HOME > 2010年
2010年02月22日
つなぎっぱなし
日曜日はつなぎっぱなし?
午前中は地元三原市の三菱重工構内の駅伝大会へ。
毎年書くが、ここは小学生の時から走っていた場所。
小さな駅伝大会ですが、小学生の頃に大人たちに負けまいと必死で走っていました。
大人を抜いて、速いね~って褒められたかったものです。
小学生の頃に、父親に連れられこの駅伝を応援に行ったとき、先輩になる原晋(はら すすむ)さん(現:青山学院大学陸上部監督)が世羅高校のウエアで目の前を風のように走り過ぎた時、
『速え~~~!!』って度肝を抜かれたものです。
速く走ることに憧れ、大きな夢を抱かせてくれた場所でもあるのです。
その何年か後に招待され、同じように自分が世羅高校のウエアで走ったのです。運命かな?
同じように子供たちが想ってくれたのなら最高ですよね。
ここ数年は本郷アスリートクラブ【地元の走る仲間チーム】へ混ぜてもらい出場している。
実はまた足を痛めてしまい、この日はジョギングがやっとで短い区間へ変更してもらった。
どうも駅伝となると血が騒ぐ?のか、場違いなスピード練習を火曜日に行い痛めてしまった。
まだ足が出来ていないんだな~って思い知らされます。
少しでも心配してくださる方には、春まではいろんな箇所が痛むとおもいます。
それを修正し、感全体となるのでご心配しないでくださいね。
今回は本当に再発させないように低速に徹した。
三菱の社員さんたちと並走すると無意識にストライドを伸ばそうとする。
いかん、いかんと抑えながらランニングを楽しんできました。
張り詰めた真剣勝負も大好きだが、こんなのもたまにはいいかな?なんてね。
タスキをつなぐことを久しぶりに体感させてもらった仲間に感謝します。
午後は広島のグリーンアリーナへ向かい、広島県マスターズ水泳へ出泳。
経済大学時代の後輩が毎年誘ってくれ、ここは外せないとなるオフのイベントとなっている。
ここでしか会えない仲間でもある。
その中で行えるスポーツは最高だ!
出場したのは以下の4種目
混合メドレーリレー(4泳フリースタイル)
100mフリースタイル
100m個人メドレー
男子リレー(2泳フリースタイル)
100mフリーは自己ベストを狙って挑んでみたが、飛び込んだ瞬間においていかれたと感じたら、もう大崩れ・・・『あ”~~~~』こんな気持ちかな?
・・・まだまだだって思ったね。
個人メドレーは持ちタイムは知らないので見よう見まねで泳ぎきったかな?
やっぱりこの競技会もリレーが華!
もりあがるったらありゃしない。
先ほどいただいたメールに、
【 昨日も感じましたが、福元さんほど(専門外の水泳だからでしょうか)楽しそうにスポーツされてる方はいませんね!私も見習わせていただこうと思います。】
なんて言葉をいただきました。
専門だった駅伝だって午前中目いっぱい楽しかった。
やっぱりスポーツが好きなんですよ、私は。
と言うより、仲間に導かれその中でできている事がうれしいのでしょうね、きっと。
おまけ!
男子優勝!女子3位
総合優勝!だったんだって (みんなでとったものって、うれしさ倍増だね!)
駅伝でつなぎ、駅伝と水泳をつなぎ、水泳でつながり・・・
午前、午後、それぞれの仲間に感謝の一日でした!
