身の引き締まる想いだ。
二人に負けないくらいの魅力ある人間を目指したい。
トライアスロンでなくとも共通する面が多い。ぜひ読んでほしい!
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2007年06月29日
シューズへの追求
2007年6月27~28日(火~水)
いつもお世話になるいやま先生が足を触りながら言う。
シューズがオリジナルだったらもっと足への負担が軽減されるのでは?=パフォーマンスの向上!
確かにそれは最近感じる部分ではある。

今まではどうでも良かった事がのちに必要になってくる事がある。
そんなレベルまできたのか?
隣の市になる竹原市(広島県)にシューズのインソール(中敷)を加工しながら身体のバランスを整えてくださる先生がおられると紹介を受け、 早速行ってきた。
練習後の診療時間外になる晩に押しかけたようなものだが、助手の先生を含め3人で集中し取り組んでいけたのは事実。(火曜日、 水曜日二夜連続!)
機械で接地する荷重を測ったり、ノギスのような計測器でサイズを細かく取ったり、その見る目と技術はミクロの単位か。
出来ては試しばきし走ってみる。何回繰り返した事か・・・
こちらも全神経を研ぎ澄ませ足裏へ集中する。動きを先生達が真剣に観察する。
ほんの少しの違和感さえ逃さない。
トライアスロンという長時間の競技にはそれが一番危ないからだ。
今の段階ではこれだろう!といったものが完成したが、レースで使ってみなければまだ分からない。
この繰り返しで最高のものが完成していくのだろう。
競技者のトレーニングへの取り組みと同じ情熱を注ぎ込む。







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2007年05月24日
神秘の場?
どんなに調子が上がらず不安でも、どんなに気持ちが乗らなくても、
大会の前日などに車検や受付、公式練習などトライアスリートやその関係者が集まる会場へ行けば今の最善の状態になってくる。
魂を呼び起こすエネルギー循環がそこにあるのだろう。

2代目ミスタートライアスロン小原工選手(初代は中山俊行氏):尊敬し憧れの競技者だ!

【来年の北京五輪を必ず手にするであろう頼もしく熱いプロの戦士達だ!】
【細田雄一・山本良介・福井英郎・山本淳一】
ここ数年、シーズン中はレースが固まる事が多い。
毎週のように(今年は6週連戦もある)レースがある。生身の身体である、当然疲労は隠せないだろう。
しかし、プロの戦士達は連戦してもへこたれない精神力と体力を兼ね添えなければ目標達成も無い。
自分もここ一発の強さも当然必要だが、ベテランとしては絶対崩れない精神哲学を持っているつもりだ。
もっと磨きをかけ進化したい、それを命がけで楽しみたい。
自分にとってそれを支えるのが夢や高い目標を持ちロマンを追い求め、 日々大変な努力をしている競技者やスタッフの発するオーラだと感じている。
それが体感でき、吸収できるトライアスロン会場が好きだ。

抜群の泳力を持ちナショナルチーム期待の平野司!彼は小学生の時から知っている。
『頼むぞ!』

いつも優しくフォローし応援してくださる元プロで選手育成を手がける松山文人氏

おまたせ!真心とパワーを下さり自分の人生のモデルでもある八尾師匠【チームテイケイ監督】だ!
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2007年03月06日
新体操発表会
三原市の新体操クラブ
【こくぅ新体操クラブ発表会】へ招待された。
『かわいい妖精たちが元気に演技を披露します♪』



まさにそのキャッチフレーズのとおり。
発表会用のみんながそろう演技に費やす時間は少なかったのかもしれないが『一生懸命練習したんだな』と思わせる演技。
4歳児の演技などかわいくって!(笑顔
中学生や高校生になると優雅さを感じだす。
テレビで見る競技会のようにノーミス演技には程遠いのだが、この新体操クラブ!今の段階で充分に将来を感じさせてくれた気がした。
分野は違うがそれにそそぐ情熱や真剣さは同じ。
良いものを見せていただいた。【感謝】


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2007年03月03日
NTT西日本陸上部新監督誕生
世羅高校時代の清水みどり(旧姓:麓みどり)先輩の夫である、清水康次氏がこのほどNTT西日本陸上部監督に就任した。

1月の終わりに行われた中国山口駅伝で最終区を区間3位で走り、私にはその存在がすごく大きく見えた。
優勝争いをする二人についでの6秒差。
淡々と、しかしその堅実な走りはマラソンランナーとして大成され世界と渡り合った。その姿は今も脳裏に刻んでいる。
昨年、同大会でお会いした時こんな事を言われた。
『選手を育てたい。今その勉強もしている。』
広島時代にNTTは陸上部を解散し、清水氏だけが世界選手権のためシンボル選手としてトレーニングを継続してこられた。 そこには多くの仲間の支えがあったという。
これからは自分がやり残した事を次世代につなぐ。
新監督になったNTT西日本は、その意志を継ぐ選手が現れた時こそ魅力ある素敵なチームになるに違いない。
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2007年01月26日
太陽の子
太陽のような子を知っている。
以前も紹介した事があるが、トライアスロン界のアイちゃんこと【上田 藍:うえだあい】だ。
今回彼女が日本スポーツ賞の授与が決定したらしい。

お祝いのメールを送ったらすぐに返事が返ってきた。
その中にJOC(日本オリンピック委員会)のHPへ紹介されているから読んでほしいとあった。
ここを読んでいただければ分かる。→ http://www.joc.or.jp/
彼女には眼力がある。熱いほどに情熱を感じ、レース振りにも想いの強さを感じる。
数年前に一緒に練習をしたときに言った事がある。
『北京のスタートラインに藍ちゃんが立ってると思うよ!』と。
日に日にそれが現実味を帯びてくる。
あんなに愛らしくちっちゃな子が、彼女を支えるすべての人の想いを胸いっぱいに詰め込んで、まさに太陽のように大きく、熱く、 周りを照らしながらトライアスロンへ人生をかけている。
彼女はまだまだ強くなるだろう。


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2007年01月06日
後輩達だ!
この時期は中国山口駅伝 (山口県宇部市役所前をスタートし、周南市役所前をゴールとする7区間、84.4キロで一般、郡市、 高校の各部門で競う。) の選考などでメンバーが顔を会わせる。

