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2007年06月29日
シューズへの追求
2007年6月27~28日(火~水)
いつもお世話になるいやま先生が足を触りながら言う。
シューズがオリジナルだったらもっと足への負担が軽減されるのでは?=パフォーマンスの向上!
確かにそれは最近感じる部分ではある。

今まではどうでも良かった事がのちに必要になってくる事がある。
そんなレベルまできたのか?
隣の市になる竹原市(広島県)にシューズのインソール(中敷)を加工しながら身体のバランスを整えてくださる先生がおられると紹介を受け、 早速行ってきた。
練習後の診療時間外になる晩に押しかけたようなものだが、助手の先生を含め3人で集中し取り組んでいけたのは事実。(火曜日、 水曜日二夜連続!)
機械で接地する荷重を測ったり、ノギスのような計測器でサイズを細かく取ったり、その見る目と技術はミクロの単位か。
出来ては試しばきし走ってみる。何回繰り返した事か・・・
こちらも全神経を研ぎ澄ませ足裏へ集中する。動きを先生達が真剣に観察する。
ほんの少しの違和感さえ逃さない。
トライアスロンという長時間の競技にはそれが一番危ないからだ。
今の段階ではこれだろう!といったものが完成したが、レースで使ってみなければまだ分からない。
この繰り返しで最高のものが完成していくのだろう。
競技者のトレーニングへの取り組みと同じ情熱を注ぎ込む。







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2007年06月27日
反核平和の火リレー
2007年6月25日(月曜日)
広島県では8月6日に向け、平和の祈りを込めて毎年この時期に広島市の平和公園をスタートし、県内を回って再び平和公園へ戻ってくる 【反核平和の火リレー】がある。

毎年この時期には依頼があるので走ることにしている。(平和への願いを込めて!)なのだが、
現状は走る人がいないからと頼まれて昔から走リ続けているといったところ。
数年前からこのような活動も休みをとって行わなければならなくなった。
前日にレースをこなしているのでほぐしにいいかな?
ここ数日は講演も含め休みを立て続けに取っているが、職場の理解もあり活動できている。
仕事との掛け持ちではあるが自分を必要としてくれる場があれば積極的に出て行く。
それが少しでもの恩返しと考えるからだ。

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2007年06月25日
第19回蒲郡オレンジトライアスロン
開催日:2007年6月24日(日)
天候:曇りのち雨
場所:愛知県蒲郡市 蒲郡競艇場周辺特設コース
競技距離 51.5km(オリンピックディスタンス)
ジャパンカップシリーズ

先週のみやじま大会(広島県)があまりにもハードだったため、この蒲郡大会がどのような状態でいけるのか分からなかった。
月曜日の晩に【いやま整体院】でメンテナンスを施していただき精神と身体の回復に努めた。
トレーニングもイージーとハードを織り交ぜながら、まさに身体と会話しながら日々を送った。 スイムでは連戦になる事をご存知の三原市水泳連盟のコーチからは『福元さん、押さえて下さいよ~』 なんて言われながらこの週は取り組んできた。
とにかく疲労を抜くこと!に専念してきたがレースはゴールしてみなければ分からない。
競艇場を泳ぐスイムコースは水質は悪いが波もなく泳ぎやすい。
元気の良い若い選手に混じってスイムレースを進め、バイクは先行した若手選手(結果2位) を追って5周回するうちの4週回目で並びそのままランへ。
ここのランコースは昔から相性がいい。
自分の走りで淡々とレースを進めゴールイン!
バイクの後半に雨が降り出し転倒する選手が非常に多く、医務室はあふれかえっていたらしい。
そんな状況下での集中力は高いものがあったと自負する。 一度だけコーナーですべり体制を崩したがあわてることなくバイクレースを楽しめた。
今心がける事は『転ぶよりは安全に!』だ。
レースが続く中、怪我をしてしまってはもともこもない。スポーツとして意義が薄れてしまう。
今回の勝利は
①今回は前日(23日)が35歳の誕生日だった。
明けて35歳初レースを優勝で飾れたのはうれしいものだ。
②会場を盛り上げていただいたMCの白戸太朗氏の実況は自分を乗せてくれたのも勝利の一因だった。
③大会側の配慮でレースナンバーは1(良いプレッシャーだ)
④トライアスロン界ではローカルレースだった【はつかいち縦断みやじま国際パワートライアスロン】 の優勝を多くの知人や会う方が祝福してくださった。
そんなレース会場が自分を元気にしてくれたのだろう。
まだまだ前半戦は続くが【テツローらしく】自分を信じて活動していく。
真心のこもった応援が私のエネルギー:はりきっていきますよ!








