HOME > 2005年06月
2005年06月27日
51.5Km(オリンピックディスタンス)発祥の地記念碑

2000年からオリンピックの正式種目となったトライアスロン。
この競技距離がスイム1.5Km バイク40Km ラン10Kmの合計51.5Kmなのです。
この競技距離が日本で最初に行われた地が天草大会なのです。(トライアスロン豆知識1)
ちなみに日本で最初にトライアスロンが行われた地は、鳥取県の皆生なのです。(トライアスロン豆知識2)
トライアスロンになじみのある方には常識話でした。
また、あの長嶋茂雄氏は、日本トライアスロン連合の名誉顧問でもあります。(トライアスロン豆知識3)
その名前が入った【長嶋茂雄杯】を3年間いただいています。
~ 感謝! ~

投稿者 テツロー | トラックバック
2005年06月26日
2005天草国際トライアスロン

天草大会は相性の良い大会です。
しかし、今回は非常に厳しく勝てた実感を最後まで得にくいレースでした。
湿度の高い梅雨独特の天候の中でコースの変更もあり、みなが口をそろえてランのコースの厳しさを語ります。
トライアスロンのレース独特のウェーヴスタート方式。
年齢別に区切り年配からスタートするこの大会独特の方式であり、若い世代が後から追い上げていくレース展開。
今回第4ウェーヴでスタートし、バイクの折り返しポイント(20Km) ですべて抜き単独トップに立った後は追い上げを感じながらも独走。白バイだけが唯一の目標物でした。
追うもの追われるものの根比べ!


自分の目的達成には勝たなければ後が続かない。
競技者魂を出さなければならない立場もあった。
思ったほど調子が上がらなく勝負どころのランは自分パフォーマンスとはかけ離れていた。
きつい・・・足が痛む・・・結果を出したい・・・。
競技者には分かるはず、まさに命がけといえよう。
結局ランの後半がフラットになりそこそこ走れる、前半の厳しいコースの中で踏ん張ったものが結果を出せたようである。
結果は3連覇の総合優勝!

記録も2時間01分台で、関係者には評価していただいた。
まだまだ今シーズン始まったばかり。
自分に磨きをかけ、もっと周りを喜ばせたい。

戦い抜いた後はシューズも血まみれ!

この大会は会いたい人に会える大会

結果
総合優勝 2時間01分43秒
スイム:20分50秒(5)
バイク:1時間04分41秒(5)
ラン:36分12秒(2)
投稿者 テツロー | トラックバック
2005年06月19日
2005 ITUインターナショナルイベント和歌山大会

和歌山のマリーナシティーというテーマパーク内で開催されるナショナルイベント。
素晴らしいロケーションと観客の前を何周回もする、私の一番好きなパターンのコースレイアウト。
こんな中でゴールできたら素晴らしい。


ゴールできることが当たり前の大会と違い、スイムからの競技レベルが問われ、昨年もゴールできていないのが実情だ。
今年こそと臨んだが結果はバイクを後2週(30Km地点で失格)残してDNF(失格)。
ランまで行けば大幅に順位を上げれる思いはあるが、あえなく消える。このときの気持ちはどう表せばいいのだろうか。(無念だ!・・・)

厳しい大会ではあるが、ルールにそった力がなければ・・・
クリアするだけの力がなければ・・・
そう、トライアスロンがさせてもらえないのである。
悔しいがそれがこのレベルの大会だ。
しかし、参加できて学ぶことは大きい。
悔しさよりも、今回はこのレベルレースで成功するキーポイントを自身見つけることも、 そして今回の30Kmまでのうち確実に成長している自分にも出会えた。
それが何よりうれしく感じたし、このテツローという人間に今後も期待したくなった。
多くの支えと力(元気玉)をいただきながら、本当に少しずつではあるが進化している自分と向き合えることは幸せである。(感謝!)
この経験から伝えたいことはたくさんある。その時がいつ来るか、それもまた楽しみである。
終わりにスタッフの方々に感謝。そしてトランジットを必死に駆け抜けるとき乱れたユニフォームを追っかけて整えてくださった役員の方、 裁くだけの審判ではなく、選手の味方になってくれる人らしさを感じることができ心温まるレースとなりました。




