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  2008年08月27日

さぎしまふるさと館

宣伝

今週2008年8月31日(日)に第19回を迎えるトライアスロンさぎしま大会が開催される。

そのさぎしまにトライアスロンの歴史と共に福元哲郎記念部屋として今までの歴史を飾っていただいている。

何も分からなかった駆け出しの頃から今に至るまでの14年の歴史を見ることができる。

この機会にのぞいていただければと思う。

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  2008年08月26日

後輩たちへ

2008年8月26日(火)

三原第五中学校職場体験講演

母校である三原第五中学校の生徒たちが三原市運動公園で職場体験をするという。

関係者に頼まれてそれならばと足を運んできた。

十数人と少ない中ではあるが、直接の後輩なんだと話を切り出し、自分がちょうど生徒たちと同じ時に体験した事から始まり、 それを通じてここまでがんばってこれたことや、その先の想いがかなわなく挫折した時のことなどを含め、 そのときの心境や体験から話せる成功法などいろんな方向から話してみた。

受身の生徒や、前に乗り出して話を聞く生徒など、この中でもそれぞれ。

しかたがない、この時期の特徴だ。

とはいえ意外に態度とは違って本当は聞いているもの。

心にしまってることも多くあるはず。

少しでもこの先で『福元さんの話を思い出してがんばれた!』といってくれるきっかけになれば良いなと、 かわいい後輩たちへエールを送った。

夢や目標は今はなくとも、あせらずこれからいくらでも生まれてくると思う。

そこから自分の心に正直に、そしてまず一歩を踏み出す勇気を出してほしい。

がんばれ後輩!

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倉敷国際ファイナル:フォトギャラリー

↑同郷三原市のホープ西野選手(右)

↑高橋泰夫選手のバイク飛び乗りシーン

↑後輩(山崎智恵子)の初トライアスロン

こんなアクシデント聞いたことがない・・・サドル(自転車のいす)がラスト5kmを残しコース上へ飛んでいった!?

立ちこぎ5kmは実に長く、一気に高橋氏が追いついた。

実にきつい思いをしたが人生より楽と思って踏ん張る。

今年は今まで経験しないさまざまなことを体験しっぱなし。

これが今後の糧になるのであろう。

↑高橋選手の息子も思わず飛び出して『お父さんがんばれ!』

優勝ではないが・・・感謝を込めて児島大会ファイナルゴール

伊東香織倉敷市長を囲んで

総合入賞表彰

↑勝者を称えて!

後輩がトライアスロンを始めてくれうれしくってね

山陽新聞関連記事:http://www.sanyo.oni.co.jp/sanyonews/2008/08/23/2008082300293225002.html

↑FLEXチームの皆さん!智恵子をよろしくお願いします。

↑岡山のメディアの皆さんとも仲良くさせていただいた(感謝)

大会ポースターのデザイン!

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  2008年08月25日

第10回倉敷国際トライアスロン

2008年8月24日(日)

岡山県倉敷市児島競艇場発着

【熱き戦いはまだ終わらない。The Final!】

10年続いたオリンピックディスタンス(51.5km)では西日本で最も人気が高いと評価される大会が終わる。

 

結果=2位(2時間09分59秒)=日本選手権出場決定 (東京台場10/26)

スイム=20分54秒(3)

バイク=1時間12分46秒(3)

ラン=36分19秒(4)

