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2008年12月31日
2008年終了
今日で2008年が終わる。
今年は自分の中では非常に厳しいシーズンだったと振り返る。

写真:今シーズンの証
世界選手権6月に前倒しで開催され、帰国後一気に6週連続のレース。
ペースがつかめないまま、もがいていた気がする。
最終的にはアマチュアチャンピオンとして輝けたが、自分の中では不甲斐ないシーズンに終わっている。
年末に弟夫婦の自宅の火事があったり、想いが想像外の結末を迎えたり・・・
こういったシーズン(年)を経験すると、また強くなる(うまくいく)シーズン(年)が必ずくる。
2009年はきっと素晴らしい素敵な年になる。
こう思えるのは一生懸命生きている証拠だとも感じる。
だからこの2008年は結局は自分にとって良い年だったと思える。
今からワクワクしている。
この想いから2009年も自分らしさを出せるシーズンになるに決まっている。
そんな心境だ。
その準備を段階的に行っている。
掃除はしましたか?
新たな気持ちになれる準備はできましたか?
いっちょ、がんばろうじゃないですか!
皆さんにとっても素晴らしい2009年になりますように!
今年もありがとうございました!
年末に最後のご挨拶。
自分にはものすごく偉大な財産があり、心を支えていただいている。
(写真は一部)
心を支えてくれる人たちの笑顔を見たいからこれからもがんばれるのです。
今年もありがとうございました。
2009年もよろしくお願いしま~す!

広島経済大興動館のゆかいな皆さん!

アトム株式会社の皆様=広島経済大の大先輩:岡田部長(奥)平社長(右)

広島経済大学石田理事長・川村専務

広島経済大学前川学長・川村専務

今回はサンタになってオギロパンをクリスマスプレゼント!(ネクタイがサンタクロース!分からない?)



2008年12月30日
ラスト1年
広島県呉市からトライアスロン留学で沖縄のチームゴーヤへ所属している村上貴洋(沖縄尚学高校)が年末に話しに来た。
彼の所属するチームはオリンピックへ間近な選手たちがいる。

その中で取り組むのにはそれらをしのぐ勢いがなければ気持ち的にもついていけない。
少しあきらめ加減な心情は察する。
この先、プロになろうとは思えないらしい。
1年後の進路(就職)まで話すのだが、まだ高校2年生。
この先の可能性を狭める方向へは行かせたくないのもご両親の心情。
自分の高校生時代を話した。
インターハイ、全国高校駅伝と、そのためだけと言い切れる想いで世羅高校へ進んだ。
青春時代を懸け、本気で努力したつもりだ。
だがそのすべてが後一歩のところで叶わなかった3年生の秋からは完全に心を閉ざした。
早く大学へ進んで新たなスタートを切りたいと思っていた。
まったく充実しない、心ここにあらずと言った日々を過ごしていた。
卒業式後の陸上部お別れ会では、そんな自分のふがいなさに涙が止まらなかったことがある。
選んで進んだ道だ。
3年間最後まで全力を尽くしてほしい。
自分と同じような失敗をしてほしくない。
その先に彼の良き方向が見えてくるはずだから。
↓駅伝選考会写真は村上貴洋が車上から撮ってくれた!なかなかセンスありだ。
いろんな可能性があるんだ。

2008年12月28日
中国山口駅伝予選会
2008年12月28日(日)
三原市体協の中国山口駅伝(1月25日開催)予選会=10kmタイムトライアル
三原市体協駅伝チームも、ずいぶん若返ったチームになった。