投稿者 テツロー | トラックバック
2005年06月18日
中国高校陸上選手権より
インターハイ予選。
高校生競技者として、インターハイ(全国高校総合体育大会)特に高校3年生は憧れの夢または目標の舞台です。
私がそうでした・・・中学生の頃からこの時期の陸上競技の雑誌を大切にページをめくりながらずっと眺め、 高校へ行ったら絶対ここへ行くんだ!子供心に純粋に思いを寄せていました。
高校3年時にはランキング入りまでし、確実に到達間近でしたが、結局 夢は破れました。
悔しくて、悲しくて、情けなくて・・・あんなに頑張ったのに・・・
今でも思います、あの頃の自分をインターハイへ連れて行ってやりたかったと・・・
この日、きっと同じ想いの高校生達が緊張の瞬間、青春をぶつけるそんな大会だから、足を運ばせます。
時には一緒に練習し、心を通わす選手たちが出場しています。
想いをかなえてくれ!そんな気持ちでした。


・・・結局、応援する選手すべてが力を出し切れず上へ行くことができませんでした。
この姿を見ると涙が出てしまいます。
あの頃をオーバーラップしてしまうのです。
しかし、今の自分はこの子達に言えることがたくさんあります。
終わったばかりの今は思いっきり落ち込むがいい。
それを埋めるだけのエネルギーが新たな力になるはずです。
次のステージへ導いてやりたいと思います。
投稿者 テツロー | トラックバック
2005年06月13日
ウエイトトレーニングについて
よく大会やスポーツ関連の場で質問を受けます。
『どんなウエイトトレーニングをどれくらいやるのか!』といった内容のものだ。
私はジムへは全く行かない。
すべて自分の体重を利用して負荷をかけたトレーニングです。
しかし言ってなかったことがありました。
そういえば速人が生まれてからは、 速人を喜ばすこととあわせてトレーニングを行うことがありました。
ジムの固定されたウエイトよりバランスをとりながら行うことでインナーマッスル系へも効果を期待しています。
私にとってのウエイトトレーニングは、 そのスポーツで動くことに対してきちんと反応するものを作ること!

投稿者 テツロー | トラックバック
2005年06月11日
山陽新聞(世界選手権再出場を)柴田浩典

投稿者 テツロー | トラックバック
2005年06月10日
朝日新聞(三原の福元さん優勝)福家 司

投稿者 テツロー | トラックバック
毎日新聞(韓国で海外初V)堀江拓哉

投稿者 テツロー | トラックバック
2005年06月09日
(広島県)尾三地区高校陸上より
2005年5月
インターハイの予選となるこの大会は、私にとっても思い出の大会のひとつです。
1年生の時はマイルリレー(1600mリレー)
2年生の時は800m
3年生の時は3000m障害走
1年生ではスピードがあるとされ、長距離で行った世羅高校でしたが、短距離の先輩方と組んで、
ここから県大会の決勝まで行けたのですが~7位で涙・・・(6位までが中国大会出場)
2年生のこの大会、優勝できなければ世羅まで走って帰ります!(30Km)と監督と約束。
~走って帰りました・・・(現在 西条農業高校陸上部女子監督の時乗先生が後半を心配され様子を見に駆けつけてくれ、
うれしかったのでしょう、良く覚えています)
3年生、中学からあこがれたインターハイへの夢の舞台のスタートを切りました。(一番希望に満ち輝く目をしていたと思います)
そんな大会が毎年同じ春に行われ高校生達が夢や目標に向かってスタートラインへたっています。
ゴール後、いろんな結果とともに高校生達は成長していくのです。
どんな結果であろうと、これからも頑張っていくんだよ!


投稿者 テツロー | トラックバック
織田幹雄記念陸上競技大会
2005年4月29日
県内の陸上競技会の幕開けの大会です。
小学生から一般まで選ばれしアスリートが競う大会です。
中学3年の春、初めて長距離のトラック公式大会へ出場し、そこから長距離選手(1~2年は短距離選手)として歩むことになった大会です。
あの興奮と、後に知りえた恩師の行動は一生忘れることのない出来事となり心に刻まれています。
そんな大会だからこそ、今も毎年観戦に足を運ぶのです。
一流選手の競技は当然ですが、若いこれからの選手の頑張りを見ていると元気が出ます。
ここからがスタートだ若人アスリート達!