↑地元の雄、高橋泰夫氏とファイナルレースも一騎打ちとなった。

二人とも足の故障で不安を抱えながらも堂々と戦った・・・結局、彼の地元レースで勝つことはできなかった。

ここだけはどうも高橋泰夫マジックにかかるようだ(笑

2回大会から出場し続けてきた。

3000人を誇るボランティアの中で幸せな競技をさせていただいてきた。

レース中、これが最後の登りになるのか・・・これが最後の児島のコースになるのか・・・幾度となくそんな感情がこみ上げてくる。

毎年、体中が沸騰するような天候の中でのレースになるのだが、最後のレースは好コンディションの中で怪我も事故もなく終了したようだ。

最後を飾るにふさわしい運営と競技者の魂を感じるものだった。

この大会を通じて隣の県である岡山県倉敷市には格別な想いを抱くようにもなる。

最後は市長に『また違った形でトライアスロンを始めてほしい・・・10年間トライアスリートは幸せでした』と想いを伝えた。

また個人的にうれしいことも。

広島経済大陸上部出身で天満屋陸上部(五輪選手を輩出する女子陸上部) で走っていた後輩が陸上生活を終了させトライアスロンの世界へ入ってきたこと。

厳しい世界での競技生活を終え少し休んでいた中で、知人に誘われたらしい。

今度は仕事ではなく自分の時間の中で楽しさを見つけていく。

児島大会ファイナルレースが彼女のデビューレース。

ワールドトライアスロンファイナルレース(広島県呉市・江田島市開催) で自分も正式デビューしたことを彼女を通して思い出させてくれ新鮮な気持ちにさせてくれた。

この大会は今回で終わったが、大会会長が放った最後の言葉どうり『熱き戦いはまだ終わらない!』

まさにその想いがする。

10年間ありがとう!(感謝)

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  2008年08月21日

イベント宣伝

第10回 ビギナーズトライアスロンINグリーンピア

期日:2008年9月7日(日)

開催場所:広島県呉市安浦町グリーンピアせとうち

申込連絡先:玉津サイクル

       広島県呉市安浦町内海南1-3-14

         0823-84- 2248

申込期限は過ぎていますので大至急でこのホームページを見たと伝えてください。

三原テレビにてイベント紹介

恒例の【ビギナーズトライアスロンinグリーンピア】

小学生から大人までカテゴリーがありトライアスロンを知ることから3種目を欲張りに楽しくスポーツするといったもの。

トライアスロンの選手になるためではなく、 これに挑戦することで精神的にもタフになりどの分野でも自信を持って取り組めるようになればという想いを含むイベント。

ぜひぜひ、ちびっ子たちから参加してほしい。(お父さんお母さんお願いしますね。)

これがきっかけでトライアスリートになってくれたらまたうれしいのだけど・・・ここから将来のオリンピック選手が出ないかな!

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  2008年08月19日

次のロンドンで!

2008年8月19日(火)

男子トライアスロン(現地時間10時スタート)

4年に一度の五輪トライアスロン競技が終わった・・・

女子に比べたら・・・思わず思ってしまうだろうが彼らはこの日のためにがんばってきた。

008 025

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結果速報:http://www.jtu.or.jp/news/2008/pdf/08OlympicAfterRelease2.pdf

レースの中でそれぞれ見せ場も作った。

この世界では結果がすべてという。

しかし彼らの戦う姿は我々に十分な希望を持たせてくれた。

しかし世界の壁は厚い!

それは我々以上に本人たちが体で感じただろう。

彼らを含めたJAPAN魂を背負ったトライアスリートたちが世界を後ろへ回して突っ走る姿を早く見たい。

これからの彼らの進化に期待だ!

 

八尾師匠(田山選手のチーム監督)より早速メッセージをいただいたので紹介する。

想いはひとつである!

 

日頃から私達の活動にご理解とご支援を頂き心から感謝いたします。

本日10時にトライアスロン男子決勝が開催されました。

水泳の序盤からタフなレースとなり田山は5位で自転車に移りましたがランニングで大きく順位を落とし48位となりました。

北京オリンピックに向けては多くの方から勇気や愛を頂き嬉しく思っております。 その思いを胸にスタート地点に立てた田山そしてコーチングスタッフは幸せでいっぱいでした。こころから御礼申し上げます。

結果からは、あらためてオリンピックの難しさを痛感しました。

今回のいろんな出来事を反省し2012年ロンドンオリンピックに向けてスタートいたします。
どうかこれからも私達をよろしくお願い致します。

ありがとうございました。

チームブレイブ
八尾彰一

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  2008年08月18日

あっぱれ!JAPAN女子チーム

2008年8月18日(月)現地時間10時スタート

わがトライアスロンJAPANチーム(女子)がやってくれた!

現地で観戦したかった。

レース解説↓

http://www.jtu.or.jp/news/2008/pdf/08OlympicAfterRelease1.pdf

日本トライアスロン連合H.P:http://www.jtu.or.jp/

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きよみんとデビー・ターナー(彼女が小学生の頃、広島の道後山大会へ来ていた広島へは縁の選手)の9位争い!

正直びっくり感激・・・きよみんの底力を痛感!まだ引退とは言わせません!まだ日本を牽引してもらいます。

030  樹里が世界5位!まさかここまでやってくれるとは・・・信じていなかった?(申し訳ない)

トライアスロンをはじめて2年でここまで来てしまった樹里はこの先どうなってしまうのだろうか。・・・ロンドン!