年末の30日(土)に10Kmのトライアルが行われた時の写真だ。
彼らは先日の都大路【全国高校駅伝】で日本一!になった、三原第五中学校~世羅高校と歩んだ道が同じ後輩なのだ。
『走ること!』に青春をかけたその姿を見るたびに、多くの先輩達は自分をオーバーラップさせ想い出に浸るものだ。 それを思い出さしてくれるその姿をみて後輩たちを頼もしく、そしてかわいく思えるのでしょう。
彼らの本気で打ち込んできた事はこれからの財産となる事だろう。
日本一のたのもしい後輩達に勇気や元気、そして希望をもらった。
ありがとう!
日本一のチームでやってきた事は一生の宝物だ!
それを胸にこれからも進化し続けてほしいな。

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2006年12月30日
三原市水泳連盟のちびっ子選手たち
2006年最後のスイム練習は東広島市にあるプリオールのプールを借りて行われた。
いつものようにウォーミングアップから入りコーチの指示のもとにメニューをこなしていくのだ。

Photo by 藤瀬コーチ

普段は公共施設をホームとしてトレーニングを積むため、パドルやフィンなどの道具は使えない。 このような民間施設ならではのトレーニングが出来るのはおもしろい。
自分は何年ぶりかで使用したが普段は出せないスピードを得てメニューをこなせるため、『速く泳ぐ!』事に意識を置け、同時に 『こんなに速く泳げるようになりたい!』と、しっかり脳裏に刻むのである。
自分はこれが進化する第一歩なのだと思い大切にする感覚だ。
仕上げにフリースタイルでの25mと50mを中学生選手と一緒にトライアルを行った。
50mは自分が希望してのプラスメニュー。
結果は自己ベスト!先日に続いてまた進化したぞ。
高いモチベーションで2007年を迎える材料を得る事ができたのだ。

大会ではフリースタイルだが、練習では4泳法(バタフライ・バックストローク=背泳ぎ・ブレストストローク=平泳ぎ・ フリースタイル=クロール)をそれぞれこなすのだ。
これが泳力アップになっているのは確かなのだ。


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2006年11月23日
ジュニアトライアスリート

ジュニアトライアスリートの高宮貴洋
2年前、彼が中学1年生の時の写真だ。
初めて大人のトライアスロンレース(51.5Km)へ出場した。
彼はご両親の理解により幼い頃からトライアスロンに取り組んできた。
今の日本ではトライアスロンを続けるには、中学の部活など理解が薄かったりと環境が揃わないのが現状である。
近況や活動報告など父親からまめにいただいている。
貴洋の想いは途切れること無く今を生き確実な成長を成している。
何とかこの子を生かしてやりたいと思っていた。
沖縄でトライアスロンスクールを主宰する千葉夫妻(チームゴーヤ)に『広島で環境を整えてやる事ができなかったらお願いしたい』 と数年前から話していた。
当然選手として将来性を感じてもらわなければ引き受けていただく事は出来ないのだが。
今年は大会や沖縄合宿などに参加し貴洋を見ていただき実現するところまできている。
これから先は彼の想いと千葉夫妻に想いをたくす。
近い将来一緒に肩を並べて競い合う事ができるはずだ。
これも将来の自分の楽しみの一つなのだろう。
応援してやってほしい。

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2006年10月15日
広島経済大陸上競技部
久々に母校である広島経済大学陸上競技場で後輩達と練習をしてきた。
目的は今週末(22日)に開催される日本トライアスロン選手権(東京お台場)へのポイント練習。

Phot:宮広監督
300m×15本のスピードトレーニングを後輩達とともにこなした。
最上級生でも今や年齢はひとまわり下になってしまう。卒業して12年以上たつのか・・・懐かしく新鮮な気持ちにもなれる。
選手たちにとってはもう【おじさん】なんだな~・・・。
学生時代と変わらない内容できっちりこなし、 自分を知る者も唖然としていたが自分の中では走力を把握し日本選手権のランパートを意識してのトレーニングだった。 一緒に走りながら一団でタイムを追う。 後半遅れた選手たちへは自分の鼓動や呼吸音を聞きながら走りを近くで感じる事で勇気を与えられたとも思っている。
そして自分も学生競技者とともに緊張感のある練習メニューをこなす事でパワーをもらうことが出来たと思う。
競技者同志だから通じ合うものがある。
ここでは言葉は少なくても充分。人間力で通じる場所なのだ。


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2006年08月12日
あきらめるわけにはいかない!

トライアスロンをはじめて改めて感じること。
それはあきらめない事。
厳しいレースではゴールするまで何があるか分からない。
先頭を走っていても、転倒やパンク、状態の変化によって起こる動きが止まることも起こりうる。
それは誰にも可能性がある。
だれもが勝ちは無いと思われたレースをひっくり返した事も、その逆もあった。
自分はレースに臨む時、今日は調子がいいから勝てるとか、悪いから勝てないとか言わない。
どんな状況でも終わるまで分からないのだから。
前半戦を明かせば、自分のような強行日程でレースを詰め込む状態で、ばっちり調子が整っているなどなかなかない。 結果を得る事ができたのは、そこには想いがあるからだ。
人生でもそのトライアスロンスピリッツが生きている。
今日の甲子園。
広島県代表で地元の三原市から出場している如水館高校。
同点から8回9回に大量点を奪われ8点差。
野球で、トップレベルの高校球児たちの甲子園では8点差は重たいのだろう。
しかし、何が起こるかわからないのだから最後の一球まで希望を捨てるな、あきらめるな!球児達に伝えたかった。
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2006年08月03日
駅伝戦士達の夏!