母校三原第五中学のランナー
プレッシャーなんか感じることはないぞ!
のびのび挑戦だ!


君たちは今これからが青春!
さぁ、スタートだ!

投稿者 テツロー | トラックバック
2005年06月08日
頑張ってくれるもの・・・
それは自分の身体とともに一緒にゴールを目指してくれるもの。
シューズであり、ユニフォームであり・・・そしてこのバイク。
私はものを大切にする。
当たり前であるが、それが競技力、人間力につながると思う。
今回は一緒に戦ったバイクへ月桂冠をかけてやりました!

投稿者 テツロー | トラックバック
ちょっとカフェ!
2005年1月9日(日)
三原駅伝の後でのスナップ。
彼女達は三原第五中学の3年生。
帰り支度をしているところへ突然駆けつけてくれ、
『福元さん。私たちのために今までありがとうございました。』
と言ってくれたのです。
頑張っている子供達を応援したくなり足を運ぶようになって、逆に力をもらっていたようなものなのに。。。
なんだかジーンときちゃいました。
広島県トップを目指し頑張ってきて、目標を達成した三原第五中学女子チーム。
中学生でまだ体も出来ていない中だから、とてもきつかった毎日だと思う。
でも一生懸命頑張りやり遂げた3年間は、彼女達の心の中で輝く太陽のような想い出となるでしょう。
彼女達の輝く将来をこれからも見守ってあげたいと思います。

田口信教・柴田亜衣(共に鹿屋体育大学)両氏が三原へこられました。
共に水泳でミュンヘンオリンピック(男子100m平泳ぎ世界新記録)
と今夏行われたアテネオリンピック(女子800m自由形)
の金メダリストです。田口先生は,ここ三原市の第三中学卒業で尾道高校と当時は水泳留学をなさっておられた方です。
内容としては,アテネでの亜衣ちゃんの決勝映像を田口氏が解説しながら当時の気持ちを亜衣ちゃんが話したり,田口先生独自の講演があったり,
質問コーナーがあったりと,今までに無い講演会でした。
質問コーナーでは子供たちが聞きたいことがたくさんあるようで,大人たちは遠慮しているようでした。
私も出番は無いとのんびりしていたのですが,司会者が私へ突然振ってきて大慌て・・・これまでの経緯を話し,質問として
『一流選手のモチベーションの保ち方や普段の練習への取り組む姿勢』そして、『子供たちへ指導していると必ずこの競技には向いていない,
明らかにセンスの無い子がいるが,がんばって続けさせるだけでいいのか・・・』など自分が抱いていることと一致するか聞いてみました。
1.応援してくれる周りの人たちや,
毎日プールでコーチしてくれるコーチなどのためにもがんばらなくちゃと思う。(柴田亜衣ちゃん)
2.スポーツをすることで勝ち負け意外に学ぶことの方が,
これから成長していく時や社会に出て対応できることを身につけられる。上下関係や仲間しかり,ルールを守ること,
努力すること, 頑張り抜くことなど(田口先生)
私の思いとほぼ同じで共感出来た面があった。
また,びっくりしたこと!
私も講演や教室でたまに話すのですが,スポーツを日本語で書くと『運動』=運を動かす!ということ。(持ちネタとしていた・ ・・)
スポーツや人生に運は付きものですね。
その運を自分のものにするのはお分かりだと思います。運を動かすための生活をするのです。 記録的に誰が勝ってもおかしくない中で勝った亜衣ちゃんは田口先生から見てもそのような子だとおっしゃっていました。
ちなみに~
・・・亜衣ちゃんは年末の紅白歌合戦の審査員を頼まれたのに練習があるからと断る始末・・・なるほどね~って思いました。