会場を終始盛り上げる白戸太朗氏

広島の学生達だ!黄色のTシャツを着て黄色い声援を飛ばしてくれた、ありがとう!


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2007年06月22日
福山市立松永中学校学年講演
6月20日(水曜日)
松永中学校へは初めて行く。
グランドはそんなに広くなく住宅街にある中学校といった感じだ。
スポーツはそんなに盛んではないのか?まず私の第一印象。

先生に聞くところ年によってそれぞれらしい。
中には水泳で、陸上でとか名門高校へ進学する生徒も出るらしい。
さて本題だが、こちらから行って話す。いわゆる受身の講演になる。
当然、個人で興味があれば聞き入るが、そうでなければ眠くなったり、長い時間に感じることだろう。
仕方がない。自分だってそうだった。
そんな中、目をそらさず聞き入る生徒もいたのは事実。
ものすごいくいつきを感じ、きっとこの子には何か響くものがあるのだと思うと伝えやすくなる。
今後何かの役に立つか、何らかのきっかけになってくれるのではと期待してしまう。
少しでも、数人でも心に何か刻まれる事があればそれでも良いか?と最近は思う。
以前はせっかくだからひとり残らずみんなへ!なんて考えていたのだが100人以上からはなかなか難しい。
それでも飽きさせないようには工夫していくし、これからもいろんな方の講演などに行き勉強だ。
自分には、それぞれの分野ですごく影響を与えてくださった人がいてくれた。
そんな自分が憧れた人のように今度は自分がそんな存在になりたいとも思う。
少しずつでも近づいていきたい・・・
今回の写真はプロカメラマン平尾氏がわざわざ撮影にいらしてくださった事を添えておく。(感謝)
しかし、さすがだ。同じ機材を使って、こんなに違うんだね。(感謝!感激!)





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2007年06月20日
みやじまパワートライアスロン フォトギャラリー

撮影:プロカメラマン・フリーカメラマン・広島経済大広報カメラマン
○プロカメラマン平尾光宏
(アメリカメジャーリーグを主な仕事場としてご活躍するカメラマン。 トライアスロンレースは初めてだったらしくこのたび初めてお会いできた)
○フリーカメラマン西谷光代(平尾氏のような超一流を目指す若手で眼力ある素敵なカメラマン)

安芸グランドホテルからいざ宮島のスイムスタート会場へ高速艇で移動

大鳥居の周りにトライアスリート(毎年の風景になればいいのだが・・・)

スイムを終えバイクトランジットへ

バイク発進!

ず~っとカラーコーンが・・・準備や片付けは大変だ


ワンウェイレース特有のトランジット(バイク→ラン)

ランスタート

知り合いがいたら!

なんと大学の先輩がのぼりを立ててくれていた(ビックリ!)


本当にきついのぼりだった

まだ続く・・・

まだまだつづく・・・

やっと頂上!

下りはオリンピックディスタンス(51.5km)の走りで駆け下りゴールへ向けてまっしぐら!

皆が迎えるゴールへたどり着いた!


広島県トライアスロン協会理事長とガッチリ!


ロング界の大ベテラン勢!(左:河村選手4位 中:藤原選手3位)

水泳を教えてくれた大学の後輩夫婦


表彰式にて『けんだまにかみつけ~』by河村政勝選手

廿日市市は〔けんだま〕発祥の地
このトロフィーはけんだま職人の手作り

仲間達!


陸の王者〔デュアスロン世界選手権日本代表高橋泰夫選手〕
今回は疲れが出てしまったようです。


広島経済大学 学長へ報告

川村専務理事長へも

ついでに後輩へも

本当にありがとうございました!
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2007年06月19日
はつかいち縦断みやじま国際パワートライアスロン2007
実に長い名前の大会が多くの人の想いをのせて広島県廿日市市で立ち上がった。
市制20周年を記念しての大イベント。
トライアスロンではいまどき珍しいワンウェイ(行ったきり)コースで標高差850m。
スイム=2.5km バイク=55km ラン=20km
世界遺産である厳島神社(宮島)と西中国山地を結ぶ国内屈指の過酷なコース設定。