025

藍ちゃんの気持ちはすでにロンドンのはず。素晴らしい経験ができたはずだ。藍ちゃんスマイルは出たのかな?

しかし、これで満足はしない選手だ。これからの上田藍の進化を楽しませてもらおう。

016

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  2008年08月17日

いよいよトライアスロン!

北京オリンピックのトライアスロン競技は、女子が8月18日(月)、男子が19日(火)、時間はともに午前10時 (日本時間午前11時)にスタートする。

テレビ放映は、

女子が18日(月)午後4時(NHKBS-1・録画放送)

男子が19日(火)午前10時55分(NHKBS-1・ライブ放送)、 午後3時12分(NHK総合・録画放送)となっている。

人生をかけて戦う選手・スタッフへ熱い応援をよろしくお願いします!

ITU北京オリンピックサイトへ

スイム練習での田山

スイム練習中の田山選手(Photo by Takasaki)

2006世界選手権ローザンヌ大会(スイス)より

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  2008年08月16日

選手紹介(庭田清美)

庭田清美(にわたきよみ:アシックス・ザバス)

【きよみん】事、庭田選手はトライアスロン界ではだれもが尊敬するプロ選手といっても過言ではないだろう。

特にトッププロ選手の間では相当なもの。

2006世界選手権スイスローザンヌ大会より

ベテランと言うこともあるがある意味だれも届いていない領域に達した選手とも言えるのではなかろうか。

日本を離れオーストラリア・ゴールドコーストを活動の拠点とし世界で戦ってきた。

トライアスロンが初めてオリンピックの正式種目として登場した2000年のシドニー大会から3度目の今回の北京。

歳の近いことやその考え方、感覚に共通するものを感じることもあるだろうが、 私はきよみんには無条件で今回の北京へ出場してもらいたかった。

昨年後半から体調を崩され日本選手権の連覇も期待されながら棄権。

その無念さはわれわれの想像を超えるところだったろう。

間に合ってくれ・・・念じるようだった。

2008年徐々に元気になり帰ってこられた。

簡単に言うようだが想像を絶する葛藤と努力をされたに違いない。

若手の成長は当然なければならない。

いつまでもベテラン勢がトップで活躍するようでは競技の発展にはならないことは分かっているが、 最後に選考される1枠にどうしても入ってほしかったのは私だけではないはず。

それだけ女王きよみんの存在感は強かった。

彼女と話していると本当のプロフェッショナルを感じる。

人生をかけた五輪になると思う。

彼女のがんばりは自分のがんばれるバロメーターにもなっているといっていい。

トライアスロンの神様はきっと彼女の納得のいく結果を与えてくれるだろう。

永遠のオリンピアンきよみんの勇姿を焼き付けておきたい。

2008ワールドカップ石垣大会より

2008世界選手権バンクバー大会より

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代表選手紹介(井出樹里)

井出樹里(いで じゅり :チームケンズ・トーシンパートナーズ)

彼女に会ったのは2年前の日本スプリント選手権幕張大会だった。

2008世界選手権バンクーバー大会より

写真:世界選手権バンクーバー大会にて

ランをスタートした時はまだ先頭ではなかったが、 周回を重ねゴールした時はスプリントレースなのでランニング距離は5kmであったにもかかわらず大差のゴールだった。

しかも新人。

最初の印象はランラップは男子レースでも上位の走りであった。

しかし、正直今回のレベルのレースでは陸上出身者の爆発的なランで勝利したものと思っていた。

(しっかりスイムとバイクのポテンシャルの高さを見ていなかった)

彼女の登場から2年。

ベテラン勢を先行してレースをする勇姿を見るようになったのはそんなに時間は要らなかった。

飯島監督(チームケンズ代表)に聞いた。

彼女は24時間真剣にトライアスロンで速くなることを考えている。何とかしてやりたいと純粋に思わせてくれる選手・・・ と評し監督の目も輝く。

なるほど、彼女と話をしても持っているものなのか純粋で人懐っこい性格はそのような気持ちにしてしまうなと感じたものだ。

『テツローさん!応援お願いします!』普通の言葉なのだが、

『よっしゃ任せとけ!』と思わず出てしまう、そんな感覚だ。

しかし今回の北京で早くも代表を得るとは正直予想をはるかに超えていた。

関係者を驚かせるとんでもない選手になってくれるはずだ。

北京では彼女らしい人の予想を超えた結果を出してくれるのではないか。

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選手紹介(田山寛豪)

田山寛豪:たやまひろかつ(日本流通経済大学職員・チームブレイブ)

51.5km(オリンピックディスタンス)で日本で一番強いトライアスリートは?