アテネオリンピック壮行会
7月13日、母校である広島経済大学陸上部の後輩、
松田亮くんがめでたくアテネオリンピック陸上競技200m・400mリレーの代表となったことを祝う壮行会へ行ってきました。
彼は経済大学のある安佐南区で、
幼稚園から小・中・高・大と育った異例の生粋の広島市安佐南区っ子です。
そして彼は昨年の世界陸上もリレーで出場しています。
私が練習にグランドへ立ち寄っても話しかけなければ反応の無いおとなしい物静かな人柄ですが、
秘めるものはすごかったのでしょう。
大学卒業後も大学に残り陸上競技にかけていました。
苦労は当然あったと思います。
強い信念と努力でつかんだオリンピック。
さすがとしか言いようがありません。
彼を支えるお母さんや先生そして経済大学の理解ある環境・・・
やっぱり思いは通じるものだとあらためて感じました。
最高の舞台で力の限りがんばれ!松田亮!!


光に向かって!
『光』が『夢』をたとえたものです。
この絵のようにいつもエネルギッシュで生きていきたいのは今も変わりません。
この前学生の前で『自分は夢に向かって自分は生きてきた。』と話したら、後で手紙が帰ってきた中に、夢が無い人生はいけないのか!・・ ・その人は否定されるのか!と考えさせられる文をもらいました。また、医師会の先生方の前で話した時は、 年配の先生方から若い先生方までおられましたが、まだまだ自分は夢がある、60歳を超えた先生もそうおっしゃられていました。
その日を生きていく中で何か目標や願いは無いものかな?
若い学生に言われたことが少しショックでした。
人は夢を持つ唯一の生き物だと思います。
せめて自分は、この絵のようにいつまでも輝く未来へ突き進みたい!
さて,高校時代の写真です。
スポーツで育った方,携わった方なら分かりやすいと思いますが,そこには独特の上下関係がありますね。 特に高校生というのはとりわけその傾向が強いようです。
各種スポーツ名門校といえばそれに輪をかけたような伝統的?風習的?上下関係が築かれています。
それが良いのか悪いのかは,私は分かりません。
例外なく私もそれを体験しましたが,自分はそれが受け入れられず委縮した時代もありました。
1年生のときにこんな生活が耐えられない。いやで仕方がない。そんな想いから両親にどうしても寮を出たい。 30Km以上ある三原からでも,通うと駄々をこねた事もあります。それほど耐え難い時期もありました。
夢や目標を追って走りたいだけなのに・・・地元の高校がうらやましかった。
何ヶ月か1回,一泊で家に帰るれのですが,寮へ帰る日の車内は口をきけませんでした。
そんな姿を見ていた両親は,本当に息が詰まるようでつらかったと話します。
でも,仲間と両親,知人に支えられ学年を進めることが出来ました。
2年生になると,理解ある先輩方でしたから充分に競技や生活に打ち込むことも出来ました。
3年生のとき絶対自分は理不尽な上下関係はしたくないと信念は貫けたとおもいます。それを卒業後知らされたのは, 後輩や先生からの言葉でした。
競技ではインターハイも全国駅伝も行くことが出来ない私でしたが,
『ひたむきに努力する,尊敬するすばらしい先輩でした!』といってくれてました。
なんだか,むずがゆくなりそうですが後輩や仲間からそう言ってもらうとうれしいものですね。
今は時代も変わり,昔ほどではない感じになっています。
信念を貫ける環境も大事だと思います。
若い人たちがこの文章を読んでくれていたら伝えます。
『自分に必要だから神様が試しているのだ』と思ったら乗り越えられないですか?
ふとアルバムが目に付きのぞいてました。
だんだん昔へさかのぼって,いろんな思い出がよみがえってきます。
小さな頃から,やんちゃな子でした。
ですが私は小学生に上がるとき,
突然原因不明の目が見えなくなる病気にかかってしまいました。
必死に両親は病院を渡り歩き,行き着いたのが脳外科で権威の岡山大学病院でした。
数ヶ月の入院生活を覚えています。
幼稚園から小学校へあがる時の出来事でした。
屋上の階段で母親が泣いているのを今も覚えています。
両親は担当医から死を宣告され,
命あっても植物人間か,障害を持つ体となることを覚悟するように言われていたらしいのです。
その時はなぜ自分が入院しているのかも知るよしもなく,
早く小学校へ行きたいな!
そんな思いで入院生活を送っていました。
その頃の写真がやたら目に付くのです。
両親の気持ちがいたたまれなく感じるそのアルバムを,
今も大切にとっています。
今でも言います。
『命があり,普通に体が動いてくれれば十分だったのに。
スポーツで活躍するようになるなんて,今でも不思議で仕方が無い。』と・・・
私は生かされているのだと思います。
何か使命があるのだと思います。
精一杯生きることでそれを見つけていきたい想いです。
皆さんも何か役目があるのだと思いませんか?
入学式には出席できず片隅に写っていた頃の写真です・・・
2004年,現在私は6月23日を迎えると32歳です。