しかしトライアスリートの大半はこんなコースこそ好む傾向もあるのかもしれない。
自分がトライアスロンをはじめた13年前に今の呉市の島々で開催されていた
【ワールドトライアスロンインひろしま大会】
華やかで活気に満ちたその大会は惜しむ声がある中で無くなった。
広島県のトライアスロン界からひとつ火が消えた。
そんな想いを抱いた自分より上の世代は間違いなくこの大会へそれをオーバーラップしているに違いない。
スタート前に『こんなスケールのでかい大会を立ち上げて下さった』と感謝の意を込め宮島の大鳥居にタッチし、 その後スタートポジションをとった。
多くの観客と上空にはヘリコプターが飛ぶ。
10時の時報と共に大会が火ぶたを切った。
招待選手を含め、ロングトライアスロン界つわもの達がそろった。
ショート専門の自分がどこまで渡り合えるのか挑戦だった。
スイムを2位で上がりバイクの最初の難関で先頭に立った。
その後は一人旅。
ロングトライアスロンの選手たちは必ずバイクで追いついてくるはず。
後ろが気にならないわけがない。・・・が楽しかった。
まるでトライアスロンをはじめた時のときめく感覚が甦っていた気がする。
テクニカルなコースはあまり無理をせず、きつい場面では『リズム、リズム』と口ずさむようにレースを進めた。
ランに移ってからはのぼりは勾配がきつくなる所で必ず足が止まる。
そこがどこになるのか、むしろ人との競走よりも自分の身体に話しかけながらひたすら踏ん張った。
『がんばる!』という言葉が合うのか分からないが、 のぼっている時はとにかくこの大会を良い大会だと思えるようにゴールしたいという執念だった気もする。
この日(6月17日)は、速人(息子)の5歳の誕生日だった。
自分のために速く進むようにと自分のことのようにバイクのポジションを探してくれた競輪選手たちの姿もあった。
スタートからゴールまで先回りしながら必死で応援してくれる友がいた。
高校の後輩家族がゴールで待っていてくれた。
大学時代の後輩夫婦が待っていてくれた。
大学の先輩ものぼりをもって。
一緒に出場した同志の想いもあった。
『この大会で勝ちたい!』
純粋にその想いが起こるのは、この人たちと自分を取り巻く人たちの喜ぶ顔が見たい。
自分が出来るかもしれない一番の方法を分かっているからだ。
終わってみて、『命がけで楽しんだな~』と、フッと思えた。
結果的には独走で余裕だったと周りは言うが、このコースだったから・・・広島での開催だったから、そして誰よりも想いが強かったから、 最初に入れたのだと思う。
想いが実を結んだ夢のような大会だった。

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2007年06月18日
廿日市縦断みやじま国際パワートライアスロン記事(1面)
中国新聞(平成19年6月18日 月曜日)

投稿者 テツロー
2007年06月14日
奉仕の一日
先日6月10日(日)の話。
来週から1ヵ月半は遠征続き。
唯一の空いた土日だ。
①さぎしまふるさと館の式で約束していたニュージーランド駐日大使を招いてのさぎしま植樹祭。
②日頃お世話になる三原市水泳連盟が主管の広島県マスターズ水泳大会。
ダブルブッキング!


『手伝ってくれないか!』『分かりました!』の二つ返事で引き受けたのだが、予定を分刻みに組んでいけると思っていたのだが、 さぎしまを出向するフェリーには乗る時間に抜ける事ができず、こっそり水連へ連絡。
『そちらを優先してください!』と優しい気遣いのある返事にすくわれ、申し訳ないと思いつつ最後まで植樹祭の祭典へフル参加できた。
その後はすぐに戻り夕方まで水泳連盟スタッフとしてお手伝い。
普段出来ないから欲張って奉仕に徹した一日だった。
恩返しがほんの少しだけだが出来たのではないか。
違った充実感を得た一日であった。
さ~これから!自分の結果に喜んでいただくためにシーズン前半戦に打ち込む。






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2007年06月13日
ゾウの手袋?@アトム手袋
ときどき株式会社アトムを表敬訪問しているのだが、
今回は突然
『福元さん!ゾウの靴、みますか?』
『????』


社員の女性がサラリとおかしな事を言う。
見るとゴミ箱みたいなものがある。
思わず笑ってしまった!
福山市の動物園のゾウが足を怪我して患部を覆うのに履かせるらしい。
『こんな注文があるの?』
そう、㈱アトムは作業手袋の会社。
そして社長をはじめ社員は企画研究し何でも作ってしまう。
手袋に関して作れないものは無い!と言い切るぐらいの技術の宝庫だ。
『これは前足にはかせるから、やっぱり手袋だ!』
アトム手袋はゾウの手袋まで作る!のだ。【宣伝文句になりそう】
これをアトムへ注文してきた動物園も動物園だが、それを作り上げるアトムもアトムだ。
生地は防弾チョッキなどに使われる特殊な素材。高価らしい・・・
しかもこれ無料奉仕作業らしい。
利益を追求する企業だが、この会社は情が厚く人を育てる事にはおしみが無い。
自分のレースウエアにロゴが入っている理由がお分かりだと思う。
作業手袋の購入にはアトム手袋をごひいきに(笑

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アジアトライアスロン選手権報道記事





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2007年06月08日
三原市長へ報告
アジアトライアスロン選手権の報告へ。
五藤三原市長へ挨拶して行った大会は良い結果になる!