Photo Murakami


トライアスロンシーズンが終わってからは、例年はすぐに駅伝シーズンになり年内を終え新年を向かえ、 後半の駅伝シーズンを協力しながらオフトレーニングをこなしている。
今年から若いランナーへバトンタッチし、自分はトライアスロンシーズンへ向けてトレーニングに徹そうと思っていた。
駅伝はチーム戦になり、練習がてらといった感覚では失礼だと思うからだ。
しかしオフ期の前半、そうは言っても例年とは物足らないものを感じつつ、自分なりにはマラソン挑戦など試みていた。
結局、緊張感のあるレースを走ることで、体の状態やトレーニング成果を確認し磨きをはかっているのだ。
スイムとセットでランニングトレーニングを行ってはいるが、ランナー的な練習は行っていない。
経験から体内時計はあるが、今の状態でその時計と動作がうまくかみ合うかは別として、今の感覚で走ってみることに。
折り返しが16分を回ったため、あまり早い前半5kmではなく後半ペースが上がった。
自分を入れて3人が先行する形になり若手二人を見ながら頼もしく追う展開。
抜きつ抜かれつを演じる二人から10秒ほど遅れてゴール。
32分かかるのと31分台では聞こえが違うと、最後は踏ん張り自分までが31分台で終えた。
本来トップ争いを演じるベテラン勢に疲れが見えていたが、今までになくチームレベルも上がったことを示した。
若手を成長させる方法として、引っ張っていくのも方法だが、、 自分たちがやらなければと思わせるために任せてみるのも方法なのかもしれないとも思う。
本戦はどうするかはわからないが、やはり最後まで襷がつながる可能性のでた
(中国電力など日本トップクラス実業団が通過し15分で繰り上げになる)
例年に無く、レベルの上がったチームで出場してみたいのも本音だ。



↓ 沖縄から正月休みで帰省した、村上貴洋(チームゴーヤ)も参加した。

2008年12月24日
クリスマスにいただいた一生の心
2008年12月24日
このHPではまったくの個人的な出来事になりますが、人の真心の大きさを痛感し、 あまりにも心に響く出来事だったので綴らせていただきます。
三原市で大きな火災があり、それに弟夫婦の自宅が巻き込まれました。

先にもお伝えしたように、弟が【ふくもと接骨院】を開業し2ヶ月が経とうとしている時で、ようやく仕事も軌道にのりはじめていました。
こじんまりではありますが充実した日々を夫婦で送っていました。
そこへ水を差すには、あまりにも大きな出来事でした。
現場へ駆けつけたときは全焼で無残なものでした。
立ち尽くす弟夫婦と現場を眺めていた時、
弟のお嫁さんがさらっと言うのです。
『いいじゃん。接骨院にトイレも水道もあるし、暮らせるよ!』
その言葉に弟はもとより、私自身ものすごく救われた気がしました。
思い出の詰まった自宅がなくなり、自分だったらどおだったろ、明日からどうしよう・・・と路頭に迷うってしまうのでは。
本当に弟は良きパートナーを得たんだなと心から感じました。
そして、懸命な消火活動を行ってくれた消防士の中に弟の友人もいました。
近くで働いている弟の友人たちも、本人より先に現場にいてくれ、本人をうまく現実と対面させてくれていました。
彼らや、知人たちが夕方には着る服やたちまち必要なものを、家族より先に届けてくれているのです。
今こうして言葉を綴っていても涙が出てきます。
弟はこんな素敵な友人たちに囲まれていたんだなと・・・
人生のうち無いほうが良い災難ではあるが、
このクリスマスの出来事は振り返れば一生忘れることのできないプレゼントをいただけた日になっているのだと思える気がしました。
弟は、明日から仕事をするそうです。
自分を頼って来て下さる患者さんたちを待たせるわけには行かないらしいです。
人の真心の大きさをこの出来事で大きく受けた日でした。
本当にありがとうございました。
これからも弟夫婦をよろしくお願いします・・・感謝

2008年12月22日
全国高校駅伝観戦記
2008年12月21日(日)
都大路へ行ってきたのだが、
自分にとっては叶わなかった想いの詰まった場所になる。
特に京都御苑沿いの2区・5区は試走も含め何十往復したものか。

Photo FUKUMOTO
ここを走るんだ!と自分の中では、2区なら快走し下っていく姿、5区なら力強くストライドを伸ばしピッチを刻む姿。
自分の中では出来上がっていた。
結局ラストイヤーの3年時には県予選敗退。
2度と来ることは無いんだろうな・・・と思っていた。
このようなかたちでも、足を運んでいることが不思議なくらいだ。
あの頃のようにここを目指し、走ることに日々をつぎ込んだランナーたちが集う場所には魂と言うのか、氣と言うのか、 体中にそれを帯びる場所。
高校生たち、それをサポートする選手スタッフの必死の姿を目の当たりにする。
これからの自分の氣(エネルギー・モチベーション)にもなってくるものがある。
母校の世羅高校は午前中の女子が34位。
男子が4位。
それぞれが今の状態で精一杯がんばった。
まさに、今年の自分と同じ・・・来年につながる内容と、進化した姿がきっと来シーズンそこにあると期待が膨らむ。
これからだ!
それにしても朝3時半に起床し、世羅へ集合、応援観戦し、21時に帰還する片道4時間のスケジュール。
応援と言えども疲労感は隠せない。
トライアスロンでは応援される立場・・・、ましてや会場まで足を運んでもらっての応援と言うのは、 何事にも変えられない真心なんだと痛感する。
もっともっと感謝し、ありがとう!とみんなに伝えられる競技者になっていきたいと思わずにはいられない。
高校生ランナーたち、ものすごくかっこよかったよ!
感動をありがとう・・・