投稿者 テツロー | トラックバック
2010年02月13日
東広島ロードレース
2010年2月11日(木・祝)
前日から冷たい雨が降り続き、今の状態からキャンセルしようと想っていました。
実は1月終わりから、また違う箇所を傷めてしまい走れない日々を過ごしていました。
またかと思われるし、私自身も参っていましたので公開しませんでした。
その代わり今シーズンから必ず変わるプログラムを実行中。
これは今シーズン分かると思います。
その影響もあるのでしょう、今は体がガビガビです。
それもあって今は重く動かない身体を考えると、どうするかな~と消極的な過ごし方を選ぼうとしておりました。
すると朝、広島の友人から、
『福元さん今日頑張ってくださいね!』なんて電話がかかって来まして・・・
『実は故障していたので・・・昨日やっと走れるようになって、かる~くジョギングですよ・・・』
と答えてしまい、言ったからには行かねばと、急いで1時間前に会場入りとなったのです。
とはいえ冷たい雨の一日で、怪我の再発だけには用心です。
刺激を与えて、最初は飛び出すのですが、ランナーたちは即席の足ではすぐに追いついて来るのは当然。
そこからは少しペースを落として、知らないコースをじっくり走り、折り返してから少しペースを上げる走りです。
ここの地元の高校の西条農業高ランナーを何人か抜いて後半はペースは悪くないとも思いましたが、さすがに最後の登りは足がとまりました(笑
今出来る、これからの準備の走りができたと感じます。
じっくり、希望の春へ向けて邁進です。
自分のレベルが上がる時、故障しない選手はいないでしょう。
しかし、それが致命的になるような故障は避けたいものです。
いろいろな目標があると思いますが、みなさんも気をつけてくださいね。
今回は冷たい天気の中でしたが、ステキな仲間のおかげで心は温まりましたよ。
(撮影者含む!)
せっかく東広島に来たので、帰りにルネサンスでスイムトレーニングだ!(笑
2010年01月31日
中国山口駅伝にて!
2010年1月31日(日)
昨年の話しをすれば大変な時期を思い出してしまうが、昨年のこの駅伝を走った翌週に事故で骨折。
昨日でちょうど一年だ。
『一年たったか~・・・』
思わず振り返る自分もいた。
そんなことは、ここではどうでもよいのだが、今日行われた中国山口駅伝は中国地方で最大の駅伝となる。
高校時代から怪我をして走れなかった時期以外はずっと走ってきた。
今年は第二のふるさと『世羅へ恩返し!』がテーマだったが、選考会に間に合わず補欠でのエントリー。
今回は応援だ!
色々想いはあるが、今は春を目指して準備している。
今までに無いパフォーマンスを繰り広げられるかもしれない・・・(笑
実は今・・・あ~~~これは、今は言うまい・・・(笑
さて、今日の想いを持って走ったランナーのみなさん、それを支えるスタッフのみなさんはからは、沿道はもちろん、 多くの人へ感動が伝わったことでしょう!
そんな中で、閉会式前にある後輩が声をかけてくれた。(写真)
(世羅高校から中国電力に入社。入社当初から期待され入社2年目に全日本実業団ハーフマラソンで7位に入り、チーム団体優勝に貢献。 翌年の全日本ハーフマラソンで2位に入りる。その後、トラック、駅伝、ハーフマラソンで活躍。 チームの次期エースと期待されたが怪我になかされた。
ベスト記録 5000m 13分48秒07 10000m 28分44秒35 ハーフ 1時間02分16秒)
ウィキペディアより抜粋
世羅高校時代の私が3年生の時に1年生だった後輩になる。
もう、何年も前になるが、彼の実業団での活躍は自慢だった。
うちの親と彼の親も仲がよく応援していたものだ。
陸上競技を引退後5年ほど離れ、今は中国電力でマネージャーをしているという。
選手とは違う、相当大変な仕事であるが監督、選手を支え、また世間に力を与えてほしいと想うのです。怪我に泣いた選手ほど、 分からない繊細なところに手が届くことでしょう。
素晴らしいチームですが、また磨き上げてくださいね。
こうして、後輩、また先輩たちが声をかけてくれることはうれしいもの。
『テツローが頑張っている!』自分も・・・・と。
私が競技者を続ける理由が、そこへもあるのです。
投稿者 テツロー | トラックバック
2010年01月23日
ゲスト:第30回赤坂駅伝
2010年1月17日(日)
第30回赤坂町内1周駅伝大会 ゲスト 講演&出走!
福山市にある、むか~し幼稚園や小学生の頃、当時そこの遊園地へバスで遠足できたことのある町。
何か懐かしい雰囲気を感じる町。
そこへ今回30回を迎えるということでお声をかけていただき行ってきました。
町内配布ポスターなど、えらい持ち上げていただきうれしさいっぱいと表現しましょう!
事前打ち合わせから、これは盛り上げなければ、できる事を精一杯してこようと思うのです。
Photo Taruma
晴れ男の私にふさわしい、すがすがしい日差しの中での開催です。
40分弱の講演をする中で、そういえば、自分もこんな町内の小さな大会から大人たちに導かれて、走る世界の鍵を開けたんだ!と、ふと想ったのです。
だから言いました。
簡単ではないことは十分承知です。
『子どもたちのためにも、そして大人たちのためにも続けてください!』
1区から3区の10kmほどを通しで走る約束で、先頭を並走しながら進んでいく。
横を見ると、自分の中ではいっぱいいっぱいなのだけど、チームのために最後まで力を出そうと頑張る選手、子どもの姿をずっと感じられるのです。
もう楽しくって!
