2008年12月03日
出口 彰 先生
中国新聞記事より
母校の世羅高校が今年も全国高校駅伝へアベック出場をする。
卒業生、応援者としてこの上ない喜びであり、当日の都大路での大忙しな応援は至福の幸せと言ってよいのだろう。

男子は一昨年に並ぶ全国制覇を狙うチームであり、県予選は圧勝。
しかし、女子は僅差で2位となり敗れたのだが、たまたま5年に1度の記念大会で地区代表を勝ち取っての出場を決めてくれた。
そんな世羅高校女子チームの監督であり、世羅高校黄金期の先輩でもある出口先生とのエピソードを記す。
出口先生は全国高校駅伝では過去の世羅高校が優勝した内の1度全国制覇経験者。
しかも区間賞を取っているランナーだった。
箱根も日体大で走り活躍されている。
肩書きを記すとガチガチで構えてしまいそうだが、ご存知の方はお分かりだろうが、実に穏やかで優しさあふれる先生だ。
先生とは、中学時代から縁があった。
中学3年時には広島県の選抜強化合宿で冬や春にご指導いただいた。
実に面白く、変わった練習法で鍛えていただいた。
面白いといってもものすごくきつく、そのときは二度とやりたくないと言うようなハードなものが多かった。
サーキットトレーニングや距離走、インターバル。
いつか自分が指導者になってもやってみたいものにペースキャッチ走がある。
このときは1500mを3本だったかな?自分の申告タイムプラスマイナス2秒だったか、合格ラインを決め行う。
この練習は速い、遅いは関係ない。
申告どうりこなせば3本で終わり、休憩を入れても1時間で終わる。
合わなければ合うまで本数をこなすというもの。
気力と体力、プレッシャーがかかる練習内容だ。
中学生でタイムをぴたりと合わすのはなかなか難しい。これでもかと言うくらい合わしきれない。
長距離陣だけグランドへ居座って、ひたすらやっていたんじゃないかな。
結局、1500mを10本以上やったかな?
ものすごくきつかったが、当時の仲間(ライバル)たちと共にあ~だこ~だと言いながら過ごしたことを想い出す。
そんな先生の愛弟子たちが今や全国の舞台へ挑戦しているのだ。
そんな選手たちを見ていると、自分たちのころを思い出させてくれるからだろう。
そのころの自分を応援するかのように、選手たちへ想い運んでもらってるんじゃないかな?
そんな時代をよみがえらせてくれる選手たちを、今も育て続ける素敵な先生。

中学時代(中央:三原第五中)
投稿者 テツロー







