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2011年07月09日
レース報告3
今回の結果、思惑通りのレースになりランニングをスタートしていたら、次のレースはなくなっただろう。
ある意味、その手前で神様が無理やりブレーキをかけたのかもな・・・とも思うのです。
Photo Okubi
スイマーで友人の藤田選手(可部スイミング)と、宮島へ渡るバスや、フェリーの中で話していました。
彼の顔が真剣になり、想いをこめて言ってくれました。
(彼は学生時代国体の強化指定選手にもなっていた超スイマー・年に一度一緒にチームを組むがそのスピードはイルカより速い!!・・・感じ)
『福元さんは、世界で戦うためのポイントを取るレースへ絞ってほしい・・・』
そして、チーム北島(康介)の話しをしてくれました。
オリンピックで金メダルを取るために結成されたチーム。
それがたとえ国内で負けることがあっても気にしない。
オリンピックで金メダル!そこに集中する競技感。
十分わかる話だ。
でも、私は少し違うのだろう。
世界選手権の1週間前でも地元のレースは出場した。
そして世界でも結果をのばしてきた。
それがテツローらしいと思うし、大切なものがそこにあるからと言い切れる。
今回、勝ちたかったのは本心。
チャンスはいつくるかわからないものであり、ものにするときには確実に決めたい。
優勝して顔を出したいところや、招待される予定がすべてなくなりました。
多くのものを逃したことも事実。
今回のことで、学ぶもの・・・そして、煌きをこれから見つけていこう。
先日、9月に中国北京で開催される世界選手権の手続きを行いました。
こんな状態でも・・・
ふと、思い出したこと。
あるとき母親が言いました。
『こんなにボロボロになって、もうやめてくれるだろうって何度も思ったけれど、テツローはやめないんだから』(笑
どんなにボロボロになっても、もっと進化したいとは思うが、確かにやめようと思ったことはない。
私が親からもらった素質?
そして生きてきて、私の力になってくれた、大切な人たちがくれた魂なのかもしれません。
学生の時、ある後輩がつぶやきました。
『テツローさんはおじいちゃんになってもバリバリやってそう(笑』
それを実現したいというより、想像できる自分もいる。
私にとっての大切な『心の支え言葉』なのかもしれません。
可部スイミングの皆さんと!
そして藤田選手だ(隣の黒いパーカー)
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2011年07月08日
レース報告2
力の入らない中では、いろんなことを考えます。
きっと毎年、応援へ駆けつけてくれる人がいてくれるんだろうな。
各所で心待ちにしてくれている人がいる。
後であったが、ゴールには後輩夫婦も駆けつけてくれていた。
わざわざ自分のために・・・
がんばりきれない自分へやるせない気持ちがわき悲しくなる。
Photo Tochigi
ゴールできないと分っていても挑戦する事。
そこには想いがあります。
否定されても、その者にしか判らない想いがあります。
それでも一筋の希望を持ってもいます。
今までも何度かそのような場面は起こりましたから。
最初の思惑とはまったく違うことになったけれど、バイク終了地点までは来年のためにコース感覚を刻み込むためにも走りました。
それにしても、力ない体には本当にながかった・・・
最後の坂を下りながら、人があふれるトランジットが見えたとき、ホッとしたのでしょうか、緩む感じがありました。
心配してくれるスタッフや、
ずっと到着を待ってくれた大切な人、
心配そうな仲間の顔は今も忘れません。
この顔を見てしまうと、もうこんな顔をさせてはいけないと思うのです。
・・・つづく
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2011年07月07日
レース報告1
帯状疱疹が、こんなにも厄介な病気なのだと痛感。
自覚症状がなく、実は完走できない理由はアキレス腱炎のはずでした。
前日の開会式へ参加できなかったのはこの治療のため。
ギリギリまであがきました。
Photo Tochigi ・後ろに見えるは応援者の兄貴!
レース計画はバイク終了時点でトップでランへ発進する!ともくろんでいたのです。
そして後は、走れるところまで!