先日、母校へ立ち寄った。
高校生達は夏休みで練習一色。
今頃は合宿で山にこもっているのだろう。
彼らは駅伝を目指しこの夏を鍛えに鍛えて乗り切る。
精神的にも身体的にもとてもきつい時期だ。
目標に対して成長していくためにしっかり根を張る時期だ。
根をしっかり張れたものが大きな成長をとげる。
半年前まで中学生だった1年生が先輩達を割って高校駅伝のメンバーに上がってくるのも夏を乗り切ったときからだ。
情熱を持ち取り組んだ事で想いを成す姿を実証してくれ!
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2006年07月05日
帰ってきたオリンピアン
福井英郎が帰ってきた!
彼はトライアスロンでは初代オリンピアンである。
2000年のシドニー大会ではジャパンフラッグを胸に、トライアスリートの夢とともにスタートラインへ立った男。

その頃、彼とは面識もなかった。
ただトライアスロンでのポテンシャルの高さは並み外れたものを感じてはいた。
そんな彼はここ数年ほかの新競技(エクステラ)へ活躍の場を移していた。
今年になって愛知県を活動拠点とするトヨタ車体と契約するプロ集団のコーチ兼選手(プレイングコーチ)として帰ってきた。
コーチとして?それは全く違っていた。
明らかにその目は北京を見据えている。
先々週の幕張大会の積極果敢な勇姿や、今回の七ヶ浜大会でのエリートレースはコース的には一部分しか見届けられないが、 最終的には1秒差で優勝した細田雄一はゴール後ばったり倒れ、破れた福井英郎は年下の勝者をしっかり称え、 その後少し離れたところでくやしさを爆発させた。その姿から今回のレースのすさまじさを感じた。
彼らに聞くと想像を絶する熾烈な戦いがあったようだった。
プロトライアスリート。彼らは本当にプロだ。
自分の事を想いを貫いて突き進んでいる!といってはくれるが、まだまだ自分は甘いと感じる瞬間でもあった。
福井英郎・・・男気を感じるプロトライアスリートだ!
今後を楽しみに注目したい。

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2006年06月25日
トライアスロン界のあいちゃん
トライアスロン界のアイちゃんこと、上田藍ちゃんです。
4月の終わりだったかな~情熱大陸(全国版)にも特集を組まれていました。

日本の女子トライアスロン界は、いわゆるトップ3と言われるプロ3人衆(オリンピアン)が抜けている現状が続いています。 彼女らは国内のワールドカップと日本選手権の主要大会以外はほとんど海外で活動。
国内で戦う若手には遠い存在でもあります。
そんな中、確実に北京を目指しその一角を崩しにかかる選手の一人に上田藍がいます。
普段はパチリとした目に精悍な顔立ちをして明るく話しやすい女の子ですが、 ひとたびレースになるとその顔は競技者の厳しい顔に変わります。
今回は生活拠点にしている地元の大会ということで顔見せサービスで和やかに過ごしていました。
京都から単身上京して、山根コーチのもと青春のすべてをかけてトライアスロンへ取り組んでいます。
今シーズンは今までと違い、世界へ目を向け活動していくそうです。
彼女達と接して感じる事は、私たちと会うときは本当に素敵な笑顔を振りまきます。しかし、 プロとして活動する彼女らトライアスリートは、その笑顔からは想像できないほどの生活を送っているのも事実なのです。
私たちに出来る事は応援しかないのです。ぜひ、応援してあげてくださいね!

2004年宮城県七ヶ浜大会より
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2006年05月15日
後輩たちに感じた事
3月にさかのぼって記事が残っていたのでアップしておきます。
夢吊橋マラソンに参加させていただき10Kmを走っている時の事です。
世羅高の選手達はそれぞれ5Km10Kmにエントリーしていました。

今回は【走れるようになる!】を目的に直前にエントリーさせていただきましたが、後輩達を前にすると、『いっちょ、いじくってやるか! 』と気持ちが変わったのです。
そうは言うものの、今回はとてもついていける状態ではないのに・・・
せめて最初だけでもペースを乗せてやろうと先頭を切って走ったが、その分前半5Kmまでの中だるみが早く来た。 ひとりずつ抜かれながら世羅高選手の最後尾あたりまで下がった時、なんだか妙に後姿が頼もしく見え、 フラッシュグリーンに赤パンツのなじみのカラーがまぶしくみえた。
後輩達がまた都大路(全国高校駅伝)をこのユニフォームで走ってくれる事を思うとうれしくなった。レース中のきついところではあった。 不思議な感覚を感じたその後から追い上げを図れながら後輩達に声をかけることも出来ていた。
今の状態をひっくり返してくれる原動力になった後輩たちに、改めて力を与えてもらい借りを作ってしまった!
今度はこちらが力を貸してやらなければ!そう思うのでした。
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2006年05月11日
将来をかける姿から感じる事
彼女達は世羅高校女子陸上部の留学生です。遠くケニアからやってきた二人は大げさではなく、走る事で生きていき将来をつかむのです。

もちろん日本人選手もそれは有るのですが、その度合いや生き方のモチベーションの違いを明らかに感じさせます。
先日一緒にクロスカントリーコースを走りました。
当たり前のように淡々とこなす中にも気迫を感じます。かといって鋭くとがった態度を出しているわけではありません。
振り返ると私は、この時代はただただ速くなりたかった。それがあまりに強すぎてとがっていた気がします。後輩を伸ばしてやろう、 周りのレベルを上げてやろうなど思った事はなかったでしょう。
寂しい事ですが自分の事で精一杯でした。
今になって後輩達や頑張る選手達がかわいくて、何か力になってやりたいと思うようになったのです。
遅いかもしれませんが、気付けただけでもまだ間に合うと思って、支えられながら競技を続けてこれた意味が生きてくると信じます。
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2006年05月01日
水の道化師
彼らは普段三原市のリージョンプラザ・プールにて仕事『一部』をしています。

夫婦で三原市水泳連盟・ドルフィンクラブなどの選手・子ども達を中心に指導しています。
スイムに関する練習は、私はここでは子ども達とともに身を任せをメニューをこなしているのが現状です。
数年前に比べればメニューのこなし方も板についてきました。
特に昨年から【ふじせコーチ】になってからはきつい中でもおしていける、 いわば集中力が保てる練習をこなすことで自分のレベルを上げていることを実感しつつ、トレーニングに臨ませてもらっています。
先に述べた仕事とは別に、彼の方は他にも活動をしているのです。
【トゥリトネス】(東京本社)って聞いた事がありますか?
ウオーターボーイズと言った方が分かりやすいでしょうか。
水の道化師としても全国各地で公演している時期もあるのです。
彼本人は水泳を一流どころで経験し、さらに個性豊かな指導を受けていることもあるのでしょう、実にうまい指導をします。
彼らの今後の発展とともに、私もいろいろな側面を吸収しながら人生を進めて行きたいと思います。
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2006年04月29日
織田記念陸上を観戦
陸上の春をつげる国際大会が広島ビッグアーチで開催され、恒例行事として観戦してきました。