↑ 1区を任された中原選手。中学生のころ、ビギナーズトライアスロンに参加し、その後世羅高校へ進学。
3回も都大路を走ったんだな~1年時にはアンカーを務め全国制覇した。
そのときの写真がこれだ! ↓

↓さ~女子がスタート!女子1区

↓女子2区

中盤で混戦模様

↓女子3区

↓女子4区

とにかく前を!その姿に感動した。
彼女と後話したが、自分の力は出し切ったそうだ。それが一番。

男子の1区が来るまで、しばし休憩・・・

来た!・・・・男子1区中間点あたり。まだまだ大集団。世羅の中原選手も上位で走行中。

↓カロキ(4区)の到着を待つ5区
カロキは順位を上げ、トップや、2位との差を見る見る縮めていることは誰もがわかっていた。

単独2位へ上昇!

そのまま行ってしまえ~~~~

↓ 三原五中から倉敷高校(33・主将)で成長した姿を見ることができた、実家の同じ団地の兼実選手!
成長振りに涙もの・・・区間5位だったらしい!


↓4区・区間新をたたきだしたカロキと同郷の選手
カロキ!君はたいしたもんだ。

↓ 最終区、競技場手前3位争い!競技場へ入り力尽きたが、まだ1年生。
また来年頼むぞ。

日本人だけでここまでの記録を打ち立て優勝した佐久長聖は見事としかいいようがない。
素晴らしいチーム!

来年こそ!世羅高校応援席の一部 ↓

2008年12月20日
応援よろしく!
2008年12月21日号砲!
母校世羅高校の後輩たちが男女そろって都大路を走ってくれます!
高校時代に果たせなかった都大路への想いを今は後輩たちがかなえてくれているようだ。
あの頃の自分を連れて、今年も、都大路へ行ってきます!

2008年12月17日
メダル到着!
ハンマー投げの室伏選手ではないが、
6月に開催された世界トライアスロン選手権バンクーバー大会でのメダルが、先日届いた。

Photo JTU

『2009 ITU世界トライアスロン選手権ゴールドコースト大会(オーストラリア)』への内定をいただいた。
改めて表彰台で輝くメダルがほしい。
きっとみんなが笑顔になってくれるだろうから・・・
今まで積み上げてきたものと合わせ、このオフで自分なりの進化を求めて行きたいとこのメダルで痛感する。

2008年12月14日
講演記事
中国新聞 (高木記者)

2008年12月13日
宮浦中講演テレビ放映
三原テレビ放送
ニュースウェブ
http://www.mcat.co.jp/media_file/20081128-3.wmv

世羅大田小PTA講演
2008年12月12日(金)
世羅町立大田小学校PTA講演
演題 『 本当の愛情を知った時 』


保護者対象の講演を行った。
最近は同年代の保護者が非常に増えてきたと共に、同じ心境の面も多くあると思いながら話をさせていただく。
子を思う親、人としてのかけがえのない愛情
今回は幼いころある病で宣告された時に、自分の母親が覚悟を決めとった行動。
そのおかげで今の自分が生きている。
本当の愛情がもたらした、医学では解明できないような奇跡を自分は経験している。
自分が生かされていると感じるから、これからも想いを話して行きたい。