ところが、スイムの後半やバイクのなんでもないのぼりで体に異変が。
スイムアップは昨年よりタイムも上げバイクの1km辺りでトップに躍り出た。
さ~勝ちパターンと張り切って進んでいたのもつかの間。
いったんバイクを降りてみました。
力を入れるときついので、とぼとぼとのぼりを上がっていくしかありませんでした。
ゆっくりなら全く痛いところもしんどいところもありません。
仕方がなくサイクリング程度のスピードで進めていました。
どんどん抜かれていく。
そんな時のエピソードでのひとつ。
上位選手でも同じ世代や少し上の選手たちは体に触れてくれたり、声をかけてくれることに気がつきました。
様々な経験をつんだ人間力がなす思いやりの行動だと思うのです。
エールをくれた人へありがとうと伝えたい。
・・・つづく
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2011年07月03日
みやじま大会:速報
招待選手として最低限の約束でスタートラインには並びました。
スイムは2位で上陸し、自らの勝ちパターンですが一転しました。
バイク終了地点のトランジットでリタイヤしました。
応援に駆けつけてくれたあなた。
ランを力強く駆け抜けると信じて、いつもの場所で待って下さっていたご夫婦。
そして私の気持ちを察し涙してくださったと聞きます。
調子が悪いことを知っていて、胃が痛むほどの想いで待っていてくれたあなた。
福元あきらめるなと名前で声援してくれたボランティアの皆様。
本当に感謝いたします。
いつやめようかと迷うぐらいでしたよ。
少し無理してきたみたいです。
少し休みます。
元気になって、恩返しです!
Photo Tochigi:今回はここまで
力の入らない体に・・・
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2011年06月26日
スプリンター
井原市陸上選手権(岡山県井原市)
スターティングブロックなんて何十年ぶり?
それでもセットの仕方なんかさらっとできた。
中学時代、毎日繰り返したことが今でも染み付いている。
短い距離を全力で駆け抜ける魅力がよみがえる!
Photo Tochigi
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2011年06月06日
人生とはそんなもの・・・
今回の結果を知った方は、慰めを含めて口々にそういわれる。
私もそう思います。
天草大会前日の記者会見の模様!
http://www.jtu.or.jp/news/2011/2011news_AmakusaRelease1.html
私以外の3選手は、みなきっちり結果を残している。
レース振りもさすがでした。
そこへ加われなかったのは、私だけでした。
昨年のチャンピオンが出してはいけない結果だったと感じます。
天草国際トライアスロン
結果78位(2時間22分19秒)
スイム 22分48秒(15)
バイク 1時間07分03秒(44)
ラン 52分28秒(250)
Photo JTU Takasaki
Photo Tochigi
体が動かないだけで、故障が発生したわけでもない。
どこも痛くないし意識はしっかりしているので完走しました。
ゴールすれば記録は残ります。
癖になるからやめようとも思いました。
次のレースのためにも棄権した方が良いとも思ったのですが、ゴールで待ってくれている人がいると思えばそこまでは行こうと、トボトボでも走り続けました。
いろんなことを考えながら走り続けました。
少しいろんなことがありましたから・・・
いいわけなんてみっともない。
それでも、いいわけでもしないとこの結果では、引退も考えなければならないでしょう。
競技として遠征ができる環境をいただき、自分だけでやってる世界ではないと承知しています。
申し訳ありません。
まだまだ強くなりたいし、感動を与えたい。
帰りの車の中で、小原工さん(シドニーオリンピアン)と話しているとき、
『楽しめてる?』
の言葉に、
『楽しめてないです』・・・
はっきり出てしまう心の声とも言えるのでしょうか、それが最近の結果となっているのを感じます。
この2年間を考えれば、痛みもなくトレーニング量は比べ物にならないぐらいなのですが・・・
練習できているから結果を求めるのは、競技者としては当然かもしれない。
そして、
いつのまにか背負うことばかり考えてしまっていた自分を、少し開放させてやらなければいけない時期に来ているのでしょう。
熊本から帰る道中にそんなことを考えていました。
少し堅苦しい文が連なってしまいましたが、みなさん大丈夫ですよ!
らしくないのはわかっています。
すぐにテツローらしい活躍ぶり、生き方になってくるでしょうから!
まだまだ期待をかけられ、それを超える結果を出せる、感動を与えられるそんな人間になりたいと思うのです。
こんな気持ちを競技者の立場で表示するのはタブーかもしれません。
あえて心うちを明かしましたのは、それで勇気を持ってもらうためです。
ふんばりましょう!
がんばりましょう!
今が耐える時です。
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2011年05月15日
指宿トライアスロン
横浜大会へ出場予定でした。
ITU(国際トライアスロン連合)の意向により、当大会が9月へ延期となり、
5月に出場レースがなくなったため急遽出場させていただきました。
目的としては、今シーズンのレース感覚、各種目別の動きの感覚をつかむ事と、まだ仕上がってない体つくりだ。
それから、親父のふるさとである鹿児島へ小学生以来の里帰りだった。
DNAは鹿児島県人!