日本トップクラスの走りを間近で見る事ができ、自分にも取り入れてみたい事を研究しました。スマートな走りをする選手が多い中、 私はいつも惹きつけられるのが広島出身の徳本選手(日清食品)です。
今回は果敢に黒人選手に日本人で一人くらい付いていきました。
ぶっつぶれても先を見据えた挑戦だと感じました。故障で見送った昨シーズンを耐えた今シーズンの彼の活躍は間違いないでしょう。
ここへ来れば何より、元同僚や後輩たちの頑張る姿を生で見る事ができる。
今日も成長した姿を見る事ができ、そこからエネルギーをもらってきました。
皆さんも近場でスポーツイベントがあるときは足を運んでみてくださいね。
本気で取り組む姿には、自分に必要なものをきっと感じ取れますよ!


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2006年04月19日
庭田清美という人
トライアスロン界では知らない人はまずいないでしょう。

2003年の世界選手権(ニュージーランド:クイーンズタウン大会)に日本選手団で合流した時からでしょうか、 私は当然トライアスロンを始めたときから知っていましたが、お互い通じるものを感じたのか意気統合して仲良くさせていただいています。 尊敬する人ですが【きよみん】って呼ばせてもらってます(笑い)!
練習で使うスイムキャップもワールドカップで使用したものをオーストラリアから送ってもらい私のモチベーションの向上に一役かっています。
それはさておき、彼女の底知れぬ魅力は様々ですが、競技に関しても一体この人はどこまで行ってしまうのだろう。初代トライアスロン (シドニー五輪)のオリンピアンでありながら4年後のアテネも出場。今の彼女なら次回の北京まで行ってしまうと関係者は思うでしょう。
勝手にこんな事を言いますが、最高レベルで日々過ごす事の厳しさは肉体と精神は想像を絶するものがあります。しかし、 それを含めても彼女なら・・・それを感じさせてくれる【きよみん】なのです。
昨年の日本選手権の前日お話をしました。
疲労が抜けなくて覇気がない感じに取れました。
がしかし翌日ふたを開ければ若手はおろか、彼女に並ぶオリンピアンたちもがこの底知れぬ強さについていけなかったのです。
『さっすが!』思わずこぼれました。
きよみんのようなレベルでの話ではないけれど、自分もアマチュアとしてそんなひとりになりたいと感じるのです。

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2006年03月28日
甲山中学陸上部
バイクライドの合間に先生や生徒の顔が見たくて寄ってみました。

ちょうど3年生のお別れ会と言う事でリクリエーション中でした。
みんなおおはしゃぎ。
ここの中学へ来るといつも思います。
自然の多い中でのびのび育ってきたからでしょうか。
先生も生徒達を乗せる実にうまいご指導で本当に中学生らしい中学生を感じます。
この子達はきっと卒業して大人になっても先生や仲間を訪ねていける心を育んでいることでしょう。
2006年03月12日
夢吊橋マラソンにて
今日は後輩達に囲まれ素敵な感覚の中で走る事が出来ました。

ダムの湖畔やアップダウンの激しいコースでのマラソン大会ですが、過去ここで1回走った事があります。当時、 世羅高校で初めての外国人女子留学生ウィン・フリーダ(現在デオデオ) の10Kmロードを引っ張り広島県高校女子ロード10Kmの記録更新を狙った時でした。
今回は前日の練習、当日のアップでの体の状態からまともには走れない事を感じていたため、 後輩達の力になってやれるかどうかといった感じでした。
せめて最初の数キロだけでもペースに乗せてやろうと引っ張ったのですが急なのぼりで筋肉の重さにまだ耐えられないためから生き絶える感じでペースが上がらない。
ひとつずつ順位を落としながら後輩達の元気な姿を尻目に、一時は世羅高校選手達の最後尾まで落ちていました。
目の前の後輩達のペースが落ちてきたら腰を押してやったり、声をかけて少しずつ前へ上がっていく(上がれた)ランニング内容でした。
終わってみれば体造りの一環だと割り切っていたのですが、後輩達に声をかけることで自分にも力を与えていたようです。
4月16日からのシーズン前に、まだまだランの状態はほど遠いものだったが、一気に展望が見えてきた様子です。
後輩達に助けられた!
夢が叶うといわれる建造物【吊橋】のある縁起の良いコースと、力を与えてくれる後輩達と一緒に春を迎える準備が出来つつある。 そんな感覚が強かった夢つり橋での出来事でした。
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2006年03月09日
後輩の存在

以前は母校や後輩や先輩という存在に対して、そんなに思いは強くなかったのが正直なところです。
後輩といえば私の中学から大学までの陸上部になりますが、全国大会へ出ようが出まいがそんなに気にならない時期もありました。
自分のことで精一杯。
脇目も振らず頑張っていた時期、言いかえればほかに気を配る余裕さえなかった時期でしょう。
しかし、ここ数年は後輩達の活躍やがんばりがうれしくなる。何か力になってやれないか気を配る。
また、そのガンバリを見る事で自分への力にもなっている気がする。
歳をとったのか、落ち着いたのか・・・
後輩には、特に感情が入るものです。
そして、頑張る若い子達の力に少しでもなってやりたい!そんな思いが強くなるこのごろ・・・それを確実に感じるようになりました。
写真(上)は今年3月に卒業した世羅高校の後輩です。彼女はこれから大学でも陸上を続けます。まだまだ応援してやれる事がうれしい、 そんな感じです。
(下)は今年の都道府県男子駅伝の時です。三原第五中(左)世羅高校(右)彼らもそれぞれ高校、大学へ陸上で進学です。 二人とも伸び代十分!どんな成長をとげるのか楽しみです!!

