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2005年10月23日

第11回日本トライアスロン選手権 東京港大会

今シーズン最終戦の日本選手権となりました!

5月の石垣島大会から始まり14レース目。

締めくくりで大一番となるこの大会は、中国ブロックから男子3名、女子2名しか出場できないプロ・ アマの境の無いまさに日本一を決定する権威ある大会でもある。

予選を勝ち抜き選ばれし戦士たちは、 前日のホテル日光のブリーフィング会場でコースディレクター白戸太朗氏からねぎらいを受け23日当日を向かえた。

今回の大会へ臨むにあたって世界選手権を終えたあたりから帰国後の寒暖の差も影響してか身体反応が悪くモチベーションが上がらずその後のトレーニングの疲労を抱えたまま迎えてしまった。

ウエットスーツを着れない条件なら棄権を考えたほど体調の悪さを感じていた。

しかし、今回は全国各地から通知があっただけでも今までに無く自分の応援者が会場に駆けつけてくれる。 妻も自分の状態を察して心配するが、ここでの勇姿を見てもらいたい思いだけが心を支えた。

それでも当日は開き直るものである。若い選手の手本とならなければ・・・できるところまでやってみる。

水温19.5度。(20度以上はウエットスーツ着用禁止)

天候晴れ。絶好のトライアスロン日和である。

今回、ワールドポイント獲得上位順からジャパンランキング順にレースナンバーが付けられた。

『21』今までここでこんなに若いナンバーカードをつけたことは無かった。

33歳になって、今までの自分を超えて来れたことに喜びを感じるひとつだった。

スタート前に尊敬する八尾師匠の元へ行きパワーを入れていただいた。 八尾氏のそばにいくだけで明るくなれ何らかのきっかけをいただける。

21番目にスタートポジションを決めれるため、選手紹介後、左側から2番目の最前列を取った。

『ON YOUR MARK!』

数秒後のエアホーンとともに飛び出した。

最高レベルの大会だけあり同じような力差の中、スイムでのぶつかり合いはいつまでも続く。流れに乗り21分08秒でスイムアップ。 (リザルトで確認51番目)

選ばれた選手80名の中で51番目。数秒の中に何人も重なる状態の中では、わるそうで意外に先を見据えることの出来る位置でもあった。

今シーズンのバイクパフォーマンスから、パック形成からその中でのドラフティングレース(集団走行及び人の後ろへぴったり付く走行@ 私が戦う普段のレースは禁止の走行技術)は余裕を持ってこなすことが出来ていた。

分かってはいたがこのあたりのパックはまとまりにくく、レース中止(先頭が追いつくと判断されたら失格) を免れるには力のある選手が引っ張っていくほかなかった。

その状態で15人前後のパックを形成し進行した。

ランへ移行するトランジットは計算どおりそのパックの先頭で入った。自分は出場選手中、誰もしないソックス(靴下) を掃いてランへ入るため10数秒は捨ててしまう。

ランコースへ出るとその集団は1列に先を走っていた。少しずつしか上げることが出来なかった。 体調の悪さをごまかす事の出来ないランは明らかにキレの無い、過去最低のランであった。

しかし、コース上は名前で応援してくれる方々が今までに無く多かった。

本当にうれしくありがたかった。・・・しかし、その分悔しかった。

自分の持ち味は不可能と思われる距離(時間)を大逆転する展開をやってのけること!

それを表現出来ないランは寂しかった。

出場選手中必ず一ケタ台を置いていたランは今回24位。総合31位。

ここに来るといつも感じさせてくれる。

『まだまだいける!みんながびっくりして喜んでくれる顔を見ることが可能な限り、この大会は出場し続けたいと・・・』

いろいろあったが今シーズンはこれでおしまい。

また人生の中で想い出が出来たシーズンであった。

結果

総合31位 1時間56分52秒

スイム=21分08秒(51位)

バイク=58分44秒(32位)

ラン=37分00秒(24位)

 

投稿者 テツロー

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