ここへ来れば元気モリモリになるんじゃないかな?なんて思っていたものです。
観光とはいかないが、初めて九州新幹線の終着駅に降り立って、本州南端の指宿の空気を味わえました。
私がトライアスロンをはじめた頃からあった大会で、機会があれば鹿児島にいってみたいと想ってて、今回それが実現したというわけ。
地元のさぎしま大会も小さな島での地方大会だが、ここもアットホームな大会でした。
競技者の見方では、昨年のアマチュアチャンピオン(地元鹿児島)から、先月宮古島で行われたロングレース上位入賞者、九州の雄であるベテラン勢やこれからの選手たちが集い、トップ10あたりまではかなりハイレベルのレースです。
レースの話しをすれば、良い感じでスイムを終えて、そのままのパック(集団)で行ければ良かっただが、私は他の選手と違う行動(ソックスを着用)をする。(トップ選手たちはソックスははかない)
そのタイミングを、間違えてしまいバイクへ乗り遅れてしまった。
しまった~~~って感じです(笑
そのまま追いつける技量を今回は発揮できず、
会場のMC(トライアスリートの大村君)
『福元選手なら、ここからトップまでの追い上げも可能!』なんて、
超持ち上げたアナウンスを見事に裏切るランニングパフォーマンスに、ゴール後は私自身がうなだれそうでした(笑
結果は散々でしたが、当初の目的として、出場することで得られた感覚や忘れかけていたことを呼び戻すことができたと思っています。
バイクが重要になるレースではソックスをはくタイミングは日本選手権のようにバイクが終わってからだな。
次回の福元テツローに乞うご期待!
さっそく今朝のバイクトレーニングで、自分には力が発揮できないフォームで乗っていたことも見付けだしました。
人の意見ばかりを参考にしていると、本来の自分の感覚を失っていました。
今シーズンは足の痛みもなく、昨年、一昨年怪我に泣いた時よりよっぽど条件はいいのに結果がつかない。
レース自体を追い込めていないし、楽しめてない。
本気になったときの底力はあると信じています。
いつの間にかおりこうさんになってしまって、自分のスタイルを忘れかけていた気がします。
自分らしく行こう!
少しずつの修正になるかもしれません。
ロングレースへも出場して、根性と勇気を付けなおしたい・・・とも考えています。
テツローはこれからも、年単位で進化していくのだろう。
見守っていてくださいね。
会場には『行列のできる法律相談所』より、東野さん、ノッチさん、安田さん、菊池弁護士も出場です。菊池弁護士と東野さんは本気でした(笑
ランコースは5kmを2往復で2周回目はタスキ(ビニール)をかける
タスキは襷ではなかった・・・(力がよみがえるかと思ったのだが・・・)
MCが盛り上げてくれたのでお礼
・親父のいとこがボランティアにいらしてくれた(左)
・1995年トライアスロンデビューした『ワードトライアスロンインひろしま』で最後のランで激闘したライバルが17年ぶりに尋ねてくれた(右)
ヤオロジック八尾師匠の下でトレーニングされていた入野さん(東京)も声をかけてくれた(左)
トライアスリート大村くんMCありがとう!観客はとても分かりやすかったと言ってましたよ(右)
クーリングダウン・・・もう、次へむかっています!
大会会長、このたびは本当にありがとうございました。
次回はレースを盛り上げれる、魅力ある競技者として帰ってきたい想いです。
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2011年04月19日
石垣島トライアスロン
4月17日(沖縄県石垣市)
結果:2時間03分15秒
第6位
スイム19:49(8)
バイク 1:07:07(13)
通過 1:26:56(9)
ラン36:19(4)
勝負の世界では、いちいち一喜一憂するな!なんていう。
ポーカーフェイスであれ淡々とこなしていく姿は、やはりかっこいい。
しかし私は、レースのたびに一喜一憂していく。
あえて!だ。
Photo Tochigi
とても嬉しかったら満面の笑み!