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2006年02月19日
三原陸上クラブ~三菱駅伝にて
三原市には小学生の陸上クラブがあります。
先日の中国女子駅伝で監督をされた向谷(むかいや)氏が指導する三原市内の小学生が集まるクラブです。ここでは私のことを『鉄人!』 『テツジ~ン!!』と呼ばれます。


向谷監督の指導方針はこれから先のための、のびのび指導です。だからでしょうね、 前向きな子が多く将来を楽しみにさせてくれる子が目に付きます。
子ども達は成長著しく、たまに会うと『エ~大きくなったな~!』と思わず声が出てしまいます。
また、ここを卒業した選手たちが、中学へ進み高校へ進みどんどん成長していく姿を今回の駅伝でも見る事も出来ました。
トライアスロン界へ入って11年が終わりました。子ども達の10年はそれは大きい。歳をとるわけです・・・
2年前も一緒に組ませてもらったチームで、今回も急遽飛び入り参加です。男子チームの1区、 女子チームのアンカーを走らさせていただきました。
年末より足の状態を崩していたため、2月に入ってやっとラントレーニングへ移行できました。 今回はそのチェックにも良い機会でエントリーさせていただきました。
さてさて、個人的には久しぶりのユニフォームスタイルでしたが、夏のスタイルは寒すぎました・・・ それでも今の状態をきっちり体感できました。筋肉が付いていますのでスピードは出ますが時間が持たないと言った状態です。 3日前からバランス調整にいやま先生にキネシオをはって施しを受けています。
さ~子ども達の手本に少しでもなれるように、春からのシーズンへ向けて組み立ててレース用に仕上げていきます。
今回は楽しかったです。みんなありがと~!!
監督ありがとうございました!

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2006年02月12日
中国女子駅伝
今日は広島市で中国女子駅伝が開催され応援へ行ってきました。

久しぶりに実業団が出場し追いすがる高校チャンピオンの興譲館高校を振り切り見事優勝を飾りました。
郡市の部はわが三原市体協A が見事初優勝!
Bチームも5位と入賞です(⌒▽⌒)/゜・:*【ネ兄】*:・゜\(⌒▽⌒)
中・高校生サマサマのチームであるが優勝には変わりはない。
妻が走っていた頃から毎年あと一歩およばず優勝を逃していた姿を見続けていただけに、 やっと優勝したのだなと当時の事を思い返すようでした。
スタッフの方たちも終わるまで気が気ではなかった様子。
選手たちはのびのび走っていたのはご覧のとおりです。
また、それ以外に各チームで知っている選手たちの中には走りが不本意でしゅんとしている顔を見ましたが、な~に! 君らはまだまだこれからだから!
良い経験をしてるのです。
これからどんどん翔いていけ!
関係者はそれを見守るためにも駆けつけているのだから・・・

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2006年01月28日
自信がないときこそ挑戦!
私の中学・高校と後輩になる高校3年生から電話がありました。
その子は中学から頑張ってきましたが3年ではメインレギュラーで走った事はなかったと思います。
でもコツコツ頑張ってきた選手です。顔を見れば分かります。

今回、駅伝のメンバーに選ばれたけれど、今まで大会では走った事がない距離で自信がない。チームに迷惑をかけてしまいそう・・・ と言った内容でした。
上位を狙うチームならその状況下に置かれるとたいていそう思ってしまうものでしょう。
私の高校時代を少し記します。
私は世羅高校へ長距離で行きました。
しかしスプリント能力をかわれ1年生の最初の大会はマイルリレー【4×400m(1600mリレー)】のメンバーに抜擢されました。
1年生の自分以外は短距離陣の速い3年生達です。
いうなれば4人のうち明らかに穴です。『どおしよ~~~~・・・・』
私の場合も初めはそのようになっていましたが大会が近づくと割り切るものです。 と言うか逆にびっくりさせてやろうってあきれるぐらいの前向きさを発揮するのです。

そうなれた時の自分はモチベーションも上がり集中力も研ぎ澄まされる感じです。
スポーツは最後は気持ち【心】です。
これから大学で走る事を続けていくその子にも言いました。
『高校生活最後の駅伝だろうから仕上げとする気持ちと、そしてこれからのスタートとすること。その挑戦だ。きっとうまく行くよ!』
電話を終える頃には声が明るくなっていたような気がしました。
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2006年01月22日
ひろしま男子駅伝
今日は本当に良いものを見せてもらいました。

広島で開催される全国都道府県対抗男子駅伝へ地元の後輩に当たり実家のすぐ近くに住む選手の家族と同行しレース現場へ駆けつけました。
郷里の応援に力が入りますが、ここへ出てくる選手の素晴らしい走りには、ほんの数秒しか見届ける事ができないのにドラマを感じ、 なんと表現してよいものなのか分かりません。だからしません!(^0^*
近頃感じる事・・・自分自身も追い求めるものがある。しかし同じように若い世代・・・特に慕ってくれる選手、そして後輩ともなれば、 その姿を見たくて応援したくなる気持ちがやたら強くなった。
何を求めているのだろうか・・・気持ち、心の変動の大きさを感じる今日この頃を余計に感じた一日でした。
自分を含め、選手って本当に幸せだと思います。
選手と呼ばれる人には必ず支えてくれる人たちがいる。練習で得るものも当然だろうが、 その人たちの想いから出る力が選手を導き結果につながっている気がします。
スポーツって素晴らしいじゃないですか!