多くは田山選手!というのではなかろうか。

2007宮城国際七ヶ浜大会より

私が度肝を抜かれたのは、アテネ五輪後の日本選手権だった。

そのレースの前週にハワイアイアンマンに挑戦し見事な成績を残し、帰国後すぐに日本選手権のレース。

彼は最後のラン終盤までトップを走っていた。

自分もランはそこまで悪くなかったが周回するごとにすれ違う箇所が変わりスピードの違いを痛感した。

結局そのレースは平野司(NTT東日本・西日本)が意地の勝利をおさめたがトップ選手たちも何も言うことができなかった。

どこまで行ってしまうのだろうと思ったものだ。

しかし彼の所属チーム、日本のトライアスロン界を牽引してきたチームテイケイの廃部はわれわれにとっても衝撃だった。

五輪直前に彼の人生を揺るがす出来事でもあろう。

しかし彼やそのスタッフは強い。

八尾監督を中心に、スタッフと共に苦難を乗り越えこの五輪へかけている。

初代オリンピアンの小原工(おばらたくみ)氏が『すぐそばにいてくれる環境は最高です!』と彼は言う。

私も尊敬する八尾監督は言う。

『田山はまだまだこれからや』その言葉の奥底には限りない可能性を感じさせる彼の内に秘めるものがあるからだろう。

明るく陽気でお茶目なところもある彼だが、ストイックさ、そのまじめな取り組みも抜けている。

話しても真剣に人の言うことを聞き入れ自分のものにしていくところを感じる。

だから彼の周りは本気で田山選手を支えてやろう、自分たちの夢までも預けている人たちに囲まれているのが分かる。

それだけ背負っていける人物なのだろう。

昨年のワールドカップエイラート大会で日本人初の金メダルを獲得した。

やっとオリンピックでもメダルと堂々と言えるところまできたと彼は言う。

その実現を一同が望んでいる。

今回の北京の見所のひとつだ。

夢を預けた人たちの想いと共に、日本トライアスロン界の将来のためにも頼むぞ田山選手!

2008世界選手権バンクーバー大会より

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ワールドカップエイラート優勝

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  2008年08月14日

代表選手紹介(上田藍)

上田 藍(うえだ あい:シャクリー・グリーンタワー・稲毛インター)

アテネオリンピックが終わった翌年の7月、ようするに3年前の夏だ。

2005年ジャパンカップ七ヶ浜大会(宮城)より

宮城国際トライアスロン七ヶ浜大会での前日に話し込んだことを思い出す。

まだ強いベテラン選手をはじめ、若手でも強い選手はたくさんいた。 五輪の代表枠3に入れるかといえばまだ難しいかなと思われていた頃だ。

しかし彼女の目はすでに北京を見据えていた。

数々の行動から自分は口にした。

『北京のスタートラインには藍ちゃんが立ってるよ!』と・・・

こんな選手が活躍すれば良いなと思ったから出た言葉なのかもしれなかった。

会えば誰でも感じる、吸い込まれるような彼女の笑顔はこちらさえも元気にしてくれる。

とは言え厳しい世界だ。いつもいつも笑顔になっていられるわけはない。

思いどうりに行かず悔しくて泣いた日もあるだろう、 期待に答えられずその小さな体がはちきれそうになるぐらい落ち込んだこともあるだろう。

それが自分には見えてくるほど、その笑顔には多くの意味を秘めていると感じさせてくれる。

その想いが北京を決めた今年のアジア選手権で爆発した。

ご両親をはじめとする関係者の喜びもひとしおだっただろう。

先の壮行会では彼女のコーチでもある山根氏やスタッフの矢島氏も涙したと聞く。

彼女の生き様を感じさせてくれる。

まだまだ魅力的な選手に進化していくことは間違いない。

彼女の小さな体の中には人の想いを背負える大きな心がある。

夢だったオリンピックの舞台で彼女はいったいどんな笑顔を振りまいてくれるのだろう。

期待は膨らむ一方だが、彼女が言うように自分らしくレースを全うしてほしい。

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2007アジア選手権より

2008トンヨン大会

たぶんご両親へ電話しているのだろう

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代表選手紹介(山本良介)

北京オリンピック!