納得いかなければガッカリ・・・
その時々の心の叫びが力になっているのが私だ。
負けて悔しかったら、次は!と自分を磨くことに専念してきた。
勝って嬉しかったら、次も!って努力してきた。
今回、痛み止めも使うことのない、どこも痛くない、もがいた2年間の中で体の不安は無い一番良い状態で望めた。
メンテナンスをしてくれている先生や、パートナーのおかげで、
結果を出したかったし、出せると思っていた。
直前までエールのメールやツイッターをくださる人たち。
送り出してくれた職場の仲間。
近くで、遠くで、いつも気にかけてくれる人。
そんな応援してくれる人を今回は喜ばせられなかった。
結果に結び付けられなかった自分に腹が立ちます。
大会は、チームゴーヤとして沖縄へトライアスロン留学し、世界を目指す若手の活躍がありました。
昨年優勝の高橋選手の見事なまでのレース振りで、2位を確保する姿も感動的でした。
彼もまた昨年大きな怪我から復活を遂げています。
私の100m先で脚を痙攣しながらも、懸命にゴールをした昨年のアマチュアチャンピオンの永田選手も見事でした。
そんな彼らに届かなかったのは、まだまだ自分に甘さがあると痛感しました。
私は良すぎるのもいけないのでしょう。
懸命に挑む緊張感のあとに、最高の顔でいることが出来る、そんな姿をこれからも
追い求めていきたい!
5位永田選手(鹿児島)・優勝!桑原選手(チームゴーヤ)・6位テツロー
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2011年03月27日
第1回ひろしまりんくうリレーマラソン
広島中央森林公園(三原市)
42.195kmをタスキでつなぐイベントです。
さまざまなチームが、20人までの自由な人数で、自由につなぎゴールを目指します。
私は想う事があります。
チャレンジすると、一生忘れない。
それで感じるものや、そこで芽生える想いも出てくるのです。不思議と・・・
それが人間力!とでもいうのでしょうか。
Photo Tochigi
自慢の後輩たち(世羅高校)
左からテツロー・世羅高校・トップス広島代表・デオデオ陸上部
今回、皆さんに感じてもらいたかったことが、スポーツを通して生きてきた私の想いです。
開会式、閉会式などで話しをさせていただきましたが、なかなかすべての人へは伝わらなかったかもしれません。
レース中に声をかけてくれたデオデオの久保選手たちお二人は、私の伝えたかった想いが伝わっていてうれしかったですよ。
意識の持ち方次第なのですね。
楽しかった、面白かった、しんどかっただけでも当然意味はなくはないのですが、より意味のあるものにできた時こそ、魂が揺さぶられ、また次へと進んでいけるのです。
私はそんな生き方をしているんだな~って感じる事があります。
たくさんの人が見つめる中で、エネルギーが満ち溢れる中で、目一杯の姿は自分自身にも、また人にも影響を与えることを感じます。
今回、そんなステキな空間をご用意していただけた、スタッフ各位のまごころに支えられたようです。
私自身、シーズンへ入っていく最後の活動になるのですが、ここへ来てやっと積みあがってきた実感できるようになり、ようやく今シーズンを展望できる所まで来れたようです。
エネルギーが満ち溢れた空間で、うまくいかないわけがない。
そこへ望む勇気と準備さえあれば・・・
一歩を踏み出しましょっ!
後輩の世羅高校陸上部は世界記録を目指して突っ走りましたが、10人組でも惜しくも突破できなかったのです。ちなみに2時間04分10秒
恐るべし、ゲブレシラシエのマラソン世界記録(2時間03分59秒)!
襷(タスキ)をかけて、己に、そして仲間へ託して想いをつなぐ!
インターバル間に、ちょいと立ち話(笑
つなぐ・・・
つなぐ・・・
まだまだ、つなぐ・・・
私は3回に1回の出走です!
あいだ2人の帰ってくる時間がだんだん早く感じ出しました(笑
みんな ありがとう!
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2011年03月20日
第30回福山マラソン
3年振りの出場です。
2年間出場していないと、コースも変わっていました。
希望を持ってエントリーしていましたが、骨折、アキレス腱炎などで2009年2010年と回復せずに当日キャンセル。
沈んでしまいそうでした・・・
マラソンや駅伝では、トライアスリートとしてランナーたちに挑んで対等に戦ってきました。
各三種目で勝負し、トライアスロンで世界と戦う!
