2010年01月18日
都道府県女子駅伝が終わって
何度も紹介している、小・中学生の時はトライアスリートで、高校から陸上ランナーへ転進した栗栖由江(くりすよしえ)
現在は岡山県の天満屋で実業団ランナーとして頑張っている。
玉川大学時代はユニバーシアードのハーフマラソンで銀メダルも獲得した。
Photo 10年前の写真 由江(レースナンバー4) その後ろが私 ![]()
年末に海外合宿地から手紙が届く。
彼女は実業団へ入ってから故障でまともに走れていない。
虫の知らせか、由江のことを思い出すと電話がかかったり、かけたりする。
そんな時は元気が無い時が多い。
姿を見て指示できればいいが、今はそれは無理な環境である。
ならば、声だけでも元気をつけてやりたいと思うのだ。
電話の向こうで、うまく行かない自分が悔しくて、辛くて、情けなく涙を流してしまうこともある。
陸上競技に詳しい方ならご存知だと思うが、天満屋陸上部はオリンピック選手を毎回輩出し、駅伝でも日本一を狙う強豪実業団である。
意識レベルは相当なチームには間違いない。
そんな中で本来の仕事ができない、成長できない自分に対しての不甲斐なさを感じてやりきれないでいるのだろうと痛いぐらい分かる。
シュンとしたやりきれない顔が、電話の向こうに見えるようだ。
彼女の実家に近いといえる広島市内の実業団もある。
『広島へ帰ってくるか?』と、思わず声に出してしまいそうになった時もあった。
日曜日、私は役目を終えたあと、帰宅して都道府県女子駅伝の録画を見た。
由江は今年も第1区。
レース中盤以降は先頭集団から離れ、その集団の前で必死に前を追っている姿がテレビに長く映っている。
広島県チームの1区をここ数年は毎年任され、5番前後で渡した時もあったが、今回は半分以下の中継となった。
駅伝というのは独特で、自分が納得した走りが出来れば、ほかの仲間がたとえブレーキになっても励ますことができ、自分たちがカバーすればいいと思え、気持ちも前へと持っていける。
反面、自分がだめであった時は、たとえ優勝したとしてもすっきり喜べず、さえないものなのだ。
今回、前者の方の由江はきっと責任を感じているだろう。
その晩に電話があった。
やはりいつもの甲高い声とは行かなかったが、話す中で希望を抱く方向も感じられた。
ご両親をいろんなところへ連れて行ってやりたい!という。
それが彼女の恩返しなのだ。
競技者というのは、感謝を『かたち』にしようとするとき、無類の力を発揮することがある。
『そうか、オリンピックへ連れて行ってやれ!』
電話の向こうで、ニコッと微笑んだ由江が分かった。
トライアスロンでも培った根性のある明るい選手だ。
栗栖由江・・・この名前を覚えておいてほしい。
投稿者 テツロー







