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2008年09月16日

故障で悩んでいる競技者へ

故障はしないほうがいい!?

今回は故障で悩むアスリートへ、ほんの少しでも希望を抱けるようにと思ってつづる。

写真=世羅高校時代:故障の繰り返しで最後年にかけた(3000m障害=大会記録で2位)

このときの1位は3000m障害で日本の第一人者になった内冨選手(元中国電力)

ランニング含む(重力に逆らう)競技で故障をせずに大成した選手はいないのではないか。

スポーツと故障や怪我は切り離せないとものでもある。

自分を高めていく上でどうしても無理がかかるのは言うまでもなく、そのぎりぎりの線で戦っているのも事実であろう。

しかし故障で選手生命さえたたれるケースもまれではなく、自分もその場面を多く見てきた。

痛みを発する時、単純な使い痛みからのものから、日常生活や歩いても痛むことはないのに、その競技フォームになると痛みが出る。 時間がたつと痛くなる。その逆に温まると痛みが軽くなるなど、実に診断しにくい。

しかも競技者というのはその痛みを抱えてでもそのシーズンをこなそうとするし、すぐにでも復帰しようとする。

チャンピオンシップスポーツは特にその傾向がある。

それはその場を遠ざかった者、休めたり、衰えたものを取り戻すために莫大なエネルギーと時間がいることを知っているからだ。

それに立ち向かえなくなったり、もういいと思ったとき競技者としては終わる。

医者が言うように使わず休めば治る。正しい答えだ。

しかし、体は治っても、その時間の経過でモチベーションをなくしてしまえば競技者として戻ってこないこともある。

引退の原因のほとんどがそれだ。最後まで没頭でき満足してやめていく選手はほんの一握りだろう。

自分が高校時代のことを記してみる。

高校時代、今から20年も前になる。

その頃の各競技の強い学校、いわゆる伝統校といわれる学校に多い傾向のひとつをあげる。

自分が取り組んだのは陸上競技の長距離走だが、練習につけなくなるまで、いわば完全に壊れるまで練習から降りる(休む) 事はできなかった。

痛みが出ても我慢、そのまま練習。

その繰り返しで炎症が起きても、治癒が間に合わず筋断裂や疲労骨折になり走れなくなって練習ストップ。

非常に理不尽でばかげているのだが、その当時はそうするしかなかった。

練習をしなければ強くなれない、レギュラーに入れない、いろんな想いで隠してでも続けるケースもある。

痛くなれば体が信号を出す。それを無視してでも想いを通す。士気を乱さないようにする。

当たり前の事ができにくかった時代でもあった。

では、それがすべてマイナスだったのか・・・そうともいえない事もある。

怪我をして練習を積んでいけないのはマイナスだが、

疲れきった心、肉体を癒す時間になっていた。

同じ境遇の仲間と別メニューをこなして復帰するエネルギーを蓄ながら仲間との絆を深めた。

競技できる、練習できる喜びや素晴らしさを感じた。

心機一転、新たなスタートを切って目標へ向かえた。

そして何より故障と向き合い、理解し、その時足りないものを強化してやろうと思えること。

今回7月13日に筋断裂した自分は、正直今シーズン終わったかもしれないと動揺した。

筋が回復するには3週間から1ヶ月かかる。これは事実だ。

競技者は痛みが消えるとその痛みが出ないか走ったり負荷を加えて確かめることを繰り返す。

治りきっていない箇所が再発、繰り返すことにより最短期間が倍になり、またシーズンを終えてしまうことも。

これは学生時代から幾度も繰り返したから自分もよく分かる。

しかし、今回は割り切った。

選手生命に懸けて貫いた。

日常生活でもテーピングで固定し、動けばひたすらアイシングを繰り返し治癒を高めた。

そしてランのことはおいておき、走れるようになったら一気に仕上げることができる状態や、動きつくりはしておこうと。

自分はバイクパートに自信が持てていなかった。

何か力が入らないし、速い連中とはどこか違う気がしていた。自分の感覚でポジションを決めていた我流のポジションで来ていた。

一から・・・ポジションからやり直すことを決めた。シーズン真っ只中で。

その世界の専門家に頼み、ロードバイクのポジションはこうだ!と合わせてもらった。

サドルが2.5cm下がった。

バイクシューズのクリート位置も変わった。

ある程度やっているトライアスリートや自転車の選手ならこの数字の意味が分かるだろう。

『これが正しいフォーム・・・・汗』

確かに楽なポジションだが力が入らないし、得意とするのぼりが登れなかった。

楽なのに力が入らない、辛い。

割り切ったのはここもだ。『これが正しいというならこれでやり直してやろう』

約1ヶ月、走れない分バイクにつぎ込んだ。

こんなに毎日バイクに乗ったのは初めてだった。

ライディングフォームが変わった。

倉敷国際(中国ブロック選手権)やさぎしま大会で気が付いた選手がいるかもしれないが、DHバーポジション (ハンドルバーにひじを着いてスキーのダウンピル競技の形の乗り方)をしていない。

ドロップバーの下を持ったり、ブレーキブラケットのあたりを握る、 いわゆる自転車競技のオーソドックススタイルのみでレースをしている。

トルクを掛ける乗り方から、クランク(ペダル)をくるくるスムーズに回していくようになった。

明らかに変わった!

これが自分にあった乗り方かどうかは断定できないが、練習を積んでいないランもこれからだから、 今のところ良しとしトレーニングを積んでいるのが現状だ。

ここまで話すこともなかったが、要は自分を高めていける心を引き出していけるかどうかだと思う。

ひとつのモチベーションとして持っていたものは、

①日本選手権の権利は獲る!

②地元のさぎしま大会は必ず元気なところを見せたい!

この2点は心に決めていた。出来るかできないかは別として。

正直、気持ちが乗らない日々はあった。

体に痛むところがあって、ニコニコするなんて出来ないと思った・・・が、それでも明るくなれる、前向きになれる方法を探す。

今回の故障から、それでも自分の進化を感じた面があった。

面白くない毎日かもしれない。

泣きたくなるくらい悔しい時かもしれない。

そのことは忘れないでほしい。

気休めかもしれないが、怪我や故障はきっと治る!

治った時に一気に飛び出していける準備は、今しかないんじゃないかな?

少しは希望が見えてきたかな?

写真:中学時代の広島県通信陸上3000m決勝

投稿者 テツロー

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