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  2004年06月20日

天草トライアスロン

 

2004年6月20日 (日)熊本県本渡市天草
 台風6号の進路にあたり、大会自体開催できない可能性のまま迎えた当日・・・ ピーカンの晴天で予報に反して炎天下での大会となりました。開催が出来たことに喜びを感じたのは関係者も含め、 皆様も同じだったと思います。
 この天草という地は、クリスチャンである私にとっても、トライアスロン51.5Km(オリンピックディスタンス) にとっても聖地です。
 トライアスロンを始めた頃にも訪れましたが、ここへ来ると『希望が生まれる!』
自分にとって、ここはほかと違う感覚を覚えます。
昨年は、ここで総合優勝し世界選手権の派遣に至った最高の思い出の大会です。
 今回も当然結果にはこだわりたい思いはありました。

 

今回トライアスロンを始めて財産とも言える、人との出会いが集結しました。
 別便で駆けつけた妻と息子、普段はメールでのコンタクトしかできず年に一度しか会えないファミリーや、 皆生で出会って慕ってくれる夫婦が鹿児島より駆けつけてくれたり、 会場でこれから北京五輪に向け羽ばたこうとする若い選手達が声をかけてくれる、そんな中で競技できるのです。 それは自分にとってかけがえのないエネルギーといえます。
 その中で挑んだ天草記念大会!


レースは、人数が多い時にとるウェーブスタート。(100人前後で3分間隔の順次スタート方式)
私は第4ウェーブの発進となり、レースを追う形となりました。
スイムは確実な位置取りと積極性でグループトップでアップしましたが、 バイクが思うほど進んでいなかったのは周りを見て感じました。ただ今回は炎天下、ランの勝負が大きく影響すると読み、 押さえ気味のバイクフィニッシュ。


ランに入り確実に前を追い続けました。
 今回の記念大会は市内を巡る、主要幹線道を2回横断するランコース・レイアウトでした。
その2回に見事引っかかるありさまで、 見えないライバルと自己との戦いにあせる気持ちを押さえ込み状況に応じた走りに切り替えました。
 通常時間を競う競技スポーツはこのような中断はめったに無いことです。(今は箱根駅伝も電車が止まってくれる)
リズムを崩しそうになるが、それをきっかけにペースアップを試み成功したことも今回の勝因の一部だった思えます。
 応援してくれる人の前で結果を残せることは、競技者にとって何事にも変えがたい喜びです。
 2004年に入りなかなか思うように行かない厳しさを痛感しながら、やっと勝てた感じです。


尊敬する方が言ってくれます。『苦しい時があるから、うれしいことが必ず来る!』
 この喜びをエネルギーにまた次へとつなげていきたいと思います。
福元テツローの進化はまだまだ続きます!

結 果

総 合 優 勝

2時間04分31秒

SWIM:21分07秒(2)

BIKE:1時間05分11秒(4)

RUN:38分13秒(4)

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  2004年06月13日

蒲郡オレンジトライアスロン

 

2004年6月13日(日)
愛知県蒲郡市

 先週行われた和歌山大会の結果を引きずらないように、 気持ちはリセットしたつもりでしたが、どうしてもショックな部分はありました。
 今大会でそれを払拭したいのが今回のテーマとしていました。
この大会は一般の大会と併設された、日本学生トライアスロン選手権の東海・ 北陸及び近畿ブロックの予選会を兼ねているため若さあふれる選手で活気のある大会です。

 さてレースですが、スイムは蒲郡競艇場を泳ぐ1500m、バイクとランは工業団地内を変則周回するコースでほぼフラット、 コーナーの多いコースレイアウトでした。
 2000年4月にアジア選手権が行われた時、当時抜群のパフォーマンスを発揮できた愛称の良い地です。
 スイムこそまだ乗り切れていない感じはありましたが、バイク・ ランに関しては強風を突いて自分なりに押していけたように感じます。
条件的にタイムは出ないと思っていましたが、意外に良く(2時間00分16秒)、 今回はゴールを駆け抜けることが出来たことを素直に喜んでいます。
 まだまだ追い込んだレースにはなっていませんが、この大会もしかり、 これからはレベルの高い選手が同じ土俵に立ってきます。己を成長進化させ、人生マルゴトいつも挑戦心でいき(生き) たいと思います。

 

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  2004年06月05日

ITUナショナルイベント和歌山マリーナシティー大会

2004年6月5日(土)
和歌山マリーナシティー
13:30分スタート

和歌山マリーナシティーというテーマパークで開催されるジャパンカップへ出場しました。
 都道府県推薦を受けての出場で、30人の精鋭の中へ入れてもらった立場です。
明らかにスイムのレベルの違いに水温21.5度(競技規定によりウエットスーツ着用不可)という条件、さすがにやってみなけりゃ分からない! ってものでした。。。
 推薦を通してくださったJTU関係者は、自分に期待をかけてくださいっていました。
スタートセレモニーぎりぎりまで声をかけてくださりあり心温まる思いでした。
 次回の北京オリンピックを目指す選手がすでに始動しています。
このシビアな競技トライアスロンをフルタイムワーカーとしてどこまでやれるのか!
10年前なら今の自分がその当時なら優勝候補ですが、10年一昔とは言ったものです。競技レベルの向上はすさまじいものがあります。 その流れに自分も付いていきレベルは上がっているものの、何歳になっても挑戦者です!
 昨年一年間、日本選手権以外はこのレベルの大会へは出場を控えました。
 そして、自分なりの考えでレベルアップをはかってきたつもりです。

満を持して望んだ今大会は失格という受け止めがたい結果となりました。
 家族を連れて頑張る姿を見せたかったのですが、あえなくスイムは一人最後を泳ぎ、そのアドバンテージでバイクは2周回(40Km/8周回) でストップがかかり失格となりました。
 (このレベルの大会は先頭にパスされる距離に入ると失格になります。)
 ごまかしの利かないシビアなレースを久々に体感してきました。
この体験が良かったのか悪かったのか・・・本心はここで弾みと自信をつけて今後を送っていきたかったのですが・・・また、やり直しです。
 レース後、今年プロを退いた選手が言ってくれました。
『福元さんの生き方を勉強させてください。』と・・・
 ここであきらめては若い選手や自分を参考にしてくれる選手達の手本になりません。
 まだまだ挑戦者としてアタックしていきます!

成績=和歌山大会 バイク10Km地点で失格。

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