私のモットーです。
Photo Tochigi
Photo Ohata
2011年シーズンを迎えるにあたり、この2年間をもがいていた分、今シーズンは結果がほしい・・・素直な気持ちです。
応援してくれる人たちに改めて勇気を与えるためにも、結果を残すことだと、今シーズンへの使命感はある。
今回、表彰台へ乗ったものの、走れないことはわかっていました。
スイム、バイクのレベルアップに努める中で、ランに関してはこれから暖かくなってから移行していく。
冬季トレーニングを安全にこなした分、まだ体の動かし方が大きく、キレもない。
魂が乗るような走りは成りを潜める。
とは言え、今いけるところまで!
最初から可能性にかけて飛び出すが流れについていけたのは2kmまでだ。
後は最低限度のトレーニングペースで走るのがやっとってところだった。
状態の整わない中でのレースは厳しい。
終わってからも大変だ。
筋肉痛や、新規の痛みも現れる。
自分では手に負えない状態を、一生懸命フォローしてくれる支えのおかげで、次のステージへ進めている。
そんな人のためにもがんばりたい。
正直、故障をすると今まで以上に大変だと感じずにはいられない。
でも、やっと、この大変だ!って所まで来たんだなと思えるのだ。
2年間もがいてきたことに比べれば、一筋の希望をもって進んでいける。
今の日本では当たり前だが、
今回の福山マラソンも募金箱がおかれ、また参加費も義援金としてくれるそうだ。
今、この当たり前が、日本人の心に変化を与えているように感じます。
さまざまな形で日本列島が進化している。
私も負けてられないよな・・・
Photo Tochigi
縁がある福山鋼管病院のみなさん / 世羅高校の後輩はこのコースで34分台の快走!
もっちゃん、打ち上げ会ありがとう!
ハーフマラソンを走ったジェイソン(左)と深田氏
レース後8kmほど走って帰還・・・この汗のかきようはレースよりハードだったんじゃない?
今は鍛錬期!
目指すものをつかむために、もうひとふん張りだ
『がんばれテツロー!』
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2011年03月13日
今できる事・・・
2011年3月13日(日)
西日本チャレンジサイクルロードレース
Photo Jason
2010西日本チャレンジより
各カテゴリーのスタート前には、黙とうが行われた
東日本大地震・・・今、日本中が困惑している。
今するべきこと・・・何ができるのか・・・
さまざまなところで、さまざまな決断をしているところでしょう。
毎年足を踏み入れる仙台空港や、その街並みの変わり果てた姿に絶句し、さすがに金曜日は前へ進めなければならない体も動きませんでした。
土曜日になって、その衝撃はさらに増しいく一方。
人々のどんな状況でも生きようとする姿、大切なものを失ってしまった人たちのぶつけようのない思いの果てを感じ涙が出てきました。
私は神様はいるのだと思っています。
何に対しても意味があるのだと思っています。
それでも今、神様はいったい、何の意味があってこんなことをしてしまうのか・・・
小さな私には、意味があるなんて思えない。
私はこの被災地の人たちや、関係者の方々の想いを心に刻み、人々の分まで幸せになる使命があるのだと想いはじめました。
それが、正しいのかわかりません。
それでも、被災地の方々に負けないたくましい生き方をしていかねばと、痛烈に湧き上がるものを感じます。
ただ、いつも思うのです。
私は人並み以上に身体能力はあると思います。
それをこんな時こそ人のために生かせることができないものかと。
歯がゆく、もどかしい。
知人で自衛隊のトライアスリートは今日から現地へ向かうそうです。
自分の体も大切にして、私らの分まで頼みます。
被災地の人たちに負けない生き方をするために、
日曜日、自転車レースを将来のために全力で挑戦してきました。
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2011年02月27日
因島健康マラソン
第31回 因島健康マラソン(尾道市)
ゲストランナー
Photo Tochigi
しまなみ街道を経由して、因島(いんのしま)へ
気になっていた天気も小春日和の気持ちのよい日差しに恵まれました。
バイクトレーニングを本格始動したので、行き帰りをバイクで行いました。朝は最初だけは手が冷たかったのですが、後半は快適ライド。
到着後は開会式で挨拶をさせていただき、10kmの部へゲストランナーとして走らせていただきました。
白バイと放送車の先導で自分のペースで走らせていただきました。
シーズンへ向けての課題山積のランです。
目的意識ありの走り!
ゲストとしての走り!