予定区間を終えても、まだそれを感じたいし、感じさせたいと想って、係りの方へもう少し行ってもいいですか?と許可をもらって追いつき、また子どもたちの区間を中継所を往復しながら並走しました。
みんな必ず見事なラストスパートをかけるのです。
渡す瞬間まで・・・
沿道が沸き、沿道が笑顔になる。
駅伝の醍醐味のひとつだ!
子どもと大人、走った選手、手伝ってくださった方々、応援者、すべてがその瞬間を共有するのです。
人の心を通わせる、簡単な方法・・・
スポーツって、ホントいいものですね!
ありがとうございました。またご縁が広がりました。
↑ 大声援に答えて?
↓ タ、タスキが取れない・・・!(本人あせってるのに、周りは朗らか)頑張れ。もうすぐだ!
2010年01月15日
蜂ヶ峯クロスカントリー大会
2010年1月11日(月・祝)
山口県和木町(蜂ヶ峯ゴルフ倶楽部及び総合公園)
結果:3位(一般10km)
記録:35分30秒
ここ数年は、このレースで年を明ける。
今年もそれが出来たこと、ここからまたスタートだと思えることがうれしいい。
昨年の優勝で、ここでも名前を覚えてもらえるようになり、スタート前からスタッフさんにも声をかけていただける。
今回も!と言えないのは残念だが、走れるようになってここにこれたのだから幸せだ。
Photo 黄色い大声援?
姿が見えなくなるまでの応援には感激でしたよ。
厳しい坂道でも黄色い声援には力がみなぎる!
ゴルフ場敷地内を走る、
アップとダウンしかないと言えるコース。
最近はやっと走れる!と言えるようになり、ランニングトレーニングを積み上げれるようになっています。
水泳のための腹筋及び上半身の筋力アップも行っているため、今が一番体が重く感じる時期。
朝起きてコースを考えると、ズシーンと来るあまりの動きの重さに、今日は走れないだろうな・・・
行くの良そうかな?なんておもわず思ってしまいました。
それでも、会場の雰囲気や仲間がいる場所にいけばスイッチが入るだろうな?・・・
行けば何とかなる!
なんて自分を律し、車に荷物を詰め込んで向かったところです。
走れるようになれば、走る方での自問自答・葛藤があるが、走れないときの精神状態を思えば贅沢なものです。
正月のタイムトライアルでは3kmも持たなかったので、それ以上は行っておきたい。
そんなレースをしておきたかったので、積極的に先頭で引っ張らせてもらいました。
5km手前で新しい痛みを発生させてしまったため減速し、2番手をピタリと付けていた石津選手(大竹市陸協)
へペースを維持できないため前へと指示して後へ下がります。
ここからは粘りのレース。
このようなレースは一旦下がると想像以上に離れていきます。
結局、彼とは40秒近くはなれていましたが、昨年の頑張っての優勝記録に遅れること58秒の結果には走り自体は戻って来たぞ!
やっとここまで走れるようになった。
その思いが大きくうれしかったものです。
来て良かった!
走って良かった!
こんなものなのです。
しんどいな~って思うことから逃げると、これからも何か言い訳を見つけて逃げようとする。
それより、挑戦してみたが、それでもだめだった・・・と、言える方が私は次へと進んで行けると思うのです。
これを読んでくれたみなさんはどの様に感じるのでしょうね?
結局は、個人が想いを残さぬ方法がベターなのでしょう。
挑戦して良かった!(笑)
3位 銅メダルですが、自分には金メダルといってやりたい!
ごめんなさい、銅メダルなのに真ん中で!
仲間の応援もまた楽しかった!
昨年は3位だった石津選手
今年は入れ替えだったね。今回は長身を生かした素晴らしい走りでしたよ。
中国山口駅伝では一緒の区間で競い合いたいよね!
来年は山口国体!
そこでまた、あなたと握手できるように努力するよ!
みなさん新年早々に、いい顔してらっしゃる!
投稿者 テツロー | トラックバック