2008年12月11日
鷺浦小学校道徳授業&ランニング教室
2008年12月10日(水)
三原市立鷺浦小学校 さぎっ子ルーム


鷺浦小学校は三原市の沖にある【さぎしま】にある小学校。
そう、さぎしまトライアスロンの会場の島である。
一部の子供たちは今年もトライアスロンを手伝ってくれたらしい。
さぎしまの方々や、子供たちに形として恩返しができる日になった。
楽しみに迎えたこの日。
島の子供たちもやっぱりいいもの。
しかも自分のことを知ってくれているのでなおさらだ。
授業もやりやすく、本心を引き出してくれた気がする。
大人たちはもちろん、子供の心にも何か刻まれたのではと、手ごたえを感じた。
授業後には、1月にマラソン大会を控えていると言うことで、ランニング教室を開催!
小学生にいろいろ言っても難しくなるので、今日は2点だけ。
①胸を張る。=腰高を安定させるコツ
②呼吸は吐くことを意識する。=吐けば自然に吸う、呼吸のコツ
腕振りのことなども言ったが、これは筋力や個々の体のつくりで理想形は代わるのであまり言わなかった。
Qちゃん(高橋尚子選手)のような抱え込むコンパクトな腕振りから、肩と腕を連動させるダイナミックな腕振りなど何種類かは教えたが、 何がいいかということはあえて言わなかった。
小学生は今の体力で自由に走ればいい。
その中で楽しく高学年には目的意識を持つよう促した。
帰りのフェリーを待っていると一人の少年がわざわざ質問に来た。
みんなの前では聞けなかったが、どうしても聞きたかったのだろう。
かわいいもんだ。
これから毎年足を運ぶようになれたらなって、
そしたら年を追って、この島に恩返しができることになるのでは・・・
毎年、暑い夏のトライアスロンを手伝ってくれる、ある意味近い存在の子供たちと過ごせ、さわやかな一日になったよ(感謝)






2008年12月07日
三原駅伝
2008年12月7日(日)
三原市営陸上競技場発着特設コース
参加チーム名:本郷アスリートクラブ
結果: 優 勝

Photo NAKAMURA

三原市を中心に近隣から参加する駅伝大会。
小・中学生の部門は近隣市からの参加も多く盛り上がる。
全国的に気温が上がらず寒い日ではあったが、それでも風が無く陽が差し例年ほどではないかな。
しかし、アームウォーマーをつけずに発進したら後半逆に寒さで固まった?感じだ。
体脂肪が低いと汗もでやしない・・・もっと走り続けたら凍ってると思うよ。
自分は最終区を務めるも、仲間のおかげでトップで渡っているため、余裕を持って走らせていただいた。
ちょうど先日講演した宮浦中学校の陸上部も参加している。
話題的には新鮮で注目して応援してくれていた。
うれしいものですよ!
終了後に顧問の先生が生徒を集めて話されていた。
『福元さんの走りは速くて、かっこよかっただろう?あの走りには裏づけがあるのを知ってほしい・・・みんなもがんばっていこう!』
のようなことを言われていた。
講演をした後で、生で走りを見せることができ、目から、体から直痛感できるのは、どんな教材よりも良いだろう。
今回は、本郷アスリートの仲間に、このようなチャンスをいただけたことに感謝だ。




宮浦中学生徒指導だより
生徒たちの素直に感じた感想文を読んでやってください!
なんだかうれしく、そして、応援したくなりますよ。

2008年12月06日
職場体験記事
夏に開催した三原第五中学校の職場体験報告記事

2008年12月05日
世羅中央小駅伝大会記事
中国新聞より

2008年12月04日
駅伝大会ゲスト
2008年12月4日 (木)
世羅中央小学校駅伝大会(世羅町)
数日前に小学生時代の恩師(現:中央小校長)より電話があった。
『てっちゃ~~~ん。・・・出来ればでいいのよ!
12月4日の午前中に校内駅伝をするので来てくれない?
11時10分スタートだから。出来れば!でね(ケラケラケラ・・・笑。』

