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  2005年08月28日

中国新聞 別号

 

今朝の新聞の折込に入っていた地域版の新聞に記事が掲載されました。

自分の活動を地域が認めてくれることから私の夢も始まります。

スポーツ・トライアスロンで自分を磨き成長させてもらっています。

スポーツ人として地域に貢献し恩返しをしたいと思っています。

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  2005年08月27日

運がなかったと思った高校時代でしたが・・・

今から18年も前になるのですね。

駅伝の名門と言われていた世羅高校へ入学しました。

まさに走るためです。

中学時代に全日本中学陸上(3000m)に出場し広島県ではトップクラスの鳴り物入り。

しかしこれが自分にとっては良い方向へいきませんでした。

先輩からは独特の圧力がかかり免疫の無かった私は萎縮しました。

陸上どころではありませんでした。

同級生達だけの学校の教室だけが逃げ場だった気がします。

寮を出て家から通いたいと両親にも打ち明けたこともありました。

両親もあの頃はつらかったといいます。

自分の子供がそんなことを言い出した時、果たして自分はどんな方法をとるのだろうか。

しかし人は生きるために考えも変わり知恵を生み工夫もしだします。

仲間達で辛いことも笑い話にしたり、悪いことですが先輩の悪口を言ってうっぷんを晴らしたり・ ・・

2年生になりようやく陸上へ打ち込めるようになった気がします。

わき目も振らず打ち込みました。冬の駅伝メンバーになるため、 そして3年生でインターハイへ行くために。

2年生の冬は中国高校駅伝では区間賞。

普通なら全国駅伝のメンバー当確ですが、名門校ならではの選考会があり、 先輩に1秒差で負け補欠。

結局それが都大路(全国高校駅伝)の舞台へ立った最後の姿でした。 (3年生では世界陸上マラソンで活躍した尾方選手率いる熊野高校に破れ予選敗退)

3年生になり実力はつけました。 現在中国電力のキャプテンで活躍する同級生の内冨選手とともに広島県大会での3000m障害走は2位で二人ともが大会新記録。

そのままインターハイと行きたかったのですが・・・中国大会でラスト50mで交わされ7位。 (6位までがインターハイ)

中学からインターハイへ夢をはせ努力してきたことが無になった瞬間。

その頃の私には自分の心を立て直すことができませんでした。

当時お世話になった方へ本当に申し訳ない日々でした。

正直に言えば、人生で青春真っ只中、できれば体験したくなかったことです。 (インターハイの決勝のスタートラインに立つ姿が時々夢に出ていました)

しかしこの経験が、結局は今までどこかで生かされていることは過言ではないでしょう。

一生懸命生きていると、絶対といっていいほどぶち当たるものがあるといいます。

それを乗り超えて大きくなるチャンスを神様が与えてくれているのでしょう。 宗教じみているかもしれませんが私はそう思って生きています。

運が遠ざかったように思えた高校時代ですが、 とらえ方によっては人生の上で素晴らしい経験をした時期でもあったように思います。

その時は失敗や挫折でも、きっとその後に成功と成長があります。

生きている限り生き抜きたい!

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  2005年08月26日

運を動かす!

私の大好きなスポーツを日本語で言うと・・・運動

この字からもいえること・・・運を動かす!

スポーツの現場で運がある選手と無い選手はある一定の線があると思うのです。

まじめ(真剣)に努力し、周りに気を配り好かれる選手。

まじめではあるが自分中心になりがちな選手。

私の人生のうち高校時代は後者の方でした。

駅伝の名門世羅高校へ進学し、何が何でも全国駅伝、インターハイに出なければ行った意味が無いと真剣に思っていました。

理不尽な上下関係も強くなるため我慢しました。

勉強も陸上も、誰よりも努力したと言えるぐらい頑張りました。若かったあの時代では精神ぎりぎりまで追い込んで生活していました。

後輩からは『努力の人』といわれました。でもそれだけです・・・

実力はあるのに結果が付いてこない。

陸上競技10年間(中・高・大)で高校時代だけは全国の舞台へ立つことができませんでした。

期待を裏切らないため、あの頃の自分はそれに精一杯で周りが見えなくなっていたのです。

そんな余裕の無い選手に神様が運をむけてくれるはずが無い。

可能性をたくさん秘めた若い選手に同じ失敗をさせないように、話せる機会があるときは話しています。

神様がこいつには運を与えようと思ってくれる人になりたい!