どちらも優先。
沿道で応援してくださる方へはなるべく答えて、リズムよく走れました。
2月に入って駅伝やロードレースを積極的に入れていますが、スイムの積み上げ練習でキレや疲労はないとはいえないく、必ず後半に失速している状況を確認できています。
約1ヶ月、ランを意識しだしてトレーニングを積上げてきましたので、そろそろ反応がほしいところでした。
一人で練習しているより、迎えていただいた環境で取り組めることは幸せで、体は反応しやすくなります。
5kmをそのまま往復するコース。
きれいに時間をそろえる走りができたことは、大会へ貢献できたことと合わせて、自分のシーズンへ期待をうかがわせるものでした。
表彰式へ立ち会ったあと、福山市のJFE体育館で開催されるバスケットボールの試合を観戦するため、そのまま大急ぎでバイクライド直行!
そうそう、
ずっと動き続けるからお腹が減ってしょうがない(笑
コンビニでおにぎりを買ってバイクの上で食べながら・・・行儀悪い?
トライアスロンってこれも練習なんです(笑
実は自転車の上で食べる物って本当においしい!
これが水道水でも・・・経験者しかわからないかもしれませんね。
非日常的なことへの挑戦は、普段感じないものを感じますよ!
今日は、シーズンへ向けての充実したトレーニングをしつつ、
マラソン大会では喜んでいただき、
応援しているバスケットボールチームは勝利するし、
気持ちのよい一日になりました。
大会関係者の皆さま、初めてご招待いただきましたが、アットホームで素敵な空間でした。
また力になれることがあればお声をおかけください。
ありがとうございました。
中国新聞web
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201102280030.html
子供たちは真剣!
親子でも出場
こんな風景もあり、アットホームなマラソン大会
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2011年02月22日
本当に大切なこと・・・③
森本ケンタのキャンペーンライブを終えて・・・
広島県マスターズ水泳大会(広島グリーンアリーナ)へ到着です!
ここでは、一部を除けば、
1年に一度しか会わない仲間たちと合流。
可部スイミングのみなさんとは、この半日だけですがチーム員として心を共有するのです。
着いてすぐに、200mメドレーリレーの最後の50mを担当!
続いて、100m自由形!
続いて、100m個人メドレー!
そして、最終100mリレー第2泳者担当!
200mメドレーリレーより
Photo Tochigi
個人競技もさることながら、リレーがやっぱり魂を熱くする! 自信たっぷりの年もありました。 これを期に希望が出た年もありました。 縁が薄れるどころか、年々深まっていることをみんなで感じています。 『今年はトライアスロンのレースを応援に行きます!』 といってくれた仲間もでてきました。 『福元さんの泳ぎが変わった!』 見続けてくれているから、気がつく言葉・・・ 福元テツローは、まだまだ進化し続けていきます! 会場は熱気があふれ・・・ 1泳(背泳ぎ) 杉本キャプテン!から引継ぎ、2泳(平泳ぎ) 梶谷選手スタート! 待ってるぞ! 仲間にたくす・・・ 3泳 藤田選手の猛烈なバタフライから・・・ 4泳(フリースタイル) 福元テツロースタート! いってきます!
これは、仲間に応援され、その中で戦った者だけが感じる空間です。
もう何年、可部スイミングのメンバーとして泳がせてもらってるのかな~?
骨折しても泳いだ年もありました。
不安を抱えての年もありました。
可部スイミングのみなさん、そして杉本コーチありがとう!
駅伝にしても、ライブにしても、水泳大会にしても。
ここがあったからと思えることがあります。
そんな想いができるのは、
私を導く人
頼ってくれる人
必要としてくれる人
そんな人がいてくれるからなのです。
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2011年02月20日
本当に大切なこと・・・①
人とつながること
縁ができること
私はこれを大切にできるとき、自分に芽生える力を感じます。
その力とは、目標や、はたまた夢をもかなえる力を生むものだと痛感することさえあります。
特に自分を必要としてくれる人に対しては、喜んでもらえるならとワクワクし、心が躍るというのでしょうか・・・
今日はそんな一日でした。
①三菱駅伝
②森本ケンタキャンペーンライブ
③広島県マスターズ水泳競技大会
④本名正憲氏
Photo Tochigi
朝は小学生の頃から出ている、地元の企業が開催する三菱駅伝大会へ参加させてもらいました。
1区2.8km+4区300m+7区2.9kmの三区間を走りました。
しんどかった?(笑 ・ ・ ・ でもすごく楽しかった!
先週に引き続き、本郷アスリートクラブへ混ぜていただきました。
駅伝です!
勝負です!