8月13日わがトライアスロンオリンピアンたちは北京入りした。

そこで今回はトライアスロンの日本を代表し出場する勇者たちを紹介していきたい。

トップアスリートは非常に気さくで純粋だ。

心温まるエピソードや、彼らの表情を紹介したい。

少しでも知っていただき、人生を背負って挑む彼らへ期待と共に応援をお願いしたい。

 

山本良介(トヨタ車体)

2008年石垣島大会より

知る者は感じているだろう。

彼のポテンシャルの高さとその秘めたワイルドさ。

今どの競技にも少なくなってきた選手かもしれない。

このたびの五輪内定を掴みとったのは6月の中国広州アジア選手権だった。

日本男子の五輪枠は1なのではといわれた中、誰にも選考を迷わせることなく自らの手で掴んだ結果だった。

結果を知った時『やったな~!』思わず声が出た。

今年はアジア選手権をキャンセルしていたのだが、現地でその姿を見たかったと改めて思ったものだ。

その姿を含め何か期待させてくれるものを持っている。

そのポテンシャルの高さから予想以上の強さで感動を与える。

逆に期待はずれな結果も残す事も彼らしいというのか・・・

そこが彼の魅力のひとつでもあるのだろう。

しかしこの1年、誰もが認める強さを身に付けた。

彼の努力の賜物だろう。

北京五輪で良介はその片鱗を見せてくれるだろう。

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  2008年08月13日

第23回SWIMRUN in 多岐

2008年8月3日(日)

島根県出雲市多伎町

結果 優勝(57分28秒)

スイム1200m=16分02秒(1)

ラン10km=41分26秒(1)

足の故障のためジャパンカップシリーズ戦ならキャンセルするのだが、この大会はアットホームな和やかな大会。

怪我を発生させた時から、最悪でもここでリハビリと状態を確認したいと照準日と定めていた。

しかし当日までランについては判断できなかった。

リハビリといっても走れるだけの当たり前の動作確認はしなければならない。

その過程で痛みをぶり返したのが1週前。

できる限りの事をして後半戦へつなげたいと思っているのだが痛みというのは気持ちとは裏腹な部分。

治癒を促す栄養素の確保、手当てを施した。

ラン以外にできるトレーニングに徹した。

この痛みさえなければと思うのだが体への信号で逆らうわけには行かない。

経験からこの辺りの痛みまでは大丈夫という範囲で走り切れたら希望が持てる。

痛みが増しても歩けるようなら歩いて動きのトレーニング。

復帰を目指すための、いわば賭けではあったが想いはつながった。

3週間ぶりに10kmを走った。

バイクやスイムでランを意識した動きは心がけていたが、ランほどの体重比でのトレーニングはできない。

よって足はフレッシュな状態でゆっくりならばその範囲でのスピードの上げ下げは意識的にできる。

テレビカメラが併走したり、定点カメラがあるところでは多少意識して走ったが・・・(笑

だが、痛めないように、飛ばさないようにと意識しての10kmは長い。

ロング(42km)を走りきるペースで走ってみよう!

これが一番の精神安定剤だったかな?

大会へ向かう前日はスイムアップ後からの10kmはウオーキングで歩き通してリハビリと計画していた。

今回の行動は最悪振り出しに戻る可能性を秘めながらの賭けであった。

これを突破したことで後半戦のイメージがはっきり見えても来た。

最終戦の日本選手権へ出場するためにはこの夏の予選レースで結果を出さなければならない。

ここでシーズンを終えるかどうかが決まる。

スポーツを気持ちよく楽しむ上ではこのような行動は厳禁だが、 競技として戦うスポーツではどの競技でもこのような行動をとらざる得ない場面がある。

故障が治っても心が折れた競技者はたいていおしまいとなるからだ。

われわれの一生の課題。

故障しない、しなやかな体と動きを手に入れたい。

それを得るには、さまざまな経験と知恵、支えなどが必要である。

まだまだ修行ですな!

 

同じ境遇の人たちへ

必ず光は見えてくる、自分を信じて希望を捨てるな!