よく一般的な質問を受けます。
トライアスロンって何歳がピークなの?
何歳まで出来るの?
その時私は答えます。
『その人の環境と情熱によります!』
そして,
『思いが強いほどその環境を整え努力していくので分かりません!』
実際に20代で終わる選手,30歳から伸びてくる選手。
世界には40歳代でも選手権クラスの大会上位へ絡んでくる選手もおられます。
確かに今は10代20代のころと違い,毎日ハードトレーニングは出来ないし,
そんな環境はプロで無い限りありえません。
ただ社会人競技者として最大限の努力はしていきたいと思っています。
そんな自分の心と体をケアしてくれている一人がいやま先生です。
ここでは気持ちもリセットでき,また進化を求めて頑張れるのです!
2004年1月24日(土)
今までに交通事故を始めトレーニング中や大会のときに、いろいろな場面に遭遇してきました。
走って消防署(救急隊)まで通報したこともありました。
今回は自主参加ではありましたが、
三原市消防本部主催で丁寧な講習が開かれました。
私たちの生活には意外に密接なことながら、いざという時は躊躇してしまいますよね。
自身一歩間違えば大変リスクの大きなスポーツへも取り組んでいます。
年々進歩している講習内容では
人の命は当然ですが、救助する側も危険から自分を守らなければ成らないことを学びました。
(感染症や二次災害など)
昔受けたからといっていては時代遅れです。
今回改めてそう痛感しました。
最善を尽くせば助かる場面は多くあります。
悲しむ人を少しでも減らせる自分でいたいな、
新たな心が芽生えました。
三原市消防職員さんありがとうございました!
2004年1月11日(祝)
成人の日です!
成人式を迎えられた方 おめでとうございます。
あなたたちは夢をかなえる底知れぬ力を持っています。
一生懸命生きていますか?・・・・
少しこの時期の思い出を記します・・・
私にとっては11年前になります。
私は成人式へ行っていません。
節目の式へ参加するしないは賛否両論あることでしょう。
テレビや新聞で見ると
みんなきれいな服を着て、同級生たちとワイワイ楽しそうにしてますよね。
(大人になろうとか全く考えない子供のままの成人が
一部ですがいますね。祝ってくださる方の話を無視してまでも・・・)
自分にはそこが楽しいところには思えませんでした。
11年前のこの日に駅伝メンバーの選考会がありました。
そのとき一生懸命していることに一生懸命立ち向かっていました。
そこが自分の居場所でした。
また成人した年の誕生日
思わず目頭が厚くなった思い出もあります。
それがこの写真です。
これは私の10歳したの双子の妹と、弟が送ってくれた手紙です。
私が20歳。妹と弟は10歳。
二人はちょうど小学4年生です。
短い分ですが色使いを気にしながらきれいな字を書こうと
自分のことを考えて一生懸命書いてくれてます。
自分のことで一生懸命な生活の中
陰で支えてくれている家族の温もりを思いっきり感じた手紙です。
一生懸命生きていたからこそ感じたのだと思います。
この手紙は,今も部屋の片隅に飾っている宝物です。
私は中学から勉強!を、がんばりすぎて? 視力は最終的に
0.02 でした!
視力検査の一番上のCが見えないのです・・・
ド近眼です!!
はっきり言って競技にすごく影響していましたが
仕方のないこととあきらめていました。
しかし、この手術の件を聞いて自分には必要だと思っていました。
三原の眼科に丁度行っているところがあるにはあったのですが
両目で40万円弱・・・20台半ばだった私には保険も利かない手術で
なかなかそちらの面で踏ん切りが悪かったのです。
しかしそれから数年,世羅(私の第二の故郷)高校横の藤原眼科で
格安でこの手術を行っていることを知り話を聞きにいきました。
先生も信頼できる方で即予約。
2002年シーズンに入る前の3月に行うことができました。
なおる個人差はあるのですが私の場合は
1.2 まで回復しました。
目を手術ということで恐怖感はありますが
私は本当に良かったです。
15年コンタクトの生活だった私にとって
いまだに別世界で生活しているようなうれしさがあります。
中国電力全国制覇! 似顔絵 |
雄大な自然
トライアスロンは
世界各国
日本各地
海岸地域はもとより,内陸部でも開催されます。
その度にちっぽけな人間ではどうすることもできない雄大な自然がある。
その環境と心が一体になるとき
そのとき不思議な力が沸いてくるのを感じます。
これはスポーツと無縁な人
人生を追求した生き方をしていない人には説明できません。
PHOT
ベストショットをこのホームページへ載せられるのは
妻の力もあります。
ほとんどのシーンは妻が撮ったものです。
プロに負けない絵を取ると思いませんか?
連写でなく1枚ずつです。
特にスポーツシーンは押さえるところが違います。
撮られて感動
うれしい写真
プロカメラマンさん!
参考にしてくださ~い!!