兼実省伍(三原第五中学)と松本央(世羅高校)二人のかわいい後輩達です。
この二人はこれからそれぞれ進学していきますが、これからますます成長し、皆様を喜ばせてくれる事でしょう。

恩師である村上先生が監督を務めチームを支えてこられたスタッフ陣です。
【6位入賞でほっとしておられるご様子です!】
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2006年01月15日
都道府県女子駅伝のメンバーに選ばれた元トライアスリート!
紹介した事もありますが改めて。
今日、京都で行われた都道府県女子駅伝の広島県チームに中学まではトライアスロンに打ち込んでいたランナーがいます。
栗栖由江(廿日市高校→玉川大学)ちゃんです。(写真右)

高校からは陸上部に入り駅伝では1区で上位を走っていました。
トライアスロンでは5~6年前になりますが、彼女とはチームを組んで出場したり、 ジュニアのカテゴリーで上位入賞などしていくなど成長を楽しませてくれる存在でした。
競技が変わった今もそれは変わらなく、ランナーとして成長しています。
今は玉川大学で東京へいるため、お台場で開催される日本選手権は駆けつけてくれます。
素直で明るい性格ですから私たちも引き込まれます。
そんな彼女から年末に都道府県駅伝の広島県チームへ入る事になったと電話があり喜んでいたのです。それが今日(1月15日) 開催されされでした。
走り終わったらすぐ電話をくれて、明るい澄んだ声で『今、走り終わりました!』と報告してくれました。 まだ息が弾んでいるその声はハツラツしているように感じました。
一人抜いて順位を上げていました。テレビでは襷(タスキ)の中継所でしか姿を見ることができませんでしたが、 十分に今の状態がわかりました。と同時に当時のトライアスリートだった頃を思い出させてくれました。
素直で真っ直ぐな彼女はやっぱりそのように成長するんだな~と再確認させてくれている、私にとっても勇気付けてくれる人材です。
彼女は魅力ある、周りを元気にしてくれるアスリートへとまだまだ成長していくでしょう。
数年でしたが彼女のジュニア時代をともにできた事がこれからも膨らんでいく私の宝物のです。

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2006年01月11日
続けることの大切さ
ここ数年はどのスポーツも中学生のレベルの高さを伺えます。
しかし、そのレベルにいる選手たちでも進学の時、せっかく作り上げたものに終止符を打つ選手も少なくありません。 もっともっとのびていくだろうし、これから多くの出会いや楽しく充実した日々が待っているのに。

決して目標や夢に向かって進んでいくことは楽ではありません。 むしろ大変なことや本気で落ち込んでしまうこと絶望感さえ感じることの方が多いかもしれません。
それでもその生き方のほうがよっぽど魅力的です。
それは本気で取り組み生きている証だと思います。
ある先生からも聞きました。自分がもういいと思ったら人の期待などあっさりとそらしていく。しんどいからもういい。 その思いが一番の子が多いと。
確かに中学生で今はレベルの高い指導をされる先生もいらっしゃる。3年間で良い思い出を作ってやろうと・・・
しかし中学生の体や精神はまだ大人ではなく、非常にきつく厳しいものです。
休みたい=やめる となってしまうのでしょう。
そこにブレーキ(方向転換)をかけてやるのも大人の役目かなと思います。
辞めるといって普通に高校に入りそれとなく同じ競技をしている子もいます。
しかしいったんやめると決めた心ではなかなかうまくいってないのも事実です。
そのような現場を見ていると今方向付けをしてやらなければ手遅れになる子もいるのです。
まだまだ子どもです。うまく導いてやればそれに乗ってくる。
今日は良く知る先生から電話がありました。やめるといっていた子が競技を目指し高校進学へ方向を変えたと。うれしく思いました。
その子にも話してやりました。自分だから歩める輝ける人生があることを・・・
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2006年01月09日
第7回 三原駅伝
2006年01月05日
いやま整体院
いやま先生のところへ行ってきました。
すると如水館駅伝部の1年生たちが先生と話しながら施しを受けていました。

怪我や故障で落ち込んで来ても帰るときには明るくなり前向きになる。
ここにくれば気持ちもリセットし前向きにしてくれるのです。
彼女達も明るく笑顔で話して帰っていきました。
私も今故障でさえない日々です。
しかし別の件を引き出し『今シーズンも楽しみですね!』となってしまうのです。
先生自身もいろいろなことを考案して提案してくださいます。救われるというか前向きにならざる得ない感じです。
いやま先生、今日もありがとう!
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2005年12月26日
やったぜ世羅高校!
先頭は世羅高校!
この言葉がテレビ中継中に連呼された。

しかも全行程7区間のうち4区終わりまでの半分以上をご存知ライトグリーンのシャツに赤いパンツのユニフォームが映りまくっていた。
折り返しまで先頭を走ってくれた母校の後輩達に十分満足したのは私だけ出ないはず・・・後半戦に興奮さえさせてくれた後輩達。
そこから粘りに粘って強豪チームの追撃を押さえて2位でゴールしたのは想定外の快挙であった。
世羅高校はレース前、どんな評論家達も8位入賞もトップ10すら名前は出ていなかった。 関係者も正直なところ一ケタ台で入れば大喜びといった雰囲気だった。3位以内なんて誰も思わないし想像すら出来なかった。 痛いほど全国大会の怖さも知っていたから高望みが出来なくなっていたのが世羅高校関係者だったように思う。
1区の3km地点で最初の応援。続いて2区の2.5km地点へ駆けつけた瞬間、 白バイに囲まれ先頭を走る松本キャプテンの勇姿を見たとき鳥肌が立った。今この文を書くときでもそれが甦る。
この時代、県立高校で全国優勝なんてありえない・・・そんなしょげた想いを否定してくれるに十分な出来事となった。
ゴールとなる西京極陸上競技場へ2位で姿を現したとき関係者の興奮は最高潮。同時に3位の豊川工業高校(愛知) の勢いある走りにはらはらさせられながらも3秒差でゴールした1年生アンカーは来年からのニュー世羅高校へのスタートを感じさせてくれた想いだった。
歴史ある古豪世羅高校。その歴史を背負っていける頼もしく新しい世羅高校の幕開けを見る事ができたに違いない。


母校の準優勝を称えてくれた日本一のトライアスロンチーム。テイケイの皆さん!
左の八尾監督は今回5位だった名門報徳学園(兵庫)のご出身。
2005年12月23日
選抜チームへ選ばれました!