 

今回うれしい出来事があった。

同じ三原市在住の西野選手がロングの部(スイム2.4kmラン20km)で初優勝!

彼は昨年は4位。大きくジャンプアップした姿は誇らしげであった。

企業戦士でありながら練習時間を捻出し、努力していた結果が実った。

次はトライアスロンで初優勝だ!

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  2008年08月07日

想いの深さ

自分のウエアにはスポンサーのロゴがきれいにデザインされている。

以前も紹介したことがあるのだが、歳は同い年。

ひょんなことから知り合うことになり、今や独立され個人で会社を営む友人にその縁からずっとお願いしている。

実に細かい作業で儲かるわけでもなく、逆に時間や経費を使わせていると言ってもよい。

いつも申し訳ないというのだが

『いやいや、空いてる時間でやってるだけだから・・・』

とさらり受け流される。

ここまでのことを付き合いといっても大変なのになぜ・・・

トライアスロンでがんばっている姿を応援したいだけなんだと彼は言ってくれる。

当然、彼には感謝していた。

あるとき彼の母親に会う機会があり、話をする中でずっと体を患っていることを知ることに。

それは治らぬ一生付き合っていかなくてはならない病気だった。

いつも明るく元気にバリバリ仕事をする姿を見ていたため想像すらしていなかったのが本音だ。

ドキッとしたというのが正しい表現なのか分からないが、自分がそれにずっと気付けなかった事が恥ずかしかった。

命あっての普通の生活をするためにその病気と向き合っている。

彼は激しい運動は若いころから出来ない。

『自分の変わりにがんばってほしい!その想いを込めて作らせてもらっている』・・・

直接その言葉を聞いたとき、胸がいっぱいになるというのだろうか涙が浮かんでしまった。

その時は気付かれないようにと遠くを見てごまかした。

彼の病気を今の自分が患ったらたぶん生きる気力をなくすのではないか。

そんなに強く生きてはいけないのでは・・・

こんな自分に想いを託してくれることをトライアスロンのウエアを通して知る事ができた。

想いを託された自分は本当に幸せ。

自分が選んだ世界でこの人たちのためにも負けるわけにはいかない。

誰にでもきっといてくれる大切な人。

その人の想いの為にも、がんばって、がんばって、これでもかと言い続けながらその想いを背負って生きていきたい。

自分に与えられた使命を果たしていきたい。

 

彼の会社は【(有)テックサイン】

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  2008年08月05日

今こそ!

一部の関係者は知っているのだがアクアスロンくらはし大会のランニング中(12km地点/18km)に足を痛め、

今シーズン絶望とならぬよう戦っている。

筋部分断裂=ランニング競技では致命的で長引く代表的な故障

写真:激痛と今後に不安を抱き笑顔のゴールにはならなかった

レースは後半先頭を独走していた。

故障発生後からは、先頭を譲ることになったら棄権しようとできる範囲で足を進めた。

そんなレースでありながら結果は優勝しているため、この件は知る者は少ない。

自身もレースで怪我をしたといいたくなかった。

黙っていれば多くの人へ知られることはないと伏せた。

大会の関係者に対しても、大会への自分の想いをダウンさせたくもない。

なぜ今になって公表したのか。

苦しんでいる時こそ、今の想いを公開してあげたら楽になる人がいるかもよ・・・友人の言葉からだ。

 