それ以上に大切なものがここにはありました。
三原市のここへ出てくる小学生や中学生はたいてい私を知っています。
抜く時に、背中を押してやり声をかけてやります。
これが、あとでその選手の想い出になると思うから・・・
私が今も忘れないそんな想い出があるのです。
ウオーミングアップを済ませ・・・
スタート地点へ・・・
仲間と健闘を誓い・・・
1区を走り・・・
4区を走り・・・
アンカーを走り・・・
途中にはこんなランナーも・・・
こんなちっちゃな小学生も・・・
容赦なく抜き去り、ゴールするのです!
冗談です・・・
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2011年02月13日
大崎上島駅伝
2月13日(日)大崎上島町
この駅伝はずいぶん前に2回出場したことがあったと思います。
世羅高校の後輩と競り勝ち先輩としての威厳を守ったことを覚えています(笑
雰囲気は覚えていますが、トライアスリートとしてもまだ駆け出しのころ。
Photo Tochigi
地元の、本郷アスリートクラブへ声をかけていただき急遽出場決定!
例年この日は、広島市内で開催されるキッズ駅伝・中国女子駅伝の応援へ駆けつけるのですが、頼まれると断れません(笑
フェリーで大崎上島へ到着後、会場へ駆けつけると大会長の円山氏(地元のお医者さん)の熱い出迎えに私のテンションは一気に上がりました。
実は昨年もエントリーはしていたのですが、ご存知の方もおられるように走れる状態ではなくキャンセルしました。
そのことを非常に残念がられたと聞かされました。
今回の出場を知られ、開会式でひとこと話してほしいと、まごころのお言葉をいただきました。
ステキな機会をいただくことが出来ました。
招待選手として招かれた尾方選手(中国電力)の前に紹介いただき、挨拶させていただきました。
円山先生はこのホームページも拝見されており、お話していても光栄でした。
実に心熱き人間力を感じる方です。
やめるといえばいつでもやめられる小さな大会です。
それでも変わらず続いているのは、島民の想いと、先人の魂を受け継ぐ先生たちスタッフのパワーなのでしょう。
子どもたちは、今は気がつかないかもしれません。
この駅伝でタスキをつないだこと、出場を続けたことが人生の宝物になることを知るのです。
『想い出とともに生きてほしい・・・』
開会式で放った言葉の意味が分る日がきっと来ると思います。
それは、大人も一緒。
今回、尾方選手との再会もあり心がときめいた一日になりました。
尾方選手は私の競技生活の中で非常に印象深い選手です。
彼はひとつ歳下で、中学時代の走りはこうです。
つぶれることを分っていても積極果敢な走りをする選手!
想いをもった行動が、後の尾方選手を作り出したのです。
そんな例としての尾方選手を、同じ広島県競技者として、私の講演で話しをだすことなども、今日はじめて話したのでした。
高校3年の全国高校駅伝予選会で、わが世羅高校を10秒差で破って初出場を決め、私の描いていた青写真をメッタメタに崩したのが彼の率いた熊野高校でした。
この話しへの想いは相当なもので、これはまた後日にお話ししましょう。
本郷アスリートのリーダーが、とにかく私を誘ってくれます。
競技というのはそれぞれの楽しみ方がある事は知っているつもりでしたが、それをこれでもかと体感させてくれる人がいてくれるのです。
ストイックな面も、穏やかな面も、和気あいあいと楽しむ面も・・・
それぞれ大切だと想います。
その融合を経験する事も、人生の幅になること。
人の導きによって知らされること・・・それが分った気がするのです。
オフトレの孤独感はストイックさがなければ打ち勝てません。
長くて大変な時期ですが、競技者として最も大切な時期でもあります。
その期間にアクセントをつけてくれるのがこのようなお誘いです。
知らず知らずに、オフをうまくすごせていたのは、導きによるものだったのでしょう。
感謝
最終区の10区を担当しました
自分の仕事が終わって、大会盛り上げでラスト数キロを尾形選手と一緒には知らせてもらいました。世界を駆け抜ける走りの感覚、本物を肌で感じることができましたが、
これがマラソンランナーなんだと簡単には説明できないものを肌で感じました。
見せるところは見せる!