自分の中で【ゲン】をかつぐようになりそう。
競技者が大会へ出場する時、それは発表会のようなもの。
近くであるなら見に来てほしい。
大きな大会へ出場するなら知っていてほしい。
やはり遣り甲斐は違うだろう。少なくとも自分はそうだ。
三原市長はスポーツマン(甲子園球児)
スポーツ選手の気持ちを理解し知っておられる。
結果にも気持ちを共有して下さる。
それがうれしくて、もっと喜んでいただこうとがんばる。
この繰り返しが自分をたくましくしてくれるのだろう。


報道関係の皆様。
自分の活動を理解し、いつも興味を持って取り上げていただき感謝いたします。
大好きなトライアスロンを多くの人に知ってもらうためにこれからもよろしくどうぞ!
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2007年06月06日
アジアトライアスロン選手権
期日:2007年6月1~3日
開催地:韓国(トンヨン市)
トライアスロンでは数年前までアジアで日本の競技力が勝っていた。
今回の大会を通して確実にそれが変わりつつある事をコーチ陣スタッフはもちろん、選手はそれを痛烈に感じたに違いない。

北京五輪を前にアジアのスポーツ界がにわかに世界レベルへ到達しようとしている。
特に今回のアジアトライアスロン選手権ではジュニア部門の韓国、中国の強さは目を見張るものがあった。
その日本選手団としてのジュニア部門を今回から正式にコーチとして付く事になったのがミスタートライアスロンこと小原工氏だ。
今からでは早くは無いがJTU【日本トライアスロン連合】も本腰を入れはじめた事は将来に兆しが広がるものを感じた。
3日間を通して開催された今大会は、初日にジュニア部門とU23(アンダー23)部門。
翌日、エリート(プロ)部門。ここまでは気温も上がらず乾いた風が冷たく感じるほどだった。
各カテゴリーの日本選手の活躍を応援し、最終日にエイジ(一般)部門だが、3日目はうそのように晴れわたり、 最高のトライアスロン日和になった。
水温は17~18度。若干冷たさは感じるが今の時期は何処も似たようなもの。
今回JTUのはからいでアジア選手権の日本代表選手として選んでいただき、その責任は充分感じていた。
求められるものは分かっていた。
エイジ部門の参加者は1200人以上。独特のウエーブスタート(200人単位で順次ホーンでスタート)を行う。
第4ウエーブ。
トライアスロンと言う競技はアクシデントやトラブルは付きもの。
それを乗り越えていかなければゴールは無い。
人生のようなものだ。
今回も初めての事が多くあった。
この経験がまた自分を大きくしてくれるのだと思う。
①スイム:スタート位置が甘い
前には何百という選手がそれぞれのペースで泳ぐ。最初のコーナーまで平泳ぎや動きをとめて前方確認をしなければならない状況。
750mの2周回。最初のコーナでロスをしても泳ぎやすい大外をいき後半は盛り返した。
②バイク:スピードメータの故障
最初の数キロでメーターがリセットし動かなくなる。何キロ地点かどれくらいのスピードで走っているのか目では分からなくなり、 感覚で行くしかなかった。
③ラン:極限での痙攣
海岸線のコースはフラットでスピードに乗せ前を追った。残り2kmあたりの激坂で足は止まる。
そこで踏ん張れるか!両足の四等筋が痙攣。ラストが下りならこの痙攣は何とかなると判断し、動きを止めて屈伸し再スタート。
単純なアクシデントでも若い時は乗り越えられなかったかもしれない。
今は身に付いた経験からの判断だったと思う。
韓国の若手の強化選手が先行したレースだが、自分の持ち味を最後に出すことができ総合優勝を飾れた事で、多くの祝福を受けた。
この瞬間のために、また次のゴールを目指すのだろう。
今はただ結果を出せた事を素直に喜んでいる。
この経験は大きい!
アジアのレベルアップを直に感じ今後のトライアスロン界がまた楽しみになる。





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2007年06月05日
びんごそこが聞きたい
中国新聞
【 びんごそこが聞きたい 】
取材日:2007年5月28日(石丸記者)

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2007年06月04日
アジアトライアスロン選手権(結果)
中国新聞(社会面):石丸記者

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2007年06月01日
母校へ健闘誓う(朝日新聞)
朝日新聞:福家記者

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