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  2005年08月21日

国民体育大会『晴れの国おかやま国体』記念JTU後援 ファッションタウン児島国際トライアスロン大会

岡山国体のプレ大会として岡山県内では5時間の生放送や編集した大会模様が岡山県内は流されるといった大会自体も大いに盛り上がった。

天候曇り時々雨。路面状態はウエット。

バイクコースはコーナが多く鷲羽山のスカイラインを利用するため高速になる箇所も多い。

実際に落車をした選手はトップ選手クラスも出ていた。

この大会は以前に記したように今までは日本選手権の出場権獲得だけを目指した、いわば出場権獲得だけの大会に位置づけていた。 (たいてい翌週に地元さぎしま大会が控えていることも含め)しかし、やはり勝負の世界。入賞しても前の選手との差が歴然と数字で出るため、 競技者魂としてはいつも不完全燃焼を感じていた。

今回は勝負に徹した。

昨年はスイムをトップで上がり、後は中国地方の選手枠3に入るレースをするだけだったが、トライアスロン競技としては当たり前だが、 今回はトータルで勝負!

経験と感覚でレースを読んだ。

スイムでは若い選手がどんどん引っ張る。オーロラビジョンに映し出される映像で確認しながらレースを進めた。6位でスイムアップ。 それでも昨年トップで上がったタイムより速い。

陸に上がれば昨年の優勝者の平松選手(立命館)、 トライアスリートなら誰もが知るデュアスロン日本チャンピオン高橋泰夫氏との位置関係が勝負に大きな影響を及ぼす。

バイク終了時点で広島の同勇丸山選手が暫定トップでランスタート。その後は混戦模様。

100m先に高橋氏、後ろへ平松選手。ランにも定評があるこの選手たちはどこかで重なる。そこが勝負どころになるはず。

中間点あたりでそれは来た。

トップ争い4選手が重なった商店街は観戦者も大いにわいていた。

平松選手がじりじりリードを広げ続く高橋氏を追う展開。

7Km地点あたりで高橋氏を振り切り勝負に出た。

このまま平松選手を追いたかった。自分の走りを分析すると緩やかなカーブや直線コースは誰にも負けない伸びのあるストライド走法だが、 スピードが落ちる鋭角のコーナーやこのコースの全後半にそれぞれ2回ある地下道への連絡通路や階段で明らかに筋肉への変化が来た。

ラスト1.5Kmあたりで両足前面が痙攣。伸びのある走りが止まった・・・ストライドを伸ばせない。しかし止まるわけには行かない。 長年走り続けてきた経験で最低限の走りに切り替えゴールを目指した。

『急に走りが変わったのがわかった』と高橋氏。あえなく順位が変わりそのままゴール。

上位3名が2時間08分台。

激闘の末の結果だ。

昨年と同じ上位3名の順位だったが、ブロンズコレクターになりそうだが今回の意味は大きい。

ここからまた進化を成すであろうと自身に期待する。

結果

総合3位【中国選手権2位】

2時間08分47秒

若い選手の活躍が要所要所で見ることが出来た大会であった。

トライアスロン競技の確立には彼らの活躍が必要である。

今回優勝した平松選手。彼もまたプロを目指す。

ワールドクラスの選手となってくれることを期待する。

また、年齢に関係なく強さを発揮してくれる高橋泰夫氏。来月はデュアスロン世界選手権【日本代表】を控えている。 私の目標でありまだまだ飛躍してほしいよきライバルである。