夢の舞台でした!
2003年12月6日
ニュージーランドはクイーンズタウンにて
ITU世界トライアスロン選手権
胸のJAPANフラッグに競技生活20年間の想いをこめて
この地へ立つことができました。
多くの方に支えられここまで来れたことがうれしいです。
感謝しきれません!

速人!
自分に子供ができたこと!
自分の分身。
父親
自分を大切に育ててもらった両親と
同じ土俵に立ったんだ・・・
すごく神秘的に思う。
これからこの子がいて人生観も変わってくるのでしょうね。

投稿者 テツロー | トラックバック
2005年06月05日
2005韓国トンヨン トライアスロン

結果
優勝 総合記録 2時間06分04秒 やったね!
韓国はトライアスロンでジュニアの強化を国を挙げて取り組んでいる。
将来有望な選手を引きつれ、日本各地へも顔を出す。
近年では福岡トライアスロンフェスタや、 特別枠で日本選手権へも出場しているのである。
次回北京ではそれこそ成長した選手が顔を出すかもしれない。

広島県の倉橋町が主催するアクアスロンくらはしでは、 ここ数年韓国と交流を図っている。
1回大会から全5連覇を達成しているため、今大会は韓国側の招待で行って来た。
景色も日本と変わらず丁度過ごしやすい時期であった。金曜はすべて移動日。 土曜日はコースを下見したりと、会場とホテルの往復。日曜日は大会一色であっという間の韓国遠征であった。

世話をしてくださった連合の会長や役員の方、ハングル語はさっぱり分からなかったが、 熱心で、そんな心が伝わり最後の日には別れが寂しくなる始末。
レース自体も、その充実振りを示すかのごとく、きつい場面も踏ん張ることもでき、 熱い応援の中で堂々とレースを楽しめまた。昨今、日韓の問題が不安定であるが、純粋に打ち込むスポーツの世界では全く問題がなかった。 審判たちも自分を応援してくれる日本では考えられない体験もできた。ここには真のスポーツ精神を感じさせられた。
雰囲気は丁度、私がトライアスロンをスタートした10年前の日本の雰囲気を感じた。 その熱気に満ちた国内メジャーレースはメディアの体制など素晴らしく、ヘリからの撮影や移動カメラ、 その全レースをリアルタイムでオーロラビジョンに映し出す。メインストリートでは、自分の姿をビジョンで確認でき、 胸の高鳴る思いで駆け抜けた。

素晴らしい体験をさせていただき幸せである。
韓国、日本それぞれのスタッフへ感謝!

お世話をしてくださったKIM氏と、7年前勉強したといって一生懸命通訳してくれたWONくん。感謝

投稿者 テツロー | トラックバック