7月30日にガンバリストとして紹介し応援させてもらってる中学生バレーボール選手を紹介します。
記事にもあるようにバレーボール選手としては中学生でも小さな方になります。
彼女の動きからは身長など関係ないよ!と、そう思わせてくれる能力と心を備えています。私はそう感じました。
三原市内の中学バレーボール選手が県の選抜選手に選ばれるのは稀(まれ)です。
目を引き能力ありと思わせた選手ということでしょう。
ご両親達の心配をよそに彼女はどんどん成長し、地元の高校へは行かずバレーで進路を決めました。 そんな彼女はやはり成長していきますね。
最近中学でどんなにセンスの良い選手でも進学してから本気で続けようとするものが少なく寂しい気持ちでしたが、 心が温かくなりうれしい記事でした。
実は彼女は足もとっても速いのです。小学生から中学に上がる時はご両親は陸上へ進めていました(陸上も強い中学です)。 その相談も受けたのですが、彼女は絶対バレーをやると意志が硬かったのを今も思い出します。 結局自分がこれだと思うもので頑張れたらそれが一番なんでしょうね。本気で頑張った人は道も開けてきます。 それを実証してもらいたい選手です。
応援してくださいね!

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2005年11月28日
これからの人生へエールを!

ある中学生選手に話しました。
その選手は私から見ても良いものを持っているこれからの選手です。高校へ進学するのにもう続けまいかと揺らいでいるのです。
練習は厳しいものです。特に体の出来ていない中学生にとってはきついばかりが先に来るのでしょう。
現に私も中学時代は3,000mを走りきってゴールした瞬間にぶっ倒れるきつさに怖さを感じた時期もありました。 勝負がかかればラストはフルスロットルで出し切ります。出し切ったレース後は100%立っていられません。
その子達と違っていたのは、中学時代からもう高校のインターハイ出場を夢見て、 その記事が載っている雑誌などデスクにいつも置いて眺めていました。 そのころのどこまでも登っていけそうなわくわく感は今も思い出せば体中に力が湧くようです。
進学については、近くの高校でも出来たかもしれません。 その時は周りの進めもあり親も子供が望むならと本格的な競技へ打ち込むことの出来る環境を用意してくれました。 兄弟妹4人もいる中での長男で、 寮生活などものすごくお金のかかる生活になるのにです。当時はそのことを思うほど大人では無かったと思います。
夢を追いかけ目標を達成していく生活は決して楽なものではありません。どちらかといえば辛い事のほうが多いのかもしれません。
しかし、そこから体験すること感じることは人生のうちで大切なもの、糧になると思うのです。
頑張れるものがある人生は行き詰まっても次の方向が開けるものだと思います。そして周りが力を与えてもくれます。
奇麗事かもしれませんが言います。
夢を持ち、希望を抱き、情熱をそそげるものを続けてほしいと・・・
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2005年11月21日
こんな時だってあったさ・・・

勝負に生きる競技者にとって勝ち負けは大きなもの・・・
プロアマ関係なく、良くも悪くもそれで人生が左右することは多い。
勝つことで評価は上がる。
しかし負けることで大きな経験をし、その後以前よりもたくましく成長することもある。
それを力にして努力できたらだ。
それに賭け打ち込んできたからこそあまりの結果にへこんでしまうことも多くある。
私のことを言えば、今シーズンは今までにない成果を得たのは失敗の積み重ねから得たといってもいいのかもしれない。
改めて自分に言い聞かす。
一生懸命チャレンジして失敗したのなら、それは失敗ではなくなると思う。きっとそこから光はさしてくる!
今そんな中にいる人へ、一緒に頑張ろう!

2005年11月03日
涙は流さないで・・・

今週の土曜日(2005年11月5日)は広島県高校駅伝です。
そう、都大路(京都)の広島県予選です。
自分も人生を賭けるほどに目指して頑張った高校生時代がありました。
今の高校ランナーは、まさにその瞬間を今週迎えるのです。
どこの高校もそれぞれの想いを持って戦い抜くでしょう。
その週の火曜日に母校へ行ってトレーニングしてきました。
ふと、走っているはずの女子選手(3年生)がラップを読んでいる事に気づきました。
一通り終わっても後から来た1年生のタイムも読み上げていました。
練習後その選手にたずねました・・・
校内の最終選考会でヘルニアが悪化し先日まで入院していたというのです。
ご存知の方はお分かりでしょう、この時期のそれは3年生の彼女にとっては致命的な出来事です。
聴いた私が胸がつまる想いでした。
『でも私、あきらめてないんです。チームが全国大会へいけたらいいし、2月の中国女子駅伝を最後に走りたいんです。』
そう答える目には涙があふれていました。
『そうだね・・・あきらめるな!』
無責任かもしれませんがそれしか言えませんでした。
3年生が違う形でチームを支えている姿を見せ付けられました。
心の持ち方でこの出来事が将来の財産になるはずです。
『ガンバレ、負けるなっ!』
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2005年10月19日
駅伝戦士

世界選手権前に世羅高校へ行ってきました!
第二の故郷とも言うべき世羅台地。
世羅高校陸上部関係者はご存知のコース、ここには起伏に富むけもの道の山コースがあります。
私は今でもこのコースを大会前後の来れるときには利用します。
起伏に富み不安定な路面に自然の英気を吸収しながら走る。走りの筋力とバランス調整になるコースです。
このコースには伝説があります。それをクリアした数々の選手を輩出したコースでもあります。(内容はまたの機会にします)
フリートレーニング(各自練習)のこの日は、たまたま1往復した後一緒になった二人の戦士達(写真) と同行し動きを観察させてもらいました。
足の下ろし方と接地のタイミングはちょっと日本人には難しいな~と感じさせられましたが、 どこかに走りのしなやかさと柔らかさのヒントがあると研究させてもらいました。
この二人、日本語もきちんと話せますが二人だけの時は母国語で会話をします。
『#@*¥~$★Э!』・・・(汗)
何を言ってるのかぜんぜん分かりません・・・
国際色豊かな世羅高校になったものです。
賛否両論あるようですが、目指すものは一緒の心を持つ戦士達です。
夢をつかんで大きく羽ばたいてほしいものです。
応援してくださいね!
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2005年09月23日
びんご運動公園競技場にて

