2008年02月13日
講演:尾道市立栗原中学校
2008年2月12日(月)
東隣にある尾道市の中学校1年生200人を対象に話してきた。
テーマは『将来の仕事』


自分は中学生のころから体育の教師になりたかった。
その時に出会った恩師の影響が大きかった。
結論から言えば叶ってない。
生きていく中でいろんな岐路があった。
なぜ今の仕事なのか・・・
あの時・・・いろんな選択・生き方があったのかもしれないが、自分は少し前を見据えその時々に目標を持って歩んできた気がする。
中学までは何かアクションが起こらない限りそのまま地域の学校へ通うが、 高校を選ぶときも家を出ることなど考えない中で市内の高校を普通に考えていた。
こちらへ行ったらどうか?など方向付けてくれる人たちの想いによって自分の意思をそちらへ向け選んでいる。 これがいいのか悪いのかは別にしてだ。
中学から高校へなどやはりまだ子供。
選んでもらった方向でがんばっていく。その代わり方向付けてくれた人をがっかりさせないように必死だったけれど・・・
当時、大学は日本体育大学と漠然と考えていた。(恩師がそこの出身)
関東の大学陸上=箱根駅伝にしか思えず、あまり魅力も感じていなかった時、 地元の広島経済大へ誘っていただき高校で失敗した想いを背負ってそこで競技に打ち込もうと思った。
大学4年間は競技に打ち込み教員へのカリキュラムは受けることはなかった。
大学4年の時、今の競技であるトライアスロンを自分はやって行きたい。
そのために故郷の就職先を選んだ。
ここでもやはり恩師などの誘導はあった。
良いと思ってくれる環境で自分なりに方向付けて続けているのだと思っている。
今の仕事が自分の天職だ!とは思わない。
やはり今でもそれを追いながら生きていることに違いはないのだが。
欲張りなのだろう。自分はアンテナをいつも張っているところはある。
中・高時代抱いたその想いは今も消えたとはいえないが、その時の漠然と思っていた時とはまた違う。
自分の体験や想いを伝えていける仕事、そんな仕事ができたらな、とはいつも思っている。
今は今の環境で手を抜くことなく精一杯生きているつもりだ。
子供たちに
『本気でやりたいと思った時は、思い切って一歩を踏み出してがんばれ!』と言う。
そして
『君らに叶わないものなどない』
『自分に比べれば達成率は120%!、150%!なのだから』
そういいながら、自分へも問いかけているもう一人の自分がいるようだ。

たとえば自分と情熱を運んでくれる、この自転車だって職人が作る!
いろんな世界がその時ある。
この中からそんな職人が出るのかな?

投稿者 テツロー
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