自分の性格をよく知る小学生時代の恩師。
そう言われて断れるはずがない・・・残りの講演やイベントの数と年休を指折りし、たぶん・・・行ける・・・ と仮約束。
世羅台地は三原市より寒かったが、急に晴れ間が差し込み、一気に駅伝日和だ。(さすが晴れ男)
1.2キロと800メートルの交互で8区間。
全行程を走りながら、子供たちに声をかけたり、併走したり、前に出たり、下がったり、 と走りを見せながら鼓動をともにする。
子供たちの走りが、練習の時とぜんぜん違った!と、先生たちが言う。
開会式で話した言葉が少しは心に響いたかな?
すべて終了後、1位だったと満面の笑みを浮かべる児童がいる。
負けて悔しいと泣いている児童がいる。
それを見て、もらい泣きする児童も・・・。
いいね、一生懸命走ったからこその姿を見て新鮮な気持ちになる。
閉会式で『勝ち負けは当然ある。福元さんは、負けた時でも、自分はその瞬間に全力を出せて戦ったなら、 気持ちよく勝者を称えられる気持ちになれる。そんな気持ちになれるように、これから生きていきましょう!』 のような内容で伝えた。
ここの児童は本当にいい。
春に陸上指導、夏に水泳指導と3回目の訪問になれば、少数の児童なので顔も覚えてくるし、 子供たちも親しみやすく話しかけてきたり、触ってくる。
もっとも、ここの子供たちは最初から人懐っこくとてもかわいらしいのだが。
終了後、校長(恩師)じきじきに自家製ぜんざいを児童に振舞う。
もちは合計8個食べたね!!
その後、招いてくれたクラスで給食をいただいた。
質問が飛び交う・・・
『長距離はどのように走るのですか?』から
『福元さんは何歳ですか?』まで、単純な質問だけどかわいい。
『福元さんは彼女がいるのですか?』・・・来年小学生になる子供がいるよ! (汗
と、気が付けば短時間なのだが、子供たちと一緒にいるといろんな事が起り、 普段感じない凝縮された時間の経過を体感したものだ。
いろいろ大変な世の中で、苦労も多い職場だけれど、子供たちのために先生たちがんばって!
さっ!午後から仕事復帰
皆さんありがとう!
『また来ます!』(笑顔

全力を出しての、たすきリレー



様になってる タスキさばき!

チームの想いを込めてゴ~ル!


みんなでおいしくぜんざいをいただきました!

ぜんざいを食べてたら歯が抜けたんだって(笑
子供って一緒にいると、いろんな事が起っているんだ。

校長も先生も子供たちのために大忙し!

表彰式は順位ごとにチームで写真撮影

かわいい給食着姿で準備してくれました


今日の給食は、おでん!
2008年12月03日
出口 彰 先生
中国新聞記事より
母校の世羅高校が今年も全国高校駅伝へアベック出場をする。
卒業生、応援者としてこの上ない喜びであり、当日の都大路での大忙しな応援は至福の幸せと言ってよいのだろう。

男子は一昨年に並ぶ全国制覇を狙うチームであり、県予選は圧勝。
しかし、女子は僅差で2位となり敗れたのだが、たまたま5年に1度の記念大会で地区代表を勝ち取っての出場を決めてくれた。
そんな世羅高校女子チームの監督であり、世羅高校黄金期の先輩でもある出口先生とのエピソードを記す。
出口先生は全国高校駅伝では過去の世羅高校が優勝した内の1度全国制覇経験者。
しかも区間賞を取っているランナーだった。
箱根も日体大で走り活躍されている。
肩書きを記すとガチガチで構えてしまいそうだが、ご存知の方はお分かりだろうが、実に穏やかで優しさあふれる先生だ。
先生とは、中学時代から縁があった。
中学3年時には広島県の選抜強化合宿で冬や春にご指導いただいた。
実に面白く、変わった練習法で鍛えていただいた。
面白いといってもものすごくきつく、そのときは二度とやりたくないと言うようなハードなものが多かった。
サーキットトレーニングや距離走、インターバル。
いつか自分が指導者になってもやってみたいものにペースキャッチ走がある。
このときは1500mを3本だったかな?自分の申告タイムプラスマイナス2秒だったか、合格ラインを決め行う。
この練習は速い、遅いは関係ない。
申告どうりこなせば3本で終わり、休憩を入れても1時間で終わる。
合わなければ合うまで本数をこなすというもの。
気力と体力、プレッシャーがかかる練習内容だ。
中学生でタイムをぴたりと合わすのはなかなか難しい。これでもかと言うくらい合わしきれない。
長距離陣だけグランドへ居座って、ひたすらやっていたんじゃないかな。
結局、1500mを10本以上やったかな?
ものすごくきつかったが、当時の仲間(ライバル)たちと共にあ~だこ~だと言いながら過ごしたことを想い出す。
そんな先生の愛弟子たちが今や全国の舞台へ挑戦しているのだ。
そんな選手たちを見ていると、自分たちのころを思い出させてくれるからだろう。
そのころの自分を応援するかのように、選手たちへ想い運んでもらってるんじゃないかな?
そんな時代をよみがえらせてくれる選手たちを、今も育て続ける素敵な先生。

中学時代(中央:三原第五中)