スイムとランの調整練習へと尾道市にあるびんご運動公園へ行ってきた。
ここを利用する各高校や大学生の姿があった。
良い施設ながら利用されきっているとはいえない事を知る私にとっては、 活気のあるグランドに巡り会った時は競技場自体もエネルギーを感じる。
記録向上へと練習する学生たち。
ポンとその練習の中へ入らせてもらう。
お互いが初対面にもかかわらずだ。
後輩にあたるわけでもでも知人が指導する学校でもない。
ただ、目標へ向けて頑張る者へ心が導かれる。
トレーニング中の心構えやポイントをつなぎの時に話してやる。
真剣に聞く選手たちにはこちらのパワーも伝わり心が通う。それは自身も同じだ。
選手たちの成長していく中で、何かきっかけを与えたい。
ダッシュやインターバルなど、心拍数はどんどん上がり、身体への負担は大きい。
今週末からの遠征のための調整とは離れてしまう部分もあるが、心への刺激がそれを上回る。そして将来、 互いが良い方向へつながると信じている。

中距離走のスタートの質問があり、私はこれぐらいしてロスをなくすと答えた。
高校生は繰り返すに従いスプリンター的なポジションをとりだした。トレーニングの場こそいろんなことを試し、発見する。 それが個々の潜在能力を導き出し成長させるものだと思う。
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2005年09月10日
ひと夏を終えて

バイク練習の途中に尾道市のびんご運動公園へ寄ってみた。
この土日で地区の新人戦が行われていた。
地元の高校生たちが競技に打ち込んでいる。
今や当たり前となっている夏合宿を何回かこなし、ランナー達は次のステップの駅伝へ照準を絞っている。
この前まで中学生だった選手たちが、見違えるように競技者の顔になっている。
この夏を頑張り抜いた顔をしている。
瞳もギラギラ輝きを増した気もする。
高校生活3年間。この3年間は良くも悪くも人生のうちで大きな3年間となる。
一生懸命になれるもので、日々心を磨いてほしい。
また、エネルギーをもらった。
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2005年07月30日
めざせ!春高バレー

土曜日の午前中のトレーニングを終えてプールから帰ろうとしたとき、『福元さん!』
と呼び止められました。
同じ施設で中学生のバレーボール大会が行われていたのです。
競技は違えど純粋に取り組むスポーツ選手から受けるエネルギーを感じようと思い観戦することにしました。

彼女は3年前の小学6年生の時トライアスロンさぎしま大会へ応援に来てくれました。
当時、走りのセンスはあったのですが中学では陸上競技ではなくバレーをすると言っていたことを思い出しました。
あれから3年、エースアタッカーになった彼女は高校への目標もしっかり見据えて打ち込んできていました。 私から見ても動きのセンスなどからまだまだ多くの可能性を感じるものでした。
進路のことで親御さんからも相談を受けるのですが、彼女の意志を尊重した方向で私は進めます。身長が低く絶対的に不利、 親の立場になると無難な方向へといきがちですが、それが当たり前です。しかし、彼女の目を見ていると、 そんなことはカバーできる物を持っていると感じさせてくれるし、私も賭けてみたくなるそんな想いを感じています。
何年後か、春高バレーのコートにその姿がある気がします!

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2005年06月18日
中国高校陸上選手権より
インターハイ予選。
高校生競技者として、インターハイ(全国高校総合体育大会)特に高校3年生は憧れの夢または目標の舞台です。
私がそうでした・・・中学生の頃からこの時期の陸上競技の雑誌を大切にページをめくりながらずっと眺め、 高校へ行ったら絶対ここへ行くんだ!子供心に純粋に思いを寄せていました。
高校3年時にはランキング入りまでし、確実に到達間近でしたが、結局 夢は破れました。
悔しくて、悲しくて、情けなくて・・・あんなに頑張ったのに・・・
今でも思います、あの頃の自分をインターハイへ連れて行ってやりたかったと・・・
この日、きっと同じ想いの高校生達が緊張の瞬間、青春をぶつけるそんな大会だから、足を運ばせます。
時には一緒に練習し、心を通わす選手たちが出場しています。
想いをかなえてくれ!そんな気持ちでした。


・・・結局、応援する選手すべてが力を出し切れず上へ行くことができませんでした。
この姿を見ると涙が出てしまいます。
あの頃をオーバーラップしてしまうのです。
しかし、今の自分はこの子達に言えることがたくさんあります。
終わったばかりの今は思いっきり落ち込むがいい。
それを埋めるだけのエネルギーが新たな力になるはずです。
次のステージへ導いてやりたいと思います。
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2005年06月09日
(広島県)尾三地区高校陸上より
2005年5月
インターハイの予選となるこの大会は、私にとっても思い出の大会のひとつです。
1年生の時はマイルリレー(1600mリレー)
2年生の時は800m
3年生の時は3000m障害走
1年生ではスピードがあるとされ、長距離で行った世羅高校でしたが、短距離の先輩方と組んで、
ここから県大会の決勝まで行けたのですが~7位で涙・・・(6位までが中国大会出場)
2年生のこの大会、優勝できなければ世羅まで走って帰ります!(30Km)と監督と約束。
~走って帰りました・・・(現在 西条農業高校陸上部女子監督の時乗先生が後半を心配され様子を見に駆けつけてくれ、
うれしかったのでしょう、良く覚えています)
3年生、中学からあこがれたインターハイへの夢の舞台のスタートを切りました。(一番希望に満ち輝く目をしていたと思います)
そんな大会が毎年同じ春に行われ高校生達が夢や目標に向かってスタートラインへたっています。
ゴール後、いろんな結果とともに高校生達は成長していくのです。
どんな結果であろうと、これからも頑張っていくんだよ!


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織田幹雄記念陸上競技大会
2005年4月29日
県内の陸上競技会の幕開けの大会です。
小学生から一般まで選ばれしアスリートが競う大会です。
中学3年の春、初めて長距離のトラック公式大会へ出場し、そこから長距離選手(1~2年は短距離選手)として歩むことになった大会です。
あの興奮と、後に知りえた恩師の行動は一生忘れることのない出来事となり心に刻まれています。
そんな大会だからこそ、今も毎年観戦に足を運ぶのです。
一流選手の競技は当然ですが、若いこれからの選手の頑張りを見ていると元気が出ます。
ここからがスタートだ若人アスリート達!

母校三原第五中学のランナー
プレッシャーなんか感じることはないぞ!
のびのび挑戦だ!


君たちは今これからが青春!
さぁ、スタートだ!