尾形選手の本気の走りを数キロですが一緒に走れたのは今後の自分への糧になると感じました。
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2011年02月11日
東広島ロードレース
2月11日(祝日)
寒風吹きすさむ東広島陸上競技場で、
毎年開催されるロードレースです。
小学生のとき、親戚のおばちゃんに誘われて出場しました。
Photo Tochigi
そのときは、地元スポンサーからたくさんのお菓子などの参加賞がもらえるのがうれしくて出てました。
そして賞をとると、もっとたくさんのお菓子がもらえることを知って、次の年から意識して出場しだしました。
賞には入って、抱えきれないほどのお菓子をいただきました。
それを応援してくれた親戚や、走っても賞に入れなかった弟やいとこへ分けてあげていました。
自分で獲得したものを分けることで、うれっしがってくれる年下のいとこや弟を見るのが、子どもながらに誇らしく、うれしかったことを覚えています。
そんな事で出始めたロードレースです。
今回はシーズンへ向けて、競技者としての目的があっての出場ではありましたが・・・それはおいて。
いただいた商品の一部に地元の金箔が入ったお酒をいただきました。
私はお酒を飲まない生活なので、そのお酒をかわいがってくれる先輩宅へ持っていきました。
やっぱり喜んでくれるのです。
お金を出せば変えるものですが、体を張って獲得したものです。
そのとき、このロードレース出場のきっかけを思い出しました。
私だけではないでしょう。
スタッフの継続していく魂は別格ながら、それを受け継ぎ支える莫大な出資をしていただくスポンサー様。
お金には変えられない大切なものを、たくさんの人が授かっていると思うのでした・・・
このように小学生から中学生、一般まで、男女たくさんのカテゴリーでスタートして行きます。
わざわざ応援に駆けつけてくれて感謝します!
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2011年02月06日
第64回世羅駅伝
それが、進化なのか、退化なのか、偶然なのか。
各場面でそれぞれ感じる。
それでもうれしかった・・・
伝統の世羅駅伝へ世羅高校OBチームで出場させていただきました。
タスキをつなぐのは12月の三原駅伝以来。
この11月からはスイム中心のトレーニングで、レースのためのランニングトレーニングは先日公表している、仲間が練習に来てくれた日からです。
Photo Tochigi
骨折し、アキレス腱炎を引き起こし、くすぶりながら、もがいた2年間でした。
1月末の中国山口駅伝へ復活して流れを作りたいと思ったが、予選会時期が鍛錬期(鍛え上げ体を作る時)だったこともあったのでしょう。
思うように走れずに、不本意ながらも補欠へまわりました。
今は我慢だ!
踏ん張り時だ!
と、割り切ってはいたものの、
今、明かすと、
このまま遅くなってしまうのか・・・
大きな怪我をすると、もうだめか・・・
ふと弱気になる自分がいたこと。
せめて、痛みを感じない足でもう一度、思い切り走りたい・・・
前を向くための練習なのに、そんな事を考えてしまう時がありました。
今回、数秒前に中学生がいて、前を追う目標があったことがあるのだが、
2007年に自分が出した記録と同じ区間記録が残っていました。
今の状態からその記録を参考に、今の自分がどのあたりなのかとの判断材料にしておきたいとは思っていました。
優勝チームの選手が私より3秒速く区間新の快走で、区間賞は取れませんでしたが、区間記録を1秒更新していることを知りました。
知人たちが、現役世羅高生たちの区間賞と、数秒差で走っている記録を見てびっくりしていました。
たしかに高校生たちは、ずっと16~18歳。
私はどんどん歳を重ねていきます。
年齢半分以下の選手たちではあります。
そこへ食らいついている私もある意味誇らしい。
完全復帰した!と、大声で言えるのはまだ先ですが、
私の中に、間違いなく希望の光が差し込んできたうれしさを感じました。
自分で、走ることが遅くなっているかもしれない・・・と、自覚する前に、
神様がプレゼントをくれたのだと感じるのです。
4年前の自分を、たった1秒ですが超えることが出来た・・・
私にとってこの1秒は、救いの1秒だと。
この年(2007年)は世界選手権、アジア選手権で大活躍できたシーズンです。
今年、もしかしたら・・・
あるかもしれない!
結果:一般の部 準優勝
第6区 3.4km(10分36秒) 区間2位
第60回大会で作った区間記録は10分37秒
昨年は日本で2位の後輩たちも、格の差を見せつけながら地元沿道を喜ばせる
走り終えてすがすがしかった
世羅高OBチーム・・・先輩や後輩たちのおかげで今回の出来事が起こった(感謝)
世羅にはいろんな名所がある
音楽の道 ここでは『さんぽ(となりのトトロ)』が聞こえます!
振動ではなく、本当に不思議な音色が聞こえるのですよ。
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