                スイム  バイク  ラン

 1 平松 幸紘21 大阪府    2:08:00   19:26( 4)   1:14:51( 9)   33:43 (1)                            
 2 高橋 泰夫38   岡山県    2:08:26   21:46(10)  1:11:10(1)    35:30 (3) 中国選手権 1 位 
 3 福元 哲郎33   広島県    2:08:47   19:59(6)    1:13:14 (4)   35:34 (4)  中国選手権 2 位
 4 丸山 秀登28   広島県    2:12:07   19:05(3)    1:12:44(3)    40:18 (27)中国選手権 3 位
 5 立間 淳弘22   京都府    2:12:30   25:42 (67) 1:11:41(2)    35:07(2)                            
 6 山川 泰明22   岡山県    2:14:10   19:03(2)    1:15:45(15)  39:22(19) 中国選手権 4 位

この3名の激戦の様子が分かるリザルトはエムスポにて http://www.mspo.jp/

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  2005年08月14日

MCCS スーパースプリントトライアスロン岩国大会

 

 

8月14日

日本ではお盆に当たる真夏日に開催された岩国米軍基地での大会。

ベース内を利用した完全フラットコースは、ビギナー向きで、 その雰囲気からアットホームな大会のひとつだ。しかし、高速レースが展開されるレース展開に魅了される競技者達も集まる。

今回の目的は後半戦のレース感を取り戻すこと。

7月17日のひわさ大会から約1ヶ月。

やっとレースができるといった心境だ。

岩国ベースまでは車で1時間半もあればいけるところで日帰り遠征。

今回は三原の新人トライアスリートを便乗させての遠征であった。

大企業で働く彼はさすがに毎日のトレーニング時間の確保は難しいが、 根性と努力のある人物。

元スイマーである彼が自分と知り合いトライアスロンをはじめた。 コンマの厳しさを知る競技を行っていた事もあり飲み込みが早い。

三原から若手が出てきたのでうまく導いてやりたい。(今回総合5位)

さてレースは山口県のスイマーがレースを引っ張りあげた。

つづくバイクも先導パトカーのドラフティング効果で徐々に差が開く。

自分のライディングをして後を追うしかなかったが、 ランに飛び出した時点で約4分の差がついていた。

通常はここで勝負ありとなるが、真夏の暑さと高速レースをこなした体への影響を分析し、 残りのあきらめない末足をぶつけることに集中した。

予想以上に走りの悪いトップ選手をかわすのは4Kmあたりだった。

後半戦のイメージ作りでそのまま押して行くレースを展開。

結果は3連覇となる優勝。

進化をとげた走りに今後の自分自身が楽しみだ。

トライアスロンという競技、 爆発力あるランのキレがあることでどんなに逃げる選手へもプレッシャーを与えることができる。

勝負を最後まであきらめないレースに、より磨きがかかったように思う。

結果

総合優勝

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  2005年08月07日

TSS 『サタスポ』

2005年8月6日(土)18時30分~生放送

今回前半戦の一部を密着してくださったテレビ新広島(TSS)のスタジオへ行ってきました。

『サタスポ』という番組で特集を組んでくださいました。このような特集は初めて・・・かな?

手元のモニターに刻まれる時間など、秒単位で進行する中で話したい想いをまとめる。 臨機応変にコナーを短縮したりと大変な現場模様。

それでも進行の石井百恵さんと話していると普段の話をしてるようでやりやすかったです。

やっぱり人の想いをうまく引き出すのが仕事。プロフェッショナルを感じました。

ずっと取材をしてくれていた構成の佛崎さんも大変なお仕事をされていると身近に感じさせていただきました。

スタッフ皆さんが結集して、よい番組になったと思います。

トライアスロンをやりたいという子供達が増えることを願って・・・

【感謝】

30歳を越えて想い続けていること・・・

トライアスロンで中国地方はレベルが低い地方です。日本選手権への出場枠もたったの3枠。

自分がパイオニアとして切り開いていこうと思っています。 もっともっといろいろな経験を積む必要があります。

これは並大抵のことではないでしょう。しかし、自分がやるしかないと思っています。

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