世界戦を皮切りに7週連続でレースを組み結果を求め戦い続ける。

自分へ課したことが最後の最後で断念しなくてはならなかった事への悔しさ。

身体も研ぎ澄まされてきた証に結果を並べても、最高に仕上がってきていた。

当日も後半になるほどスピードも上げることができるパフォーマンスも実感できた。

そんな矢先の出来事。

次週に出場予定の昨年途中棄権したジャパンカップ日和佐大会(徳島県) へイメージも固まっていたためそれを実現するためにもどうしても出場したかったが断念。

スイムだけでも、バイクまででも、ランは歩いてでも出場しようか・・・

ずっと自分を生かせる方法を悩んだ。

シーズン真っ最中に怪我をしたことに対して、悔しくて悔しくてたまらなかった。

今もそれはある。

自分がいたい場所へ立つことができないむなしさは人には分かりにくい部分。

そんな足で無理するなというのが一般論。

たぶん誰もが言うだろう。それは心使いでありがたいし感謝の気持ちも抱く。

自分が選手を育てていてもそちらだ。

しかし競技者は1%でも可能性があればそちらを考えてしまうのではないか。

勝負に生きる者の性なのだろう。

マイナスになるといわれるものをひっくり返す時、とんでもない進化を遂げることもある。

少なくとも自分はそれを求め勝負してきた。

学生時代、骨折しギプスをはめた状態で中国四国大会3000m障害走を優勝し全日本大学選手権(インカレ)を勝ち取ったこともある。

ギプスをした片腕を高々と上げてのゴールだった。

他では余計に傷めていた箇所を悪化させたこともある。

失敗といえる結果も多かったが、その先を見据えてでのことが多い。

ギリギリまで、その日の朝になっても今行けばスタート時間に間に合う・・・どこかにその思いを押しつぶしている自分がいたのも事実。

まともに歩けないのにそんなことを考えていたのだ。

無謀なことをしろと勧めているのではなく、 そこまでも自分の想いを通そうとする精神を築くことができた時こそ断念したものをきっと勝ち得ることができる領域に達すると思うのだ。

後半戦、完全復帰できるかどうか分からない。

それでも自分がそのレースで活躍していることをイメージできている。

それは単なる妄想かもしれないが信じるしかないのだろう。

同じ境遇にいる人たちに伝えたい。

今はお互い苦しい時。

できることをやっていかなくてはならないのはみな知っているはずだ。

けれども実感していると思うが、取り組むことに対して心底集中できないしバランスも悪い。

思ったように行かない日々はあせりや苛立ちさえ生んでしまうことも。

今はそれをエネルギーにしていくしかない。

今日はそれでも集中できたぞ!と思える日が増えていけばきっと良い方向へとエネルギーが循環を始めているはずだ。

どちらが自分の描く状態へ復帰、納得の結果を残せるのか競争しよう!

あきらめない!

こういう時こそ『あきらめなければ夢100%!』なのだと思う。

がんばるしかない!

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  2008年08月04日

水泳指導

2008年8月1日(金)

世羅町立中央小学校

春に体育の先生をやらせていただいた小学校。

夏には水泳を教えてほしいと頼まれていた。

そこで今回は夏空のもとバイクをこいで世羅町にある小学校へ。

夏休み8月に入って世羅郡内の水泳大会があるらしい。

それまでは夏休みに入ってからは毎日のように午前中水泳をしているという。

行くといいながらなかなか予定を実現できていなかったがギリギリ実現できた。

それも前日まではとうとう校長先生に仕事の予定が定まらず行く事ができない・・・残念・・・と伝えていた。

その電話後に・・・いや、そうは言ってもどうにかならないかとなんとか調整をつけることができ、午前中休みをとることができた。

プールへ到着した時、児童がその姿に気付き『福元さんだ!』『え~~~~』『キャー』・・・ 久しぶりに会う中央小児童の歓迎ぶりに頬が緩む。

おじさんは最近もてないから感激だったよ(笑

鍛え上げた体を見せるのは言葉で言うより伝わるものが大きい教材。

自分も小学生の時に鍛え上げられた肉体にあこがれたものだ。

友達と腹筋を見せ合いながら、どちらが割れているか!って、そんな競争心で鍛えたこともあったかな~

さてさて、山?の子供たちは水泳は街の子供たちよりは機会が少ない。

よっぽど水泳に対して熱心な保護者がいなければプールへ通うのは大変な環境。

普段一緒に泳いでいる三原市の小学生とは水に対しての感覚は違う。

泳ぐフォームも子供らしくめちゃくちゃだ。

それはそれでいい。

今は自分のできる精一杯のことをやることに意味がある。

一応は、こうして泳ぐのだと見本を見せたり手ほどきをするが、すぐに見て理解はできにくい。

そこからは脳裏に刻んで今後どこかでよみがえる機会があるかだろう。

しかし、今回初めて25mを泳げた児童がいた。

先生たちが必死で教えてきたことが、今回何かスイッチが入ったのかもしれない。

そんな姿を見ることができたのはやっぱりここの先生や仲間の雰囲気が芽生えさせた賜物と思えた。

ここの子供たちはみんな素直で新鮮!今の自分の心を洗ってくれた気がした。

おかげで帰りの足は軽くよく回ったのは言うまでもない。

またきっと行くよ!

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